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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
18.休息の時間は二人で
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「キュゥッ、キュゥウ~!」
「あででで……ごめんなあロク、心配かけて……」
旧治療院に戻った後、俺は作っておいた回復薬を頭からぶっかけて、なんとか顔や体の腫れを抑え込んだ。……んだけど、そのボロボロの姿をタイミング悪く一階まで下りて来ていたロクショウに見られてしまい、先程からトカゲの可愛い足でぺたぺたとアザになった頬を触られていた。
持ち前の自己治癒能力も手伝ってか、もう痛みは無いんだけども……しかし見た目には完全にリンチを喰らったアホな奴なので、ロクショウにはそれがたまらなく心配らしい。いや、まあ、びっくりするよなぁ普通……。
それに、最近はスキンシップも朝か寝る前の時間くらいしかなかったんだ。それも相まって、ロクショウは酷く俺を心配して構っているみたいで……いやこれどっちが主人か解らんな。
「ゥキュゥウウ~~~~キュゥウ~~~」
「あ~、ロクが泣くことないだろー? ごめんな、ごめんって」
宝石みたいな緑青色の大きな目からポロポロ涙を流すロクがあんまり可哀想で、俺は自分の事など置いてついつい反応してしまう。
ブラックとクロウは呆れた顔でこちらを見ていたが、しかしこれは仕方なかろう。
だって、ロクは俺が授業を受けている時や家事をしてる時なんかは、大人しく二階で待機してたんだぞ。
実は師匠がどうもヘビとか爬虫類が嫌いみたいで、だからなるべく近付けないようにって、師匠がこの治療院に居る間はおりこうさんにして貰ってたんだ。
そんな日が何日も続いて、終いにゃ怪我して帰って来たんだもんな。
寂しいのも心配になるのも無理はない。ロク的には、自分も一緒に海洞ダンジョンに付いて行きたかったのだろう。しかしそれを押し殺してお留守番してたんだから、帰って来た俺がこんなに無様なタコ顔になってたら、騒ぐのも無理ないよ。
ロクの心配な気持ちを思うと、俺は無抵抗でいるしかなかった。
いや、決して、ロクが可愛すぎてこのままケアされていたいワケじゃなくてね。
「ぐ、ぐうう……おい、ツカサ! じゃれ合いが終わったら、早くそのコウモリヘビを二階へ連れて行かんかい!」
「また師匠は隠れて……」
「キュゥウ……」
ロクショウは不満げな声を漏らしながらも、俺の首に巻き付いて切れた口の端っこを蛇の舌でペロペロと舐める。
それが師匠には何か恐ろしいらしく、診療室の入り口で顔半分だけを出しながら、ガタガタと震えていた。よく解らんが、師匠にはヘビ型モンスターに関するトラウマがあるらしい。でも、その過去に可愛いロクを重ねるなんて失礼しちゃうよ。
まあ怖い物は怖いんだから仕方がないんだけどさぁ。はぁ。
「我慢して下さいよ、ロクは心配してくれてるだけなんですから……」
「いやもう本当にヘビを絡ませられるお前の神経がわからん。怖すぎる」
「グキュー」
その言い草に優しいロクも不機嫌だ。
さすがの師匠も蛇に睨まれると怖いのか、ビクリと肩を震わせて黙った。……なんだか、いつもの師匠と違ってちょっと面白……ゴホン、いかんいかん。
「とにかく、ちょっとはロクに慣れて下さいよ。ロクは俺の大事な相棒だし、戦いじゃあ凄く助けてくれるんですから」
「なるほど、お前、そやつを守護獣にして攻守の均衡を取っておったのか……」
「っていうか、ツカサ君はふつーに今まで後衛だったからねえ」
「オレ達が前衛で戦っているから、ツカサはほとんど見ているだけで良かったぞ」
ハッキリ言われると俺がまるでパーティーに寄生しているみたいだが、回復薬とか色々役に立っているのでチャラになっていると思いたい。
とは言え、やっぱりそれもチート能力【黒曜の使者】の力なので、俺としては自分の力とは言い難くて心苦しい所も有るんだけど……。
うう、本当俺って助けられてばっかりだなあ。今回も失敗しちまったし。
初回だから仕方ないよってブラックもクロウも言ってくれたけど、それでも仲間に情けない所を見せるのは凄く恥ずかしい。プライドがズタズタだ。
それが誰でも無い自分のせいだからこそ、口を噤んで悔やむしかなかった。
でもこれからはそうじゃないもんね。俺一人で敵を斃せるようになるために、修行を頼み込んだんだ。落ちこまないぞ。落ちこまないからな!
