57 / 956
神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
26.想像を超える力
しおりを挟む「あぁああ……」
こうなってはもう、なすすべはない。
俺の捕縛もダメで、幻術もダメだった。こうなるともう後は、後は……。
……いや、諦めてはいけない。こうなったら、無傷と言わずともどうにかして捕縛して、どっか人に迷惑が掛からない所にまで引っ張っていくんだ。
ネレウスさんの腕や足に傷を作る事になっても……。
「ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!!」
鼓膜をビリビリと震わせるような唸り声を上げて、巨人は頭を振る。
幻術から逃れたと言っても、まだうまく目覚められてないようだ。それに、何だか酷く疲れているような感じがした。ブラックの【幻術】が巨人に“なに”を見せたのかは解らないけど……とにかく、この機会を逃す事は出来ない。
なにか、どうにかしてネレウスさんを街から連れ出さないと。でもどうやって。
この状況で誰かを召喚するなんて事は出来ない。“俺の相棒”なら巨人を簡単に空へ釣り上げてくれるだろうけど、移動できる保証はないし……他の召喚モンスター達も、巨人に対しては力不足だ。己の過信で彼らを出して怪我をさせたくない。
でもだったらどうしよう。どうすればいい。
俺のバッグの中に他になんかないか。巨人を捕えられるような何か……。
「ああクソッ、結局殺すしかないか……っ」
「ま、待ってブラック!」
まだ時間がある、まだ助けられる。
自分にそう言い聞かせるように思いながら、バッグの中を慌てて探った。
――――と……ある物が、俺の指に当たる。なんだかひんやりしたモノが。
これは。この、バッグに紐で結びつけられた輪っかは……。
「――――っ……! そ、そうだ……!」
「え、なに。どうしたの?」
「見つけたんだよ、巨人をこの場から一瞬で消す方法!」
「えっ、えええ!?」
驚くブラックに、俺は“あるもの”を見せる。
それは、何の装飾も無い一見したら普通の金の腕輪だ。
だけどその腕輪に“大地の気”を込めながら軽く一度振って、俺はその金の腕輪の“輪”を一回り大きくしてみせた。その行動に、ブラックがハッとする。
「そうか、妖精王から貰った“リオート・リング”……! 巨人をその中に押し込む事が出来れば、一時的に巨人をこの世界から消す事が出来る!」
そう。この金の腕輪――――“リオート・リング”は、常冬の国オーデル皇国に存在する、幻の妖精の国を治める“妖精王”から貰った腕輪。
その輪の中に手を突っ込めば、別の空間に在る特殊な氷の部屋に繋がる、不思議な腕輪なのだ。この前はアイスを作るために出したけど、この腕輪は実を言うと「生物は入れられない」というワケじゃない。
腕輪を人が入れるくらいに大きく広げれば、その冷蔵冷凍が出来る氷の異空間の中に入る事が出来る。そこで作業を行う事も可能なのだ。
といっても、この腕輪は俺にしか使えず、出し入れも俺の意思なしには出来ない。
つまり、このリングの向こう側に――――生物を、閉じ込められるんだ。
だけどこれは賭けになる。早くしないと相手が正気を取り戻すし、捕まえられたとしても、長い間リングの中に入れておいたら生物は死んでしまう。コレを成功させるには、迅速な行動と、巨人になったネレウスさんを再び隔離する場所が必要だった。
隔離する場所。巨人の隔離場所。
「っ、あの地下遺跡、あそこに移動させよう! そう長く入れて置けないし……!」
一瞬で思い浮んだ俺に、ブラックは目を丸くして眉を上げる。
「ツカサ君たら、こういう時は凄く頭が回るねえ」
「だあもう、そう言うの良いから! ブラック頼む、巨人以外の人だけでいいから、【幻術】を掛け直して眠らせてくれ! それなら大丈夫だろう!?」
ブラックなら出来る。だって、アンタはこの世界で言う、S級クラス――限定解除級の曜術師なんだ。そうでなくとも、アンタが何度も失敗するような奴じゃないって事は俺が一番よく解ってるよ。
だって、これまで何度だってアンタは俺の事を助けてくれたんだから。
そんな思いを込めて見つめると……ブラックは、嬉しそうに笑って頷いた。
「う、うん……僕やる……やるよ……ツカサ君の期待に今度こそ応える……!」
おおよそ中年の発するセリフじゃない子供っぽい言い回しだけど、ブラックが持ち直してくれたのならそれで良い。
皆まで言わずとも、ブラックは俺がやりたいことを理解してくれる。
その繋がりが例えようも無く嬉しく、頼もしい物に思えて、俺は息を吸った。
――――巨人は、未だに唸ってその場で足踏みをしている。
これ以上の機会は無い。今、やるんだ。
俺は掌に精一杯力を込めて、木の曜気を漲らせた。瞬間、蔦のような緑色の光が無数に掌の周囲から現れて、再び俺の腕に絡み付きながら肩まで凄まじい勢いで上昇して来た。今度は、もう手加減なんてしない。
相手の足を、手を、締め付けて折る。痛々しい想像をあらゆる想定で想像しながら俺は手に力を込めた。もう二度と失敗しない。本気で、恨まれる覚悟でやる。
覚悟が鈍って誰かを危険にさらすなんて事は、もう絶対にしたくないから。
――と、背後から紫の光が背中越しに差し込んできて、俺は息を呑んだ。
ブラックが、詠唱している。
俺が信じたから、ブラックも俺を信じて力を貸してくれているんだ。
その信頼を裏切るまいと、呼吸を止めて胸の内に力を込めると――口を開いた。
「我が前に立ちはだかる者を、再び地に縫い付け縛めよ――」
「――【紫月】を頂く我が真名に於いて、その力を発動する――……」
背筋をぞわぞわさせるような光が、背中から俺に触れている。
体が総毛立つ感覚と、暖かい感覚が同時に流れ込んできて、力が湧いてくる。
この光が自分を補佐してくれている物だと思えば、もう何も怖くなかった。
「その四肢を獣の如き爪で引き倒せ、出でよ【グロウ・レイン】――――!!」
「地にひれ伏す愚者どもに安寧の眠りを齎せ――――!!」
同時に強い声で発した、瞬間。
俺を中心にして巨大な“円と線で作られた緑の魔法陣”が生まれ、回路図のように枝分かれした線が巨人の下へと到達する。そこで、新たな魔法陣が展開した。
「グアァアアア!!」
叫ぶ巨人が踏み鳴らす魔法陣から、数えきれないほどの巨大な蔓が伸びる。
瞬間、その最中を薄紫の光が駆け抜けて散った。
「ツカサ君、跳ぶよ!!」
背後から叫ばれて、思いきり腰を掴まれ引き寄せられる。
まだ術を発動している状態で、俺は動けない。それを、ブラックが【ラピッド】で脚力を強化して助けてくれたのだ。
そのままブラックは高く跳んで、軒先に足を着くと、素早く屋根へと上る。
「良いかいツカサ君、機会は一度きりだよ。限界まで飛んでツカサ君を投げるから、君は巨人の上からリングを掛けるんだ」
「っ、うん……っ!」
ギシギシと腕が軋む。痛い。巨人の力を何重にも考えたと言うのに、俺の術は今にも打ち破られそうだ。色んな想像をしたのに、想像以上の力で破られそうだ。
もう、あまりもたない。どっちにしろチャンスは一度きりだ。
俺は頷くと、巨人の方を向いた。
「僕がちゃんと、ツカサ君を届けてあげるからね……!」
背後から力を込めるような声がして、風が上から降りかかってくる。
いや、俺達が一気に上へ押し出されたんだ。
「ッ……く……!」
瞬く間に景色が下へ流れて、巨人が小さくなっていく。
耳のすぐ傍で凄まじい風の轟音が聞こえるけど、まだ塞げない。ギリギリまで術を保たなければ。歯を喰いしばって耐えた俺の足を、ブラックの手が強く掴んだ。
「いっ……けえええ!」
ブラックの声が聞こえて、俺の体が宙に放たれる。
瞬間、再び下から一気に押し上げられた。俺の体が空へと飛び上がる。
「ッ、ぐぅう……!!」
もう、持たない。
遥か下に見える巨大な背を見て、俺は術を解除する。
意識を解き放ったと同時に消える蔓に、その体が揺らいだ。
もう、今しかない。
「――――――ッ!」
落下する体を空気に揉まれながら、バッグの中にある腕輪を取り出す。
巨人の背中に宿る無数の目が、ぎょろりとこちらを見た。俺が何かしようとしてる事に気付いたんだ。
だけど、もう遅い。
「すこしの、辛抱だからな……!!」
ありったけの“大地の気”を込めて、風圧の中で俺は腕輪を振った。
刹那。
俺の手の中に納まっていた腕輪が急激に広がり――その場を覆わん程の大きな円になって巨人の真上から落下した。
「うわぁああ!!」
腕輪を持ったままの俺は、その重さに釣られて落下速度を速める。
だが、ここで手放すわけにはいかない。その輪が巨人の頭に差し掛かったと同時、俺は髪どころか顔の肉すら風に打たれながら腕輪の能力を発動させた。
「グァッ!? ガッ、ア゛、アァアアアアア!!」
巨人の顔が、消える。
咄嗟に輪から逃れようとした巨人だったが、一気に肩から腕まで輪の中に囚われたことでそれも叶わない。足が動いたが、それも――――
「ちょっ、うわっ、うわああああ!!」
足っておいっ、もう地面、地面に着いちゃう!
落ちるっ、このままじゃ俺が落ちる俺が死ぬうううう!!
もう死ぬ、このままだとまた落下死しちゃう!
駄目駄目だもう駄目だあああああ!!
「おっと!」
ガラン、と、音がする。
目の前で大きな輪が地面にぶつかり一気に縮小されたと同時、俺の体は強い衝撃に体を持って行かれながら、がくんとその場で止まった。
ぐ、ぐええっ、ぐるじい締まってる……っ!
なんだこれ、ど、どうなったんだ……。
「なんとか……おさまったようだね」
背後から声が聞こえて、体が再び浮き上がる。
何が起こったのかと思ったら、俺は……再び腰を誰かに掴まれていた。
いや、これ、ブラックか。ブラックが俺を助けてくれたんだな……はは……。
「あ、ありがと、ブラック……」
なんだかどっと疲れてしまい、思わず力が抜ける。
そんな俺を抱き締めながら、ブラックは笑った。
「ほんと、ツカサ君といると飽きないよ」
それはどんな意味で言っているんだと思ったが、今は急転直下の事に思考が付いて行かず、俺は荒い息で頭が正常に戻るのを待つしかなかった。
→
※ちょっと遅れて申し訳ないです…(;´Д`)
21
お気に入りに追加
1,009
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
2、3日ごとに更新します!
コミカライズ連載中!
――ひれ伏せ、クズ共よ。
銀髪に青翡翠の瞳、人形のような愛らしい幼女の体で、ユリウス帝は目覚めた。数え切れぬほどの屍を積み上げ、冷酷皇帝として畏れられながら大陸の覇者となったユリウス。だが気が付けば、病弱な貴族令嬢に転生していたのだ。ユーリと名を変え外の世界に飛び出すと、なんとそこは自身が統治していた時代から数百年後の帝国であった。争いのない平和な日常がある一方、貧困や疫病、それらを利用する悪党共は絶えない。「臭いぞ。ゴミの臭いがプンプンする」皇帝の力と威厳をその身に宿す幼女が、帝国を汚す悪を打ち払う――!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~
空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。
どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。
そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。
ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。
スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。
※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる