異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

5.思ってたんと違う!

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   ◆



 翌日、俺達は今日も今日とて海洞かいどうダンジョンへともぐる事にした。

 とはいえ、今回ばかりは気が重い。
 何故かと言うと……ダンジョンには、恐らくがいるからだ。アイツって言うのは、アレだ。レイドの事だ。俺とクロウが恋人同士だと勝手に勘違いして、あろうことか俺を賭けての決闘を宣言したヤバいヤツなんだよ。

 お姉さんには会いたいけど、アイツには正直遭遇したくない。
 だって、会ったらクロウと決闘始めちゃうじゃん。そんで決闘したら、ブラックも「なんでコイツらが決闘してんの?」ってなるだろうし、そしたらバレちゃうし……バレたらブラックとクロウが大乱闘しちゃうだろうし……。

 …………あぁああ……ヤバい、ヤバすぎる……。

 昨晩、家に帰ってからどうにか回避できない物かと回復薬を作りながら考えたんだけど、良い案なんて全然思い浮ばなかったし、うわそらで調合していたせいか検品しに来た師匠に「品質さがっとるわい!」って怒られるしで本当に頭が痛い。

 ああでも、一番落ちこんだのは師匠に怒られた事だなあ……。

 いや、別に品質が下がるのは良い事だし、上の空で調合したらそうなるって解って関心もしたんだけど、それじゃ薬師としてはダメなんだもんな。
 上の空で調合したせいで薬品を間違えたりしたら、それを飲んだ人が思わぬ危険にさらされるかも知れないんだ。そんなのは薬師の仕事じゃない。ただのお遊びだ。

 薬の品質を下げる事と、適当に作る事は全く違う。
 だからこそ、師匠も「ガラグールを加えてわざと効力を落とす」って方法を教えてくれたんだしな。やっぱり、そういう適当な仕事をしちゃいけないんだ。

 人の命を救う物を作ってるんだから、一生懸命やらないと。
 今回は何本かを処分するだけで済んだけど、ホント今度からは気を付けよう。

 ………………じゃなくて!
 薬の事も大事だけど、頭痛いのはこれからのことだよ!

 マジでどうしよう。クロウは喜んで決闘する気らしくて楽しげにフンフンしてるし、ブラックは何か変だと思っているのか、俺とクロウを見比べて片眉寄せてるし、ペコリア達に至っては、絶対にややこしい事になると思っているのか、俺の腕の中で「守るよ!」と言わんばかりに鼻をふんすふんすと鳴らしているし。

 ああ……可愛くて危機感が薄れて行く……。
 同じ鼻息なのに、どうしてオッサンのはやたら強く感じるんだろう。
 絶対に「デカさが違うから」だけじゃない気がする。でも追及する気も起きない。考えれば考えるほど頭が痛くなってもーいやだ。

 願わくば、あの第三層でレイドのパーティーと鉢合わせしなければいいんだが……なんて思っていたのだが。




「…………あっれぇ……?」
「なんじゃ変な声を出して。キモいのう」

 師匠がいぢめる。
 弟子が砂煙の中で必死に行商して、たまに野郎にナンパされかけたってスマイルを絶やさずに回復薬をさばき続けたと言うのに、なんという仕打ちだ。
 相変わらずの意地悪ジジイっぷりに泣けてくるが、そんなことはともかく。

 俺は、今日もたっぷり金銀銅貨が詰まった重い革袋を抱えながら、不可解な現象に首をかしげずにはいられなかった。
 いや、なにが不可解って、今日はレイドとは遭遇しなかったんだよ。

 ダンジョンに入って第三層で修行して、ブラック達が飽きたからって休憩している間、師匠と一緒に行商に出てからたぶん数時間……まったくの平和だったんだ。
 まあ、コープスがいるんだし平和なワケがないんだけど、そこは置いといて。

 ホントにこの前と一緒の行動しかしてないし、なんならレイドがいないので悩まされる事もなくって、スッキリって感じなんだけど……しかし何故に不在なのか。
 昨日はダンジョンに行くって言ってたのになぁ。もしや、頑張り過ぎて今日は休む事にしたんだろうか? でも、あんだけ決闘って言ってたのに来ないもんなのかな。

 あのお姉さんや仲間の青年が説得してあきらめてくれたってんならありがたいが、そうなるとあのイケメン好青年が報告しに来ないってのも妙に思える。
 強引なヤツだったけど、立ち振る舞いなんかは粗野ってワケじゃ無かったし、ああいう感じの好青年なら一言報告に来そうなもんなんだけどな。

 ま、来なくなったならそれでいいか。
 俺は修行に集中できるしな。
 いやむしろ来なかった事を喜ぼう。一つ頭痛の種が減ったんだから。
 ヨシ、今日はハッピーだ!

