異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
87 / 957
海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編

19.おねだりによわい

しおりを挟む
 
 

 夜も更けて、すっかり窓の外の風景も解らなくなった。
 けれどそんなことなど気にもせずに、俺とブラックは肩を寄せ合いながら、脇目わきめも振らず一冊の教科書を凝視していた。

「なるほど……。これは別言語の組み合わせじゃなくて、読み方は一緒だけど別種の文字を使ってるってだけなんだね。この“カンジ”って言う文字は、文章を簡略化して圧縮するためのものなのか……やっぱり僕達の文字と似てるんだね」
「う、うん……」

 すぐ横で、ブラックは感心したようにうなづいている。
 声が思わず上擦うわずってしまったが、しかし仕方がないだろう。だって、相手の吐息がかかるくらいの距離に憎たらしいほど美形な顔があるんだぞ。男だろうが美形な顔を近付けられたらドキドキしてしまうだろう。俺は悪くない、悪くないぞ。

 ……ゴホン。まあ、それは置いといて。

 ブラックがこの部屋に来てから一時間ぐらい経過しているが、コイツの日本語への興味は尽きるどころか増しているようで、今までずっと教科書を読まされたり文字の意味なんかを解説させられたりしていた。

 しかし、俺は見ての通り勉強が苦手で、日本語のなんたるかを知っているワケでは無い。つーか、大多数はそうだと思う。身近だから、漢字の成り立ちとか由来とかも深くは考えないし、当たり前すぎて調べようとも思わないんだ。
 ……うん、いや、俺が勉強苦手だからそう考えているだけかもしれんが。

 まあそれはともかく。こんな感じなので、俺の知識は適当なのだ。
 だもんで、次から口へと問いかけられて答えるのには本当に苦労した。ブラックは俺の程度を分かってくれているから、突っ込んだ質問や専門的な知識に関する事などは聞いてこなかったけど、それでも「基本的な事」が上手く答えられていないのだ。
 これにはさすがの俺も自分自身が情けなくなってしまった。

 今更いまさらおのれの頭の悪さをなげいているワケでは無い。折角せっかくブラックが楽しそうにしているのに、正確な答えを何も返せない事がくやしかったのだ。
 だってさ、自分の国の言葉なのに知識ゼロってマジで恥ずかしいじゃんか。

 ……うーむ。でも、そんな事を考えちまうのも、こうして「ブラックに何かを教えたい」って思ったからなんだろうな。
 だってさ、やっぱりこうして興味持ってくれるのって嬉しいじゃん。
 それに……今までは、こんな風に俺の世界の事を詳しく教える機会なんてなかったワケだし。なんか、平和って感じがしてちょっとなごまなくもないというか。

 けれどそうなると、やっぱり俺の知識ゼロ具合ぐあいはヤバいよなあ……。
 ブラックは知りたがりだから、本当ならもっと知りたいはずだよな。でも、相手は俺が曖昧あいまいな返事をしても、アホな答え方をしても、苦言をていしたりしなかった。
 ただ、嬉しそうに頷いてくれているだけだったんだ。
 ……俺が言うのもなんだが、話しててイラッとしたりしないんだろうか。

 はあ、なんか申し訳ないなぁ……。
 楽しんでくれてるみたいだし、そんなこと言えないけど。

「やっぱり、僕達の世界の言語は基本的にツカサ君の世界の言語と同じなのかな? 神サマとやらが、基礎を作ったんだろうか……」
「えっ? あ……まあ、そう言われてみると、文字が違うだけで似てるもんな」

 この世界は、俺の世界から来た人間が神様をやっている。今もキュウマという男が神様として頑張っているのだ。昔からそうなら、日本語と似てても不思議じゃない。
 まあ今までの神様が全員日本人かは解らないので、断定は出来ないんだけどな。

 しかし、すぐにそこに気が付くなんて……やっぱブラックって頭良いんだなあ。

「だけど……それなら何故文字だけえてニホン語から変えたんだろうね。に対応する文字が少ないような気もするし、そもそも昔からツカサ君と同じ国の人族が神になっていたんなら、【希求語】なんかの“失われた言語”の発生の経緯が気になるし……。うーむ……この教科書ってのを見る限りは、特に過不足ない言語のような気がするんだけどなあ……」

 何か凄く色々な事を考えているみたいだが、俺にはさっぱりだ。でも、楽しそうにブツブツ言ってるし……このまま語らせておこう。自分の国の言葉もよく解らんので、ブラックの言う事に何もツッコミが入れられない。

