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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
20.ご褒美が欲しいのはこっちだ1
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俺は、立派な男になろうと覚悟を決めた。
決めているので、今こうやってシムロという港町の“海洞ダンジョン”に潜り、初歩中の初歩である“集中力”と“持久力”を鍛えているのだ。
立派な男に必要であろう筋力とか敏捷性などはまるで鍛えず、ただ、持久力を。
……しかし、これは仕方がない事なのだ。
何故なら、俺が木の曜術を使いこなす冒険者になるには、このような「モンスターを何時間も拘束できる力」が必要だったからである。
――木の曜術師というのは、基本的にインドアだ。
だから薬師とか農家とか植物に関係する職業に従事していて、冒険者や騎士に成る奴は珍しいと言われている。戦うより、薬を作る方が万倍楽だからだ。調合するだけなら、ちょいと木の曜気を薬に混ぜていればいい。そこに忍耐とか集中力は全く関係ないのである。
ああ、まさに楽々調合ライフ。木属性が使える人間に生まれたら人生はチョロい。
けれど、それは裏を返すと、持続的に曜術を使う素養が無く、日に何度も最大限の曜術を使わねばならない職業……つまり、冒険者や兵士には向いていないという事になる。そう、木の曜術師は本当に戦闘向きじゃない職業なのだ……。
例え冒険者になっていても基本的には後衛だし、ソロプレイをしている人は、大概曜術師がサブ職業で基本は弓使いとか武器をメインにしている人が多い。
冒険者に関しては、不遇と言われる土の曜術師とどっこいどっこいなのだ。
しかもそれだけでなく、木の曜術師は戦闘に於いて大きなハンデを背負っていた。
そのハンデは、二つ。
一つは、木属性の曜術は周囲に植物が無ければ術が発動できないということ。
そしてもう一つは、攻撃する術が木の曜術単体では発生させ辛い……つまり、植物で相手を斃しきる事は難しいって所だ。
……特に深刻なのが、一つ目の“植物がないと術が出せない”なんだよな……。
曜術師っていうのは、ゲームなどで言う所の自然魔法使いみたいなもんで、周囲に曜気だとか自分の属性の現物がないと術が出せない。
炎と水だけは曜気さえあれば発動は容易なんだけど、木、金なら完全に現物頼りの存在だ。金属や植物が無ければ術が発動できない難ありな職業で、土はと言うと……そもそも大地自体を操るのが難し過ぎて、術を攻撃に使える人がほとんど存在しないという有様だった。
曜術師ってのは、術を一発出せれば勝利っていう強力魔法使いではあるんだけど、それだって修行したりしないとポンと強力な術は出せない。
しかも威力はイメージに物凄く依存している。怯えたり戦意喪失すると、術自体が使えないって事態も珍しくないのだ。
曜術師ってのは本当に戦闘に於いては制約が多過ぎて面倒臭い職業なのである。
…………話が逸れたな。
だから、冒険者である木の曜術師は、いつも腰に「種袋」を付けて種やら葉っぱやらを詰め込んでいる。攻撃の術を出すにも、拘束する術を掛けるにも、絶対に植物の種などが必要なのだ。これが、大前提。しかし厄介な点なのだ。
ここで質問。
もし仮に、この“海洞ダンジョン”の最深部で、種袋の植物の種が残り一つだったら――――どうやって地上に戻ればいいでしょうか。
なお、このケースの場合は、ソロプレイで道具も尽きた設定とする。
