異世界日帰り漫遊記!

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

2.小さなことでも最高に嬉しい

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 ともかく、俺のやる事は一つだ。
 宿として使わせて貰っている旧治療院に戻り、朝飯を作ってオッサン達の身支度みじたくを手伝う。今日も忙しいんだから、さっさとやんないとな。

 ――というワケで、俺は脇目わきめも振らず拠点きょてんへと戻り、作り置きしていた干し肉入りの野菜スープを火にかけて温め、それからブラック達の支度を手伝った。
 髪の毛を引っ張らないよう丁寧ていねいいて、リボンや組紐くみひもで縛ってやって……とか、健全な男子高校生のやることじゃ無いんだけど、もうモーニングルーティンになってしまっているので今更いまさらガタガタ言っても仕方がない。

 ブラックの髪をまとめ、クロウの後ろ髪をまとめてポニーテールのように上で縛ると、俺は、お利口さんで待ってくれていたペコリア達とロクショウと共に一階へ降りた。

 この時点になるとオッサン達も完全に目が覚めるのか、多少は大人しくなる。欠伸あくびらしつつ台所まで付いて来ると、特に不満も無く狭いテーブルを男三人でかこんで朝食をった。二人がデカブツのせいでひざを突き合わせる距離だが、そういうところに関しては、どっちも気にして居ないようだ。

 とはいえ、オッサン二人の膝を横から突きつけられる俺は微妙な気持ちだ。
 むさ苦しくて泣けてしまうが、これがいつもの風景なんだよなぁ……。
 まあ、他の冒険者だって、仲間のオッサン同士で固まって硬い雑穀パンをモソモソ食べてるし、これ自体はおかしかないんだけどね。

 むしろ、ゴツくて可愛げもない大量のオッサンと顔を突き合わせる食事に比べたら、美形と言えなくもないオッサン二人だけで済んでいる俺は恵まれている方だ。
 これ自体は別に特別じゃないんだから……とは思うものの、それでも、今俺が居るこの世界が「剣と魔法の異世界」だと思うと、溜息ためいきは禁じえなかった。

 これがテンプレ展開なら、俺は今頃いまごろ可愛い金髪エルフちゃんと、おっぱいも性格も元気なネコミミ少女とイチャイチャ朝ごはんだったんだろうに。
 はー……いや、良いんですけどね。うん。

「どしたのツカサ君、溜息なんて吐いて」
「え? あ、うん……えーっと、ちょっと気になる事が有ってさ」
「えー? 今のそんな感じの溜息だったっけぇ?」
「ギクッ。い、いやあの実はさ!」

 何故か非常に目敏めざといブラックに胡乱うろんな目でにらまれつつも、聞きたてホヤホヤの話をかいつまんで聞かせると、二人は難しそうに眉根を寄せた。

「そんな事あったの? うーん、昨晩は全然そんなこと感じなかったけどなあ」
「オレも別に変な気配は感じなかったぞ。……家の中だと分からなかったのか」

 不思議そうに首をかしげるブラックに、腕を組んでうなるクロウ。
 そういや、二人とも物語の中ならばS級ランクでもおかしくないくらい強いし、他人の気配にも敏感なんだよな。そんな二人が「妙な気配」に首を傾げているとなると……やっぱりあの冒険者達が過敏なだけだったのかな?

 まあ、慣れない場所で寝たら緊張するだろうし、なにより街で雑魚寝だもんな。
 強盗に襲われるかもしれないと考えたら、寝不足になって幻聴や幻覚が起こっても仕方がない。しかも汗臭い男しか周囲に居ないような感じだったし。
 それならしょうがない。うむ、しょうがないな。

「じゃあやっぱりあの人達の幻覚だな。うん」
「またツカサ君たら怖いからって良いように解釈して~。気になるんなら、住民に何か聞いてみたらいいんじゃないの? 案外理由でもあるのかもよ」

 褐色の雑穀パンをワシワシ食べつつスープを飲むブラックに、硬さもなんのそので大した咀嚼そしゃくも無しに普通の食事のようにパンを食べ続けるクロウが目をしばたたかせる。

「聞きに行こう、じゃないのか」

 ちょっとモゴモゴしつつも相変わらずの無表情で問うクロウに、ブラックは興味もなさそうに目を細めながら不機嫌に眉根を寄せた。

「なんで僕がそんな面倒臭い事しなきゃいけないのさ。他人が呪われようが忌避されようが僕には関係ないし、何か知ったところで得する事なんてあるのか?」
「またそんなお前は……」