 それもそれで情けないんだけどな、トホホ。

 手持無沙汰てもちぶさたになってしまったので、興奮しながら教科書をぱらぱらとめくっているブラックの横顔を見つめることで時間を潰す。

 普段はすぐに気が付いて俺の方を見て来るくせに、今はよっぽど未知の言語の事が気になっているのか、目を輝かせて教科書を見つめるだけで俺の視線になんて気付きもしない。……でも、たまにはこういうのも良いかもな。

 だって、ブラックの真剣な横顔をこんな距離で見るなんて滅多にないし。
 それに……見上げてるとかじゃなくて、同じ目線で、こんなに近くで……。

「…………」

 な、なんか急にドキドキしてきた。いやいやダメだろ俺。
 相手は昼間よりも更にヒゲが濃くなった、ぱっと見は小汚いオッサンだぞ。顎骨あごぼねもどんだけガッシリしてんだってレベルのオッサンだぞ。首も太いし女要素ゼロなのにどこにドキドキする要素があるんだ。

 いや、恋人補正ってのも有るのかも知れないけど、でも、ただ横顔を見つめるだけでドキドキしてくるって病状進んでるじゃねーかおい。
 い……いつもなら、迫られたり、格好いいコトとか言われてからそうなるのに。

 なのに、見つめるだけって……美形だから仕方ないのか?
 まあそりゃ、ブラックは……くやしいけど、格好いいもんな。ウェーブがかった赤い髪は、ランタンの明かりだけでも緩く輝いて凄く綺麗だし……高い鼻とか彫りの深い顔のおかげで、眉の下にかげが出来てて凄く大人っぽい。
 そんな顔なんだから、無精髭ぶしょうひげすらただのアクセサリーだ。凄くずるい。

 俺の父さんが日曜日に無精髭生やしてくつろいでたって、こんな風には思わない。
 思わないのに……なんでこう、勝手にほおが熱くなってしまうのか。
 …………マジで俺、戻れない所まで来てるのかなぁ……あぁ……。

「文節も特に違いは無いなぁ……うーん……。ねえツカサ君っ、この文字ってさあ、どういう経緯で成立したとかわかるかなっ!?」
「ふえっ!?」

 おおおおお前いきなりこっち向くんじゃないよ!!
 至近距離なのにこっち向いたらめっちゃ近くなるだろうがこのっ、ふ、振り向いた時に髪が顔に当たったわ畜生!

「……あれっ。ツカサ君、顔真っ赤」
「う、ううえ!?」

 変な声が出たが、ブラックは俺の顔をじっと見てニヤリと笑う。
 つくろおうとしても、最早遅かった。

「あれぇ~? ツカサ君たら、もしかして僕の横顔に見惚みとれちゃってたの?」
「なっ……ち、違うっ! これはそのっ」
「ううん照れなくても良いんだよ~! あっ、もしかして今まで放っておいたから怒っちゃってるのかな!? えへへ、そうだよね……せっかく二人っきりの時間だってのに、教科書の方にばっかりかまっててごめんね?」

 そう言いながら、ブラックは俺に抱き着いてキスをして来る。
 目尻やほおに掛けてちゅっちゅと音を鳴らしながら何度も吸い付いて来るので、流石さすがに俺も恥ずかしくなってきてブラックを押し返そうとした。
 しかし、例によって俺の貧弱な腕では抵抗できるはずも無く。

「もっ、もうバカっ! 離れろってば……勉強するんだろ!?」
「したいけどぉ~……ツカサ君がこれから毎晩ここで勉強するんなら、あせらなくても良いかなって! だって一緒に勉強した方がもっと楽しいもんね」
「はっ、はぁ!? 毎日勉強教えろって!?」

 何を言ってるんだと見返すと、ブラックは綺麗な菫色すみれいろの瞳を嬉しそうに歪める。
 間近のその顔に、また心臓がキュッとなって反射的に口が閉じてしまった。
 だけど、ブラックはそんな俺に退くどころかさらに近付いて来て、腕の中に深く抱き込みながら口にまでキスして来る。それも、ゆっくりと……押し付けるみたいに。

「っ……んっ……っ」
「ツカサ君……僕と一緒に勉強するの、いや? 僕はツカサ君にたくさん、色んな事を教えて欲しいよ……ねぇ、だからさ……」
「でっ、でも、俺、その、教える脳みそないし……っ」