……そんな最悪の事態になったら、何としてでもその種一つを「植物」として操り続けて脱出しなければならない。だから“集中力”と“持久力”が必要なのだ。
俺の場合はソロプレイになる可能性は低いだろうけど、それでもありえないなんて事は無い。常に最悪の状況を想像しておかねば、冒険者としては三流なのだ。
だからこそ、ずっとこんな体当たり修行をしているのである。
とはいえ、しょっぱなからモンスターと対決なんて、ガチンコ過ぎる気もするが。でも、木の曜術師は元々攻撃に向いていない属性だから、カーデ師匠も基本的な事を絶対に覚えさせたくて、先に精神を鍛えさせようとしているんだろうな……。
まあ俺は“黒曜の使者”のチート能力で、強引に植物をイメージから作り出して発動させることが出来るけど……でも、いつも出来るワケじゃないもんね。
だから、師匠にキチンと教わるために、俺も種を使って今日もたくさんモンスターを拘束し続けていたんだけど……。
「つらい……」
「キュゥ~、キュゥウウ~……」
今日も今日とてたっぷりと可愛いモンスター達に反逆された俺は、打撲に効く軟膏を塗った布を顔やら腕やらに貼り付けて、静かにベッドに突っ伏していた。
そんな俺を可愛いロクがペロペロしてくれるが、二日目ともなると前日の筋肉痛も襲って来て、褒めてあげたいのに体が動かない。最早死に体であった。
帰って来てから治療して、必死に二階の寝室まで上がって来たけど、それだけで俺は満身創痍だ。もはや一歩も動けなかった。
ああ、ベッドがもさもさする。マットレスが干し草を詰め込んだものなので、体が妙に沈み込んで体が休まってるんだかどうかも怪しい。まあ硬いよりマシだけど。
「ツカサ君、本当今日もよく返り討ちに合ってたねえ」
「五回ぐらい吹っ飛ぶのを見た」
ええいっ、うるさいオッサンどもめ。
俺が一生懸命修行してるってのに、離れた所で「ぷすー」とか「ンンッ」とかこれ見よがしに笑いやがって。お前ら本当に俺の仲間か。恋人なのか。
事有るごとに俺の事をバカにしやがってぇええ……。
「キュウゥ! キシャー!」
そうだぞロク言ってやれ!
俺はベッドに突っ伏してて何も見えないが、格好良いぜ俺の相棒。
「あーごめんごめん。そうだよね、ツカサ君は頑張ったよねえ」
「そうだな。思いきり吹っ飛んでンププ、面白……いや、凄く頑張ってたな」
クロウお前あとで殴る。
静かに闘志と燃やしながら復讐を誓う俺に、何かがギシギシと床を鳴らして近付いてきた。元々古い家だから、あちこち音が鳴るんだよな。しかし誰だこれ。
「まあ、しかしさ、今日はだいぶ拘束できる時間が伸びたじゃない。二日目で成果が出て来たんだから、これならすぐに次の段階に進めるんじゃないかな?」
「んぐっ……」
両脇にズボッと何かが差し込まれて、無理矢理ベッドから引き剥がされる。
何事かと思ったら、俺はブラックに抱え上げられていたようだ。しかし、今の俺にはブラックに抵抗できる力など残っておらず、されるがまま相手の膝の上に座らされるしかなかった。もうこの膝だっこの姿勢何度目だ勘弁して。
「ツカサ君えらいえら~い。だから今日はいっぱい甘やかしてあげるねっ」
「わぷっ、お、おまっ、やめろ、ばか……!」
当たり前のようにキスしてくるなっ、ロクがいるんだぞ!!
こんな破廉恥な姿を見せて堪るものかとブラックを引き剥がそうとするが、相手は調子に乗ってしまっているのかキスをやめる気配が無い。
ああもうっ。昨日から上機嫌なのは良いけど、ところかまわずイチャイチャするなよお前はー!! ロクだけじゃなくクロウも呆れてるだろうがああああ。
「ずるいぞブラック……オレもツカサを構い倒したい……」
呆れてねえのかよ!
っていうかそのゴツメイドさんの格好で指しゃぶらないで、今その可愛いあざとさは要らない、オッサンのあざとさ要らないから。
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頼むから俺を静かに眠らせてくれ……と思っていたら、可愛いロクが察してくれたのか、小さな蝙蝠羽で急にパタパタと浮き上がった。そうしてブラックの後頭部へと移動すると、長いしっぽを大きく振って、オッサンの頭を思いきり「スパァン!」と強打したではないか。ナイスショット。
「ぐぉおお……」
けっこう痛かったらしい。
思わず俺から口を離して項垂れるブラックに、ロクは長い胴に手を当てて「調子に乗るからだよ!」と言わんばかりに「キュウッ」と鳴いた。ああ可愛い。
ありがとうなあ、ありがとうなあロクぅう。
「ロク~~っ。本当にお前はもう可愛さゴールデングローブ賞なんだから~!」
「なんの賞だ」
クロウにツッコミを入れられたが、俺も説明出来ないのでスルーしよう。
そう思ったのだが……急な感覚を覚えて、俺は言葉を呑み込んだ。
「う……」
「どうしたツカサ」
「ど、どしたの……なんかブルッてしたけど……」
ブラックに勘付かれて、ちょっと恥ずかしくなる。
しかし生理現象には勝てず、俺は何とか気力を振り絞ってギシギシと言う体を床に立たせた。いや、立たせなければいけなかったのだ。何故かと言うと。
「ちょっと、しょんべん……」
そう、しょんべん。生理現象だから仕方が無かったのだ。
こんな時ぐらい引っ込んでいれば良いのに、俺の膀胱はノーダメージだったが故に元気で仕方ないらしく、早くしろと息巻いている。
何故こうも俺の体は頭と意思疎通が図れないのだろうか。
「ツカサ君ひとりで大丈夫……? 僕が付いて行こうか?」
「その状態で階段を下りるのは無理だぞ」
「だ、だいじょぶ……これも修行だから……」
介助は要らない、とは言うけども、体がギシギシとしか動かない。
気分は錆びついたロボットだったが、しかしここで手を借りたら本当に情けないじゃないか。今日はずっと情けなかったのに、これ以上醜態を曝すワケにはいかん。
ロクショウまで心配そうにしていたが、俺は固辞して一人でしょんべんに行くと宣言すると、勝って来るぞと勇ましくと言わんばかりに部屋を出て一階へ向かった。
……とは言え、体が上手く動かないので、物凄く時間を掛けてだけど。
「う、うぐぐ……」
背後から俺を見つめている気配がするが、振り向いてはならない。
二階の廊下をなんとか動き、俺は手すりにつかまりながら階段を下りた。
この治療院って廃虚だったのに、階段の手すりなんかは未だにしっかりとしてて、俺が体重を掛けてもびくともしないのが凄いんだよな。
やっぱお年寄りと化の事を考えて頑丈に作ってたんだろうか。
今更ながらにこの治療院を使っていた医師に思いを馳せつつ、俺はロビー代わりだっただろう広い玄関を通り、診療室や台所がある廊下とは反対側の廊下へ向かい、奥まった場所に在るトイレへと何とか入った。
……まあトイレと言っても床に穴が開いただけの場所なんですけどね。
この世界じゃ珍しくないのでいいんだけども。
つうか、小便器みたいに受け皿が作ってあるだけこの治療院はだいぶマシだ。
お蔭で悲惨なことにならずに済む……と先人に感謝しつつ、俺はなんとかスッキリすることが出来た。うむ、やはりやることをやればスッキリするな。
「ふう……。あっ、手を洗わなきゃな……」
しかし、手桶と柄杓を取ろうとしても体が曲がってくれない。
こんなに筋肉痛が酷くなるとは思っていなかった。や、ヤバいなこれ……。
そう言えば、ズボンを上げるのもどうしよ……ゆ、ゆっくりやれば出来ないかな?
「い、いででででっ」
ああっ、やっぱり無理だ! 体がうまく曲がらない!
やべえぞこれ下手するとトイレから出られないのでは!?
こんな調子じゃ階段も上がれないかも知れないし、うわああやっぱり介助して貰うべきだったああああ!! 調子に乗ってたのは俺でしたごめんなさい!