と、奮起したところに、師匠が言葉をぶっ刺してきた。
「ツカサよ、本当にお前は雑魚なんじゃのう」
「う゛っ……」
く、クリティカル……。
思わず落ちこんでしまった俺を、ロクが心配そうに鳴いて頬を舐めてくれる。
嬉しいけど、しかしやっぱり情けないんだよなあ……男として……。
「ま、まあとにかく……訓練は明日もやるぞ! 早朝から備えておけよ!」
「もう帰るのか、シショー」
「ええいうるさい獣人っ、もーヘビはこりごりじゃっ」
言いながらゾワゾワと体を震わせて、師匠は行ってしまった……と思ったら、すぐに戻って来て、何やら胡乱な顔で俺達をじっと見つめた。
「一つ言い忘れておった。……今は良いが、とにかくこれからは夜に外に出るなよ」
「え?」
「もう一度言うぞ。夜に、外に、出るな。んじゃな」
そう言うと、カーデ師匠は再び外に帰って行ってしまった。
「…………今の、どういう意味?」
ブラックが、俺とクロウを見やる。でも、ブラックが「分からない」と言うのなら俺達が理解出来るはずも無かろう。
クロウと一緒に仲良く首を振ると、ブラックは溜息を吐いた。
「ま……どうでもいいか……。あのクソジジイが言うんなら、さっさと寝ちゃお」
「うん……」
でも、なーんかひっかかるんだよなあ。
師匠は口が悪いけど、あんまり意味のない事は言わないし……。二回も注意するということは、よっぽど重要な「お約束」なのかも知れない。
だとしたら……今日は、ちゃんと言いつけを聞いておいたほうが良いよな、うむ。何か嫌な予感がするし、ちょっと早いけど夕食にして今日はもう寝てしまおう。
アザだらけの顔を舐めながら癒してくれるロクを撫でながら、俺は言い知れぬ何かにゴクリと喉を鳴らした。
◆
夕食を摂り、ロクとひとしきり遊んで寝かせた後、俺は別室……恐らく治療院の主が使っていたのだろう部屋で、古い机に教科書を広げていた。
水で湿らせると発光する【水琅石】の明るいランタンを窓際に吊るし、その下に机を付けて暗い所が無いようにしている。部屋は縦二畳で横が一畳と半分くらいの……例えば、少々足場が長いトイレみたいなとても狭い部屋だが、この狭さが逆にいい。
この狭さならお化けとかも来な……いやいや、お化けとか信じてないけどね!
とにかく、こういう狭い場所はありがたいのだ。
閉塞感のお蔭で勉強がはかどりそうだと思いつつ、俺は教科書を睨んだ。
「むむ……」
今日は数学……は、いきなりのラスボス過ぎるので国語にしたのだが、何と言うか見るだけで読む気が失せる。しかも今回はダンジョンに潜った後なので、尚更眠気が襲ってきそうだった。
だけど、ここで負けるワケにはいかない。これからは、もっとボコボコになって、疲れて泥のように眠ってしまうかもしれないんだ。やれる時に俺の世界の勉強もやっとかないと……! でなければ帰った時にシベに何をされるか解らない。
それに俺には夏の別荘が待っているんだ……気合を入れなければ!
とは、思ったのだが……。
「ねむいぃ……」
せっかく明るいランタンも取り付けて、眠気覚ましの温かい麦茶も用意したってのに、どうにも眠くて机に寝そべってしまう。この閉塞感が安心感を与え過ぎてしまうのか、最早体は弛緩してしまい動けそうになかった。
ああ、もうちょっとで眠れる。いやもう眠ってしまおうか。
どうせ明日も修行するんだから、修行に慣れてから始めたって……――
「ツカサ君、なにしてるのー?」
「んあ゛っ!?」
もう少しで眠り始めたって所で、急に呼び止められて思わず体が起き上がる。
お、おおおいっ、こういうの俺弱いんだよやめろよ!
驚きのあまり心臓がドキドキして苦しくなりながらも、慌てて振り向く。と、そこには、闇の中から大柄な赤い髪の男が、ぼうっと浮かび上がってくる光景が。
な、なんだブラックか……おどかしやがって……。
「んもー、一緒に寝ようと思ったら居ないんだもん。探しちゃったよ」
「お、おうごめんごめん……」
そう言えば、ブラックには何も言わずに部屋に来ちゃったな。
コイツは妙に俺の気配に聡いので、伝えてから部屋に来るべきだったか。
そんなことを考えていると、ブラックが俺の椅子の背凭れに手をやって、ひっつくような体勢になりながら机を覗き込んできた。
俺の顔の横に、無精髭が濃くなったブラックの顔がヌッと現れる。
その近さに何故かまた心臓がギュッとなったが、俺は一緒に机を見やった。
「そんで……これ、なに? なんか……見た事も無い文字だね」
不思議そうに言いつつ、ブラックは仄かに照らされた菫色の目を瞬きさせる。
そういえば、ブラックには俺の世界の文字とか見せた事がなかったんだっけ。
見やすいように体を少し傾けて、俺は教科書をブラックの方へ移動させた。
「これは俺の世界の文字だよ」
「そうなの!? えっ、なんか……ツカサ君、この文字本当に使えてるの……?」
「どういう意味だテメー」
「いや、ツカサ君が覚えられるような簡単そうな言語じゃないからつい……」
「ヴァー!! 学校通って文字がわからねえ奴がどこにいるー!!」
赤点だけどさすがに俺だって日本語ぐらい解るんですけど!
