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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
19.おねだりによわい
しおりを挟む夜も更けて、すっかり窓の外の風景も解らなくなった。
けれどそんなことなど気にもせずに、俺とブラックは肩を寄せ合いながら、脇目も振らず一冊の教科書を凝視していた。
「なるほど……。これは別言語の組み合わせじゃなくて、読み方は一緒だけど別種の文字を使ってるってだけなんだね。この“カンジ”って言う文字は、文章を簡略化して圧縮するためのものなのか……やっぱり僕達の文字と似てるんだね」
「う、うん……」
すぐ横で、ブラックは感心したように頷いている。
声が思わず上擦ってしまったが、しかし仕方がないだろう。だって、相手の吐息がかかるくらいの距離に憎たらしいほど美形な顔があるんだぞ。男だろうが美形な顔を近付けられたらドキドキしてしまうだろう。俺は悪くない、悪くないぞ。
……ゴホン。まあ、それは置いといて。
ブラックがこの部屋に来てから一時間ぐらい経過しているが、コイツの日本語への興味は尽きるどころか増しているようで、今までずっと教科書を読まされたり文字の意味なんかを解説させられたりしていた。
しかし、俺は見ての通り勉強が苦手で、日本語のなんたるかを知っているワケでは無い。つーか、大多数はそうだと思う。身近だから、漢字の成り立ちとか由来とかも深くは考えないし、当たり前すぎて調べようとも思わないんだ。
……うん、いや、俺が勉強苦手だからそう考えているだけかもしれんが。
まあそれはともかく。こんな感じなので、俺の知識は適当なのだ。
だもんで、次から口へと問いかけられて答えるのには本当に苦労した。ブラックは俺の程度を分かってくれているから、突っ込んだ質問や専門的な知識に関する事などは聞いてこなかったけど、それでも「基本的な事」が上手く答えられていないのだ。
これにはさすがの俺も自分自身が情けなくなってしまった。
今更己の頭の悪さを嘆いているワケでは無い。折角ブラックが楽しそうにしているのに、正確な答えを何も返せない事が悔しかったのだ。
だってさ、自分の国の言葉なのに知識ゼロってマジで恥ずかしいじゃんか。
……うーむ。でも、そんな事を考えちまうのも、こうして「ブラックに何かを教えたい」って思ったからなんだろうな。
だってさ、やっぱりこうして興味持ってくれるのって嬉しいじゃん。
それに……今までは、こんな風に俺の世界の事を詳しく教える機会なんてなかったワケだし。なんか、平和って感じがしてちょっと和まなくもないというか。
けれどそうなると、やっぱり俺の知識ゼロ具合はヤバいよなあ……。
ブラックは知りたがりだから、本当ならもっと知りたいはずだよな。でも、相手は俺が曖昧な返事をしても、アホな答え方をしても、苦言を呈したりしなかった。
ただ、嬉しそうに頷いてくれているだけだったんだ。
……俺が言うのもなんだが、話しててイラッとしたりしないんだろうか。
はあ、なんか申し訳ないなぁ……。
楽しんでくれてるみたいだし、そんなこと言えないけど。
「やっぱり、僕達の世界の言語は基本的にツカサ君の世界の言語と同じなのかな? 神サマとやらが、基礎を作ったんだろうか……」
「えっ? あ……まあ、そう言われてみると、文字が違うだけで似てるもんな」
この世界は、俺の世界から来た人間が神様をやっている。今もキュウマという男が神様として頑張っているのだ。昔からそうなら、日本語と似てても不思議じゃない。
まあ今までの神様が全員日本人かは解らないので、断定は出来ないんだけどな。
しかし、すぐにそこに気が付くなんて……やっぱブラックって頭良いんだなあ。
「だけど……それなら何故文字だけ敢えてニホン語から変えたんだろうね。カンジに対応する文字が少ないような気もするし、そもそも昔からツカサ君と同じ国の人族が神になっていたんなら、【希求語】なんかの“失われた言語”の発生の経緯が気になるし……。うーむ……この教科書ってのを見る限りは、特に過不足ない言語のような気がするんだけどなあ……」
