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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
人が多いとトラブルが起きがち2
しおりを挟むなんとも重い気持ちを抱えながら、師匠に見送られて団体さんで岩の群れる広場へご案内される。なんかもうみなさん砂煙を巻き上げながら戦ってるもんだから、誰が生きている人で誰がモンスターかも定かではない。
つーか離れているのに怒鳴り声が凄い。
以前一度だけ大討伐に参加した事があるのだが、あの時はセクハラはともかく全員静かだったのに、どうしてここだけこんな事になるんだろう。
いや、こういうのって別に討伐依頼でもないし、夜闇に紛れて……みたいな奴でもないから、みんな好き勝手にやった結果こういう大混乱になってんのかな。
元々冒険者って血の気の多い人ばっかりだし、曜術師はお互いにソリが合わないので、パーティーに一人しか居ないのが基本だっていうし……。
にしたって、まだ広場に少ししか近付いてないのに「殺すぞ」って罵倒が聞こえてくるのはどうかと思うんだけど。血の気が多過ぎて沸騰してないか。
もしや【コープス】ってモンスターはそれほどヤバい奴なのかな……ああ、なんにせよ不安だ。“そういう覚悟”を決めたとは言っても、俺は未だに“限りなく人間に近い存在”を斃したことなどない。きちんと出来るのかどうかも謎だ。
……つーかそもそも、件のモンスターがどういう存在なのかも判らない。
できればフンワリした、ディティールが細かくないオバk……いや、モンスターが良いなぁ……なんて思っている俺の前で、オッサン達は不穏な事を話していた。
「どっか戦い易そうな場所ないかなー」
「しかしあまり空いた場所を選ぶとつまらん。密集地がいい」
いや密集地って。やめて、どこ選ぼうとしてんのやめて!
ブラックはともかくクロウ、お前なにやる気になってんだ!
「ちょっ、た、頼むから初日は手加減してくれよ!」
慌てて二人の間に割り込んで抗議するが、しかしオッサン達は憎らしい長身で俺を見下ろして「なにを今更」とでも言わんばかりに眉を上げる。
「ツカサ君、そんな弱気じゃ駄目だよ~。これは修行なんでしょ? だったら、自ら苦難に飛び込んで行かないと!」
「そうだぞツカサ。良き獅子は我が子を悪漢の前に立たせるものだ。生温い修行では真の力は得られないぞ」
「とか何とか言って、お前ら思う存分戦いたいだけだろ!」
俺は解ってんだからな、と指を差すと、二人はそれぞれをそっぽを向いた。
あーコラてめえら図星だな図星!
「まあまあそれは置いといて……おっあの場所良い感じにモンスターが溜まってるじゃないか。よーし久しぶりの戦闘だ、楽しみだな~」
「やっぱりお前ら自分がモガッ」
「ムッ、騒ぐと気付かれるぞツカサ。さあ行こうすぐ行こう」
ヴァーッ、口を塞ぐんじゃねえええええ。
ギャンギャン喚き散らしたかったが、しかしクロウに荷物の如く脇に抱えられて、俺は嫌とも言えずに広場に突入させられてしまった。
ゲホッゴホッ、す、砂煙が目に痛い。それに、歩くそばから前後左右まんべんなく誰かの手とか足とか剣とか杖とかが唐突に出てきて凄く危ない。
ペコリア達が誰かに踏まれやしないだろうかと心配になって地面を見やると、三匹は俺達の傍で上手いこと人を避けながら付いて来てくれていた。
ああ、こんな事になるなら付いて来させなければ良かったよ。戦いでペコリア達が怪我するのも嫌だけど、不慮の事故で人に怪我をさせられたらもっと嫌だ。
「ペコリア、今日は俺のそばに居て俺を守ってくれな」
怪我をさせたくない一心でそう言うと、ペコリア達は言葉を素直に受け取ったのか「まかせなさい!」と言わんばかりにクウクウと鳴いてくれた。
ううっ、可愛い……なんて和むんだ!