わかるからチート物小説とか楽しく読めてるんですけど!?
お前本当、俺の事を躊躇いなくバカにしやがるなコンチクショー!!
「あ、そっか。ツカサ君あっちで学術院みたいな所に通ってるって言ってたっけ」
「国民の義務だからな」
勉強なんてしたくないけど、しなきゃ就職出来ないらしいしダチにも会えないし、何よりおやつが貰えないので俺は学校に行くしかないのだ。
不満ながらも言い切ったが、ブラックの興味は既に教科書につらつら記されている文字の方に行ってしまったらしく、なんだか生返事を貰ってしまった。
「ふーん……でもこれ、なんか変な言語だねえ。流線型文字と、この鉤型文字は別の言語なの? それに、特殊な文字がいくつかあるけど、これは絵文字?」
「えっ、え? い、いや、えっと……それはひらがなとカタカナと漢字で……」
「ヒラガナとカタカナとカンジ? なにそれ、言語が三つ混ざってるってこと!?」
これにはさすがに驚いたのか、ブラックが目を丸くして俺の方を見て来た。
……な、なんか……こんなにビックリしてるブラック見たの久しぶりかも……。
子供みたいに素直に驚いている相手にちょっとむず痒くなって、思わず口を緩めてしまったが……そんな俺に、何を思ったのかブラックは急にキスをして来た。
咄嗟の事でガード出来ず、むちゅっと口を押し付けられてしまう。
「ちょっ、お、お前っなにしてんだっ!」
すぐに離れたので抗議したが、ブラックは嬉しそうにニマニマと笑うだけだ。
ああもうコイツはマジで煮ても焼いても食えない……!
いやそりゃ恋人だし、キスだってその、ま、まあ、普通ではあるけどさ。
でも、不意打ちされたら誰だってカーッとなっちまうだろうが!
不覚を取ってしまったと手で口を隠して体を離すが、ブラックは俺の肩を掴んで、いとも簡単に俺を引き寄せてしまう。座ったままでは俺が絶対的に不利だった。
そう、不利なんだ。仕方ない。これは、不利だから仕方ないんだ。
解ってても、キスをされたら妙にそわそわしてしまう。そんな自分が恥ずかしい。
なんかもう相手の顔を見ていられなくて教科書に目を落とすと、ブラックはゴツい指で何度も教科書の文字をなぞっていた。
「それにしても……なんだか解けそうで解けない文字でワクワクするねえ、これ」
「え……そう見える……?」
「うん。読めそうなのに、上手く読めない所が面白いよ」
そう言って再び文字を見るブラックの目は、キラキラしていて。
…………そっか、ブラックって意外と“こう言うの”が好きなんだっけ……。
ブラックは、世界の書物を保護する役割を持つ“導きの鍵の一族”という一族の一人で、幼い頃から本や書物なんかに慣れ親しんでいたんだよな。……一族の事に関しては、あまり良い思い出が無いみたいだけど……それでも、今も本が好きなんだ。
古代遺跡の古代文字もすぐに理解してたし、ブラックにとって未知の書物や文字は、好奇心を揺さぶる宝物のような物なんだろう。
それを思うと、なんだかちょっと……不覚にも、その……ガラじゃないのは解ってんだけど……キュン、とか、してしまって。
「…………教えよっか?」
「えっ、イイの?! あっ、でも今から何かするんじゃ……でも良いの!?」
言うと、ブラックは至近距離ですぐに俺を見つめて来た。
ああ、やっぱり目がキラキラしてて、俺よりガキみたいな顔をしている。けれど、そんな風に嬉しそうな表情を目と鼻の先で見せつけられると……その……。
「わ、わかった、分かったからマジでもうちょっと離れて……っ」
「ああんツカサ君っ、そんなコト言わないでぇ。せっかく二人っきりだし、狭い部屋なんだからさぁ!」
そう言いながら抱き着かれ、チクチクが倍増した無精髭だらけの頬で何度も何度も頬を擦られる。い、痛いっ、夜は昼より痛いなオイ!
逃げようと思っても、俺の体は椅子ごとブラックの腕に捕えられていて、もう動く事は出来なかった。
「う……うぐ……」
「ツカサくぅん……ねっ、早く教えて。これどう読むのかなぁっねっ、ねっ」
呻く俺に構わず、ブラックは教科書を自分達の目の前まで引き摺って指でペシペシと叩いて見せる。その仕草と言ったら、まったく大人の雰囲気を感じない。
まったくもって子供みたいなオッサンだ……まあ、良いけどさ。
「えーっと……とりあえず、これを読んでみるとだな……」
色々思う所は在ったけど、でも、嬉しそうなブラックを見ていると俺まで何故か心が温かくなるような気がする。それがなんだかちょっとシャクで、俺はわざと難しい顔をしながらブラックに教科書の内容を読み聞かせたのだった。
→
※遅れてしまった…!申し訳ないです…:(;゙゚'ω゚'):
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