異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編

8.師匠がまともとは限らない

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「えっと……やくしんろうし……さま、ですか」

 勢いに押されて敬語で繰り返すと、カーデ・アズ・カジャックと名乗るお爺さんは機嫌きげんが良さそうに鼻息を吹き口角を上げた。

「そうじゃ。ま、お主のような小僧は知らんかもしれんが、ワシはアランベール帝国の学術院で講師をおおせ付かったことも有る、名誉ある薬師なのだ! そんなワシが直々じきじきにお前を指導してやろうと言うんだ、存分にあがたてまつるるが良い!」
「は、ははーっ」

 仙人みたいな白髭しろひげに、肩まであるこれまた隠者めいた長い白髪しらがが、何故か水戸黄門みたいに思えてついついひれ伏す感じになってしまう。
 しかし、いくら仙人っぽいからと言っても、本当にこの人がカーデさんなのかな。もしかして、本物は別にいて俺を試してるんじゃないのか?

「よぉしわかったら酒だ! 酒を持って来るんじゃ!」

 いやこれ試してないな。ただ自分は凄いんだぞって言いたかっただけだこれ。
 でもまあ、本物だろうが本物じゃ無かろうが、老人は大切にしないとな。

「カーデさん、あの、それで修行の事なんですが……」
「教えてやるから酒を持ってこいと言うとるんじゃ、気の効かん小僧じゃのう」
「いやー、アハハ……」

 どう返したら良いものやら。
 俺の二人の爺ちゃんって寡黙か優しいかだったから、こういうタイプの爺ちゃんにはあまりお目に掛かった事が無い。同年代ならクソほどけなすが、相手は先生だしお年寄だしで素直に酒を渡した方が良いのか、それともいさめた方が良いのか悩む。

 さすがに昨日から飲みっぱなしなんて体が心配だし、それにそのまま泥酔でもされたら出鼻からつまずく事になるし……ううむ、でもおれ一応弟子だしなあ……。

「なんじゃ、愛想笑いなんてしおってからに。生意気な小僧め」
「いてっ、そ、そうは言われても初対面なのにヘコヘコするのも違いません?」
「……お前、ハッキリ本音を言うのう」
「あっやべっ」

 頭を小突かれてつい本音が。
 慌てて口をつぐんだが、しかしカーデさんはニンマリと笑うと、今度は俺の頭を軽めにはたいた。痛くは無かったけど、余計にバカになりそうだぞ。

「まあ良かろう。師匠に対する態度は合格じゃな」

 カーデさんがそう言ったと同時、俺は背後に急に引き寄せられた。
 一瞬何が起こったかわからなかったが、これあれだ、ブラックに抱き締められ……

「なぁにが良かろうだこのクソジジイめ、ツカサ君の頭を軽々しくパンパンパンパン叩きやがって……」
「ムゥ……」
「わっ、お、おいっ、暴言はやめろ!」

 慌てて背後を見上げると、そこには不機嫌そうに顔を歪めたブラックと、珍しく口を不満げに曲げているクロウの姿があった。

 ああ、せっかくなだめたのにまた不機嫌に。いや、俺のために怒ってくれるのは嬉しいんだけど、でもここで喧嘩腰になったらカーデさんの機嫌をそこねて、修行させて貰えなくなっちまう。頼むから落ち着いてくれよぉ。

「なんじゃお前らは」
「僕はツカサ君の恋人、いや婚約者だ!!」
「オレはツカサの二番目のオスだ」

 そ、そうだけど。確かに事実なんだけど……ああああ、なんでこう正面切ってそう言われると恥ずかしくなるんだ。顔が熱くて逃げ出したくなるんですけど!?
 頼むからもうちょっとぼかした感じで言ってくれよと恥ずかしさをこらえていたが、そんな俺とオッサン達に対して、カーデさんは白い顎鬚を扱きながら片眉を上げた。

「なんじゃお前、こんなゴツくて珍しいメスとちぎっとるんか。趣味が悪いのう」
「それだけは断じて違う!!」

 思わず反論してしまったが、その誤解だけは我慢出来ない!
 俺はっ、女の子が好きなのっ!!
 ブラック達が特別なだけで、基本的に女の子がいいの!!

 メスに間違えられるのも嫌だけど、誤解されて「へー男が良いんだ」とか思われるのも絶対に嫌だ、これ以上女子との接触を減らしたくないいいいい!

「違う?」
「俺は女の子が好きです、基本的に女の子が好きなんですうう!!」
「な、なんじゃお前暑苦しいのう……じゃあこいつらは一体なんなんじゃ」
「そ……それは……さっき言った……その……」

 ああもう何で俺が「コイツらは俺のオスです」って言わなきゃいけないんだよ。
 何がオスだよ俺だって地球の生物学上はオスだっての。

「よく解らんが、まあ良い。後で確認すりゃええんじゃ。……ここで話すのも、酒に気が引かれそうになる。さっさとワシの工房に行くぞ」
「こ、工房があるんですか」

 話が逸れてホッとしたのも相まって、思わず声が上がってしまう。
 わかやすく「興味がある」みたいな声になった俺に、カーデさんは肩をすくめた。

「空き家になった医師の家を勝手に使っとるだけじゃ。ここもさびれてひさしいからの」
「勝手に使っていいのかよ」
「バカもん、勝手にと言っても街の長に許可は貰っとるわい。ワシはこのシムロの街に必要とされておる薬師じゃぞ。お主らのような下賤げせんな職と一緒にするでないわ」
「ぐ……っ」

 殺すぞ、と言いかけた口を締めてうなるだけにとどめたなんて、偉いぞブラック。
 いやその程度で偉いとか言っちゃいけないんだろうけど、コイツ本当どうでもいい奴には辛辣しんらつだからな……でも、さすがにお爺ちゃんに「殺す」はイカンと思ったんだろう。そう言う所は大人だな。

 しかし、この調子だといつ爆発するか判らないな……はぁ……。

 色々と心配になったが、とりあえず俺達はカーデさんが滞在していると言うその「旧治療院」へと向かう事にした。
 ……と言っても、治療院は広場からさほど遠くない。
 住宅街へと向かう道に入って三軒先に在り、治療院と言うだけあって他の建物より少し大きく造られていた。が、やはりこの建物も劣化は逃れられない。

 昔は美しい白の漆喰で飾られていたのだろう壁もくすんで剥がれ、所々煉瓦れんがの壁が露出してしまっている。窓をより密閉するためなのか、ふちに薄い金属を嵌めた鎧戸よろいども劣化に勝てずびて木板まで腐食している有様だった。
 しかも、つたがびよびよと伸びて二階まで到達している。

 そのおかげで看板はおおくされ、人に建物の存在を知らせるための吊り看板も金属で作ったせいかボロボロに錆びて、付け根が今にも千切れそうだった。
 それでも健気に潮風に揺れてギシギシなっているのが涙を誘う。

 いつ打ち捨てられたのかは知らないけど……本当に、酷い有様だ。
 ここが人で賑わっていた時を思うと、部外者なのになんだか悲しかった。

 だけど、そんな俺の感傷を余所よそに、カーデさんはいつ壊れるか心配になる両開きのドアを乱暴に開き、さっさと中へ入って良く。
 ドアめっちゃギィギィなってましたけど、これ壊れないの。大丈夫なの?
 っていうか、まさか家の中までホコリだらけじゃないよな……と、俺とブラックとクロウは三人で顔を見合わせたが……カーデさんに「早くんか」と急かされ、意を決して中へ入った。――――と。

「うあ゛っ」
「これは……ひど……」
「ヌ゛ゥ……ホコリっぽいぞ……」

 入った瞬間、待合室のように少し広くなった空間の端の方に広がるホコリの山に、思わず三人でうめく。掃除は最低限しか行っていないのか、診察室のような場所への道筋だけが掃除してあり、他はぼかしが入っているのかと思うほどの有様だった。

 つーか、奥の方の二階への階段とかその廊下とか、もっと言うと向こう側に見える部屋だってなんか掃除してる感じがしないぞ。
 受付も無い、待合室にしては小さな空間なのに、それでもこの感じって……カーデさんこんな場所で治療してたってのか!?

「どうした、はよ来んかと言うとるだろう」
「いやっ、あのっ、こ、ここで本当に治療を……?」

 まさかと思いつつも問いかけると、相手は鼻の頭を酔いで赤く染めたまま、あきれたように目を細めて俺達をジトッと見やった。

「本当にお前らはアホだのう……。こんな不衛生な場所で調合するわけないじゃろ。ココは荷物を補完するのに適しておるから使っとるだけじゃ。ワシは出張所の二階に間借りしておるがの」
「つ、ツカサ君……ッ」
「抑えて抑えて」
「まあ、これからお前らの宿になるワケだし、修行がてら掃除でもして貰おうかの」
「え゛ぇ!?」

 ブラックをなだめていたのに、思わず俺も頓狂とんきょうな声を出してしまった。
 いや、だって、カーデさんは酒場の二階で寝てるってのに、俺達がここで寝るのはどう考えてもおかしいって言うか、そういう系の修業は全く予想外だったと言うか。
 しかし、カーデさんは冗談を言ったつもりは無いようで、呆れたように眉を上げると「さっさとこっちに来い」と言わんばかりに手をクイッと動かし、診察室の方へと消えて行ってしまった。

「…………ツカサ君、僕さっそく帰りたくなってきたよ」
「ムズムズする……ッ、ぶわくしょ」

 気持ちは分かるぞ、ブラック。
 あとクロウ、お前、無表情のままでクシャミって器用だな。

 色々と言いたい事も不満も有るだろうが、ここで立ち止まっていても仕方ない。
 とにかく話を聞こうと俺達はホコリを踏まないように診察室へ入った。

「…………」

 診察室は普通だな。
 一応使われる時の事を考えたのか、薬品棚も机一式も掃除されている。
 木製の硬いベッドも、古びてはいるけど、最低限の薄いマットレスとシーツだけは掛けられていて、有事の際には……という感じだった。
 …………やっぱり、そこは薬師として「万が一」を考えてるんだな。

 そう言えば、薬品棚に入っている薬は古い感じがしない。
 あれはカーデさんが持って来た物なんだろうかと思っていると、相手は机から椅子を引いて、当然のようにどっかと座った。
 俺達の椅子は……無いか。

「んじゃまずは小僧。こっちゃ来い」
「え? は、はい」

 ブラックが俺を引きとめようと腕をつかむが、それをほどいて近付く。

「もっと近付かんかい」
「は、はい……こうです?」

 股を開いて椅子に座っている相手のひざの手前まで近付くと、そうじゃないと不機嫌そうに言われて、腕を掴まれた。グイッと股の間に引き寄せられる。
 背後からブラックとクロウの唸り声がしたが、そちらに気を取られる前に、カーデさんはしわが刻まれた手で俺のへその辺りに手を当てた。

「おいナニ手ぇ当ててんだ!」
「グゥウ……」
「だーっとれ未熟モンども。……フム……」
「……?」

 せた頬と高い鼻を赤らめて「酔ってます」と言わんばかりのカーデさんの顔だが、しかしその目は真剣に空を探っている。
 腹に当てられた手は意外としっかりしていて、俺の中の何かを探すように、小さく上に行ったり下に行ったりと動いていた。まるで触診だな。
 しかしこれはどういう意味なんだろうと思っていると……やっと何かに思い至ったのか、カーデさんは俺の腹から手を離して小難しげに眉間に皺を作った。

「なんじゃお前、本当にメスだったのか」
「へっ?」
「シアンちゃんも困るのぉ~。ワシはメスは弟子に取らんと散々言うたのに」
「えっあの、め、メスってどういうこと……ってかメスは弟子にしないってどういう事なんです!?」

 あわてて問いかけた俺に、カーデさんは面倒臭げに耳を小指でほじり始めた。

「メスは、オスに比べて曜気の最大保持量が少ないんじゃよ。ワシの真髄をしっかりその身に刻むには、が足りん。その『少し』がダメなんじゃ。ワシは、中途半端は好かん。だから諦めて……」
「そ、それだけは勘弁かんべんして下さい! 俺、強くなりたいんです、修行するためにここに来たんですよ! だから……っ、だから、お願いします、教えてください……!」

 俺の気持ちが、伝わるかどうか解らない。
 だけど精一杯の思いを込めて深く頭を下げると、カーデさんは「ふぅむ……」と気の抜けたような声を漏らすと、俺に「頭を上げろ」と言った。

 素直にカーデさんを見た俺に、相手は肩をすくめる。
 どういう感情なのかと目をしばたたかせた俺に、カーデさんは告げた。

「そこまで言うなら……ひとつ、お前を試そう。これが出来たら弟子としてる」
「あ……ありがとうございます! あ、でも、試すって……?」

 問いかけると、カーデさんはニヤリと笑った。

「なに、簡単な事じゃよ。……一等級の薬……なんでもいい。それを、今日中に五本作れ。それが出来たら、許してやる」
「えっと……それって、回復薬とかでも……?」
「ほほう? 難しい所を突くのう。出来るもんならやってみい」

 小馬鹿にしたように笑うカーデさんに、少し俺は負けん気が出てしまって眉根をぐっと寄せて息を吸った。そんな態度をされたら、こっちだって退けない。
 それに……俺は、回復薬には絶対の自信がある。
 一等級ってのがよく解らないけど、きっとそのくらいの品質は有るはずだ。

 世界最高の薬師が太鼓判を押してくれたんだ、これだけは負けないぞ。

「五本、今すぐ作ればいいんですね! 材料お借りして良いですか!」

 そう言うと、カーデさんは笑いながら頷いた。
 まるで、俺が何をやっても無理だとでも言わんばかりの笑みで。

「あーあ、よくやるよ」
「フン。吠え面をかくがいいぞ」

 背後で勝ちを確信したようなオッサン達の声が聞こえたが、俺は無視した。
 だって、そんな軽口を叩けるほどに、二人は俺の腕を信じてくれているんだと思うと――――なんだか、気恥ずかしかったから。












 
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