 キスの合間に切なげに言われるけど、本当に難しいんだから仕方ない。
 俺は、ブラックに物を教えられるほど頭が良くないのだ。しかも今は自分の勉強で精一杯で、何かを問われたって答えられる自信も無い。

 だけど、ブラックは「解ってるよ」と言って、再び顔を合わせて来る。
 何度も何度もキスをされると体の芯がぞくぞくしてきて、俺は段々と抵抗が出来なくなってしまっていた。

 そんな俺につけこむように、ブラックは俺の体を抱いたまま浮かせて、強引に椅子いすと体の間に自分のひざをねじ込んで座ってしまう。
 ブラックの足の上に座る形になったが、最早もはや俺には抵抗する力など無い。
 舌で唇の形をなぞるようにねっとりと舐められて、声が漏れそうになる有様だ。

 情けないと思うのに、抱き締められて体を密着させられると力が抜けてしまった。

「ツカサ君が、僕に“自分の世界のこと”を教えてくれるだけで良いんだ……」
「っ……ぇ……」

 水でぼやけたような視界で見上げると、ブラックは嬉しそうに微笑んでくる。
 菫色すみれいろの瞳が、俺をじっと見つめていた。

「僕はね、ツカサ君が普段使っている【ことば】が解るだけで嬉しいんだよ……。勿論もちろん、他にも色々と知りたいとは思うけど……」
「んっ」

 また、キスされる。
 今度は俺の口をカサついた唇で柔らかくんで、ゆっくりと舌にねじ込んできた。
 ドキドキして、体が震えて、うずいて、そのせいで力が入らない。生暖かい舌が中に入って来ても、ブラックの服の胸元を軽くつかむ事ぐらいしか出来なかった。

 静かで、狭い空間で、時間を掛けて口腔をいじり尽くされる。
 いつもなら性急な感じで息すら奪おうとして来るのに、今日はなんだか違う。
 こんな風に長い時間キスをされるのなんて、初めてかも知れない。そう思うほどに、ねっとりと舌で奪い尽くされて、俺はもう息も絶え絶えになってしまった。

 ……激しくなんてないはずなのに、どうしてこうなるんだろう。
 やっと唇を離されて、緩やかだけど浅い呼吸を繰り返すほどに弱ってしまった俺を、ブラックは抱き締める。だけど、少し体を離すと、力の入らない俺の顔を自分の方へと向けさせた。

 ああ、また、綺麗な赤と菫色が見える。
 ぼんやりとそう思った俺の目の前で、ブラックは嬉しそうに微笑んだ。

「でもね、僕が一番嬉しいのは……そうじゃないんだ」
「……?」
「ツカサ君の世界のことを、僕だけが一番知ってる……僕だけが、教えて貰える……恋人の、婚約者の僕だけが、こんなにも深くツカサ君の世界の事を教えて貰える。――――それが、何よりもうれしいんだ」

 俺の世界の、ことを。
 ……いや、俺が、自分の世界をこんなにも教えることが……嬉しい?

 それ、って。
 それって…………。

「――――~~~っ……」

 思わず、顔が痛いくらいに熱くなる。
 だけどブラックはそんなほおを更に痛めつけるようにキスをしてきて笑った。

「だからさ、ツカサ君……。由来が解らなくても、意味を知らなくても良いから……僕に、僕だけにたくさん教えて……? “僕にだけ”のこと、いっぱい教えてよ……」
「ぅ……う、ぅ……っ」

 そ……そんな、恥ずかしい事、言うんじゃないよ。バカじゃないのか。

 目の前の美形の微笑みと、恥ずかし過ぎる口説き文句のような言葉に耐え切れなくなって、思わずそう叫んでしまいそうになった。
 でも、長い間キスをされていた俺は……もう、そんな力すら残って無くて。

 再び抱き締められて「良いよね?」と耳元でささやかれると、もう何も言えなかった。















※ホントは発生的に漢字→ひら・カナの順番なのですが、
 ブラック側の世界では漢字に相当する表語・表意文字が
 特定の意味を表すだけの特殊文字とされているので
 ブラックは漢字=文章を読みやすくするための文字と考えて
 簡略化する言葉なのだと推測しています。
 で、ツカサも勉強苦手なのでそのあたり訂正出来てません。
 
しおりを挟む
感想 1,052

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...