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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
26.異世界と言うのは不思議なもので
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「ひい、ふう、みい、よお、いつ、む……よしっ、このくらいあれば大丈夫だろ」
台所を占拠して数時間。
やっとこさ材料を全部使いきって回復薬を作り終えた俺は、台所の狭いテーブルにずらりと並ぶ大小様々な薬瓶を見て息を吐いた。
しばらく無心で作り続けていたが、ここまでの数になると圧巻だ。
恐らく三十本を軽く超えているだろう。今回は材料を少な目にして、通常の作り方に水などを加えて薄めたので、倍以上の数を作れたようだ。
……とはいえ、普通は水増しすれば回復薬は粗悪になって、回復量も激減するモンだが……それは普通の薬師の話だ。自慢じゃないが、俺が作った回復薬ならば、水で薄めても通常の物より一回り上の効果が出る。なんたって俺は、普通の薬師とは違う丁寧な回復薬の作り方をしているからな。
しかも、チートもなしにこの凄まじい効果だ。つまりは完全に俺の努力の賜物!
つまりは俺の力が凄いということなのである!
ふふん、俺もこういうのだけは適正があるらしいんだ。
戦闘や運動はからっきしだけど、俺だって異世界人らしくやれるって事だな!
いや~参っちゃうなぁ~、普通に作るだけでエリクサーになっちゃうなんてっ。
ゴホン。そこまでは誰も言ってないけど、それはそれとして。
だからこそ、こうやってあからさまな水増しが出来るのである。
……まあ、師匠にも「等級ごとの品質を守れ」って言われてたし、今回は適当に水を混ぜただけだけど、これでも少しは効果を抑えられるだろう。
しかし……問題は、コレをどうやって持って行くかだな。
俺には一応、色々と制約はあるが大容量のモノを収納できる道具がある。
その一つは、冷蔵・冷凍庫ではあるがほぼ無限に物や生物まで入れられる【リオート・リング】と、便利な機能は付いてないけど冷える事は無い【スクナビナッツ】というカプセル状になった曜具(魔道具のような物)を幾つか持っている。
しかし、リオート・リングは時間停止機能は付いておらず、素材はともかく加工品が長期保存できないという難点がある。
対してスクナビナッツは、同じ性質の物しかまとめて入れられず、バグ技で「一つの箱」に詰めた物は収納できても、あまり大きな物は入れられないという有様だ。
つまり、普通のチート物で良くある【アイテムボックス】だとか【インベントリ】と言ったスキルのように、自由に物を出し入れできないのである。
試した事は無いが、回復薬を入れたら薬効が薄まる恐れもある。
他の時に試しておけば良かったんだろうけど、なんかもったいなくてなぁ……。
「まあでも、一本二本くらいなら試しといてもいいか……」
仕方がない、バッグの中身を出せるだけ出して詰め込んでおこう。
そんな事を思いながら薬瓶を選別していると、二階の方から間の抜けたオッサンの声が下まで聞こえてきた。
「ツカサくーん、ごはんまだー?」
「……あ、そうだった……夕飯全然作ってねーわ」
咄嗟に窓の外を見るが、もう外からはオレンジ色の光が差し込んできている。
今から作っても、出来る料理なんてタカが知れている。今日は簡単な物で我慢して貰うしかなさそうだな……ああ、ブラック達の不満顔が目に浮かぶ。
しかし、文句を言うなら俺にも伝家の宝刀「ならお前が当番としてメシを作れ」があるんだからな。毎回毎回おさんどんを無条件に引き受けて堪るかってんだ。
俺はお前らのカーチャンじゃないんだからな。しかし、そんな気合を入れつつも、結局「何を作れば簡単だろうか」と考えてしまう俺だった。
――――そんなこんなで、もう何回目だ干し肉と適当な野菜の煮込みってぐらいに見慣れたスープを作ってお茶を濁した俺は、やっとこさベッドでゆっくり休息を……と、行きたかったのだが。
「おい熊公ッ、なんでお前がツカサ君の膝枕を占領してんだよ!!」
干し草を固いシーツで覆った質素なベッドの上。俺の体重と、もう一つ――極端に重い体重が乗って、ベッドがギシリと音を立てた。
しかし、その体重はブラックの物ではない。そう、ブラックは隣のベッドから、俺……というか、俺の膝に頬をくっつけて寝転ぶ相手に怒鳴っているのである。
そんな怒鳴り声を聞いてもビクリともしない奴なんて、一人しか居ない。
「ツカサが甘やかしてくれると言ったから良いのだ。ツカサ、頭を撫でてくれ」
「はいはい……」
そう。今俺は、昼頃に約束した「いぢめられて悲しいので慰めて」というクロウのお願いに従って、図体のデカイオッサンをこうして撫でてやっているのである。
…………絵面的に最悪だが、約束なんだから仕方がない。
それにもうクロウを甘やかすのもいつもの事だしな……。