「ああ癒され……ゴホッゴヘッゴエェッ」
ぐえー、なんだかよく解らないが喉がイガイガする。
妙だなと思っていたら、抱えているクロウが心配そうな声を掛けて来た。
「ツカサ、物凄いえづいてるが大丈夫か」
「な゛、な゛んが砂煙とかあんま触れないからか、喉がヤバいかも゛っ……。まあ、でも、発声できないほどじゃないから゛大丈夫っ……ぐぇ゛っ」
砂ってのは思った以上にヤバいな。こりゃ困ったぞと思っていると、不意に砂煙が俺達を避け始めた。……いや、これは、風が俺達の足元から風が吹き上がって、四方八方から流れてくる砂をシャットダウンしているんだ。
でも一体どうしてこんな事に。そう思って風の湧き出る足元を見やると、クロウの忙しなく動く足に纏わりつく金色の揺らぎのような物が見えた。
金色って言うと、この世界だと“大地の気”の色だよな。
ってことは……この風ってもしかして、その大地の気を使う“付加術”なのか?
でも俺は使ってないし……ということは、もしかしてブラックがこれを……?
喉のいがらっぽさに唸りつつも、前方を見やると――――ずんずんと歩いて行く広くてデカい背中から、金色の粒子のような物が散って消えるのが見えた。
「ブラック、やっぱりこの風……」
言うと、相手は振り返って悪戯っぽく笑った。
「えへへ、どお? 凄いでしょ。【ウィンド】は、その気になればこう言う使い方も出来るのさ。……まあでもこの術は【索敵】との複合曜術だから、今のツカサ君には難しいかもしれないけどね」
「む゛……ひ、一言多い……!」
そういう言い方さえなかったら、ちょっと……その……き、気遣い出来る大人の男みたいで、格好いい……かな……とか……いや前言撤回! ナシナシ!
ええい畜生、後で吠え面かくがいいわ、俺だって出来るってトコを見せてやるぞ!
俺は【ウィンド】は使った事無いけど、そよ風の【ブリーズ】は何度も使ったし、その術の数倍上の威力である【ゲイル】も使った事が有るんだからな!
それを使って氷の曜術だって作った事あるんだからな!
くっそぉお赤くなってないしこれは怒ったからだし、こうなったら華麗に術をキメて、オッサン二人を圧倒してやる!!
「ツカサ……本当にノリやすいな……」
「はい!? なにが!?」
クロウの声に見上げようとすると、前を歩いていたブラックの足が止まった。
「おっと、このあたりでいいかな? おい熊公ツカサ君降ろせよ。ツカサ君、今から僕がこの一帯の砂煙を散らすから、近付いてきた【コープス】を捕えて定期的に僕」
「オレも」
「……僕達の方に投げてくれる? いい?」
「ったりめーだ、その修行をするために来てんだろ! どんと来いや!」
男として、その挑戦ドンと受け取ってやろうじゃないかい。
強めに胸を叩いて鼻息荒く宣言する俺に、ブラックは微妙な表情で笑ったが、気を取り直して右の人差し指を立て、自分の周囲を測るがごとく横一線に振った。
そうして、何かを小さく呟いたと思った、瞬間――――
俺達を中心に、直径二百メートルくらいの砂嵐が一気にその場から消え去った。
――……音も無く、本当に一瞬。瞬きする暇もなく一斉に。
思わず驚いてしまったが、それは恐らく彷徨っていたモンスター達も同じだろう。
人のいない場所をうろついていたらしい、数十体の【コープス】がノロノロとしたその動きを止めた。まるで、俺にその姿を見せつけるように。
……はっきりと、今、初めて見た、人型の魔物。
その姿を認識して――――血の気が引いたが、必死に悲鳴を抑えて耐えた。
「~~~~~~っ」
「じゃあよろしくねっ、ツカサ君」
「ム、オレも遊……行くぞ。ツカサ、周囲に気を配る事も忘れずにな」
俺の様子など気にせず、クロウは抱えていた俺を降ろしブラックの方へ駆け出す。
だがもう俺はとてもじゃないがそれに手を振る事すら出来なかった。
……だ……だって。だってっ、
「う……うう゛ぅ……な、な゛んでそんな中途半端にリアルなんだよぉお……!」
だって、砂煙が晴れた場所に居る【コープス】達は……俺が想像していた、いや、こうだったら良いのになと思っていた姿とは、かけ離れた姿だったのだから。
「クゥッ、クゥウウゥ!」
