異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編

  詰問

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「どこかに行くのか」

 ガタついた鎧戸よろいどを押し開け、古い臭いのする部屋に風を入れる。
 潮風はあまり好きではないのだが、今はこれが最も賢明な方法であるため、そんな好みを言っているひまはない。下の階で家事をしているだろうツカサに気取られずに外へと出るには、これが一番手間がかからないのだから。

 しかし、今しがた、別室で寝ていた変態熊に気取られてしまった。
 寝ていると思ったのに、こういう時ばかりカンが良い。いや、自称武人と言う経歴のせいか、人の気配にさといのか。

 てっきり腑抜ふぬけたとばかり思っていたのに、面倒な事になった。

(チッ……騒ぎになったらツカサ君が見に来るだろうしな……)

 木枠しかない窓に足を掛けるのをやめて振り返ると、女装姿を苦にも思っていないおぞましい大柄な男が居て、思わず吐き気が込み上げる。

 この駄熊は、服など着られればそれで良いと思っているようだが、それを毎日見せつけられる周囲はたまったものではない。腐った沼に落ちて、そのまま家族のいる家の中に入る馬鹿者がどこに居ると言うのか。

 少し考えれば下着一枚の方がマシだと分かるだろうに、何故かたくなにその給仕女の服を身に付けたままでいるのか意味が分からない。もしかして趣味なのか。趣味だとしたら、随分ずいぶんと殺意が湧く趣味だ。

(というか、仕方がないとは言え、コイツのせいでツカサ君との二人きり生活をブチ壊されたんだっけか……もう殺したい以外の言葉が無いな……)

 愛しい恋人とのイチャイチャを邪魔するわ、不快な服装で目を腐らせようとするわ、本当にやることなすこと害しかない熊過ぎる。
 そのうえツカサを気遣っての外出まで邪魔しようと言うのかと睨むと、相手は眠たそうな目を擦りながら、むうと唸った。

「下から出て行かないのか。まるで盗賊みたいだぞ」
うるさいな。ツカサ君に気付かれたくないんだよ。再び眠りたくないなら黙ってろ」
「ツカサに? 何をしに行く」

 言われて、誰が言うかと言おうとしたが……このままでは会話が長引きそうだったので、仕方なく正直に答えてやることにした。

「あのクソジジイに呼び出されたんだよ。だから、少し留守にする」
「ジジイ……ツカサの師匠か。ご老人を汚い言葉で呼ぶのは感心せんぞ」
「うるさいなあ、僕にとってはクソジジイだから良いんだよ」
「ムゥ……。まあいい。しかし、何故呼び出されたんだ」

 聞いて来たな、と思いつつ、ブラックは返した。

「ツカサ君に関する大事な話があるんだとさ。僕も詳しくな知らないけど」
「……なるほど、分かった。行って来ると良い。ツカサはオレがひきつけておく」

 随分ずいぶんと殊勝な心がけだ。
 いや、この駄熊はこちらが外出するのにかこつけて、ツカサを独り占めし甘える気なのだろう。容易に相手の下心が読み取れて眉間にしわが寄ったものの、くやしいがこの熊が裏切る事は無いとよく知っている。

 肉を切らせて骨を断つようで気分が悪いが、この熊の欲求不満が爆発して面倒な事になるよりかは、賢明な判断と思った方が良いだろう。
 ブラックは苦虫を噛み潰したような不愉快さに顔を歪めたが、頭を振って再び窓の木枠に足を掛けた。

「調子に乗り過ぎて“余計な事”はするなよ」

 無意識に低くなる声で釘をさすと、相手は背後で頷いたようだった。

「わかっている。良いからさっさと行って来い」
「…………」

 返事も無く、ブラックは窓から身を乗り出しそのまま空中へ飛んだ。

(ぐぅうあのクソ熊!! 調子に乗りやがって、後で絶対にシめてやる……!!)