けれど、それが気に入らないのがブラックだ。
まあそりゃ怒るのは仕方ないんだけど、でも元はと言えばクロウにつっけんどんな態度を見せたブラックが悪いのだ。
今回ばかりは怒鳴りに屈しないぞと俺も思いつつ、クロウのボリュームのあるボサついた髪を撫でた。しかし、その行動にブラックは更に激昂したらしく。
「キーッ、このドブネズミ熊! 四肢をもいで放り投げるぞ!!」
「怖いこと言うなって!」
「ツカサ、またブラックがいぢめる……」
怖い暴言はやめろ、と言ったそばから、クロウは俺のヘソに鼻をくっつけるようにして抱き着いて来る。ヘソに何かが入ってくる感覚に思わず体が跳ねてしまったが、クロウは構わずグリグリと鼻を突きいれてきやがった。
「わっ、くっ、クロウ、やめろばかっ、そこまで良いって言ってないぃ!!」
「ぐぎぎぎぎツカサ君どいてそいつ殺せない!!」
またお前は古いネットスラングみたいな事を言うぅう。
「ツカサ……頭を撫でてくれ」
「駄熊~~~!!」
「ブラックがオレをいじめるから悪いのだ。オレは、ツカサに甘やかして貰う約束をしたから、たくさん甘えて良いのだ」
「のだのだうるせええええこの変態女装熊!!」
本当もう何でお前はそう怒ったら口が汚くなるんだ。いつもの口調どこ行った。
色々あってブラックだってクロウの事を認めたはずなのに、何故そうキーキー怒るのだろうか。やはりメイド服か。メイド服が悪いのか。なんでや。
でもまあ……新しい服が届いたんだし、別に着替えたっていいよなあ。
そう言えばどうしてクロウはメイド服のままなんだろう。
「クロウ、服着替えよ? そしたらブラックも少しは大人しくなるかもしんないし」
だから頼むから俺のヘソに鼻の先をブスブス突っ込むのはやめてくれ。
下腹部への微妙な刺激になってるし、その刺激に反応してる自分が嫌だ。
しかし、そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、クロウは俺の腰に手を回して顔を腹に埋めたままモゴモゴと呟いた。
「新しい服は明日着るぞ」
「な、なんで……?」
そう言うと、クロウは渋々と言った様子で顔を離して俺を見上げた。
「夜は縁起が悪い。新しい服は、夜の光を浴びさせずに朝に包みを開いて着た方が、戦も“陽光が差す”として縁起が良いのだ」
「それ……この世界の迷信……?」
「ウム。とは言え、根拠のない物ではない。夜は、昼間より強いモンスターが出るし魔素も濃くなる。悪いモノに侵食されたり、不意を突かれて夜襲を避けるためにも、朝に着るのが望ましいのだ」
「へぇ~……」
人族もそうなのかなとブラックを見やると、そのような迷信は人族にもあったようでブラックは「それもそうか……」と言わんばかりの複雑そうな顔をしていた。
ところ変われば迷信も変わるとは言うが、しかし何だか妙な迷信だな。確かにこの世界は夜には強いモンスターが現れるし、魔……最近では【魔素】と呼ばれている、物体を腐らせた錆びさせたりする不可解な概念が存在している。
だけど、そんなにこだわる話なんだろうか?
この世界で言えばリアリストなブラックが、そんな迷信を信じるなんて意外だ。
不思議なコトも有るもんだなぁとオッサン二人を見比べていると――俺達の様子を呆れたように見ていたペコリア達が、急に耳をピンと立てて窓の下へと集まった。
「どした?」
聞くと、ペコリア達はこちらを振り向いて「クゥ~、クゥー」と鳴く。
三匹ともが「窓の外が気になるの」と言っているように見えたので、俺は苦心してクロウの頭をベッドへと降ろすと、木の鎧戸がしっかりと閉められた窓へ近付いた。
すると――――。
「あれ、なんかドンドン聞こえる」
「え? ……ああ、ホントだね……なんだこれ」
「太鼓の音のようだ」
先程まで騒いでいたブラックとクロウも、異変に気付いて近付いて来る。
特に、俺よりも耳が良い獣人族のクロウは、熊の耳をピコピコと動かして窓の外の様子を探っていた。俺とブラックはその様子を見ていたが、どうやら危険な雰囲気は感じていないクロウの態度に目を合わせて、そっと鎧戸を開いた。
「クゥッ」
「クゥックゥッ」
「キュ~」
窓の下でピョンピョンと跳ね「抱っこして」とおねだりするペコリア三匹とロクを抱え上げて、やっとこさ外を見る。
もう日も落ちて、街灯の明かりも消えている時刻のはずなのだが……不思議な事に、今日に限って家々は窓から明かりを漏らし、街灯も元気に火を灯していた。
こんなに明るいなんて、今日は本当にどうしたんだろう。
「なんだ……?」
「太鼓の音は海の方から聞こえるようだ」
ブラックとクロウが左右から窓に身を乗り出してくる。
それにつられて俺も窓から体を出し、広場の方へと首を伸ばしたのだが――枯れた噴水の周辺に冒険者らしき人々がいる、という所までしか確認が出来なかった。
しかし、港の方もなんだか明るい感じで海が光っているように見える。
ということは……海洞ダンジョンにも明かりが灯っているのかな?
