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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
25.小さな違和感は見逃しがち
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クロウが探してくれたモギの群生地は、森の開けた一角に唐突に作ってあったが――正直に言うと、どう考えてもこれは誰かの所有物のように見えた。
ようするに、明らかに「自然発生」ではなく畑っぽい人工的な感じだったのだ。
しかし、今は手入れされていないようで、畝らしき膨らみは崩壊し別の植物も当然のように混ざって生えている。
予想でしかないけど、この群生地は過去に誰かが作ってくれた薬草畑で、それが手入れされずに野生化したのではなかろうか。
だから、ここには森が侵食していないし、このように有り得ない量のモギの低木がぎっしりと生えているのだろう。もし本当にただ群生しているだけだったら、この場所に近付くにつれてモギが増えて行くはずだからな。
でも、この群生地がキチンと残されてるって事は、今も誰かが使っているかも知れないって事だよな。そうなると……街の住人でも無い俺がこのモギを採取しても良いのだろうか。一応許可は貰っているけど、それってこのモギも含まれているのか?
色々と不安がよぎったが、しかしブラックが「ギルドなら、この群生地くらい把握しているだろう」と言ってくれたので、遠慮しながらも少し頂く事にした。
その際に「枝も一本折ってけば?」と恐ろしい事を言われたが、それは流石に野蛮過ぎるのでやめておいた。枝を折るのはやっぱりちょっと抵抗がある。
とは言え自分のヘタレさには少々情けなくもあったが、でも【黒曜の使者】で能力を使う前にやる事がいっぱいあるもんな。
いくらチートで「増やす」ことが出来るかもしれないと言っても、今の俺には術を確実に成功させられる自信が無い。そもそも、モギの事だってよくは知らないのだ。
こう言うのって、たぶんモギの成長過程とか性質とかを知らないと上手く行かないんだよな。俺はチート小説をよく見ているので詳しいんだ。
でも、【賢者】とか【鑑定】などの便利なチートスキルを持っていない俺では、今すぐチートを実行するのも難しい。だって増殖させるための“知識”がないんだから。
増殖させるにしても、キチンと対象の情報を知っておかないとな……。
どのみち、立派な薬師になるなら薬草の事を知らなきゃ行けないんだから、ここらでしっかり学んでおかないとな。幸い俺には“薬神老師”を自称する師匠がいるので、モギの特徴や育ち方などの細かい所も教えて貰えるだろう。
しっかり現物を知ってからチートを使っても、なんにも遅くは無いよな。
――――と言うワケで、俺達は当初の予定よりも少な目にモギやロエルを採取することにした。
カーデ師匠には「規格外の回復薬を作るな」と言われているから、今回はモギの量や聖水の量を加減して作るつもりだ。それなら少なくても問題は無い。
焦ってもいいことないし、この世界なら植物もすぐに元通りになるからな。
今回は確実に、出来ることだけをやってみよう。
足りなかったら、また取りに来ればいいだけだしな。
……ライクネスほどはいかないけど、常夏の国であるハーモニック連合国も“大地の気”が潤沢な国だ。生命の源とも言える気が国土に満ちていればいるほど植物の成長も早いので、二三日経過すればきっとモギも元通りになる。
こういう所は、この世界の良い所だよな。
ゲームみたいに時間経過で植物が元に戻るのは素直にありがたい。
でも、逆に言えば“大地の気”が薄い場所である荒野とか雪国とかは、本当にヤバい事になっているので、素直に礼賛は出来ないんだけどな……。
「うーん、それにしても本当に質のいいモギだよな……」
「キューゥ?」
モギの若葉を摘まんで光に翳しながら呟く俺に、肩に乗っていたロクが不思議そうな声を出して首を傾げる。陽光に照らされて、鱗に覆われた滑らかな体が黒光りしたロクは、思わずキュンとなるくらいカッコ可愛いかったが、俺は堪えて答えてやる。
「モギは、質の良い物ほど明るい緑色の若い葉を出すんだ。ほら、コレってすっごい明るい緑色だろ? こういう若い葉が有るモギは、いい薬が作れるんだよ」
「キュゥウ……!」
凄い事を知った、と言わんばかりに目を丸くして首を伸ばすロク。
はああっ可愛いっ可愛いんですけどおお!
