異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編

29.よくわからない事はとりあえず置いておけ

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「うっひゃっひゃ、本当にお前の薬は売れ行きがええのう! がっぽがっぽじゃ」

 重そうな皮袋を持ち高笑いする師匠は、十字架に円がはさまったようなくいの群れの中で背をらせる。回復薬が売り切れになったので、安全地帯に戻って来たのだが――うう、やっぱりこの紫色のヘンな空と杭の群れはうす気味悪い。

 ぞっとしないなあと己の両腕をつかむが、しかし師匠はちっとも怖くないらしい。
 いや、大量の金に目がくらんでいるだけかもしれんが。

 ……にしても、まさか回復薬が“俺達が使うため”じゃなくて“他の奴に売るため”だなんて思いもしなかったな……。てっきり、コープスに掛けたら攻撃手段になる――的なモノだから沢山たくさん作れってことなんだと思ってたのに、まさか金儲かねもうけとは。

 いや、師匠の性格だったらわからんでもないけど、でもあの流れだったら絶対戦闘に必要だと思うじゃん……ハッキリ言ってくれたらソレ用だと思って作ったのに。
 師匠ってマジで何考えてるか解んない……。

「にしても、あの大量の回復薬は本当に売っても良かったのか」

 足首近くまですそのあるそでなしの上着を整えつつ、クロウが言う。
 そう言やクロウの服はおニューだったんだっけ。前と同じ下膨しもぶくれのズボンに先述の上腕二頭筋剥き出しの上着、そしてブイネックの若干じゃっかんオシャレなシャツ……と、手の甲を守るガード。上着はちょっとフンパツして金の刺繍ししゅうほどしてある。

 仕立て屋さんが言っていたが、上着は拳闘士としてうれいなく戦えるように血しぶきや毒液などが付着しにくい生地になっていて、それそのものが付着しそうになると、ある程度ていどはじき飛ばしてくれるらしい。
 ……説明を聞いた時「魔法でも掛かっているのか?」と思ったが、生地に使われたモンスターの“革糸かわいと”というものがそういう性質になってるらしい。革糸ってなんだ。

 よく解らないけど、まあ接近戦主体のクロウにはもってこいな服なワケだな。
 とにかく、服がまともなモノになったおかげで、今日はブラックの機嫌も悪くないしクロウも動きやすそうだしで本当に良かった。……とまあ、それは置いといて。

「ツカサ君の薬の等級がどうのとか言ってなかったっけ」

 ブラックもカーデ師匠の理不尽さに少々あきれているようで、半眼でにらんでいる。
 たしかに、師匠は初めて出逢った時俺のデタラメな回復薬に苦言をていしていたな。だから俺も水で薄めたりして、等級……というものに近付けるようにしたのだが……良く考えてみたら、ソレを他人に売るってヤバくないか。

 俺、まだ等級“らしきもの”って認識までしか行ってないんだけど。
 師匠的には未熟な回復薬のはずなんだけども。

 そこのところどうなんですかと師匠を見やると、相手は皮袋を覗いて、中身のお金をヨダレだらだらで数えていた。あーっ、白髭しろひげ汚れますって。

「フハハ、心配せんでもちゃんと見極めて売ってやったわい。水で薄めそこねて高い力を持った薬は軽傷者に、通常の効果に近い物は重傷者にのう」
「えっ、それ逆じゃないんですか」

 傷が深い人によく効く方を渡すのが良かったんじゃないのか。
 せっかく高いお金払ったのに、全快出来ないなんて何か詐欺っぽくて気になる。
 俺もだましているようで寝覚めが悪いんだが……しかし、カーデ師匠はそんな気持ちに気付いたのか「何を言っておる」と言わんばかりに胡乱うろんな目を向けて来た。

「バカモン、重傷者によく効く方を渡したら騒ぎになるじゃろが。そもそも、流通しとる回復薬の効果はアレでも効きすぎるくらいじゃ。深手を負ったなら、回復薬三本でも足りるかどうかの効力じゃぞ。お前の薬では効きすぎじゃ。まあその感度はバカどもにゃ解らんだろうがな」
「だから、わざと弱い方を渡して“なんの変哲もない回復薬”に見せかけたのか」

 クロウの冷静な言葉に、師匠はニヤリと笑ったが……すぐに笑みを収めた。

「まっ、薄めた回復薬を売るなんてこたぁ、バカモンどもがようやっとることじゃ。回復量が通常より小さかったとて『ああハズレだな』としか思われんわ」
「そういうの、冒険者として困るんだけどね。こちとら、クズ薬師のハズレ薬にどんだけ悩まされたと思ってんだ」

 この言い方は、ブラックも以前苦労した事が有るって感じだな。
 そういえば俺の薬を初めて飲んだ時、ブラックは物凄く絶賛してくれたっけ。あの時は俺の薬スゲーってだけ思ってたけど……そういうのがあったからなのか。
 回復薬は、ほとんど自前で作ってたから気が付かなかったよ……。今までの俺は運が良かっただけなんだな。しかしソレを知ってる師匠も意地が悪いな。

 それならそうと早く言ってくれたら良かったのにと師匠を見やるが、俺の反応もすでに予想していたのか、つまらなそうに耳をほじりながら皮袋を懐に仕舞った。

「馬鹿どもの指導はワシの範疇はんちゅうじゃないわい。心構えも腕もクズな三流に懇切丁寧に技を教えるヒマがあるなら、酒でも飲んどったほうがマシじゃ。文句を言うなら指導不足の学術院の講師どもに言え」
「ぐ、ぐぬぬ……」