けれど、時すでに遅しである……。
この状況でブラック達を呼ぶなんて、恥ずかしくて出来ない。いや、俺のちんちんなんてもう何度も見られてるんだから良いじゃんとは思うが、しかしこの状況は恥ずかしくて見せられたもんじゃないだろう。
それに俺は意地を張って一階まで下りて来たんだ。
これで助けを求めたら、また笑われるに決まっている。二三日はバカにされること山の如しだ。そんな事になったらカーデ師匠までからかって来るかも知れん。
そんなの無理、絶対に無理、恥ずかしくて死ぬ……!
ああでもこの状態で一夜を明かすなんて絶対ヤダ。風邪引いちゃう。
干し草マットレスでもベッドの上で眠りたいんだ俺は。こ、こんな時どうすれば。
やっぱり自分の力で乗り越えるしかないのか!?
「う、うぅうう……でも、痛みに耐えられないぃい…」
弱い人間だと自分でも思うが、やっぱり痛いのは耐えられない。
こうなったら、笑われる覚悟で人を呼ぶしかないのか……なんて思って、涙ぐんでいると――――背後から、扉をノックする音が聞こえた。
「ツカサ、大丈夫か。やはり心配で見に来たぞ」
「っ……! クロウ!!」
思わず嬉しそうな声を出してしまったが、これはもう仕方がない。
というか、クロウに来て貰えて本当に助かった。渡りに船だ。
「何か手伝う事はないか?」
そう言われて、少し戸惑ったが……俺は素直に助けを求める事にした。
「ご、ごめんクロウ……俺、体が痛くて曲げられなくて……助けてくれる……?」
恥ずかしくて情けない声が出てしまうが、しかしクロウは何も言わず、ドアを開けて真顔で入って来てくれた。そこに馬鹿にしたような雰囲気は一切ない。
そう。こういう所がクロウは頼りになるんだよな……。
クロウも俺の事を微妙にバカにするけど、しかしブラックよりかは程度が軽いし、必死で頼み込めばこう言う恥ずかしい事も秘密にしてくれるんだ。
しかも、俺の気持ちを考えて気遣ってくれもする。メイド服を着ているガチムチな熊耳オッサンだけど、性格的にはブラックよりは大人で安心なのだ。
いや、年齢的にはブラックのが上なんですけどね。うん。
「ツカサ……尻が丸出しだぞ」
「それが恥ずかしいから、頼んでるんです……」
この状況を何とかして下さいと背中越しに懇願すると、クロウは律儀に装備したヘッドドレスの合間から、熊耳をぴょこんと立たせた。
そうして、一歩近付いて来る。
狭いトイレの中だからか、すぐに距離は縮まって相手の吐息が首筋に掛かるほどの近さになってしまった。気まずいけど、ズボンを上げるには近い方が良いもんな。
そう思って我慢しようと思ったのだが……。
「ツカサ、こっちを向け」
「んぎゃっ!?」
いきなり腰を掴まれてくるりと反転させられ、変な声が出てしまう。
しかし、クロウは俺の声になど構わず腰から手を離す。目の前にはもうクロウの体がみっちり詰まっていて、向こう側の扉が見えない。思わず自分の視界を塞いでいるクロウを見上げると、相手は何故か鼻息が荒いようで……って、あれ?
これってもしかして……相当ヤバい状況なのでは……。
「ツカサ、手伝っても良いがお駄賃がほしい」
「おっ、おだちん……?」
嫌な予感がするが、聞き返さずにはいられない。
そんな俺に、クロウは嬉しそうに熊耳を小さく動かすと、口を緩めた。
「もうそろそろ、精液も溜まっただろう? 食わせてくれ」
「………………」
一瞬、寒気がするほどの駄洒落が脳内をよぎったが、さすがにそれにツッコむ余裕は今の俺には無かった。
→
※次は*展開
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