そんなにびっくりしちゃうなんて、ピュアすぎる、可愛すぎる。なんですかその気持ち良いリアクションは! 全くもうロクはそうやってすぐ俺を悩殺するんだから!
「ツカサ君ヨダレヨダレ」
「ハッ……!」
「ツカサ、本当にお前は可愛いものには節操がないな……」
俺の絶頂寸前の顔には流石のオッサン二人もドンビキしたのか、いつも俺に懐いているとは思えないほど冷ややかな目を向けて来る。
なんだお前らは、今更そんな目を向けてきやがって何だってんだ。
普通に考えて、ロクの可愛さに震えあがらないお前らの方がヤバいんだからな。
まったくもう、人を変態を見るような目で見やがって。酷いオッサンどもだ。
「キュ~?」
「うーん何でもないよ~! さ、モギもロエルも集まったし、家に帰ろうか!」
首を傾げるロクの喉を優しく指で擦りつつ、俺は立ち上がる。
ブラックとクロウは何か諦めたような溜息を吐きつつも、俺の動きに倣って重そうな腰を上げたのだが――それと同時に、森の向こう側から何かが近付いてきた。
「……なんだ?」
「なんだろうね、地響きっぽいけど」
俺の問いに応えつつ、ブラックが近付いて来る。
すると、熊耳を忙しなく動かしながら音を拾っていたクロウが、俺達の疑問に答えを出すようにボソリと呟いた。
「馬車の音だ。しかもかなりの数だな。ヒポカムではなく全部ディオメデのようだ」
この世界の常用馬はヒポカムという毛むくじゃらのカバっぽい牛っぽい馬なのだが、ディオメデという角と爪が生えた馬も少数ながら使われている。
とは言え、このディオメデは元々はモンスターで、“争馬種”という凄く気が荒くて人に懐きにくい種族なので、流通が少なくかなり高価な馬なのである。
なので、このディオメデを何頭も使えるのは、大商会か貴族様か、はたまた王族かというレベルなのだ。俺の藍鉄だって、偉いお姉様に譲って頂いたんだもんな。
でも、藍鉄は最初から懐いてくれたし、凄く優しいんだけどね。
にしても……そんなディオメデを何頭も使ってるなんて……。
「もしかして、アレがラッタディアからの荷物を運ぶ馬車なのかな?」
「多分そうだろうね。ギルドの伝令も兼ねているなら、あのディオメデ達は商会とかから借りて来た物なんだろう。ギルドの出資者には商会の関係者もいるし」
「なるほど……」
ブラックは本当に色々知ってるな……。
しかし、本当にラッタディアから物資が届いたってことは……ついにクロウの新調した服を手に入れられるのか。長かった、本当に長かったぞ!