何か凄く色々な事を考えているみたいだが、俺にはさっぱりだ。でも、楽しそうにブツブツ言ってるし……このまま語らせておこう。自分の国の言葉もよく解らんので、ブラックの言う事に何もツッコミが入れられない。
それもそれで情けないんだけどな、トホホ。
手持無沙汰になってしまったので、興奮しながら教科書をぱらぱらとめくっているブラックの横顔を見つめることで時間を潰す。
普段はすぐに気が付いて俺の方を見て来るくせに、今はよっぽど未知の言語の事が気になっているのか、目を輝かせて教科書を見つめるだけで俺の視線になんて気付きもしない。……でも、たまにはこういうのも良いかもな。
だって、ブラックの真剣な横顔をこんな距離で見るなんて滅多にないし。
それに……見上げてるとかじゃなくて、同じ目線で、こんなに近くで……。
「…………」
な、なんか急にドキドキしてきた。いやいやダメだろ俺。
相手は昼間よりも更にヒゲが濃くなった、ぱっと見は小汚いオッサンだぞ。顎骨もどんだけガッシリしてんだってレベルのオッサンだぞ。首も太いし女要素ゼロなのにどこにドキドキする要素があるんだ。
いや、恋人補正ってのも有るのかも知れないけど、でも、ただ横顔を見つめるだけでドキドキしてくるって病状進んでるじゃねーかおい。
い……いつもなら、迫られたり、格好いいコトとか言われてからそうなるのに。
なのに、見つめるだけって……美形だから仕方ないのか?
まあそりゃ、ブラックは……悔しいけど、格好いいもんな。ウェーブがかった赤い髪は、ランタンの明かりだけでも緩く輝いて凄く綺麗だし……高い鼻とか彫りの深い顔のおかげで、眉の下に陰が出来てて凄く大人っぽい。
そんな顔なんだから、無精髭すらただのアクセサリーだ。凄くずるい。
俺の父さんが日曜日に無精髭生やして寛いでたって、こんな風には思わない。
思わないのに……なんでこう、勝手に頬が熱くなってしまうのか。
…………マジで俺、戻れない所まで来てるのかなぁ……あぁ……。
「文節も特に違いは無いなぁ……うーん……。ねえツカサ君っ、この文字ってさあ、どういう経緯で成立したとかわかるかなっ!?」
「ふえっ!?」
おおおおお前いきなりこっち向くんじゃないよ!!
至近距離なのにこっち向いたらめっちゃ近くなるだろうがこのっ、ふ、振り向いた時に髪が顔に当たったわ畜生!
「……あれっ。ツカサ君、顔真っ赤」
「う、ううえ!?」
変な声が出たが、ブラックは俺の顔をじっと見てニヤリと笑う。
取り繕おうとしても、最早遅かった。
「あれぇ~? ツカサ君たら、もしかして僕の横顔に見惚れちゃってたの?」
「なっ……ち、違うっ! これはそのっ」
「ううん照れなくても良いんだよ~! あっ、もしかして今まで放っておいたから怒っちゃってるのかな!? えへへ、そうだよね……せっかく二人っきりの時間だってのに、教科書の方にばっかり構っててごめんね?」
そう言いながら、ブラックは俺に抱き着いてキスをして来る。
目尻や頬に掛けてちゅっちゅと音を鳴らしながら何度も吸い付いて来るので、流石に俺も恥ずかしくなってきてブラックを押し返そうとした。
しかし、例によって俺の貧弱な腕では抵抗できるはずも無く。
「もっ、もうバカっ! 離れろってば……勉強するんだろ!?」
「したいけどぉ~……ツカサ君がこれから毎晩ここで勉強するんなら、焦らなくても良いかなって! だって一緒に勉強した方がもっと楽しいもんね」
「はっ、はぁ!? 毎日勉強教えろって!?」
何を言ってるんだと見返すと、ブラックは綺麗な菫色の瞳を嬉しそうに歪める。
間近のその顔に、また心臓がキュッとなって反射的に口が閉じてしまった。
だけど、ブラックはそんな俺に退くどころか更に近付いて来て、腕の中に深く抱き込みながら口にまでキスして来る。それも、ゆっくりと……押し付けるみたいに。
「っ……んっ……っ」
「ツカサ君……僕と一緒に勉強するの、いや? 僕はツカサ君にたくさん、色んな事を教えて欲しいよ……ねぇ、だからさ……」
「でっ、でも、俺、その、教える脳みそないし……っ」
キスの合間に切なげに言われるけど、本当に難しいんだから仕方ない。
俺は、ブラックに物を教えられるほど頭が良くないのだ。しかも今は自分の勉強で精一杯で、何かを問われたって答えられる自信も無い。
だけど、ブラックは「解ってるよ」と言って、再び顔を合わせて来る。
何度も何度もキスをされると体の芯がぞくぞくしてきて、俺は段々と抵抗が出来なくなってしまっていた。
そんな俺につけこむように、ブラックは俺の体を抱いたまま浮かせて、強引に椅子と体の間に自分の膝をねじ込んで座ってしまう。
ブラックの足の上に座る形になったが、最早俺には抵抗する力など無い。
舌で唇の形をなぞるようにねっとりと舐められて、声が漏れそうになる有様だ。
情けないと思うのに、抱き締められて体を密着させられると力が抜けてしまった。
「ツカサ君が、僕に“自分の世界のこと”を教えてくれるだけで良いんだ……」
「っ……ぇ……」
水でぼやけたような視界で見上げると、ブラックは嬉しそうに微笑んでくる。
菫色の瞳が、俺をじっと見つめていた。
「僕はね、ツカサ君が普段使っている【ことば】が解るだけで嬉しいんだよ……。勿論、他にも色々と知りたいとは思うけど……」
「んっ」
また、キスされる。
今度は俺の口をカサついた唇で柔らかく食んで、ゆっくりと舌にねじ込んできた。
ドキドキして、体が震えて、うずいて、そのせいで力が入らない。生暖かい舌が中に入って来ても、ブラックの服の胸元を軽く掴む事ぐらいしか出来なかった。
静かで、狭い空間で、時間を掛けて口腔を弄り尽くされる。
いつもなら性急な感じで息すら奪おうとして来るのに、今日はなんだか違う。
こんな風に長い時間キスをされるのなんて、初めてかも知れない。そう思うほどに、ねっとりと舌で奪い尽くされて、俺はもう息も絶え絶えになってしまった。
……激しくなんてないはずなのに、どうしてこうなるんだろう。
やっと唇を離されて、緩やかだけど浅い呼吸を繰り返すほどに弱ってしまった俺を、ブラックは抱き締める。だけど、少し体を離すと、力の入らない俺の顔を自分の方へと向けさせた。
ああ、また、綺麗な赤と菫色が見える。
ぼんやりとそう思った俺の目の前で、ブラックは嬉しそうに微笑んだ。
「でもね、僕が一番嬉しいのは……そうじゃないんだ」
「……?」
「ツカサ君の世界のことを、僕だけが一番知ってる……僕だけが、教えて貰える……恋人の、婚約者の僕だけが、こんなにも深くツカサ君の世界の事を教えて貰える。――――それが、何よりもうれしいんだ」
俺の世界の、ことを。
……いや、俺が、自分の世界をこんなにも教えることが……嬉しい?
それ、って。
それって…………。
「――――~~~っ……」
思わず、顔が痛いくらいに熱くなる。
だけどブラックはそんな頬を更に痛めつけるようにキスをしてきて笑った。
「だからさ、ツカサ君……。由来が解らなくても、意味を知らなくても良いから……僕に、僕だけにたくさん教えて……? “僕にだけ”のこと、いっぱい教えてよ……」
「ぅ……う、ぅ……っ」
そ……そんな、恥ずかしい事、言うんじゃないよ。バカじゃないのか。
目の前の美形の微笑みと、恥ずかし過ぎる口説き文句のような言葉に耐え切れなくなって、思わずそう叫んでしまいそうになった。
でも、長い間キスをされていた俺は……もう、そんな力すら残って無くて。
再び抱き締められて「良いよね?」と耳元で囁かれると、もう何も言えなかった。
→
※ホントは発生的に漢字→ひら・カナの順番なのですが、
ブラック側の世界では漢字に相当する表語・表意文字が
特定の意味を表すだけの特殊文字とされているので
ブラックは漢字=文章を読みやすくするための文字と考えて
簡略化する言葉なのだと推測しています。
で、ツカサも勉強苦手なのでそのあたり訂正出来てません。
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