異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編

27.異端者に振り下ろされる刃

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 と……とにかく……なんとかネレウスさんを閉じ込める事には成功したぞ。

 リングの中の空間がどうなってるのかは心配ではあるけど……今はネレウスさんを早く地下神殿に隔離しないと。あの場所なら万が一の事態になっても他の人に被害がおよぶ事は無いだろうし、上にる領主の館には人はいない。
 地面がへこんだって、あの館は元々丘の上に在る。他に建物が無いし、崩壊するとしても丘がたいらになるだけで、街には影響がないだろう。

 なんにせよ、一番近くて他人を巻き込まないでいられるのは地下しかないのだ。

 よ、よし、落ち着いたぞ。早く神殿に行こう。
 長い間あの場所に捕えていたら、ネレウスさんの命が危ない。

「ブラック、お、落ち着いたからもう大丈夫……」
「本当? ホントに落ち着いた? なんなら僕が抱っこして……」
「あーいーいー良いからそういうの! それより早く神殿に行こう!」

 ブラックを無理矢理に引っぺがすと、相手はあからさまに不満そうな顔をしたが、構ってはいられないと俺はブラックのシャツのそでを引いて歩き出した。
 落ちたリングを拾って、何も異常がない事を確認し、再び領主の館へ向かう。
 背後でエヘエヘと声が聞こえたが、まあいい。早いとこ館に向かわねば。

「なあ、あの冒険者達、どのくらいで目覚めるんだ?」

 誘導しつつ聞くと、背後のオッサンは呑気のんきに空を見上げた。
 さっきまではみずからが光っているかのように輝いていた菫色すみれいろの瞳も、今はもう落ち着いた色を取り戻している。結局アレは何だったんだろうか。

 じっと見つめていると、ブラックはだらしない笑顔でニタリと笑った。

「えへ……えっと、もうちょっとかな……そんなに強い幻術は掛けてないから、すぐに目覚めると思うよ」
「そっか、良かった……」
「それよりさぁツカサ君、そでより手ぇ繋ごうよぉ~」
「ええいもうそんな場合じゃないんだってば!」

 どうしてコイツは毎度毎度場をわきまえないイチャつきを要求するんだ!
 今は一刻も早く地下神殿に行ってネレウスさんを解放しなきゃいけないってのに、コイツは事の重大さを解っているんだろうか。
 いや解っててもあせったりはしないか……そう言う奴だもんな、ブラックは……。

「ツカサ君のケチ~! 僕、今日はたくさん頑張ったのにぃ!」
「だあもうねぎらうのは後々、後でやったるから今は真面目にやってくれ頼むから!」

 と、言って、自分が何を言ったのかに気付く。
 思わず立ち止まってしまうが、もう遅い。振り返ったブラックの顔は妙にニヤニヤと歪んでいて、まさに「言質得たり」と言わんばかりの笑みだった。

 あぁあああ……。

「あと? 後でだったら良いの? 後でだったら、僕の事たくさん甘やかしてくれるの? へぇ……そうなんだぁ、そ、そおっ、おへへ……じゃあ後でたっぷりと上から下までねぎらって貰おうかな~!」
「ばっ……ちょっ、な、あっアンタ何言って……!!」

 こんな時に変な事を言うなと突っかかろうとして――――遠くから、がやがやと音が聞こえて来るのに気が付いた。正面を振り返ると、道の先から音が近付いて来る。
 なんだろうかと思ってしばし立ち止まっていると、なんと領主の館の方へ続く大通りの道の脇から、人がぞろぞろと出てきたではないか。

 ああそうか、巨人に驚いて今まで逃げていた街の人達なんだな。
 そう言えば俺達とは別方向へ逃げて行く人達がいたような気がする。たぶん、巨人の声が聞こえなくなって、街の外周に逃げていた人達が戻って来たのだろう。

 昼間は危険なモンスターも少ないし、まあそれなら街の外に逃げて森にでも潜んでいたほうが安全だろうしな。しかし、無事っぽそうで良かったよ。
 そんな事を思いながら彼らを見ていると、その内の一人……恰幅かっぷくの良いおじさんがこちらに駆け寄ってきた。他の住人達は、一塊ひとかたまりになってこちらの様子をうかがっているみたいだ。なんだろう、おじさんは街の取りまとめ役って感じなのかな?

 なにか伝える事が有るのかと思い、ブラックを待たせて俺もおじさんに駆け寄ると、相手はハァハァと息を切らせながら俺を上から下まで見つめて来た。
 ああ、俺、冒険者に見えないってよく言われるからな……悲しい事だが……。

「き、君、あのいくつもの目が付いた巨人は、ど、どこに行ったのかね……っ」

 俺の落ち着いた様子とは違い、どこかおびえたような声で問いかけて来るおじさん。
 やっぱり怖いんだろうなと思いつつ、俺はなるべく“らしい”説明をした。

「えっと……なんとか冒険者が撃退したので、もう大丈夫ですよ。安心して下さい」
「ほっ、本当かね!?」
「ええ……でも、怪我をした人達もいるので、手当てしてあげて貰えませんか」

 そう言うと、おじさんは改めて俺の姿を観察したが、こちらの言う説明をどうやら本当の事のようだと確信を得たらしく、ホッとしつつ表情をやわらげた。

「そ、そうかそうか、それは良かった……よし、他の冒険者達は我々に任せておいてくれ。どうやら街をほぼ無傷のまま守ってくれたようだしな」

 おじさんの明るい声に反応したのか、遠巻きに見ていた住人達がこちらに近付いて来る。どうやら危険は無いと判断したらしい。
 おじさんも、彼らの方を振り返って「こちらへ来い」とジェスチャーしていた。

 まだちょっと信じられていないみたいだけど、それはもう仕方ないよな。
 だって、あんな凄まじいモノを見た直後だし……俺だって何の武力も無かったら、あの恐る恐る近付いて来る住人達と同じようになっていただろう。
 でも、なんだかちょっと悲しい。ホントなのに信じて貰えてないみたいだ。

「ツカサ君、もういい? 早く領主の館に行かないと駄目なんじゃなかったの」

 おあずけと待てを喰らっていたブラックが、しびれを切らせて近付いて来る。
 むむっ、そうだった。今は別の事柄に思いをせるひまはない。百眼の巨人になってしまったネレウスさんを早く解放してあげなくちゃ。

 そう思い、ブラックを待って再び移動しようと正面を振り返った。と。

「え……あ、あの、どうしたんですか?」

 俺の目の前にいるおじさんが、る一点を見て固まっている。
 どうしたんだろうと再び振り返ると、おじさんの目線の先にはこちらに歩いて来たブラックがいた。あれ、なんでブラックを見てそんなに驚いてるんだ?

 よく解らずもう一度体勢を戻すと、今度はおじさんの体がガタガタ震えていた。
 おいおいおい何それどういうこと。
 なんでまた怖がってるんだと思ったと同時、お互いの詳細が視認できるようになる距離にまで近付いてきた住民達が、こちらをみてどよめき始めた。

 なに、だからなんでザワザワしてるんだってば。
 彼らは何にそれほど動揺しているのだろうかと、おじさんのガタガタとなる歯の音を無視して、向こう側に耳をそばだててみると。

「お、おいアレ……」
「やだ……なんであんな……!」
「気味が悪い……」

 なに。何が気味悪いって?
 おびえている様子の彼らに首をかしげようとすると、すぐそばから大声が飛んできた。

「あっ、あぁあ! うわぁああ! 紫だ、悪魔の目だぁあ!!」
「ッ……!?」

 紫、悪魔の目って……まさかブラックの事を言ってるのか?!

 あっ……そ、そういえばこの街は巨人の呪いで生まれた【クレオプス】の紫の花弁に由来する伝承があって、紫色をかなり嫌がってる街だったんだっけ……?!
 いやでも嫌うって言っても、そんな態度は無いだろ。
 相手は人間だぞ、そもそも今戦ってきたって感じの冒険者なんだぞ!?

 それなのに目を見ただけで怖がってギャーギャー言うなんて……。

「ブラック……!」

 気になって振り返ると――――ブラックは、涼しい顔をしていた。
 …………いや、これはそうじゃない。これは……あきらめや、無関心といった顔だ。
 何にも感じていないような顔をしているけどそうじゃない。
 これは、きっと……“以前そういう事をされた”から心を閉じているだけなんだ。
 不必要に行動すれば、余計に火の粉を撒き散らす事になる。
 だから、ブラックは……。

「そんな顔しないでツカサ君。眼鏡を掛けなかった僕の失敗だし」

 なんてことは無い。そんな風に言うが、住人達の声を聞いていると、そんな風に「どうでもいい」なんて済ます事はとても出来なかった。

「あっ、ああっ、神様お助け下さい……!」
「あんな物がいたのか、モンスターが入ってくるワケだ!!」
「怖い……おお怖い……もしや巨人が化けた姿ではないのか……?」

 言いながら、その言葉で更に自分達の恐怖心を強めて、彼らはブラックを見る。
 ブラックは何も言っていない。おどしても居ないし、ただ立っているだけだ。
 彼らに何一つ悪い事なんてしてないのに……。

「……行こ、ツカサ君。早くしないと死んじゃうんでしょ」

 ブラックの表情は、固い。
 いつもとは全く違う様子に、胸が痛くなる。
 確かに、ここでショックを受けている暇があるなら行動した方がいい。でも。
 だけど俺は……。

「違います……」
「え……?」
「ツカサ君?」

 おじさんとブラックが同時に俺へと声を放つが、俺は構わずに大声で訴えた。

「ブラックは戦っただけだ! 冒険者だから巨人と戦ったんです、それだけ! 悪い事なんて何もしてないし、街を守ったのだってブラックなんですよ!! コイツ、は……だから、ブラックは……っ、悪魔でも、なんでもない!!」

 勝手にのどから声が出る。
 自分でも驚くぐらい大きくて、イラついたような声だ。どう考えたって八つ当たり的な言葉だし、この街の人には俺達の事情なんて解らないって解ってたけど……でも、言わずにはいられなかった。だって、ブラックは何も悪くなかったから。

 チクショウ、なんでこんなこと言わなきゃいけないんだよ。
 ブラックの事を見たら誰だって分かるだろ。こんな普通の服着て剣持ってるヘンな奴のどこが悪い奴に見えるんだよ。
 そりゃ、モジャモジャした長い髪に無精髭なんて、山賊か冒険者崩れにみえるかもしれないけど、そんなのだって偏見だろう。ブラックは別にアンタ達に悪い事なんて何もしてないじゃないか。なのに、見た目だけで怖がるなんて酷いよ。

 何かしたんなら別だ。仕方がないって俺も思うかも知れない。
 でも、ブラックは、さっきまで……使いたくないグリモアの幻術まで使って、俺を一生懸命サポートしてくれて、凄く……すごく、頑張ってたのに……!

「……もういいよ、ツカサ君」

 ポンと肩を叩かれて、咄嗟とっさに振り向く。
 なんだか目が見えづらい。振り返った瞬間に何かが目からボタボタと落ちたような気がしたけど、それが何かなんてくやしくて恥ずかしくて気付きたくなかった。

 でも、そんな俺の目元を指でぬぐって、ブラックは笑ってくれた。

「ツカサ君がそう思ってくれるだけで、僕幸せだから」
「でも……っ」

 俺、あんたの良い所いっぱい知ってるよ。
 悪い所やムカツク所だってもちろんいっぱいあるけど、でも、それだけじゃないって、俺が一番よく解ってるのに。俺が、それを説明出来るのに。
 なのに理解して貰えない。俺の頭が悪いせいで、解って貰えない。

 本当はもっと、納得して貰えるような事が言えたはずなのに。
 俺がもっと大人で頭が良かったら、ブラックを信頼して貰えるようなことが……。

「ツカサ君、後でたくさん僕を甘やかしてくれるんでしょ? だったら、いいから。だからさ、早く行こう。……ね?」

 俺に微笑む顔は、いつもより少し暗い。大人びた、年相応の微笑みだった。
 だけどそんなのはブラックの笑顔じゃない。それを俺が一番分かってる。
 でも、俺にはつたない言葉で訴える事しか出来なくて……ただ、うなづくしかなかった。
 俺にはあれ以上の事が言えない。本当にそれだけで、それがくやしい。

「…………」

 手を繋がれて、歩く。
 住人達のどよめきと悲鳴が聞こえて、自然と道が開いた。
 だけど嬉しくもなんともない。それどころか、憎らしくさえ思えてくる。この人達には、ブラックの事がなにも理解出来てないんだと。

 ……そんな当然な事に腹を立てる自分が、一番みにくい。
 理解して貰えないと言う事に怒るなんて、子供だ。解ってるけど、自分が一番大切に想っている奴の事を誤解されるのは、自分をけなされるよりもつらかった。

 でも、ブラックは何も言わない。
 いつもはギャーギャーうるさいのに、こんな時だけ黙ってて、大人おとなしくて……大人で。

 …………まるで、俺がガキだって言われてるみたいで、余計に苦しい。

 住人達のざわめきを抜けて館へ上る丘の道に入っても、俺はブラックの顔を見られなくて、ずっとうつむいたまま歩く事しか出来なかった。

 ――――本当に、俺は無力だ。
 俺の世界でも、誰かの目を気にして萎縮してしまうし、自意識過剰なレベルで反応してしまって、ビクビクしながら過ごしている。言葉もヘタクソで、人を説得できるような力なんて微塵みじんも無い。人対人の事は、この世界でも変わりが無かった。

 思えば、俺の世界での生活も、今のブラックと似たような物なのかも知れない。
 奇異の目で見られ、ひそひそと言葉をわされ、動物のように観察される。
 そんな生活がつらくて、この世界ではのびのびやれると思っていたのに……実際に、ブラックがそんな事になって、それでも耐えているブラックを見ると……自分の事が情けなくて仕方が無かった。

 ブラックは、俺以上に酷い事を言われたのに、何も言わなかった。
 気にせずに、俺に気まで使って毅然きぜんとした態度で今も歩いてるんだ。何も言えなくなってベソかいてる俺の手を引いて。

 ………………どうして俺、大人になれないんだろう。

 好きな人一人かばってやる事も出来ないなんて……男として、恥ずかしい。
 本当なら、俺がブラックの手を引いてやらなきゃいけなかったのに。

「……よし、やっと到着だ。ツカサ君、僕、遺跡の扉を出して来るね」

 いつの間にか、館の玄関に到着していたらしい。
 そう言いながら、ブラックは俺の手を離して先に行ってしまったが、俺はシャツの中で揺れている指輪を握ってのどを絞る事しか出来なかった。
 そうでもしないと、自分の情けなさに泣いてしまいそうだったから。

「――――……」

 館の中で大きなものを動かす音が聞こえる。
 神殿へと降りる道が開いたのだと思いながら、俺は片手に持っていた金の腕輪――リオート・リングを強くつかんだ。

 ――――もっと、強くならなきゃいけない。

 それは、もちろん力だけじゃない。
 心も、考え方も、こらえる心だって強くならなきゃいけないんだ。

 そうでないと、ブラックを守れないんだから。

「ツカサくーん、開いたよー!」

 無人の場所に来たからなのか、ブラックの声はいつもの気楽な声に戻っている。
 その変化が、胸を締め付けてズキズキと痛みをもたらす。

 だけど、今ここで落ちこんでいるひまなんてない。俺の自分勝手な感傷で、やるべき事を遅らせるワケにはいかないのだ。
 今はまだ、こんなところでくらいしか……意地を張る事が出来ない。

 そんな矮小わいしょうな自分に腹が立ったが、それをブラックにさとられまいとおさえ込んで、俺は駆け足でブラックの所へと向かった。













 
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