 まるで自分が主導権を握っているような物言いが気に食わない。
 海のモンスターにでも食われて永遠に帰って来なければ良かったのに、と深く深く思いつつも、ブラックは赤髪をなびかせて上手く“付加術”を操り、難なく着地した。この程度のこと、曜術を使える物であれば初歩中の初歩である。

 しかし、ツカサはいまだにこのような使い方を知らない。
 ……というか。

(僕が教えてないんだけどね。……だって、中途半端に自信を付けたら、ツカサ君の場合絶対に失敗する時が来るだろうし、横抱きも出来なくなっちゃうし……)

 常にツカサに触れていたい、もっと言えば肌の触れ合いがしたいブラックにとって、密着する機会が減るのは死活問題だ。
 そのため、冒険者の基本である“大地の気”を使用する“付加術”に関しては、彼には脚力強化の術【ラピッド】の基本的な使い方と、物体を浮遊させる【フロート】……それと、そよ風を操る【ブリーズ】くらいしか教えていなかった。

 まあ、風に関してはツカサ自らが派生の強化術を勉強したようだが、しかしそれも冒険者としてではなく術師としての使い方だ。
 今のブラックのように、身体能力をおぎなってうまく立ち回る所までは思い至らない。そんな迂闊うかつな所も可愛らしい。無意識にブラックを頼る気持ちがあるのが分かって、なんとも愛しさが増すようだった。

(でも、今からする話はそっち関連の事なんだろうなあ……)

 ゲンナリしつつ、酒場にしか思えない冒険者ギルド出張所を目指して、人気のない表通りを広場へと向かって歩いて行く。

 住宅街に近い区域だと言うのに住人と出会わないのは、過疎かそだからだろうか。
 ここまでくると廃虚に近いなと思うが、ツカサはこの寂れてちかけた街の様子も好きだと言っていた。何が良いのかブラックにはよく解らないが、本当にツカサは色々な事を「好き」と言うので不思議だ。

 そういう感性は異世界人特有なのか、それとも彼自身の素質なのか。

(自分の頭をポコポコ殴って来るクソジジイですら、嫌いじゃないみたいなんだもんなぁ……ほんとツカサ君の“好き”の多さはよく解んないや)

 けれどその感性があるからこそ、自分は好いて貰えたのかも知れないが。
 そう思うと業が深いなと思わずにはおれず、腕を組んで悩みながら歩いていると、すぐにくだんの店へと到着してしまった。

 こうなったら早く終わらせよう。躊躇ちゅうちょなくドアを開けると、つけ台の席には当たり前のように飲んだくれたみすぼらしい老人が座っていた。今日も酒を飲んでいるようだが、この調子で偉そうにツカサの師匠面をするのが鬱陶うっとうしい。
 早く天にでも昇ってしまえばいいのにと深く思いつつ、ブラックは足を進めた。
 と、こちらの靴音に気付いたのか相手はブラックの方を振り向く。

 赤ら顔で鼻の頭まで染まっているが、どうやら正気らしい。
 こう言う所がいけ好かない。

「呼ばれたから来たけど、手短に済ませろよ」

 そう言い捨てると、酔っぱらった相手は「ケッ」と声を吐く。

「なぁーに気取っとるんだか。お前は早くツカサの所に戻りたいだけじゃろ」
「で、用件は何だよ」
「まあそうあせるな。一杯飲め」

 新しい酒を開けてやる、と言われると、さすがに心が揺れる。
 結局酒を器にそそぐ音に勝てずに近付くと、席を勧められてブラックはそのまま素直に着いてしまった。気に食わない相手だが、酒と言われると弱い。

 そんなブラックの欲望に素直な様子だけは、好ましいと言わんばかりにうなづいていた老人だったが、すぐに自分も酒を煽ると胡乱うろんな目でこちらを見つめて来た。
 一々表情を変えて鬱陶うっとうしいとウンザリするブラックに、相手は指を突き付ける。

「お前、ツカサと一緒に旅をしていたそうだが……一体アイツに何を教えたんじゃ? 冒険者と言うには基礎も術の応用も幼すぎるぞ。あれでは学術院のボンクラ子息や高慢令嬢どもよりも無知と言わざるを得ん」

 やはりその話題か。
 何か言われるであろうことは察しがついていたので、ブラックは顔色一つ変えずに酒に口を付けると、息を吐いて目を細めた。

「別に。基本的な事を教えただけで十分だと思ったから。それだけ」
「バカ言うな、あんな中途半端な知識で冒険者をしとるなんて、いま生きておるのが不思議なくらいじゃぞ。お前らの性根がひん曲がっているのも、ツカサを手放したくないと言う思惑も気持ち悪いほど理解出来るが、だからといってアレはないじゃろ」

 そう言いながらゲンナリする相手に、ブラックは鼻息をフンと吹いた。

「うるさいなあ。人のパーティーの事に口突っ込むヒマがあるなら、ちゃんとツカサ君を修行させたらどうなんだ。ツカサ君はバカだけど愚かじゃないぞ」
「まあ、それは分かるが……しかし、そこがワシには解らんのだよ」
「え?」