「くきゃーっ!!」
「きゃふっ、きゃふーっ、フーッ!!」
ううう、ペコリア達も【コープス】の凄い姿に驚いて、モコモコの毛を膨らませて威嚇している。そりゃそうだろう、森で穏やかに過ごしているこの子達から見れば、あの“人のようで人ではない”姿は異常としか言いようが無かったのだから。
でも、怯んではいられない。ここで何もせずにビクビク怖がっていたって、修行にならないのだ。師匠に怒られてしまうし、再びブラック達に呆れ顔をされてしまう。それだけは我慢ならない。男として、もう情けない姿は見せられないのだ。
俺だってやれるって所を見せなきゃな。
首を振ってとにかく冷静になろうと息を吸い、咳き込んでから俺は前を見据えた。
「うぅ……し、しかし怖い……」
見えた敵に思わず呻いてしまうが、仕方がないと思う。
だって【コープス】は……こ、コープスは…………か、顔がデロっと溶けてて、体が妙な感じに傾いてて、目玉が飛び出したり半分もう骨だったりしてる、薄い青紫の色々ヤバい色の体をしてて…………っ。
「う、うあぁああっ、なんでそんなリアルッ、わーなんでなんでそんな怖い感じなんだよぉおお!! やだー! やーーだーーー!!」
「ツカサ君いーから修行してっ!」
「これから嫌でも付き合うんだから今の内に慣れておけ」
あ゛ーッおっさん達がいじめるうううう。
うっ、ううっ、なんでこういう時に限ってコイツらは俺を突き放すんだよぉ。
いや普通そうなんだけど、そりゃそうだよねって感じなんだけど。でもさ、お話の中だと普通「頑張って」とか「サポートしてやるぜ」とか言うだろ!?
何故に異世界でこんなシビアな扱いをうけにゃいかんのだ。
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ちきしょうめ、こうなりゃヤケだ。こっちには可愛いペコリア達のモフモフ結界もあるんだ、怖いおば……こ、コープスなんかに負けないんだからな!
相手は幽霊でも故人でもないんだから、遠慮はいらないんだ!
人の念と【魔素】で作られた存在ならば、俺でも一気にイケるはず……っ。
「ぐぅっ……そ、それにしても……拘束って、どいつを拘束すればいいんだ……」
恐ろしい人型のモンスターを見据えたは良いが、その見据えたモンスターが次から次へと倒されて消えて行く。というのも、ブラックとクロウが、砂煙のない狭い範囲で縦横無尽に動きまくっているからだ。
修行でしょ、と言っていたのはオッサンどものくせして、いざ戦闘となると俺の事などすっかり忘れたように、コープス達を叩き切ったり殴り飛ばしたりしている。
その速さと言ったら目で追うのがやっとで、俺にはどうする事も出来なかった。
術を発動させようとしても、その瞬間から目標が消えて行くのだ。
超高速ワニワニパ○ックだって、こんな理不尽な速さにはなるまい。
とりあえず準備をしておこうと思い、種をまいて出した蔓の群れも、俺の優柔不断な【レイン】で操られて右往左往しオロオロするような有様だった。
……おい。俺の修行って話じゃ無かったのかオッサンども。おいコラ。
思わず詰りたくなるが、二人は楽しそうに剣や拳を振り回しながら、余裕の横顔で首を左右に傾げている。なんならクロウは拳を軽く見せて吠える有様だ。
「うーん、思ったより弱いなぁ。下の階に行けばもう少し強いのかなぁ」
「歯ごたえが無さすぎる……もっと掛かって来い!」
…………おい。修行。
俺の修行のこと忘れてんだろお前ら。
「クゥ~」
「クゥウ?」
これにはペコリア達も困り顔だ。
うう、ごめんよ俺の可愛いペコちゃん達。オッサンどもが自分勝手なばっかりに。
……とは言え、こんなのあの二人と一緒に居たら当たり前なんだよな。あいつらは他の冒険者なんか敵わないくらいに強くて、俺なんか足元にも及ばないんだ。
そんな奴らが、弱い敵に対して遠慮するはずも無い。俺が追いつけないほどの行動だって、二人にとってはアレでもセーブしているつもりなのだ。元々こんな階層で雑魚狩りなんてしなくてもいい奴らなんだから、そりゃあこうもなるだろう。レベルが低い俺が、文句を言える話ではなかった。
