101 / 917
海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
29.よくわからない事はとりあえず置いておけ
しおりを挟む◆
「うっひゃっひゃ、本当にお前の薬は売れ行きがええのう! がっぽがっぽじゃ」
重そうな皮袋を持ち高笑いする師匠は、十字架に円が挟まったような杭の群れの中で背を反らせる。回復薬が売り切れになったので、安全地帯に戻って来たのだが――うう、やっぱりこの紫色のヘンな空と杭の群れは薄気味悪い。
ぞっとしないなあと己の両腕を掴むが、しかし師匠はちっとも怖くないらしい。
いや、大量の金に目が眩んでいるだけかもしれんが。
……にしても、まさか回復薬が“俺達が使うため”じゃなくて“他の奴に売るため”だなんて思いもしなかったな……。てっきり、コープスに掛けたら攻撃手段になる――的なモノだから沢山作れってことなんだと思ってたのに、まさか金儲けとは。
いや、師匠の性格だったら解らんでもないけど、でもあの流れだったら絶対戦闘に必要だと思うじゃん……ハッキリ言ってくれたらソレ用だと思って作ったのに。
師匠ってマジで何考えてるか解んない……。
「にしても、あの大量の回復薬は本当に売っても良かったのか」
足首近くまで裾のある袖なしの上着を整えつつ、クロウが言う。
そう言やクロウの服はおニューだったんだっけ。前と同じ下膨れのズボンに先述の上腕二頭筋剥き出しの上着、そしてブイネックの若干オシャレなシャツ……と、手の甲を守るガード。上着はちょっとフンパツして金の刺繍を施してある。
仕立て屋さんが言っていたが、上着は拳闘士として憂いなく戦えるように血しぶきや毒液などが付着しにくい生地になっていて、それそのものが付着しそうになると、ある程度は弾き飛ばしてくれるらしい。
……説明を聞いた時「魔法でも掛かっているのか?」と思ったが、生地に使われたモンスターの“革糸”というものがそういう性質になってるらしい。革糸ってなんだ。
よく解らないけど、まあ接近戦主体のクロウにはもってこいな服なワケだな。
とにかく、服がまともなモノになったお蔭で、今日はブラックの機嫌も悪くないしクロウも動きやすそうだしで本当に良かった。……とまあ、それは置いといて。
「ツカサ君の薬の等級がどうのとか言ってなかったっけ」
ブラックもカーデ師匠の理不尽さに少々呆れているようで、半眼で睨んでいる。
たしかに、師匠は初めて出逢った時俺のデタラメな回復薬に苦言を呈していたな。だから俺も水で薄めたりして、等級……というものに近付けるようにしたのだが……良く考えてみたら、ソレを他人に売るってヤバくないか。
俺、まだ等級“らしきもの”って認識までしか行ってないんだけど。
師匠的には未熟な回復薬のはずなんだけども。
そこのところどうなんですかと師匠を見やると、相手は皮袋を覗いて、中身のお金をヨダレだらだらで数えていた。あーっ、白髭汚れますって。
「フハハ、心配せんでもちゃんと見極めて売ってやったわい。水で薄め損ねて高い力を持った薬は軽傷者に、通常の効果に近い物は重傷者にのう」
「えっ、それ逆じゃないんですか」
傷が深い人によく効く方を渡すのが良かったんじゃないのか。
せっかく高いお金払ったのに、全快出来ないなんて何か詐欺っぽくて気になる。
俺も騙しているようで寝覚めが悪いんだが……しかし、カーデ師匠はそんな気持ちに気付いたのか「何を言っておる」と言わんばかりに胡乱な目を向けて来た。
「バカモン、重傷者によく効く方を渡したら騒ぎになるじゃろが。そもそも、流通しとる回復薬の効果はアレでも効きすぎるくらいじゃ。深手を負ったなら、回復薬三本でも足りるかどうかの効力じゃぞ。お前の薬では効きすぎじゃ。まあその感度はバカどもにゃ解らんだろうがな」
「だから、わざと弱い方を渡して“なんの変哲もない回復薬”に見せかけたのか」
クロウの冷静な言葉に、師匠はニヤリと笑ったが……すぐに笑みを収めた。
「まっ、薄めた回復薬を売るなんてこたぁ、バカモンどもがようやっとることじゃ。回復量が通常より小さかったとて『ああハズレだな』としか思われんわ」
「そういうの、冒険者として困るんだけどね。こちとら、クズ薬師のハズレ薬にどんだけ悩まされたと思ってんだ」
この言い方は、ブラックも以前苦労した事が有るって感じだな。
そういえば俺の薬を初めて飲んだ時、ブラックは物凄く絶賛してくれたっけ。あの時は俺の薬スゲーってだけ思ってたけど……そういうのがあったからなのか。
回復薬は、ほとんど自前で作ってたから気が付かなかったよ……。今までの俺は運が良かっただけなんだな。しかしソレを知ってる師匠も意地が悪いな。
それならそうと早く言ってくれたら良かったのにと師匠を見やるが、俺の反応も既に予想していたのか、つまらなそうに耳をほじりながら皮袋を懐に仕舞った。
「馬鹿どもの指導はワシの範疇じゃないわい。心構えも腕もクズな三流に懇切丁寧に技を教えるヒマがあるなら、酒でも飲んどったほうがマシじゃ。文句を言うなら指導不足の学術院の講師どもに言え」
「ぐ、ぐぬぬ……」
おお、ブラックが言い負けている。