 思わず目を丸くすると、相手は酔ったとは思えない真剣な表情で、ブラックをジッと見つめて来た。のどと胃から染み込んできた心地良い酩酊が一気に吹き飛んだような心地になって、無意識に口を閉じる。そんなブラックに、相手は続けた。

「知識も技術も稚拙ちせつ……なハズなのに、ワシが“視た”ツカサの木の曜気は潤沢に体を覆い充分に術も練られている。つまり、不均衡を起こしとるんじゃよ。本来ならば、たゆまぬ研鑽と実践に寄り積み重ねられる“想像力”と“技術力”が、知識と未熟な腕を何十倍も引き離しとるんじゃ」
「…………」

 驚いた。まだ一週間も経っていないのに、ツカサをそこまで正確に分析するとは。
 このおいぼれの言う事を認めるのはシャクだが、確かにそうだ。

 曜術を正確に発動するための“想像力”は、基本的に学術院で訓練や知識の補強をおこなったり、経験などで積み重ねて行くのが基本だ。
 技術力もそれと同じで、努力を重ねて増していくものなのだ。

 しかし、ツカサにはそれが必要ない。
 なぜなら彼は“異世界人”だからだ。

(異世界には、あふれるほどの書物と知識があって……特にツカサ君の国では、誰もがそれの一端を手に取る事が出来る。人の暮らす所に居る限り、情報だって途切れる事は無い。だから、僕達よりはるかに想像力があるんだ。技術力だって、その想像力を元にしているから、経験が無くだって繊細な操作が出来る)

 彼は異世界から来た。知識の溢れる世界から。だからこそ、つたない知識だろうと高位の曜術師をうならせるほどの術を扱えるのだろう。

 しかし、それを目の前の老人が知るはずも無い。そもそも、異世界人と言う事実を自分たち以外の誰かに話すのは「やめろ」と釘を刺されている。何故なら、ほとんどの存在は「別世界」という単語すら知らない完全なる無知なのだ。

 例え正直に話したとしても、異世界とは何だと説明を要求され、面倒な事になるのは目に見えていた。いくらシアンの知り合いとは言え、迂闊うかつには話せない。
 となれば、誤魔化ごまかす他は無かろう。

 胸の内を悟られないように、ブラックは酒に口を付けながら答えた。

「ツカサ君は、想像力だけは凄いからね。だから既に、木と水の曜術の二級も冒険者ギルドから認定を受けている。天賦てんぷさいって奴だから他に言いようが無い」
「なら何故他の術を教えない?」
「僕は炎と金の属性を持つ、月の曜術師だよ? 教えられる事は少ないさ」
「だとすると余計に解せんぞ。ツカサは……ヒトとしては、曜気の量が異常すぎる。それに、まるで……」
「……まるで、なに?」

 言いよどんだ相手に言葉をうながすと、少し動揺したようだったが、酒を急いで喰らって熱で覇気を取り戻したのか、ブラックを再度睨み付けながら言葉を継いだ。

「…………ツカサは、本当に人族なのか?」

 ――――言葉の意図が解りかねる、と、言いそうになったが、こらえる。
 そう発言するのは、相手が言いたいことを肯定しているのと同じだ。言葉の裏まで読みとってしまうと、後々面倒な事になる。
 シアンと繋がっている男を疑う気はないが、しかし、話すわけにはいかない。

 例えツカサが本当に「この世界における人族の枠から外れている」としても、それを一般人たるこの老人に教えるわけにはいかなかった。
 簡単に教えてしまえば、ツカサに身に更なる危険が及ぶかもしれなかったから。

 けれど、この老人はさとい。自分で賢人だとうそぶくだけはあるとブラックが認めるほど、術や薬学の知識は豊富で、何より講師としての腕も卓越していた。
 生半可な返答では、逆に真実を追求されかねない。

 寸時考えて――――ブラックは、ニタリと笑った。

「特別、ではあるよ。ただし、アンタが考えてるようなものじゃないけどね」
「…………どういうことじゃ」
「ツカサ君は、間違いなくヒトだよ。だけど、確かに普通じゃあない。僕が見つけた“掘り出し物”さ。だから、僕の好きなように教育したし仕込んだ。それだけだよ」

 そう言うと、老獪な相手は……いや、老獪だからこそ言葉の裏を呼んでしまう愚かな老人は、ブラックがゲスな笑みを浮かべながら並べ立てた言葉に顔を歪めた。
 まるで、悪人でも見るかのような顔で。

「まさかお前……ツカサをどこぞから買ったのか?」

 なるほど、相手はツカサを世間知らずの幼い奴隷だと思ったらしい。
 さもありなん。あれだけ物知らずなら、深窓の令嬢か奴隷として育てられた愛玩用の性奴隷と見紛みまがうのも無理は無かろう。

 しかし、ツカサからしてみれば随分ずいぶんと失礼な見解なのだろう。そう思われたことに、ツカサが泣きながら赤面して怒る様を想像してほくそ笑みつつ、ブラックは顔に貼り付けた下衆げすな笑みを崩さずに酒をあおった。

「結構いい値段したけどね。だから、僕の好きに育てている」
「愛玩用の奴隷を冒険者にしようとは気の狂った主人もいたもんじゃな」
「心外だな。僕はただツカサ君と常に一緒にいたいだけだよ。そもそも、本当に愛玩用に買ったとしたら、奴隷にあんな風に自由に振る舞わせてるはずないだろ」

 それを言うと、自分の思考の欠陥に気付いたのか、相手は黙った。

(そうそう、どうでもいい間違った見識で延々悩んでてくれよ。こういう学者肌の奴は、疑問が解けるまでずっと一つの下らない説をこねくり回すからな)

 別に、嘘は言っていない。
 娼姫だったツカサを購入したのは真実だし、ツカサの肉体を好きなようにむさぼり作り変えたのも事実だ。そもそも買った理由だって愛玩用だからではない。
 奴隷、というただ一点を覗けば、なにも間違ってはいなかった。

 だからこそ、信憑性を感じた相手は悩んでいるのだ。
 頭のいい奴ほどおちいりがちな思考の迷路だった。

「まあ、どう思うかはどうでも良いけどさ。……修行させるって言うんなら、あんな風な生温い修行で引き延ばさないで、いい加減次に進んでくれないかな。あの調子じゃ、ツカサ君いつまで経っても次に進めないと思うんだけど」

 ツカサ自身、木の板で叩かれるたびに勉強したアレソレが抜けて行くとなげいていた。この調子では一月ひとつき学んでも何も覚えられないに違いない。

「それは、まあ……ワシも思わんでも無かったが……。しかし、だったら何をしろと言うんじゃ。薬学をすすめろとでも言うのか?」
「それも良いけど、うってつけの修行の場があるじゃないか」
「…………ダンジョンか」

 曖昧あいまいなブラックの言葉に即答したそこそこ賢い老人に、良い気分になってブラックは「そうだ」と頷きながら、残った酒を飲み干した。

「ツカサ君は実戦向きだよ。心も体もね。だからこそ、今まであの知識で生き抜いて来たんだ。……知識なんて、体感した後からついて来るもんだよ」
「……ワシより厳しくないか、お前」
「やだな、僕はツカサ君と常に一緒に居るんだよ? 守ってあげてるんだから優しいに決まってるじゃないか。バシバシ棒で叩くクソジジイよりずっとマシだよ」

 そう言うと、何故か相手はゲンナリしたような苦悶の表情を浮かべた。

「……ツカサが何故あれほど忍耐があるのか、少し分かった気がするぞい……」

 何を思ってそういう結論に出たかは解らないが、素直なものは嫌いではない。
 これでやっと、退屈な日々も終わりそうなのだから。

(まあ、そこも嘘は言ってないもんね。ツカサ君は性行為の知識だけは豊富だけど、実践する時は全然その知識が役にたたないんだもん。今までの術だって、戦いの中で自然と自分で理解して行ったんだし……間違った事は言ってない)

 ただ、問題があるとすれば……愛しい存在だと思うがゆえに、放置が出来ずについ助けてしまうところだろうが。

(けどそれは仕方ないよね。だって、ツカサ君は僕の恋人なんだから)

 しかし、修行と言うからには今回は流石に厳しくしないといけないだろう。
 それはそれで楽しい事が起こりそうな予感がする。
 考えれば考えるほど口が笑みに歪んでしまうブラックに、相手はやけに深い溜息を吐き出すと、ヤケにでもなったかのように酒をそそいであおったのだった。












※台風で停電起きたりして随分遅れてしまいました…
 申し訳ないです(´;ω;`)ウッ
 
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