すぐに手に入るかと思ったら、伸びに伸びてやっと今日到着だもんな……これで、メイドの大柄熊さんともお別れだ。
「なんだ、何故オレを見ているんだツカサ」
「いや、なんでもない! とにかくさ、物資が届いたんならクロウの服もあるはずだ。薬の材料も集まった事だし、早く取りに帰ろうぜ」
「ムゥ、オレは別にこのままでもかまわんのだが」
「二度と言うな斬り殺すぞ」
ブラック、どーどー。
いや、俺も普通の服に喜んじゃったけど、でもクロウのメイド服にも慣れて来たし何なら普通に接しちゃってたから、正直そこまでの嫌悪感はなくなってたんだよな。
なので、こうも過剰反応されると逆に焦ってしまう。そんなに怒らなくても。
しかしブラックは余程クロウの女装姿が気に入らないらしく、モギの入った皮袋を振り回しながら「早く行こうよ!」といきりたっていた。
うーむ、ブラックって本当何か色々こだわるんだよなあ……。
男も女も関係ない世界なんだから、そんなに嫌がらなくてもいいだろうに。
そうは思うが、しかしこうなると誰にもブラックを止められない。
これにはさすがの無表情なクロウも落ちこんでしまったらしく、ションボリと熊の耳を頭に伏せて、俺に潤んだ橙色の瞳を向けて来た。
「……ツカサ、ブラックがいぢめる」
「あーよしよし、後で慰めてやるから」
「そこ何してんの! さっさと行くよ!!」
クロウの頭を撫でようとしたのだが、ブラックの声に止められてしまった。
これはもう重症だ。こうなったら、さっさとシムロの街へと戻ってクロウをメイド服から解放してあげよう。そうすりゃブラックも落ち着くだろう。
ロクと一緒に溜息を吐きつつ、俺達は不可思議な群生地を後にした。
――――そうして街に戻ると――小さな広場は、朝よりも人でごった返していた。
どこからこんなに人が増えたのかと思ったが、多分物資を運ぶ馬車に乗って来た人もいるのだろう。朝から街に集まっていた冒険者とは明らかに違う、垢ぬけた服装をしているのですぐに分かる……。
そう言えば、商店街に行く道も港へ緩やかに下る道にも、軽装の冒険者達とは違うしっかりした装備を整えている人達がいるな。
この人たちも首都のラッタディアからやってきたんだろうか。
……となると、海洞ダンジョンに入るのかな?
だとしたら、もしかしたら仲良くなれたりするだろうか。
俺は他の冒険者の人達と接する機会があまりないので、あわよくば軽くお知り合いになって冒険の話とかを色々と聞いてみたい。
せっかくの異世界なんだから、そのくらいは楽しんだって良いよな。
うーん、そうなると明日のダンジョン入りが二倍楽しみになって来たぞ。修行は修行だけど、他の人が戦っている姿を横目で見られるかも知れないし、そうなれば対抗心が燃えて俺もより修行にはげめるかも!
そんで、俺の回復薬を渡したりなんかしちゃったりして、可愛い女戦士さんとか女曜術師さん達とお近づきになって、仲良く出来る可能性もあったりなかったりして……ふ、ふへへ……。
「つーかーさーくぅーん? なんか変なコト考えてなーい?」
「ぶはっ! かっ、考えてないない! ほらあのさっさとギルドに行こうぜ!」
あ、危ない危ない。またもや心を読まれるところだった。
この下心は隠し通さないとなと決心しながら、俺達は冒険者ギルド出張所へと再び足を踏み入れた。と……。
「うわっ、あ、朝より多い!」
「場末とは思えんほど盛況だな」
俺の驚きに、クロウがそう言うのも無理はない。だって、狭い出張所の酒場には、朝の二倍以上の冒険者達がひしめいていて、中には地面に座って酒を飲んでいる人も居るくらいの混みっぷりだったのだから。
こ、こんなに人が居る酒場って初めて見たかも……狭いから必然的にこうなるんだとしても、しかしこの人の多さは異常だった。
「何のためにここに来てるんだ? なんか解せないなあ……」
あまりの多さに、ブラックも訝しげだ。
確かに、ただ「物資が届く」ってだけじゃ多すぎる気もするよな。
そうは思ったんだけど、しかし、朝からず~っと酒場に居たほろ酔い状態の師匠に理由を聞いてみても、師匠も詳しい事は知らないようだった。
うーん、なんか理由があるんだろうか?
でも探っているヒマもないしなあ。
俺は今日中に回復薬を数十本作らないといけないのだ。それを考えると、街を走り回って調査するワケにも行かない。サボったら師匠にも怒られるし、ここは真面目にやんないとな……。
そう決心し、俺は師匠に受け取って貰っていた“聖水が大量に入った壺と、クロウの新しい服を纏めている包み紙を受け取ると、俺達は旧治療院へと戻ることにした。
昨日までのシムロとは全く違う、まるで過去の賑わいが戻って来たような街の様子に、言い知れない違和感を感じながら。
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