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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
夢のお告げは大概意味深2
しおりを挟む「なんか……えっと……」
どうしよう、天井が高すぎて上の方が暗くなってるから、俺には全景が見えない。
アワアワしていると、隣で見上げていたブラックが「ライトの術で、光を上の方に飛ばして」と指示してくれた。そ、そうだ。俺が創った【ライト】の術を使えば、炎の玉ではなく更に明るい光球で周囲を照らす事が出来る。
まあ、自分で考案したと言っても、チート小説によくある術だけど……ってそんな事を考えている場合ではない。ブラックは夜目が異様に利くらしく、それ故に暗い所でも平気で歩いて行けるらしいんだけど、俺は全然ダメだからな。
言う通りに【ライト】を飛ばして、祭壇の奥の薄暗い壁に光球を飛ばした。
むむ、い、意外とコントロールに集中力を使う。両手を真っ直ぐに伸ばして、距離や高さを調節しながら徐々に空へあげていくと――――その全貌が見えてきた。
「ふーむ……来た時はあまり気にしてなかったけど……やっぱり変だね、この壁画」
そう言いながら、顎と口の片端を軽く指で覆いつつブラックは唸る。
まるで探偵とか科学者がやるみたいな「思案しているポーズ」だったけど、真面目な声音につられて今一度確認した壁画は……確かに、なんだか妙だった。
色は少し褪せているが、しかし地下に有ったお蔭かそこまで劣化していない。
というか、数千年以上経過しているだろうに、それでも鮮やかに色彩が残っているのは驚きとしか言いようが無かった。こういうのって、地下でもさすがにこれ以上に色が褪せちゃうんじゃなかろうか。やっぱ術か何か掛かってたのかな……。
にしても、とても古代の物とは思えないほどカラフルだな。
赤……いや、朱色に緑に青に黒……他にも原色が加えられていて、かなり芸術的だ。壁面の白も上手く使っていて、褪せた色すらも「最初からそうだった」と思ってしまいそうなくらいに、欠けた所など一つも無い完璧な壁画だった。
だけど……その壁画は、ネストルさんから聞いた伝承とは全く異なる内容を、俺達に訴えかけているみたいで……。
「あれって……百眼の巨人、だよね……」
壁画の右側に大きく描かれた、いくつもの紫の目を持つ大きな人。
褪せてくすんだ緑の肌を露わにし、藁色の腰布だけを巻いている様は、俺の世界の伝承に出てくる巨人を思わせる。耳が少しだけ尖っていて、顔は厳つく上向きに牙も生えている。大きな二つの目の周囲や頭にすら無数の小さな目が埋め込まれていて、まさに【百眼の巨人】と呼ぶに相応しい様相だった。
けれど、彼は棍棒を振り上げてはいない。
誰かを威嚇するように歯を剥き出しにしてもいないし、血を浴びてもいなかった。
ただ片膝をついて大地と近くなり、その両手は何かを地面から掬い上げようとするかのように掌を上にして差し出されていた。
背景には日差しの表現だろう黄色の放射線が描かれ、その周囲には大小さまざまな黄色と橙色の光が浮かんでいる。まるで、どこかの神様みたいだった。
――――そう。神様、みたいだったのだ。
「巨人は害のあるものとされ、討伐された……が、しかし、それが真実なら……この壁画はなんなんだろうねえ……。あの伝承とはまるであべこべじゃないか」
ブラックの言葉が、俺の驚きを更に増長させ背筋がぞわりとする。
何度見ても、確かに目の前にある壁画は「そうだ」としか言いようが無かった。
……だって、掌を差し出している巨人の先には……――
嬉しそうに駆け寄る粗末な服を着た人達が居て……そのさらに先には、植物が豊かに育った畑や森が存在し、人々が興奮するように腕をあげて豊作を喜ぶ姿が記されていたのだから。
これが「巨人が人々を襲っている図」とはとても思えない。
考古学や歴史の事はとんと判らない俺だけど、でも……この壁画が【百眼の巨人】の恐ろしさを伝える物ではないという事だけは、明確に理解出来てしまった。
けど……ネストルさん達だってこの壁画を見てたはずだよな。
クレオプスのために何度もこの場所に来てたんだし、気付いていないはずがない。
なのにどうして疑問に思わなかったんだろう。
「…………ネストルさん達は、なんでこの壁画の事を言わなかったんだろう……?」
思わず口に出すと、ブラックは少し間を置いて答えた。
「良い方に解釈すれば、だけど……呪いのせいなんじゃないかな」
「呪いの?」
どういう事だとブラックを見やると、相手は腕を組みつつ、親指で顎のヒゲをぞりぞりと撫でながら眉を顰めた。
「あの家系は代々“目”を侵されるんだろう? そして、その病は徐々に発症する……と言われてるけど、実際は生まれた時から何らかの症状が現れてるんじゃないかな。もし仮にアレが本当に呪いだとしたら、僕らが視る事の出来ない効果が起こっているなんて事も充分に考えられる。なにせ、相手は古代の技術だ。この壁画を“故意”に見る事が出来なくさせられているって事も在り得るかも知れない」
「そんな……」
でも、確かにブラックの言う通り、この世界ではその可能性も充分に有った。
