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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
17.おお冒険者よ、攻撃できぬとは情けない▼
しおりを挟む「あそこらへんにノロいのが数匹おるじゃろ。そいつらは体当たりしかして来んザコモンスターじゃから、まずはあやつらでやってみい」
師匠がそう言うが、俺は正直半分も耳に入っていなかった。
だって、俺の目の前に居たのは……二本足で歩く赤いヒトデ(のようなモンスター君)や、白いお饅頭のようなとにかく可愛い謎のモンスターだったのだから……!
「ツカサ君? おーい」
「ダメだ。また可愛いものに魅了されてしまった」
「なんじゃそりゃ」
何か周囲で低くて可愛くない声が聞こえるけど無視だ無視。
俺は早速モンスター達に気取られないよう、素早く、岩陰に隠れながらコソコソっと近付くと、彼らの事をよく観察した。
背中が赤いヒトデ君は、淡い黄土色の表側の中央にギザギザの口がある。時折、シャッターみたいにガシャンガシャンしているが、体長が俺の膝くらいしかないのでそこまで凶暴に見えない。つーか歯が無さそう。
それでぽてぽて歩いてるもんだから、可愛くて思わず口から空気が漏れてしまう。
一方の、白くて丸いお饅頭のような何かは……よく見ると、爪楊枝でちょんと穴をあけたようなゴマっぽい目が二つ付いており、口は無くて、本当に小さな胸鰭と尾鰭をぴちぴちと動かしながらちまちま動いていた。
「うっ……う、海の……幼稚園……ッ」
思わず鼻から熱い物が込み上げて来そうになり慌てて抓むが、俺の存在に気付いていないモンスター達は、悠々自適にそこらへんを練り歩いていた。
何をしているかよく解らないけど、とにかく可愛い。可愛すぎる。
赤ヒトデ君と白まんじゅうフィッシュ君……これは海ならではだ……!
しかし、俺は彼らを斃さなければならないのか。そう思うと辛い。
いや冒険者なんだから、モンスターは倒して当然だろう。
ああしかしあんなに可愛くて敵意もなさげな物を……!
「なにをまごまごしとるんじゃい」
「あでっ」
背後からゴツンと頭を叩かれて振り向くと、カーデ師匠とオッサン二人がもう背後について来ていた。なにそのその素早さ。
「っていうか何でチョップするんですか師匠!」
ちっこくて可愛いモンスター達に気取られないようにコソコソ抗議すると、赤っ鼻の師匠は半眼で俺にびしびしと指を差した。
「ばーっかもん、モンスターを可愛がる奴があるか! いいか、あいつらは近付けばすぐに体当たりして来るような好戦的モンスターじゃぞ! 愛でる暇があるんなら、早く【グロウ】なり【レイン】なり使って拘束せんかい!」
「あうう」
「まあツカサ君のいつものダメなとこだねえ」
「ウム」
ちくしょう、勝手なこと言いやがって。
なんでお前らはあの可愛さが分からないんだよ。どう考えたって一度は剣を振る事を躊躇うくらいの可愛さだろうが。あのヒトデ君の歩き方を見ろよ、白まんじゅうフィッシュ君のぴちぴち鈍足移動を見ろよ。どう考えても戦意を削ぐだろ!?
それともあれか、こいつらは「それも相手の戦略だからね」とか冷静に言いながらサクッと倒しちゃうタイプか。いやそりゃ理解出来るけどさ。冒険者ならそれで正解だし、俺でもゲームじゃ見慣れたらバシバシ倒しちゃうけどさ。
しかし初見で慣れろってのは無理があるよ。だってあんなに可愛いんだよ!?
ちっちゃくて足が短い可愛いイカちゃん……カトルセピアっていうイカモンスターを見た時も思ったけど、これ系のモンスターを初見で即攻撃は無理ですって……!
ああくそっそれが俺の冒険者スキルの低さの証拠だとでもいうのか!?
そりゃ男としては悪即斬が格好いいと思うけど、憧れるけどおおお!
「分かりやすい奴じゃの……。ええい倒せとは言わんから、とにかく捕まえんか」
「えっ、逃がして良いんですか」
「お前の修業は集中力やら忍耐力やらが中心じゃからの。まあ、慣れてくれば曜術で攻撃させるがのう」
「わ……わかり、ました……」
「倒したくなぁい!」なんて言いたいところだけど、それは俺のワガママだ。この世界では、モンスターは脅威であり敵である事には変わりが無い。
俺と仲良くなってくれたモンスターだって、それほど多くは無いのだ。いくらあのモンスター達が可愛くったって、俺のエゴで「殺すのヤダー!」なんてダダをこねていたら、ブラック達に呆れられてしまう。結局相手は凶悪なモンスターと変わりない存在なんだから、外見だけで贔屓しちゃいけないんだよな。
今は色々思っちゃうけど、慣れるまで少しだけ待っててほしいと思う。いや、師匠だってそう思ったから俺に猶予をくれたのだろう。
ホント、暴力的で口が悪いけど良い師匠だよ……。
よし、いつまでも甘えている訳にはいかないよな。これは修行なんだから。
俺が気合を入れ直すと、師匠は「そうだ」と頷いてくれた。ブラックとクロウはと言うと相変わらずの呆れた感じだったが、まあ俺もブラック達もいつもの事だしな。
その呆れを覆す頑張りを見せてやるぜ、と意気込んで、俺は少し遠くを歩いている二匹のモンスターを標的にして集中した。
のんきに歩いている赤ヒトデ君と白まんじゅうフィッシュ君を、地面から生えた蔓でしっかりと捕えるイメージを想像して、ゆっくりと息を吸う。