でも、なんで急にこんな事に……首都から物資が来たのと関係あるんだろうか。
しばらく眺めていたものの、それでもやはり真相は解らなかったので、俺達はその晩は何かモヤモヤしたものを抱えつつも、それぞれ眠りについたのだった。
……俺はオッサンに挟まれてあんまり眠れなかったけどな!!
◆
というわけで、色々と気になって少々寝足りなかったのだが、翌日。
容赦なくやって来た休み明けに虚ろな気持ちになりつつも、俺達は一昨日と同じくカーデ師匠と合流して海洞ダンジョンへと向かった。
もう既に何度も挑戦しているだけあって、この緩やかな坂道も慣れたものだ。
しかし今日はバッグにギリギリまで詰め込んで来た回復薬が重くて、ちょっと……いや、だいぶ歩き辛い。少しでも走るとカチャカチャ鳴って困る。
俺の基本位置は後衛だから良いけど、瓶を割らないように気を付けないと。
そんな事を思いつつも、港へと向かう古いレンガ道を下っていたのだが……やはり今日は何かがおかしい。何がおかしいって、やっぱり人が多いのだ。
この前までの寂れた様子が嘘のように、街の人達が朗らかに談笑したり、冒険者パーティーっぽい人達が港を見たりあちこちをみたり忙しなく動いている。
昨日の太鼓の音と何か関係があるんだろうかと思ったが、カーデ師匠に聞いても「お前らには関係の無い事だ」と言われてしまい、詳しい事は聞けなかった。
物知りのブラックも知らないみたいだし……ホントに何なんだろう?
なんだか妙に気になって来てしまったが、あまり関心を持ち過ぎると師匠に「気合が足らん!!」とか何とか言われて怒られるので、黙っているしかない。
せめて、ダンジョンで他の冒険者の人に聞けたらいいんだけど……。
そんな事を思いつつ、ダンジョンへ続く狭い橋へと近付くと。
「うわっ、なにこの行列!」
「人が増えたな……」
ブラックが驚くのも無理はない。
なんと、あのギシギシしているちょっと怖い橋の真ん前には、おおよそ二十人以上の人が並んでいて、次々に距離を取りながら橋を渡っていたのだ。
これじゃあまるで大人気のダンジョンみたいじゃないか。
やっぱり変だ……一夜にして何でこんな事に……。
「呆けとらんでさっさと並んで渡るぞ」
「は、はい……」
いや、盛況なのは良いコトだけど、なんでこうも人が居るんだ。
なんでだよ、マジでなんでだ。教えてくれてもいいでしょう師匠ってば!
何だかもうモヤモヤが止まらなくて、第一層に入るまで気になりっぱなしだったのだが、一層二層には何故か人がおらず、相変わらず可愛いモンスターがファンシーな海の世界で戯れているだけだった。
みんな下の階層に行ったのだろうか。
もしかして、下に行けばこの賑わいの理由も解るのかな?
第二層の端の方に在る薄暗い階段を下りつつ考えていた俺に、カーデ師匠が不意に振り返りニヤリと笑った。
「さて、今日お前は初めて第三層に降りる訳だが……時にお前、盗賊などを退治した経験はあるかの?」
「えっ? あ……えーっと……何度か……」
素直に答えると、師匠は意外そうに口笛を吹いた。
「なんじゃ、それじゃああまり驚かんかもしれんのう」
「な、何でですか」
「まあ降りればわかる……おっと、見えてきたぞい」
そう言いながら師匠が指差すのは、やけに広い階段の終点に差し込む紫の光だ。
何だか怪しい感じでドキリとしてしまうが、その光の独特な揺らめき具合で、確かにそこが海の中のダンジョンである事が分かる。
しかし、どうして急に紫色になったんだろう。
不思議に思いつつも、階段を下りて第三層に足を踏み入れる、と――――
「っ……!? っ、ぇっ、え……ええ!? ちょっ、えええ!?」
思わず二度見三度見をしてしまうが、目の前に現れた物に理解が追いつかない。
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……だって。
だって、俺の、目の前には――――
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