 とはいえ、自分に降りかかっていない、本当にあったかどうかも分からないことを延々えんえんと考えてたって仕方ないよな。
 ブラックとクロウはこの通り他人には興味ゼロだし、ダンジョンにもぐった後に誰かと会話できるヒマがあったら、それとなく聞いてみようかな……。

 そんな事を考えながら朝食を終えると、ちょうどカーデ師匠が入って来た。
 昨日、師匠の講義の後に再び回復薬を作っていたので、在庫は補充されている。とは言え毎度持って行ける量が限られており、バッグに入れたらパンパンになるので、持ち運ぶのも一苦労だ。薬びんが割れないように気を付けつつ、今日も修行にはげむべく俺達はダンジョンへと向かった。





 今日も海洞かいどうダンジョンは大盛況で、第三層にはゾンビの形をしたモンスター……【コープス】が大量に現れている。そんな敵を倒して、素材である【ガラグール】と言う素材を入手するために、冒険者達は今日も広場にごった返していた。

 人もモンスターも数えきれないほどに集まって戦っているので、相変わらず広場は砂煙が舞っているが、そこに飛び込まないワケにはいかない。
 俺は今日もゴホゴホ言いながらブラック達と共に空いている場所に辿たどくと、術を掛けて貰って砂煙を散らしてから戦闘訓練を開始した。

 ……とは言え、別にこれと言って「活躍したぜ!」なんて胸を張れる成果は無い。
 この修行もまだ二日目で、ブラック達の素早さについて行くのが精一杯な俺では、まだまだ二人の補助を完璧にこなせてはいないのである。
 くやしいが、俺はいまだにヒヨッコのままだ。

 けれど、さすがにほぼ毎日訓練していれば、俺だって少しは上達して来る。
 初歩中の初歩である「敵を拘束して【集中】しつつ【持続】させる事」は、だいぶ無意識で出来るようになって来たし、抵抗される重みもちょっとだけ慣れて来た。
 コープスを投げる時の動きだって、少しずつスムーズになって来た気もする。

 けど、俺にも限界が有るので抵抗され続けたらほどかれてしまうけどな。
 小さなモンスターなら、腕力・脚力や体重が見た目以上でなければ耐え切れるんだが……成人男性なんかだと、たぶん数秒で突破されてしまうだろう。

 いくら魔法……曜術が使えると言っても、俺自身の能力が上がったワケじゃ無い。筋力も根性もお値段え置きな俺のままなのだ。
 「出来るようになってきた」とは言え、まだまだ道は遠かった。

 まあでも、ゾンビな見た目の通りに動きが緩慢かんまんな【コープス】ならば、その体長が人間の男と同じであっても、なんとか数分は耐え切れる。
 力をめられると、やっぱり解かれちゃうんだけどね……トホホ。

 ……ゴホン。
 ともかく、俺は黙々とブラック達の動きについて行くべく修行を続けた。
 ブラック達の死角から現れるコープスを一体ずつつるで捕えては、戦いやすいように攻撃を終えた瞬間に投げる。

 多くは「うまく渡せず、ブラックとクロウに気付いて貰う」という情けない結果に終わったが、今回は初日よりも二体多くキャッチして貰う事が出来たので、上達したと言うべきだろう。そう思わせてくれ。でなけりゃ心が折れる。
 初回の感動にはおよばないが、こういう修行は積み重ねが大事なんだ。自分の能力が全然進歩してないように思えても、続けなければ意味が無い。

 まだ二日目だし、途中で投げ出したら限界すらもわからなくなってしまう。
 だから考えて、より良い方法を自分で見つけながらやっていくしかないんだ。

 こればっかりは教えて貰うワケにはいかないしな。だって、人によって「しやすい事」は全然違うんだから。……正直、ブラックとクロウに上達するための極意を教えて貰ったとしても、レベルの差がありすぎて俺には出来ない事ばっかりだろうし。