曜術はイメージと冷静さが大事だ。師匠が言っていた「怒静優楽猛」という五つの感情は、そのイメージに上乗せされる「威力」みたいなものだ。怒れば怒るほど術の力は増すし、逆に静か――冷静になり集中すればするほど、術が研ぎ澄まされ正確にイメージ通りの攻撃が出せるようになる。
俺は以前、ブラックに「曜術は感情に反応する」という話を簡単に説明して貰った事があるのだが、ここまで明確に考えるまでは出来ていなかった。
ただ単に、炎属性だから「怒り」が威力に影響するのかな~なんて思っていただけで、感情が術にどういう影響を与えるかは知らなかったんだ。
まあ、そのことを教えて貰う時間がなかったから仕方なかった気もするんだけど、実際に「こう言う理由があるんだよ」と教えて貰うと、なんだか理解出来たような気がするから不思議だ。師匠の教え方が凄く良いからかもしれないけど……。
とにかく、今は理論……というか、術の法則をさわりだけでも教えて貰えたので、なんだかやれそうなカンジがするんだ。絶対に成功させるぞ。
俺は息を止め、目標の二匹に向かって手を軽く突き出した。
「地に根差す強固な蔓よ……かのものを縛める鎖となれ――――
出でよ、【グロウ・レイン】――!」
俺の両掌から一気に緑透色の光が溢れ出て、肘の部分まで幾つもの光の蔦が絡みついて来る。一瞬、掌から放出されるのと同じ光が地面から湧いた気がしたが――そんな事に気を取られる余裕も無く。
一心に敵を見ていた俺の眼前で、唐突に彼らのすぐ横から蔓が地中から現れた。
「ギャッ」
「キューイッ!?」
赤ヒトデ君と白まんじゅうフィッシュ君は驚いて逃げようとするが、俺の意志に従って蔓は伸び、いとも簡単に二匹を捕まえる。そうして、ぎゅうっと巻き付いた。
なんとか二匹を捕える事に成功したけど……。
「むぅ……速度が足らん。本当なら真下から捕える想像としておったのだろう?」
「は、はい……っ」
やっぱり師匠には見抜かれていた。
そうなんだよ。本当は、蔓に無駄な動きをさせる事無く二匹を捕えるつもりだったんだ。でも、俺の判断が遅かったのか、それとも術の発動が遅かったのか、蔓は少し離れた場所から湧き出てしまった。
これは……あんまり喜べた結果ではない。
でも、今は集中してずっと捕えているのが大事だもんな!
とにかくこの状態を維持しないとと思い直し、俺は気合を入れた。
「ツカサ君大丈夫?」
「辛くなったらやめるんだぞ」
「うぐっ……だ、大丈夫……っ」
両手を伸ばしたまま答えるけど、大丈夫じゃない声になってしまう。
だってこれ、やってみると案外辛いんだもん……っ。
ずっと捕えていると、相手の“抵抗”が手から肩に掛けて伝わってくる。長時間敵を拘束する事が無かったから分からなかったけど、集中力だって続けていると何故だか勝手に切れそうになってしまう。
どうしてそうなるのか解らないが、我慢しようと思うと汗が噴き出してくるんだ。
ヤバい、つらい、つらいぞこれは。
集中し続けながら敵を拘束するのがこんなに辛いとは思わなかった。
「距離が遠いとそれだけ体に負荷が掛かる。近付いてみい。和らぐぞ」
「ほっ……ほんとっ、ですかっ」
「遠距離と近距離の違いを知るいい機会じゃ」
「やっ、やってみます……っ」
なんとか立ち上がって、ゆっくりと体を動かす。
もう動くだけでめっちゃ意識が途切れてしまいそうだ。やべえ。
でも頑張らねば……!
「うっ、ぐっ、うぐぐ……っ!!」
「あー……ツカサ君……」
「危なモガッ」
背後から何か声が聞こえるが、気にする余裕が無い。
なんとか近付くと、確かに少しだけ手に掛かる負荷が和らいだ気がした。
な、なるほど、遠距離だと電波が弱くなるみたいなもんなんだな。よし。ならば、近付いた状態で拘束すればもっと時間を稼げるぞ!
こうなったら初日で修業をクリアしてやる。
……なんて意気込みながら二体のモンスターの真正面に立った。
可愛いモンスター達が蔓でぐるぐる巻きにされた中から、こっちを見て来る。
「あっ」
やばい超可愛い……!
そう思った、瞬間。
――急に緊張の糸が途切れ、腕が何かに弾かれるように宙に打ち上げられた、と、同時。目の前に何か凄く怒ったような声と影が迫って来て――――。
「ギャワーッ!!」
「ギューイッ!!」
「ぶはっ、ぶっ、ぶあぁああっ」
後頭部から地面に叩きつけられ逃げ場を失った俺は、二体の可愛いモンスター達にひたすら体当たりをされて、ボコボコの袋叩きにされてしまった。
いっ、いたたっ痛い痛い!
あああ顔面は勘弁してくださいいいいい!
「わっはっは、予想通りに集中力が切れおったぞバカめ!」
「あー……こうなると思ってたよ……」
「ウム、ツカサだものな」
またもや、背後からワケの解らんオッサンどものざわつきが……って、今度だけは全部ちゃんと聞こえとるわい!!
ちくしょー、言いたい放題言いやがってー!!
殴られて体当たりされつつも悔しさ満面でそう思うが、しかし俺は意外と腕っ節の強い二匹のモンスターに反撃する事も出来ず、ブラック達に救出されるまで逃げる事は出来なかった。
…………救出された時には顔面が面白いように腫れてしまっていたが、これも回復薬で治るんだから、この世界って本当にファンタジーだよなあ……。はぁ……。
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