まあでも確かに旅をしながら辺境で薬師をしてる師匠には関係ないよな。それに、師匠の考え方には納得せざるを得なかったんだろう。ブラックも、自分の故郷であるベランデルン帝国に在るという、曜術師達の学校――学術院に対しては、常日頃から良い印象は持ってなかったみたいだし。
「まぁそんなことはどうでもいいが……とりあえず、これでお前の薬の薄め方は大体理解した。……が、水でやるのは感心せんぞ」
「えっ、なっ、なんで水だって分かったんですか!?」
「色と曜気の混ざり方を見れば分かるわい。……まあ、これは“薬神老師”と呼ばれるワシぐらいしか解らんじゃろーがのう! はっはっは!」
色々と思うところはあるが、ツッコミをいれたら負けだ。にしても、そんな高度な見分けが出来るとは、流石にシアンさんが認めるだけある薬師だなぁ……。
しかし水はダメなのか。
「水だとヘンな事になるんですか?」
「そうではないが、聖水の力が弱まるんじゃ。他の薬を混ぜたり、毒草を少量使う方が弱体化させるには都合が良い」
「どっ、毒草!?」
「まあ、そのあたりは明日薬学として教えてやろう。お前も“木の曜術”に少しばかり慣れて来たようだからの。……今日は夕方になる前に帰ってゆっくり休め」
そう言いながら上の階へと歩き始める師匠に、クロウが声を掛けた。
「もう帰るのか」
「夕方になると皆一斉に帰るから混むんじゃよ。酒場も混んで迷惑なんじゃ」
そっか、夕方になるとみんな帰っちゃうのか。
でもどうしてなんだろ。そう言えばこのダンジョンが夜になった時って、どうなるのか全然知らないけど……もしかしてすげー暗くなっちゃうんだろうか。
夜は昼間より強いモンスターが出るって言うし、みんなそれを避けるのかな。
そう思ったんだけど、師匠は俺達に背を向けたまま片手を「無い無い」と振った。
「逆じゃ逆。出なくなるんじゃよ。モンスターも出ないし真っ暗なだけの洞窟になるから、みな帰るんじゃ」
「……戦うモノも居なくなった洞窟なら、更に存在意義が失われるな」
「なんせ宝も出尽くしたダンジョンだからの。と言うワケでさっさと戻るぞ」
そう言いながら歩を進める師匠に、ブラックとクロウは「なぁんだ、つまんない」とか「ムゥ」とか燃焼不足感あふれる不満げな声を出していたが、後に続いた。
俺も、ペコリア達と一緒に戻ろうと足を踏み出す――――
「――――…………?」
「クゥ?」
どうしたの、と言わんばかりに三匹で首を傾げるペコリア。
だけど、俺はそれにすぐに答えられず、いつの間にか後ろを振り返っていた。
……自分でもよく解らないけど、何だか広場の方が気になる感じがしたのだ。
と、言うか……誰かに呼び止められたみたいな……。
「…………んん……?」
俺、なんで振り返ったんだろう。
紫色の空は別に変化したようにも見られないし、墓場みたいでゾッとしない“結界の杭”の群れも動いたモノはない。少し小高い丘も、その向こうの広場の喧騒も、さっきと同じような感じだった。……でも……なんだろ、この変な感じ。
「クゥウ」
「ツカサ君、どしたのー?」
「何かヘンなものでも見えたか」
「あっ、い、いや……なんでもない」
生暖かい風がじっとりとした湿気を運んできたみたいで、肌が湿っている。
その心地悪さに腕を撫でると、俺はペコリア達と一緒に三人の後に続いた。
……まあ、よくわかんなかったし気のせいだろう。
俺別にカンが良いってワケでもないし、そもそも変な事が起こっていたら、俺よりもブラックやクロウの方が先に気付くだろうしなあ。
おおかた喧騒が変な風に耳に届いたんだろう。そう言う事はままある。
それより、師匠の言う通り今日はゆっくり休んで明日も頑張らなくちゃな。勘違いを長く引き摺っても仕方がないと思い直し、俺達は恙なくダンジョンを脱出した。
しかし……本当ひっきりなしに冒険者が出たり入ったりしてるよなあ。
んで、みんな可愛いモンスターには目もくれず第三層以降に入ってるみたいだし。
…………つーかそもそも、なんでみんなこのダンジョンに潜ってるんだろう。
そこ、根本的なところが解らないんだよな。
「あの……師匠、そもそもの話……みんなどうして急にここに来たんですかね」
帰り道の緩い坂道を登りながら問いかける俺に、師匠は空を見上げた。
「……ふーむ……。まあ、ヒトコトで言えば……小遣い稼ぎ、かのう」
「こづかい?」
「この海洞ダンジョンの【コープス】だけが持っている素材があっての。……まあ、それは明日薬学を教える時にでも話すか。薬に混ぜるにも丁度いいしのう」
「……?」
何だかよく分からないけど、そのコープスからドロップする何らかのモノが、冒険者達が集まる理由になっているんだろうか。
でも、それなら常時集まってたって変じゃないよな。どうして今なんだろう。
なんだか不可解だったけど、教えてくれるんならまあいいか。
俺とブラック達は一様に顔を見合わせて首を傾げたが、とりあえずその場は置いておくことにした。どうせ、問い詰めたって師匠は話してくれないだろうしな。
それにしても……あの回復薬の代金、ちゃんと分けてくれるんだろうか。
俺的にはそっちの方が心配なんだが。
→
※遅れてしもうた…申し訳ないです(;´Д`)
10
お気に入りに追加
1,003
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる