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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
27.人が多いとトラブルが起きがち1
しおりを挟む「…………え?」
じゅ……十字架?
紫色の空に、暗い色の草が生えてる草原に、十字架?
こ……これは、どういうことだ。えっ、ちょっと待ってこれ幻覚?
可愛くてファンシーな海のダンジョンはドコに。俺、もしかしてまた転移したの。まさかそんなバカな……あっ、後ろにはちゃんと師匠とブラック達がいるぞ。
えっじゃあ全員転移したのか、このなんか恐ろしい場所に。いやそんなバカな。やっぱ俺が幻覚を見……おかしいな、目を何度擦っても幻覚が消えないぞ。あれれ。
「ツカサ君、現実逃避もうやめよ。現実、これ現実だから」
「いやそんな」
「オレにも目の前に墓場が見えるから安心しろ」
「だからそういう言葉を聞きたくなかったんだってばあん!!」
思わず語尾がわざとらしい女性っぽくなってしまったが、しかし許して欲しい。
だって俺こんなフロアとか想像してないもん、こんな風になるなんて思ってなかったんだもん!! なんでこんなことになってんだよぉおあああ!!
「まあまあ落ち着いて」
大人の玩具よりも震えて絶叫しているように顔を歪める俺に、いつもならからかう側のブラックも宥めるように肩に手を置いて来る。
いやお前、急に優しいな!
でも落ち着いてじゃねえよこれ絶対出てくる奴じゃん、そういう系の敵が出てくる奴じゃんか、師匠の「盗賊シメたことある?」って奴でもう確定じゃんかあああ!
「ツカサ、修行に来たのだろう。いくらおばけが怖くても我慢しなければ」
気を使ってか、クロウが近付いて来てボソボソと囁いて来る。
ばばばバカ野郎俺はお化けなんか怖くないしなんならゾンビはゲームで何体も打ち殺しているし、大体覚悟決めてそう言う感じの元・人間なモンスターも倒しちゃった事だってあるんだけど、か、覚悟なんてとうに決めてるんですけど!!
いやっ……ま、待て、落ち着け俺。
なにも「人型」だからって、人間っぽい物が出る訳じゃ無いかも知れないだろう。
ここは海のダンジョンだ。だったら、同じ「人型」でもスライムだとかの不定型な生物が来るかもしれないじゃないか。なんかこう……藻が人型になった奴とか!
だったら、俺でも殲滅できるかも……。
………………。
いや、藻が人型ってそれも怖いな……。
……じ、実物を見たら怖いかも知れないけど、でも俺の後ろにはブラックもクロウもいるし、何より俺を守ってくれるペコリア達もいるんだ。そうだ、怖いコトなんて何もないんだからな!
それなら何も怖く……こわ……こ……この……でもこれ……ゾンビとか……。
さ、さすがにゾンビそのものは無いよな。……よな!?
「な……なあ、ブラック……」
「ん? なーにツカサ君」
「この世界って……ゾンビとか……いる……?」
恐る恐る、ブラックの顔を見上げながら問うと――――ブラックは意外そうに眉を吊り上げたかと思うと、ニッコリ笑って見せた。
「なーんだ。ツカサ君たら、こう言う場所に出るモンスター知ってたんじゃない! そうだよ、こういう陰気な墓場とかだったらゾン」
「あああああああああ聞きたくない聞きたくない聞きたくないぃいいいい」
あ゛――――ッ!! あああ――――!!
なんで聞いちゃったんだ何で何で俺のバカー!!
いやあああああ聞きたくない聞きたくないやめろ耳を塞いでるのに取ろうとすんなはっ倒すぞいやすみません勘弁して下さい勘弁してあ゛あ゛あ゛――――!!
「んもー、ツカサ君たら本当こう言うの弱いなぁ……」
「ツカサ落ち着け、修行しに来たんだろう。負けても居ないのに泣き喚くのは、戦士としては情けないにもほどがあるぞ」
「やだやだやだ絶対やだ帰る帰るぅううう!!」
ゾンビなんて実写で見たらロクでもないに決まってるじゃないか!
そもそも俺戦士じゃないんですけど、高校生なんですけお!!
あと俺は仏教徒らしいのでどなたかの御遺体を弄るのはちょっとぉおおおお。
「帰るってお前……ほほ~う? さてはこういうのが怖いのかの~?」
「もう怖いとかで良いんで帰らせてください!!」
もう周りが何故か水で霞んで見えないがどうでも良い。
とにかく、近付いてきた師匠の言葉に、必死で言い返す。
しかし師匠はそんな俺の事など構わず、ブラックから俺の体をひったくって、ドンと前に押し出してきた。老人のハズなのになんだこのパワーは!
「アホか軟弱雑魚ガキめ。怖いなら乗り越えてみせろい! ほれ行くぞ行くぞ!」
「ぎゃーっ!! い――――や――――ぁああああ!!」
そうは叫ぶが、俺以外の誰もが「修行に来たんだろうが四の五の言うな」と思っているのか、助け舟を出そうとしてもくれない。それどころか、当然と言わんばかりにブラック達は粛々と俺の後について来る。
ペコリア達も「たすける?」「どする?」と困っているようだった。
いやあの、助けて、いやでも修行、ああでもやっぱり助けてぇええ。
「ええいウルサイのう! 心配せんでも冒険者の屍が出るワケじゃないわい」
「えっ……ぞ、ぞんびでないんですか」
思わず問い返すと、師匠は深く頷く。
「まあ、魔族にはゾンビが属する屍人族という“生物”がおるらしいし、実際に人族も何かの拍子にそうなるらしいがの。しかしここに出るのは【コープス】……人の死体を真似たようなモンスターじゃ」
モンスター。と言う事は……名のある冒険者の死体ではないという事か。
立ち止まると、師匠は「呆れた奴じゃ」と言わんばかりに息を吐いた。
「あの、でも……コープスって……」
一体、どういう存在なんだろう。
「死体を真似た」というのは……ゾンビと何が違うのかな。
この空間に広がる紫色の空と、十字架に似た墓標のような物が広がる草原に、何か関係があるモンスターなんだろうか。
なんだか分からない事ばかりだ……。
思わず息を呑むと、立ち止まった俺の体に横からそよ風がぶつかって来た。
……そう言えば、この空間に入ってから、風が吹いて来るようになったな。
海の中のダンジョンのはずなのに、風は生温くてなんだか気味が悪い。これも謎の空間であるがゆえのモノなんだろうか。なんにせよ、こんな場所がダンジョンの中にわざわざ用意されてるって事は、その【コープス】ってモンスターは、そこら辺からホイホイと湧いてくるような存在じゃないんだよな……?
うーん、だけど、それはそれで謎だ。
謎空間に謎のモンスターって、解らない事が多過ぎるぞ。
だんだんと思考がこんがらがって来て頭を掻く俺に、師匠は話を続けた。
「コープスはの、モンスターを構築する元となっている【魔素】と、人々の悪い念が凝り固まって生まれたモノじゃ。それゆえ、実態は有れど人でもなんでもない。類型に、獣などの残滓が【魔素】溜まりに集まって発生する、獣型の【カーカス】というモンスターもおる。この二種のモンスターはの、海洞ダンジョンのような場所に度々出てくるんじゃよ」
「というと……」
「ここは、人も普通のモンスターも多い。よって、人の念も溜まりやすい。そのうえダンジョンは基本的に【魔素】がどこかしらで湧いておるからのう。特に、このダンジョンは【魔素】が濃く、溜まりやすい。そのため、こうやってポンポンモンスターが生まれてくるんじゃ」
「えっと……生まれてって……」
急に色々と説明されて、頭が処理できず熱を帯びてきた。
首を傾げると、これ以上の説明は難しそうだなと悟ってくれたのか、それとも呆れてしまったのか、師匠は難しい顔で長い白髭を扱いた。
「ま……ダンジョンの生物は、外にいる“生きた”モンスターとは異なるという事じゃな。とにかく向こう側まで行ってみい。お前の怖がっとるようなもんなんぞ無いぞ」
「…………あの……ちなみにこの卒塔婆みたいな物は……」
「ソトバ? ナニを言っとる。こりゃナトラ教の結界を簡易化したもんじゃぞ。円に十字で分かるじゃろが。……あ、まあ、ナトラ教徒からすりゃ墓標にも見えるか」
……結界の簡易化というのがよく解らんけど、あの墓標みたいなモノを地面に突き刺していると、その【コープス】という存在が近付かないって事なんだろうか。
しかし、あれほどまでに乱立しているとなると……ヤバいくらいにモンスターの数が多いって事なんじゃないのか……?
一抹の不安に背筋が寒くなったが――――しかし、墓標畑を抜けて、緩く高い丘に差し掛かった時――――丘の向こう側から思っても見ない音が聞こえて来て、俺は別の意味で驚いてしまった。
「えっ……な、なんか……戦ってる音しません……?」
思わず隣にいる師匠を見やると、相手は髭で隠れた口でニヤリと笑う。
「じゃから言ったろうが。怖がるモノなどないと。それどころか、忙しくなるぞ」
そう言われて、丘の上から緩やかに下る道の先……幾つもの岩が小さな塔のように生えた広い場所を見やって、俺は師匠の言葉の意味を理解した。
「…………これは……確かに……怖がるって雰囲気じゃないッスね……」
俺が見た風景。
それは、ゾンビが大挙して押し寄せてくる光景……ではなく。
「ウオオオオオ!! オラァッ死ねェッ!!」
「何やってんだクソ術師! こっちまで火の粉かけやがって!」
「うるせえ文句言うなら別の場所で狩ってろやド三流が!!」
そんな罵倒と叫び声が平気で聞こえてくる……冒険者達がごったがえして、腐った人間っぽいモノを斬り倒している戦場のような風景だった。
……ああ、こりゃあ確かに怖がるヒマなんてないわ……。
「うわー、なにこれ。お祭り騒ぎじゃないか」
「む……これは戦か。戦なのか?」
ウンザリしたように呟くブラックと、ソワソワして嬉しそうに熊耳を動かすクロウが追いついて来る。特にクロウは、ふんふんと鼻息を荒くしていた。
元々武人だから、こういう混戦を見ると興奮しちゃうんだろうか。
「さて、お前にも今からここで戦って貰うぞ」
「エ゛ッ、まじすか」
こんな騒がしくて人との小競り合いも起きそうな場所で戦うなんて、ゾンビっぽい敵を相手にする以前に色々と問題が起こりそうなんだけども。
思わず嫌な顔をしてしまったが、それも想定内と言わんばかりに師匠は笑った。
「植物を操る術に慣れて来たなら、今度は実践じゃ。この乱闘の中で、的確にお前のパーティーに【コープス】を振り分けて斃して貰え。戦闘となれば、他のパーティーと共に戦う事もある。むしろ、冒険者ならばそちらの方が多いからのう」
いい勉強になるぞ、とチェシャ猫のように笑う師匠に、俺は困ってしまった。
そ、そんな……。あの濃い混乱の中で戦えなんて、どう考えても初日のボコボコにされた思い出よりもしょっぱい思い出が生まれてしまうんじゃないのか。
……あ、いや、そうか。だから回復薬をあんなに持たされたのか。
そうか……と言う事は、ボコボコになるの確定なんだな俺……はは、ははは。
「今度は僕らも戦っていいの?」
ゲンナリしている俺をよそに、ブラックが何か問いかけている。
何だろうかとぼんやり思っていると、師匠は溜息を吐いた。
「仕方がないのう……だが、お前らのやる事は、コイツの修行の補助じゃぞ。それを忘れずにちゃんと立ち回るなら良い」
「ムゥ、感謝する。……ツカサ、ちゃんと守ってやるぞ」
「クゥクゥッ、クゥ!」
「クゥ~!」
クロウの感謝する言葉に、ペコリア達も「がんばるよ!」と俺に宣言してくれる。
物凄く可愛くて和みそうになるが、しかしここは屍との戦場だ。
ともかく……できるだけ人にぶつからないような場所を選んでやるしかない。こうなったら気合を入れて、俺もなんとか頑張らないと。
怖がるヒマもなさそうなのだけが唯一の救いだな……はぁ……。
→
※遅れてしまって申し訳ないです_| ̄|○
応援ありがとうございます!
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