 おお、ブラックが言い負けている。
 まあでも確かに旅をしながら辺境で薬師をしてる師匠には関係ないよな。それに、師匠の考え方には納得せざるを得なかったんだろう。ブラックも、自分の故郷であるベランデルン帝国に在るという、曜術師達の学校――学術院に対しては、常日頃から良い印象は持ってなかったみたいだし。

「まぁそんなことはどうでもいいが……とりあえず、これでお前の薬の薄め方は大体理解した。……が、水でやるのは感心せんぞ」
「えっ、なっ、なんで水だって分かったんですか!?」
「色と曜気の混ざり方を見れば分かるわい。……まあ、これは“薬神老師”と呼ばれるワシぐらいしか解らんじゃろーがのう! はっはっは!」

 色々と思うところはあるが、ツッコミをいれたら負けだ。にしても、そんな高度な見分けが出来るとは、流石さすがにシアンさんが認めるだけある薬師だなぁ……。
 しかし水はダメなのか。

「水だとヘンな事になるんですか?」
「そうではないが、聖水の力が弱まるんじゃ。他の薬を混ぜたり、毒草を少量使う方が弱体化させるには都合が良い」
「どっ、毒草!?」
「まあ、そのあたりは明日薬学として教えてやろう。お前も“木の曜術”に少しばかり慣れて来たようだからの。……今日は夕方になる前に帰ってゆっくり休め」

 そう言いながら上の階へと歩き始める師匠に、クロウが声を掛けた。

「もう帰るのか」
「夕方になるとみな一斉いっせいに帰るから混むんじゃよ。酒場も混んで迷惑なんじゃ」

 そっか、夕方になるとみんな帰っちゃうのか。
 でもどうしてなんだろ。そう言えばこのダンジョンが夜になった時って、どうなるのか全然知らないけど……もしかしてすげー暗くなっちゃうんだろうか。

 夜は昼間より強いモンスターが出るって言うし、みんなそれを避けるのかな。
 そう思ったんだけど、師匠は俺達に背を向けたまま片手を「無い無い」と振った。

「逆じゃ逆。出なくなるんじゃよ。モンスターも出ないし真っ暗なだけの洞窟になるから、みな帰るんじゃ」
「……戦うモノも居なくなった洞窟なら、更に存在意義が失われるな」
「なんせ宝も出尽でつくしたダンジョンだからの。と言うワケでさっさと戻るぞ」

 そう言いながら歩を進める師匠に、ブラックとクロウは「なぁんだ、つまんない」とか「ムゥ」とか燃焼不足感あふれる不満げな声を出していたが、後に続いた。
 俺も、ペコリア達と一緒に戻ろうと足を踏み出す――――

「――――…………?」
「クゥ?」

 どうしたの、と言わんばかりに三匹で首を傾げるペコリア。
 だけど、俺はそれにすぐに答えられず、いつの間にか後ろを振り返っていた。
 ……自分でもよく解らないけど、何だか広場の方が気になる感じがしたのだ。
 と、言うか……誰かに呼び止められたみたいな……。

「…………んん……?」

 俺、なんで振り返ったんだろう。
 紫色の空は別に変化したようにも見られないし、墓場みたいでゾッとしない“結界の杭”の群れも動いたモノはない。少し小高い丘も、その向こうの広場の喧騒も、さっきと同じような感じだった。……でも……なんだろ、この変な感じ。

「クゥウ」
「ツカサ君、どしたのー?」
「何かヘンなものでも見えたか」
「あっ、い、いや……なんでもない」

 生暖かい風がじっとりとした湿気を運んできたみたいで、肌が湿しめっている。
 その心地悪さに腕を撫でると、俺はペコリア達と一緒に三人の後に続いた。

 ……まあ、よくわかんなかったし気のせいだろう。
 俺別にカンが良いってワケでもないし、そもそも変な事が起こっていたら、俺よりもブラックやクロウの方が先に気付くだろうしなあ。

 おおかた喧騒が変な風に耳に届いたんだろう。そう言う事はままある。
 それより、師匠の言う通り今日はゆっくり休んで明日も頑張らなくちゃな。勘違いを長くっても仕方がないと思い直し、俺達はつつがなくダンジョンを脱出した。

 しかし……本当ひっきりなしに冒険者が出たり入ったりしてるよなあ。
 んで、みんな可愛いモンスターには目もくれず第三層以降に入ってるみたいだし。
 …………つーかそもそも、なんでみんなこのダンジョンに潜ってるんだろう。

 そこ、根本的なところが解らないんだよな。

「あの……師匠、そもそもの話……みんなどうして急にここに来たんですかね」

 帰り道の緩い坂道を登りながら問いかける俺に、師匠は空を見上げた。

「……ふーむ……。まあ、ヒトコトで言えば……小遣い稼ぎ、かのう」
「こづかい?」
「この海洞かいどうダンジョンの【コープス】だけが持っている素材があっての。……まあ、それは明日薬学を教える時にでも話すか。薬に混ぜるにも丁度いいしのう」
「……?」

 何だかよく分からないけど、そのコープスからドロップする何らかのモノが、冒険者達が集まる理由になっているんだろうか。
 でも、それなら常時集まってたって変じゃないよな。どうして今なんだろう。
 なんだか不可解だったけど、教えてくれるんならまあいいか。

 俺とブラック達は一様に顔を見合わせて首を傾げたが、とりあえずその場は置いておくことにした。どうせ、問い詰めたって師匠は話してくれないだろうしな。

 それにしても……あの回復薬の代金、ちゃんと分けてくれるんだろうか。
 俺的にはそっちの方が心配なんだが。












※遅れてしもうた…申し訳ないです(;´Д`)

 
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