この異世界は、曜術と言う魔法が台頭しているけど、もちろん別の系統の魔法や、曜術を極めた物にのみ現れると言う“法術”なんてものも存在する。
魔法のような力は一つじゃなくて、その中には確かに“呪い”も存在するんだ。
けれど、この世界で言う“呪い”は、人の意志によって自然に引き起こされる物ではない。不可解で理不尽なはずの“呪い”は、遥か古代の“技術”として、ちゃんと「存在するもの」だと認定されているのである。
だからこそ、リアリストなブラックも呪いなんて予想を口に出来るわけだ。
……まあ、この世界ってオバケも普通にいるっぽいから、そりゃあ呪いだって存在するんだろうけどさ……。
でも、ネストルさんの家の持病が本当に“呪い”だったとしたら……あの酷い呪いを掛けた巨人が、どうしてこの壁画を見せないようにしてるんだろう。それに、壁画の中の巨人はとても優しそうなのに……なんで、あんな酷い呪いを掛けたのか。
やっぱり酷い部分もあったのかな。恨みを込めた花を残すぐらいだもんな……。
そうは思うが、しかしやっぱりネストルさん達を苦しめる巨人と、壁画の巨人の姿は全く合致しない。それに、巨人がかけた呪いの意味が分からなかった。
むしろ、この壁画を見せつける事こそが脅威にならないかな。
それとも何か理由が有るんだろうか。でも……何が原因なんだろう。
壁画を見れば見るほど矛盾が出て来て、頭を掻き回したくなった。ああもう、何が何だか全然分かんないよ。頭からケムリ出そう……。
そんな俺を知ってか知らずか、ブラックは空気を変えるように軽い声を出した。
「何にせよ……伝承はあまり信用しない方が良さそうだね。それに……」
「それに?」
「こうなるとちょっと、クレオプスの存在自体も怪しくなってくるし」
「ナニソレ、どういうこと?」
ブラックの言っている事が解らず首を傾げると、相手は鼻から息を吐いた。
「巨人のあの目の色と、この花。そして、この壁画のある地下神殿の下に、わざわざ巨人の躯が埋められているかもしれないって事を考えると……毒花の出自も、伝承の通りではない可能性が出てくるってイミだよ」
「あの……呪うために生まれた花ってのが……?」
「うん。……まあそもそも、伝承ってのは『伝える者の意図』がどうしても入るもので、事実と異なる要素が含まれつつ伝えられるのが普通だからね。大体、女どもの噂話だって、伝わるうちに内容が少し変わるだろ? それと同じで、口伝の伝承ってのはよっぽど厳しくされないと正確には伝わらない物なんだよ。だから、時々内容が真っ赤な嘘になる」
まあ、書物も書物で色々あるけどね。
そんな事を言いながら肩を竦めるブラックを見つつ、俺は腕を組んで俯いた。
…………確かに、噂ってのは時々凄い事になる。
俺だって、異世界より帰って来てからというもの、そんな憶測を聞かされる機会が無いでもなかった。例えば、不良とつるんでたダケだとか、ただの家出だろうとか。しかし最近は家出だろうという話が行き過ぎてか、変質者に監禁されていたのでは……なんていうヒソヒソ話が聞こえて来ていた。
もちろん、俺はそんな事にはなっていない。俺の態度を見れば誰だって理解出来る事だ。それでも人間ってのは自分の憶測を話したがるもんで、結局その根も葉もない噂が大多数に認められてしまえば、それが真実だと思われてしまう事にもなる。
というか実際今、そうなってる。まあ俺が正直に話さないのが悪いんだけど、でも正直に「異世界に行ってました!」なんて言ったら頭が狂ったと思われるしなあ。
……ゴホン。ちょっと話が逸れた。
ともかく、人の思惑次第で真実は捻じ曲がって伝わっちゃうって事だよな。
だとすると、もしかして巨人の話も……本当は、伝承と全く違うんだろうか。
「ブラック、もし……この壁画が本当の過去だったとしたら……」
そう問いかけると、ブラックは少し面白そうに薄く笑った。
「この神殿を隅々まで調べてみたら、面白い物が見つかるかもしれないね」
確かに、壁画がこれ一枚だけとは限らないし……俺達も、ネストルさんの一族すらも知らなかった真実が、この場所には眠っている可能性が有る。
だけど……それを俺達が暴いていいんだろうか。
もしそれが原因で、なにか取り返しのつかない事が起こったら?
「………………」
その事を考えると、体が寒気に襲われた。
……俺達の仕事は、この【クレオプス】を元気にする事だ。
暗い真実を探る事じゃ無い。でも、もしその真実を掘り起こす事でネストルさんの父親を回復させる方法が見つかるのだとしたら……ここで、帰るべきなのだろうか。
もしそれが叶うのであれば、一刻も早く見つけなければいけないだろう。
ネストルさんの父親の命は風前の灯だ。壁画に気付く事が出来た俺達ならば、この神殿のどこかに有るかも知れない“手がかり”を見つけられるかも知れない。
だったら……。
「……あまり時間はかけられないけど、探ってみよう。ブラック」
覚悟を決めて俺が呼びかけると、ブラックは「もちろん」と言わんばかりに、嬉しそうに目を細めて笑った。
→
※遅れて申し訳ないです…(;´Д`)
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