異世界日帰り漫遊記!

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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編

7.時は無情に過ぎ去り唐突に来たる

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 海洞かいどう都市・シムロ――そこは、かつて冒険者達に人気だった場所である。

 外敵の少ない立地に、常夏の気候でありながらも豊かな自然。そのうえ体を休める事に関しては文句のつけようが無い待遇が待っている。
 最もダンジョンに近い街として、この世界における“冒険者”達の黎明れいめい期には途轍とてつも無く有名な場所だとされ、沢山の旅人でにぎわっていた……らしい。

 ……なんで「らしい」と言ったのかと言うと……街に入る前に思ったように、このシムロという場所は本当にさびれてしまっているからだ。

 人通りは少なく、家々は首都と張り合えるほどの大きさなのに、歩くたびに空き家が目立って何だかもう目を背けたくなってしまう。だって、悲しくなるんだもん……。

 この世界で言えば、二階とか三階とかがある家が多い街って、けっこうな都会なんだよ。ということは、シムロは間違いなく栄華をほこった街だったはずだ。
 なのに、今はその建物の多くが無人だとわかるレベルでくすんでいる。

 これじゃ悲しくなるばっかりだ。
 富んだ街の象徴である二階建ての綺麗な建物が並んでいても、今じゃその栄光は衰退すいたいを象徴する存在でしかない。整備されなくなってボコボコになった古い石畳も、風にキイキイ物悲しい音を立てるだけの朽ちた吊り看板も、明らかに「人に対しての商売をやめた」と物語っていて、なんとも気持ちが暗くなった。

 ……これが、かつての冒険者達の街。
 初めて来た街にこんな事思いたくないけど……どうしても「場末」の二文字が脳裏に過ぎってしまい申し訳なくなる。ダンジョン都市って、こうだったかな。
 俺が知ってるのは、もっとこう……華やかだったって言うか……。

 そう、俺が知っているダンジョン都市はもっと活気が在ったんだよ。
 俺が好きなチート小説では、こう言う都市は大抵かなりの大都市だったんだ。どの作品のダンジョン都市も常に冒険者でごった返していて、最先端の武器防具だってそろっていて、商人も女騎士も女盗賊もたくさんいて……ゴホン。
 とにかく凄く発展してるイメージだったのに、まさか婆ちゃんの田舎の近所にあるさびれた漁村とデジャブる事になろうとは……現実って本当に無常だ……。

 いや、まあ、滞在するうちにそんな事は無いと分かるのかも知れないが、第一印象は尾を引くからなあ……。失礼な事を言わないようにしないと。
 正直、海廊かいろうダンジョンには凄くかれるし、なにより俺は海で遊びたい。
 海水浴がしたいのだ。

 修行の合間に遊べたら良いなと思っているので、長く滞在するんならシムロの人達に良く思って貰えるようにお行儀よくしておかないとな。
 とにかくまずは師匠が滞在している所へ向かおう。

 街の様子に色々と考えるものはあったが、俺達はひとまず街に入り中心部の“冒険者ギルド出張所”へと向かう事にした。
 俺に稽古けいこをつけてくれるお師匠さんは、ギルドで医療行為を行っているらしい。

「にしても……出張所ってどゆこと」

 人気のない街を歩きながら呟くと、やる気なさげな顔をしたブラックが答える。

「簡単に言うと、普通のギルドの縮小版だよ。依頼の受付とか、冒険者登録なんかの事務処理が主で、基本的には村にたまにる役場と同じ。大きな案件は近くの支部にゆだねるから、ここには一般人の職員しかいない」
「別に問題ないんじゃない? っていうかソレ、普通のギルドのような……」

 平たい石をいくつも埋め込んで固められた道に気を取られ、話をしながらもデコボコにつまずかないようにとそちらに注力してしまう。
 そんな俺に、ブラックは気の抜けた顔をしながら首を緩く振った。

「問題大アリだよ。ツカサ君、基本的に冒険者ギルドってのは、冒険者だった職員を基本的に採用している場所なんだ。そうなってるから、有事の際には街の住民達と協力してモンスターを討伐したり、賊の侵入に対処できるようになっている。そういう約束で、各国にギルドを置く許可を貰っているんだよ。なのに、出張所ってのは街の一般人が職員なんだ。これがどういう意味か分かる?」
「え……えっと……」

 バイトぐらいしか経験した事のない俺に無茶言わんでくれ。
 労働の事はサッパリだと首をかしげた俺に、ブラックは目を細めた。

「簡単に言えば、冒険者が滞在するにあたいしない街って烙印らくいんを押されたってこと。元々僕らは【空白の国】から財宝や知識を取って来る墓荒はかあらし集団だしね。宝が無い場所に滞在するようなヒマはないし、依頼だって街の方が盛り沢山だ。それに冒険者ギルドも慈善事業じゃない。大財閥や商人の出資で成り立ってる私設傭兵団みたいなモンだから、そりゃ旨味のない場所からは撤退するさ」
「なるほど……つまり、このシムロという街は、ダンジョンに何の旨味も無く、そのくせモンスターが穴倉から出てくる危険もあるのに、警備が手薄過ぎて問題……と」

 結論をべたらしいクロウに、ブラックは素直に「そういうこと」と言った。
 俺はイマイチまだ解ってないんだけど……えっと、つまり、このシムロという街はダンジョンのおかげで栄えていたけど、お宝が取り尽くされた事で衰退し、結果的に街を守ってくれるはずのギルドも縮小して……そんで、警備が薄くなったダンジョンからいつモンスターが出て来るかもわからない、危険な街になっちゃったってこと?

 そりゃ……まあ、言われてみればその通りの危険な所だな。

 でも、このさびれ具合からすると、そんなにピリピリした場所でもない気がする。
 もしかして、住人のほとんどが他に引っ越しちゃったから、マジで危険な街なのにこんなに静かに……って事なのか?
 なんにせよ悲しい話だ。こういうの俺の世界でもよくあるんだよな。

 俺の婆ちゃんの話では、「鉱山の町」とか「昭和の頃に人気だった温泉地」とかが、今は見る影もないくらいに寂れてるらしいんだけど、こんな感じなんだろうか。
 行った事が無いからハッキリとは解らないんだけど、婆ちゃんにとっては思い出の地だったのか、凄く悲しそうにしてたんだよなあ……。

 思い出してつい悲しくなってしまったが、俺は首を振った。
 いや、そうとも限らないぞ。よくよく考えたら、今の予想と違う可能性も有るじゃないか。そう思い直し、俺はブラックとクロウに主張した。

「でもさ、実際に薬師が滞在していて、古びた建物が壊れた様子も無いってコトは、言うほど危険な街でもないんじゃないの? それに、この街のダンジョンだって『誰も来なくなった』と決まったわけじゃ無いし……古くなっただけかもしれないじゃん」
「ツカサ君はいっつも良い方に取るなぁ。悲観的に見といた方が楽だよ?」
「楽観的な思考は、戦いではあまり良くないのだがな」
「だーうるせえうるせえ! 初対面から悪印象じゃ良い関係も築けないだろうがっ」

 そら戦いなら最悪のケースを何百も想定出来る人が強いんだろうけど、それを何故対人関係に持ち込むんだよっ。
 つーかまだ内情もあんまり知らないのに失礼な決めつけをするんじゃない。

 まったくコイツラは……などと憤りつつも背の高い建物に挟まれた道を歩いて行くと――道の先に、広場が見えた。

 中央に噴水を配置した円形の広場で、数本の道が放射状に広がり、一方は海にくだり一方は商店街に……と言う風に、行き先が一目見ただけで解る。相変わらず人の気配は無いんだけど、ここまで来ると外国の本当にマイナーな歴史地区みたいでちょっとテンションが上がる。住んでる人にとっては普通なんだろうけど、寂れた街は寂れた街でおもむきがあるんだよなぁ、うむ。

「ん? あそこが冒険者ギルドの出張所か?」

 つい楽しくなってきてしまいキョロキョロと見回していた俺の隣で、クロウの少し疑問を含んだような声で首を傾げる。
 その仕草に、俺はクロウの視線の先にある、広場を囲む建物の一つに目をやった。
 と、その建物の古い木製看板に、焼印でしっかり【冒険者ギルド】とされているのが見える。もちろん小さく「出張所」と付いているけど……。

「あそこが目的地か……」
「なにあの感じ。絶対普通の店じゃないか。ホントに冒険者ギルドなのか?」

 ブラックは疑うが、看板を掲げてあるからには間違いないだろう。
 疑心暗鬼になるオッサンをなだめつつ、ドアを開いて中に入ると――そこには、石の床にテーブルが並べられた光景が在った。

「…………んん?」

 壁際にはカウンター席が有り、二階へと上がる階段も見える。
 が、肝心の冒険者ギルド的なカウンターが無い。この世界の冒険者ギルドは、昔のファンタジーと同じく、酒場とギルドが一緒になっている事がほとんどだ。本部とかデカい施設だとさすがに違うけど、基本はそんな感じだった。

 なのに、ここには酒場しかない。
 つうか普通の酒場レベルで小さいし、そもそもテーブルの数もそう多くないぞ。
 看板を確認して入ったのに、間違ってしまったのだろうか。

 信じきれず、もう一度確かめようと三人で目を細めたが、環境は変わらない。
 むしろ、ほとんどのテーブルの椅子が上に乗せられていて、明らかに「営業時間前」の様相で余計に不安になって来てしまったぞ……おいこれどうすんだ。

 まさか本当に間違ったんじゃないか、と、カウンターを見やると。

「あれ、人が居る」

 窓も開いておらず薄暗いせいか、ざっと見ただけじゃ気付かなかった。
 店主も居ないみたいだし、あの人に詳しい事を聞いてみるしかないか。

「ちょっと待ってて、話聞いて来る」
「えー? やめようよツカサ君、昼間から酒場に居る奴なんて、どう考えてもろくな奴じゃないよー。それより何か食べられる場所探そうよー」
「なるほど、自分もそうだからよく解るのだな」
「あ゛? 耳引き千切るぞクソ熊」
「もうやめーって! 聞いて来るから大人しくしてるんだぞ!」

 喧嘩をおっぱじめようとするオッサンどもをなんとか再度なだめすかして、俺は低い階段を下りカウンターへと向かう。
 近付いた相手は……なんというか、老人のようだった。
 おじいちゃん、かな?

「あのー、すみません……」
「ん゛ん゛……」

 青鼠色の渋いローブを着た白髪の老人は、肩をもぞりと動かす。
 気分が悪い訳じゃ無さそうだけど、周囲に酒瓶が在る訳じゃ無いし……もしかしてここで夜を明かしちゃったとか? そんなの体に悪いぞ。

 いくらここが常夏の国でも、風邪を引きかねない。
 心配になって背中を軽く揺すると、やっとお爺ちゃんはゆっくりと体を起こした。

「んあぁ……? なんじゃぁ、人がせっかく気持ちよう寝とったもんをぉ……」
「す、すみません、寝ているところを」

 少し距離を取ると、お爺さんは目をこすりながらこちらを向いた。
 老年らしく頬骨ほおぼねが浮き出た顔だが、しっかりとしたあごと雄々しい眉は若い時に随分すいぶん猛々しい人だったのだろうと思わせる。高い鼻も格好良いが……しかし今は、赤ら顔で明らかに酔っ払いだった。ああ、やっぱり酔っぱらってここで寝てたんだ……。

 思わずお節介な事を言いそうになったが、初対面の人に言うのもな。
 ぐっとこらえて、俺は起こしたお詫びを言うと、お爺さんに質問をした。

「あの、ここが冒険者ギルドで間違いない……ですよね?」

 出来るだけ優しく問うと、お爺さんは白い顎鬚あごしごきながらうなづいた。

「おん? 看板見とらんのかお前は。ちゃんとギルドと書いておったろう」
「あ、やっぱり……じゃあ、あの、ここにカーデさんという偉い薬師様が滞在しているって言う話を聞いた事はないでしょうか。俺、その人に用が有って……」

 そう問いかけると、お爺さんは長い白髪をまとめながら柳眉を上げた。

「なんじゃ。じゃあ、お主がシアンちゃんが言うとった小僧こぞうか」
「えっ」

 し、シアンちゃん……?

 思わず目を丸くした俺に、お爺さんはニィッと口角を上げて笑う。

「まあ、老人への敬意は合格じゃな。待っとったぞ、小僧。ワシが稀代の薬師であり超絶技巧派の木の曜術師――人呼んで【薬神やくしん老師ろうし】カーデ・アズ・カジャックじゃ」

 そう高らかに唱え、お爺さん……いや、俺の師匠になる人は、胸を張った。













 
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