けれど、俺は今ブラック達と一緒に居る。
ブラック達と一緒に旅をして、たくさん楽しい事をしようって思ってるんだ。
だからこそ、俺は足手まといになりたくなくて修行を望んだんだよな。
――――ずっと、一緒にいたいから。
「…………っくしょー……付いてくしかねえか……っ!」
今でも二人の動きを負うのに精一杯だけど、本気のブラック達の速さはこんなものではない。ブラックとクロウが真剣になったら、一瞬にして敵を切り伏せるのだ。
本当に、物語の中で崇められる英雄みたいに強い。
誰もその事にケチをつけられないほど、本気の二人は凄いんだ。
だから、俺はブラックとクロウに追いつきたい。俺だって戦いたい。
例えそれが叶わないとしても、せめて後衛として二人の役に立ちたいんだ。
それを思えば……震えてる暇なんて無かったな。悔しいけど、ブラック達の舐めた振る舞いが再び俺に「やるべきこと」を教えてくれたらしい。
その事に不満を感じないでも無かったが、俺は気合を入れ直すと、両手を前に突き出し無数の蔓たちを整列させた。
真っ直ぐに伸びて俺を守る檻のようになった蔓の隙間から、俺は二人を見やる。
何度見ても予測できない動き。捕えたと思ったらすぐに敵を倒している。早い。
だけど、ブラック達に敵を誘導するためには、二人が戦い易いように【レイン】を使いこなすには、見ているだけじゃダメだ。予測とかそう言う話じゃなくて、二人が自由に戦えるようにするには…………。
「――――……っ!」
視界の端に、砂煙のない範囲へと入り込んできたコープスが見えた。
その距離はブラックより遠い。クロウが走るにもまだ数十秒時間がかかる場だ。
ついさっき纏まった数で出て来たコープスを相手にしているブラックでは、そいつを捌く手間がかかる。そう思って、俺は反射的に手を動かして思念を送った。
刹那、三本の蔓が一気に伸びてコープスを捕える。
その蔓の動く音にブラックが振り返ったと同時、俺はそちらへ敵を放り投げた。
「ッ……ぅ゛ぐ……っ!!」
蔓を振って放り出すイメージを放った瞬間、両腕に衝撃と重い負担が掛かる。
敵を拘束し続けている時の負荷とは少し違う、まるで相手の重みを蔓を通して受け取っているような感覚だ。思わず顔を歪めたが――――。
「ツカサ君やるぅっ」
嬉しそうな軽い声を掛けたブラックが、片手間にコープスを一刀両断する。
まるで実像など無いように一瞬で影のようになって溶け消えるコープスの向こう側で、ブラックが嬉しそうな笑顔を俺に向けていた。
気が付けば、クロウもなんだか笑っているような雰囲気で俺を見ている。
二人とも、敵を蹴散らしながらの何とも奇妙な光景だったけど、でも……。
「あは……お、おれ……結構やれば出来るじゃん……」
なんだか、初めて二人に褒められたみたいな妙な気分になって――俺は、何故だか体がぶるりと震えてしまった。
どうしてかは自分にも解らないけど、でも、嬉しいって事だけは解る。
「俺だって、出来るんだ……」
体力もないし攻撃力も無い、唯一の武器もロクに使いこなせやしない、強い仲間におんぶにだっこな俺だけど。
けれど、そんな俺だって、二人のために出来るコトがある。
守る守るって口で言っても今まで現実感が無かったけど、なんだかやっと、何かが少し出来たような気がする。
そう思うと、何故か目の奥がじわじわと熱くなってきて。
「っ……くしょー……バカじゃねーの俺……」
喉の奥まで熱くなって溢れそうになり、たまらず顔を腕に押し付けて擦る。
すると、その行動はペコリア達を心配させてしまったようで。
「クゥッ」
「クゥウ」
「クゥー……?」
「だいじょうぶ?」とでも言うように、小さな前足で気遣うようにぽむぽむと俺の足に触れて来る三匹に、俺はせいいっぱいの笑顔を向けてやった。
「大丈夫っ、さあ、もっと修行頑張んなくちゃな……!」
怖さとは違う震えが、体に伝わってくる。
その高揚が何だかは俺には言い表せなかったけど、でも。
不思議と……湧いて出てくる敵に、もう恐れは感じなくなっていた。
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