 ……でも、さすがに何十回もぶっ続けで曜術を使うとやっぱり疲れて来るぅ……。

「はぁっ、は……はぁあ……っ。も、もお゛だめ゛……ッ」

 力尽きて、どてんと地面に尻餅をつくと、俺の周囲でコープス達を牽制けんせいしてくれていたペコリア達が「だいじょぶ?」と言わんばかりに駆け寄って来てくれる。
 その可愛さとモフモフさに癒されてうなづくが、しかし疲労感はぬぐえなかった。この前の疲れがまだ抜けきっていないのか、それとも昨日回復薬を作りまくっていたせいで、体内の曜気が回復しておらず早々に枯渇してしまったのか。

 ぐうう……どちらにせよ情けない。

 こういうのは続ける事で持続できる時間も長くなるし、精神力も着実に鍛えられていく……と言うのは解っているが、ほんと道のりは長いよ。
 慣れが大事と言っても、その気持ちを持ち続けるのも修行の内なんだなぁ。

 がっくり肩を落とす俺に、前方少し先から声が飛んできた。

「ツカサくーん、もうへばっちゃったのー?」
「だらしないぞツカサ」
「す、少し休んだらやるから、戦ってて……」

 見やると、そこには楽しそうに跳び回りながらコープスを華麗に斬り倒すブラックと、嬉々とした雰囲気を隠しもせずにコープスを吹っ飛ばしたり粉砕しているクロウの姿が……って、お前らどんだけスタミナあるんだよ。

 どう考えても一時間ぐらい戦っていると思うんだが、なんでそんなに元気なの。
 つーか戦闘開始の時よりアンタら元気になってない?
 仲間ながら空恐ろしくなってしまったが、まあ、あいつら体力お化けだしな……。

 おかげでえっちだって、失神するまで付き合わされるし……。

「……い、いやいや、そうじゃなくて」
「クゥ~?」
「なっ、なんでもないよ~。ちょっと休もうな」

 足を伸ばし「おいで」とひざを軽く叩くと、三匹のペコリア達は嬉しそうに近寄って来て、我先に膝の上に登ろうとする。もこもこふわふわのワタアメうさちゃん三匹がおしくらまんじゅうをしているのに思わずキュンとしてしまったが、いかんいかん。
 ここは戦場なんだから、ちゃんと気は配っておかないと……。

 うえの上のモコモコ合戦を視界のはしとらえつつも、俺は背後からコープスが来てないだろうかと確認する。と、なにやら足音が聞こえてきた。
 この規則正しい音はコープスではない。誰だろうかと思っていると、砂煙の壁からニュッと頭を出して来たのは、この前の三人組だった。

 好青年っぽい剣士に、大きな魔法使い帽を被った気弱そうな青年、それに、おっぱ――いや、えっと、めっちゃ綺麗な僧侶っぽい服装のお姉さんだっ。
 またお会いできてうれしいですお姉さんっっ。

「やあ、あのぉ……ツカサ君、だったよね! 申し訳ないんだけどさ、また回復薬を売って貰えないかな」

 好青年は脇目も振らずに俺に近付いて来てひざまずく。
 お姉さんと青年は俺達と距離を置いているが、なんでだろう。俺は男ではなくお姉さんと近距離コミュニケーションしたいんですけど。お姉さんが良いんですけども。

 いやでも彼らの目的は回復薬だしな……仕方がない、早く売ってあげよう。

 そう思いながら頷いて、俺はバッグから言われた本数の回復薬を取り出した。
 今日は師匠がいない。何か用事があるらしく途中で帰ってしまったのだ。なので、俺一人で回復薬を売らなければならない。

 まあ、あらかじめ薬は選別して貰ってるから、売ること自体は問題ないんだけどね。

「はい、代金」
「あざっす」

 皮袋から銀貨を数枚取り出して手を近付ける相手に、俺は両手を差し出す。
 すると、何故か好青年は手を止めたまま俺をじっと見つめて来た。
 な、なんですかその目は。

「あの……俺、レイドって言うんだけど……」
「あ、はい」
「あの、さ、君……ええと……」

 なんなんだ、いきなり自己紹介したと思ったらモジモジし出して。
 つーか、どうせ自己紹介をするんなら、お姉さんの名前も教えてくれよ。せっかくあんな美女をパーティーにしてるのに、何故俺をお近づきにさせてくれないんだ。
 チクショウ、これだから顔が良い男ってのは大嫌いなんだ。

 いかにも「俺は女にうつつを抜かしてませ~ん」みたいな顔しやがって。
 ちょっと顔面偏差値が高いからって、潔癖ぶるのが気に入らねえ……。
 目の前に可愛い女の子が居たらドキドキしねえわけねえだろうが! パーティーに引き込めたら自慢したくなるだろうが! なのになんでイケメンって奴はぁあああ!

 ……いや、まて。待つんだ俺。
 逆に考えよう。イケメンがあくまでも「仲間の美女に興味はない」などと草食系をよそおうんなら、俺にもチャンスはあるのでは?
 あの僧侶系の美しいお姉さんと、親密な間柄になれるのでは?

 ということは…………このレイドって奴にも愛想よくしといた方がいいよな!
 せっかく女性を連れている数少ないパーティーなんだし!

 ――――気持ちを切り替えて、俺は「何でも話を聞きますよ」と微笑んで見せた。

「っ!」

 あれぇ……。
 精一杯微笑んだつもりなのだが、なんか凄い驚かれてしまった。まさかスケベ心が顔に出てしまったのだろうか。い、いかんいかん、俺の計画がパァになっちまう。
 顔を少し引き締めようかと思ったのだが、動こうとした瞬間手の上に銀貨が落ちて来て、俺はあわててつかもうと前屈まえかがみになった。

「うおっとっと!」

 上手く掴んで拳を握りしめた、と、同時。
 その手を、大きな両手が包んできて……って、何してんのこのレイドって人!

「ちょっ、あ、あのレイドさん!?」
「ああ、やはり君は可憐だ……あの、よ、良かったらこのあと酒場にでも……」
「いやあの俺先約あるんで、あのっ、えっと、あの!」

 わーもー手を握りしめるなっ、近付くなってば!
 俺には恋人がいるので、そういうのはちょっと……と、言おうと思ったんだけど、驚いたのか何なのか言葉が上手く吐き出せない。「恋人」だなんてもう何回も思って慣れたはずの単語なのに、いざ人にしめそうとすると何だか急に恥ずかしくなってきてたまらなかった。

 ああもうなんで言えないかなっ、この世界じゃ同性の恋人なんて普通なんだから、さっさと言えばそれで済む話なのに!!

「手を握るだけで、そんなに顔を赤くするなんて……! 君みたいな無垢な子、俺は初めて見たよ……!」
「ち、ちが……あの、そうじゃなくて、お、俺……こ、こぃ……こ……せ、先約が……」

 恋人って言えば済むのに、どんどん恥ずかしさが増して汗が噴き出て来る。
 でも、言わなくちゃ。思えば、前から何度もこう言う事があったじゃないか。そのたびにブラック達に助けられてたんじゃ、全然進歩してない。強くなりたいと思ったのは俺自身なのに、ヒーロー待ちのヒロインごっこしてる場合かよ。

 俺は出来る。指輪だって貰ったし、き……キスだって自分からできるように、いま頑張ってんだ。恋人がいるって言うぐらいなんだ、い、言ってやる。俺だって男なんだから、ビシッと言ってやるんだからな!!

「ツカサ君……」
「ぅ……おっ、おれ……こい、びと……っ」
「え?」
「こっ、ここ……こ、ぃびと……い、いますから……っ!!」

 う、ああ、駄目だ。恥ずかしい、死ぬ、顔が熱すぎて涙が出てきそうでつらい。
 たった一言なのに、なんでこんな気持ち悪いくらいに顔が熱くなってるんだ俺は。絶対にユデダコみたいになってる、やだ、穴が有ったら入りたいぃい……!

「クゥッ、クゥウウー!」
「くきゃー!」
「きゃふっ、くきゃーっ、きゃふー!」

 あまりにも情けない俺の態度に気付いたのか、ペコリア達が膝上の合戦をやめて、レイドと俺の間に入ってくれる。威嚇するのは過激だったけど、思っても見ないモノにおどかされたのが利いたのか、レイドは驚いて二三歩離れてしまった。

「そっ、それ、君の守護獣!?」
「あ……あ、あぃ」

 ああああああちゃんと喋れないばかああああ。
 気持ち悪い俺!! バカ、バカ野郎俺もうちょっとちゃんと喋れ!
 なに恥ずかしがってんだバカ!

「まあ、ペコリアを守護獣にしてる人なんて初めてみた……」
「興味深いね……」

 興味……ぶかい……?
 ……あっ、お姉さんが興味を持ってくれている。青年もだ。
 悪い感じの表情じゃないってことは……もしかして……ペコリア達を可愛いと、俺がうらやましいと思ってくれているとか……?

 …………ふ、ふふふ……そうでしょう、ペコリア可愛いでしょう!
 もしかしてお姉さんも可愛いモンスターに興味があるのかな!?
 だとしたら、もっとペコリアの可愛さをアピールしたい。こんなに優しくて強くて可愛いイイ子だっていうのを知らしめて、臆病で弱いモンスターっていうイメージを払拭ふっしょくしたいぞ!

 急にペコリア達に注目されたおかげで恥ずかしさも吹っ飛んでしまい、さあ今からペコリアがどれだけ可愛くて優秀かを説明しようと口を開いた。と、同時。

「何やってんだお前ら、勝手に人の縄張りに入ってきやがって……」

 ……背後から、殺気を含んだ声がする。
 その声の主を俺しに“何か”を見たレイドは、目を丸くして急に青ざめていたようだったが、すぐにきびすを返して仲間達の元に戻った。
 誰に青ざめたか、なんて、もう言うまでもないだろう。

 けれどレイドは今一度俺に振り返ると、名残惜なごりおしげに手を振って来た。

「ツカサ君、回復薬ありがとう! また会おう!」
「え、えぇ……」

 いや、あの、俺さっきも言ったけど恋人がいるんで勘弁して下さいよ……。
 そう言いたかったが、俺が口をあんぐりと開けている内に、三人は再び砂煙の中へと消えてしまっていた。

「…………ツカサ君、アイツとなに話してたの?」
「か、回復薬売ってくれってのと……なんか……」
口説くどかれたんだ! 口説くどかれたんでしょ!? あああああのクソガキぃいい!」
「こっ、断わった! 断ったからおれ!!」

 慌てて振り返りブラックを見上げると、相手は何故か驚いたような顔をしていて。
 何にそれほどびっくりしたのかと思ったが、ブラックは俺の目の前にひざまずくと顔をずいっと近付けて来た。う、ちょ、ちょっと、顔近付けんなって、やめろ。

「ツカサ君……自分でちゃんと断ってくれたの……?」

 なんか、声がはずんでいる気がする。
 でも、嬉しそうな声をされると恥ずかしさが再び込み上げて来てしまい、俺は顔をそむけてブラックを見ないようにしながら小さく頷いた。

 ほおが熱くて痛い。ブラックがどんな顔をしているか見られない。
 見たくないのに、相手の笑うような吐息で表情が解ってしまう。

「あは……ツカサ君、ちゃんと断ってくれたんだぁ……ふふっ、ふへへ……」
「へ、変な笑い方するな!」

 掛かってくる息を手掛かりにブラックの顔を引き剥がそうとするが、相手は俺に顔を近付けたまま、あろうことか抱き締めて来た。

「ツカサ君、可愛い……。嬉しいよ、僕のために頑張ってくれたんだね……?」
「う、うぅうう……っ」

 モンスターの大群のど真ん中なのに、なにやってんだ。
 抱き締めてる場合じゃないだろう。っていうか、服にコープスの臭いが移るだろうが、マントつけたまんまで抱き締めて来るなよ。

「ツカサ君は、僕の恋人だもんね。僕だけの物だから、断ったんだよねぇ……!」
「っ、も……もう良いから離せってば! いいからさっさと楽しんで来いよ!」
「ツカサ君とイチャイチャすること以上に楽しい事なんてないよぉ」
「あーっもーっ!」

 何でお前はそうやって俺に対して一々恥ずかしい台詞を吹きつけて来るんだ。
 お前がそう言うことばっかり言うから、お、俺は……。

「ツカサ君……ああもう、たまんない……っ」

 ブラックが、俺を抱えたままで立ち上がる。
 落とすまいと体の締め付けが強くなって思わずうめくが、そんなことなど気にもせずブラックは歩き出す。いつものことだけど、何だか嫌な予感がして俺は目の前の服をつかんで引っ張った。

「ぶ、ブラック、ちょっと」

 離せよ、と小さく言ってみるが、ブラックは返答すらしない。
 ただ、首に吹きかかる熱くて荒い息だけが、相手の興奮を俺に突き付けていた。












※またもや遅れてしまって申し訳ない…_| ̄|○
 次はひさびさにやらしいです

 
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