 考えを変える事にして、俺は再びブラックが術で作ってくれた“砂嵐が入って来ない場所”に師匠と戻って来たのだが……聞こえてきた声は、あきれた物だった。

「なーんか弱すぎて飽きて来ちゃったなぁ……練習にすらなんないし」
「ムゥ……そろそろ生身のなにかを殴りたいぞ……」

 ……なんかこのオッサン達スゲー物騒な事言ってるんだけど。
 あの、俺の修行だってこと忘れてませんか。これ俺の修行の一部なんですよ。

 ブラック、宝剣をブンブンさせない。クロウも腕をぶん回さないの。
 なんでこうこのオッサン達は戦闘好きなんだよ。肉食だからか。オッサンのくせに肉料理大好きだからなのか。なんにせよ戦闘狂は抑えて欲しいんですけど!

「あっ、ツカサ君おかえり~! ねーねー、そろそろ下の階に行かない~? 僕もうココの雑魚じゃ満足出来なくなっちゃった」
「オレも下に行きたいぞ。ここではモンスターが弱すぎて暴れ足りん」
「またお前らは“上レベルうえ”から物を言う……」

 お前らはレベルカンストしてるのかもしれないけど、俺はまだ低レベルですよ。
 一層違うだけでも敵の強さが違うらしいのに、なんで第三層に慣れてもいないうちに更に強い階層に行かなきゃなんないんだよ!

「お前らちょっとは俺の体力考えてね!? これ俺の修行だからね!?」
「解ってるってぇ~。でもさぁ、ツカサ君もそろそろ襲われる恐怖や緊張感くらいは味わってもいいんじゃない? ここのコープス達じゃノロマ過ぎて、ツカサ君だって避けられちゃう有様だし」

 俺だってって、おまえな……。
 いくらなんでも俺の力を低く見過ぎだろう、と、言おうとしたところで、背後で黙っていたカーデ師匠が一歩俺の前に進んだ。

「そうじゃの。お前らへの敵の誘導も慣れて来たことだし、そろそろ危機感を覚えるような戦闘も経験させておいた方がよかろう」
「しっ、師匠……!」
「案ずるな。いざとなったらワシも助けてやるわい。……それに、この場所では極端に【ガラグール】の採取確率が低いようじゃ。人が多いせいかも知らんが、ここらでもう一層下りてそろそろ確実に入手せにゃいかんじゃろう」
「え……えぇえ~……」

 今だってブラック達の動きについて行くだけで精一杯なのに、そんな状態で難易度アップはヤバいですってぇ……。そりゃ危機感は出るけど、ゾンビっぽいモンスターに背後から飛び掛かられるかもしれないと思うと、俺の膀胱ぼうこうがヤバいんですが。

 突然出て来られて股間がスプラッシュボムしたらどうしてくれる。
 いやだぞ俺は人前でチビるとかいう不名誉な称号を刻むのは。トイレには事前に行って来たけど、恐怖にる尿意は別物なんだ。そこは制御出来ないんだ。

 せめて行くんなら明日にして下さいよ。頼みますよ。

「し、師匠、明日! 明日にしましょうよぉ!」
「なんじゃもー怖がりじゃのうお前はー……男が怖がってもキモいだけじゃぞ」
「それでも嫌なもんはイヤでごじゃいます!!」
「必死過ぎて笑えるからやっぱり今日行くぞ」
「師匠おおおおおおおおおお」

 バカ! 師匠のバカ! おたんちんスットコドッコイアンポンタン!!
 嫌だって言ってるのになんで行くんですかバカですか!
 人の嫌がるコトはしないようにって先生に習わなかったんですか!

「さー、行くぞ行くぞ行くぞ~」
「ぃいいいいいやぁああああぁあ゛あ゛!!」

 引っ張られてるっ、無理矢理連行されてるうううう!!
 なんで踏ん張ってるのに引き摺られてるの俺っ、あのあのお爺ちゃんに完全に力が負けてるってかなり低レベルじゃないですか絶対次の階層大変じゃないですか!
 そんな低レベルなのになんで行かせようとするんですかなんでー!!

「ツカサ君ホントにこういうの嫌がるよねぇ……」
「ム。本当にお化けが嫌いだな。でも泣き叫ぶツカサは可愛いから問題ないぞ」
「それな」

 それな、じゃねええええええよオッサンども!!
 俺のこと好きとか言っといてこういう時絶対助けないんだもんな、むしろ俺のことをニヤニヤしながら見てるんだもんな!
 性格悪いにもほどが有るわチクショウ、ぜったい今日の夕飯は質素にしてやる!

「さあさあ第四層に突入じゃー」
「師匠がいじめるううううう」

 わざわざ俺に宣言して、砂嵐の向こう側に在る壁の穴を見せつける。
 そうだ、これはこの前見た穴だ。ここの階段から下に続いてるんだよ。ああ、降りたくないのに師匠が俺の腕をホールドしているので、付いて行かざるを得ない。
 降りたくないのに、転ぶのが怖いからって階段を素直に進んでしまう。

 うう、ううう……ここで子供みたいにダダをこねて転べば、もうちょっとだけでも時間が稼げただろうに、それが出来ない大人のプライドがくやしい。
 もうさんざん情けない姿を見せてるけど、あからさまに子供っぽい姿を見せるのは男として恥ずかしい。ダダこねたいけどこねられない。

 そんな事を思っているうちに、ブラックとクロウにニヤニヤされながら薄暗い階段を降り切ってしまっていた。……ああ……あぁあ…………。

「ほれ、到着したぞい」

 師匠の呑気のんきな言葉に、ブラックとクロウは俺の前に歩み出る。

「へー、ここが第四層かぁ」
「ムゥ……さらに雰囲気が違うな」

 もう見たくない。見たくないけど、雰囲気がどう違うのかは気になる。
 数秒迷ったが、俺は恐る恐る正面を見てみた。

「…………あ……ほ、ほんとだ……」

 第四層。
 上の広場よりも強いコープスが出ると言うその階層は、確かに今までの場所とは更に雰囲気が違っている。その顕著けんちょな部分は……やはり、目の前に広がる草原だった。

「ここ……えっと……ススキの原っぱ……?」

 そう。原っぱ。
 第四層は、第三層以上に“ダンジョン”とは思えないような場所だったのだ。

「ススキって……ああ、ホウキ草のことか。ヒノワではススキって言うんだっけ?」
「そうじゃ、大陸東部ではごく一部で見られるが、南国であるハーモニック連合国では珍しい植物じゃな。ヒノワでもなじみ深い植物とされておる」

 ヒノワってのは、この世界の東にあるっていう島国だ。どうやら日本と似ている国らしいけど、俺は行った事が無い。でも、名前は常々利用させて貰っている。
 かの国は、平凡な準日本人の証でもある“黒髪で茶色い瞳”ってのが沢山いるようだからな。しかし、その特徴はこの大陸じゃ珍しい組み合わせなので、異世界人である俺は素性を隠すためにその国から来た事にしてるんだ。

 そう言えば、大概の人は疑わずに信じてくれるからな。
 ヒノワの事は名前だけしか知らない人ばっかりだし、ブラックみたいにヒノワまで行った事のある人間ってのも限られてるみたいだし。
 ……にしても、この世界にもススキってあるんだな……。

「…………なんか、綺麗かも……」

 一面、どこまでも続くススキの原っぱだ。
 少し暗い色を増した紫色の空には、何故か月のようなものが浮かんでいて、つい「十五夜かな」なんて思ってしまいそうな風流さを感じる。

 ここにはモンスターがいるはずなのに、とても静かだし……なにより、第三層では生温くて湿っていた風も、乾いていて肌に心地良くなっていて快適だった。

「なんだか不気味な場所だな」
「えっ!?」

 クロウの思っても見ない言葉に思わず相手の顔を見上げるが、冗談ではないようで、耳が索敵するようにせわしなく動いている。
 それを皮肉りもせず、ブラックも同じような事を言い出した。

「そうだな……静かでなんにも無いし……足元が草で隠れていて危険だ」
「えぇ……」

 俺にとっては落ち着く田舎の風景って感じだったのに、二人はそう感じるのか。
 いや、まあ、言われてみれば足元が見えなくて危険ってのは解るし、二人からしてみれば何か不気味な感覚が有るのかも知れないけど……ちょっと悲しい。

 俺からしてみれば、綺麗なススキの野原でしかないんだけどなぁ。

「そういうもんかのう。……ま、ええわい。さっさと進んでコープスと戦うぞ」

 来い、と言いながら師匠は歩き出す。
 師匠は俺と同じ感覚なのかな。ブラック達に対してあんまり共感してないみたいだけど……そこはお爺ちゃんぽくてちょっとなごんでしまうな。
 おかげで、ほんの少しだけ怖くなくなったかも。

「クゥックゥ?」
「ククゥ~!」
「クゥーッ!」
「ははっ、ペコリア達は嬉しいのか? そっか、お前達森に棲んでるもんなあ」

 ススキの背丈に並びたいのかピョンピョンと跳ねたり、草むらの中に入っては出て来たりを繰り返して喜んでいるペコリア達も和むぅ。
 この子たちは、臆病で警戒心も強いから、森の草むらとかに隠れたりしながら細々と生きてるんだよな。だから、隠れる場所があって嬉しいのかも知れない。
 草むらって、森の生き物としては昂奮ポイントなのかな?

 あ~、やっぱり可愛いなぁペコリアちゃん達は!

「ツカサ君、いくよー?」
「ボヤボヤしていると日が暮れてしまうぞ」
「あっ、ま、待って待って!」

 ペコリアのたわむれに癒されている内に、またもやおいて行かれてしまった。
 すでにススキの原に入り込んでいたオッサン達に追いつくべく、俺も駆け足で草むらの中に体を突っ込んだのだった。












※ちと遅れて申し訳ない_| ̄|○

 
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