異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
42 / 952
神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編

  夢のお告げは大概意味深2

しおりを挟む
 
 
「なんか……えっと……」

 どうしよう、天井が高すぎて上の方が暗くなってるから、俺には全景が見えない。

 アワアワしていると、隣で見上げていたブラックが「ライトの術で、光を上の方に飛ばして」と指示してくれた。そ、そうだ。俺がつくった【ライト】の術を使えば、炎の玉ではなくさらに明るい光球で周囲を照らす事が出来る。

 まあ、自分で考案したと言っても、チート小説によくある術だけど……ってそんな事を考えている場合ではない。ブラックは夜目が異様にくらしく、それゆえに暗い所でも平気で歩いて行けるらしいんだけど、俺は全然ダメだからな。

 言う通りに【ライト】を飛ばして、祭壇の奥の薄暗い壁に光球を飛ばした。
 むむ、い、意外とコントロールに集中力を使う。両手を真っ直ぐに伸ばして、距離や高さを調節しながら徐々に空へあげていくと――――その全貌が見えてきた。

「ふーむ……来た時はあまり気にしてなかったけど……やっぱり変だね、この壁画」

 そう言いながら、あごと口の片端を軽く指で覆いつつブラックはうなる。
 まるで探偵とか科学者がやるみたいな「思案しているポーズ」だったけど、真面目な声音につられて今一度確認した壁画は……確かに、なんだか妙だった。

 色は少しせているが、しかし地下に有ったおかげかそこまで劣化していない。
 というか、数千年以上経過しているだろうに、それでも鮮やかに色彩が残っているのは驚きとしか言いようが無かった。こういうのって、地下でもさすがにこれ以上に色が褪せちゃうんじゃなかろうか。やっぱ術か何か掛かってたのかな……。

 にしても、とても古代の物とは思えないほどカラフルだな。
 赤……いや、朱色に緑に青に黒……他にも原色が加えられていて、かなり芸術的だ。壁面の白も上手く使っていて、褪せた色すらも「最初からそうだった」と思ってしまいそうなくらいに、欠けた所など一つも無い完璧な壁画だった。

 だけど……その壁画は、ネストルさんから聞いた伝承とは全く異なる内容を、俺達に訴えかけているみたいで……。

「あれって……百眼の巨人、だよね……」

 壁画の右側に大きく描かれた、いくつもの紫の目を持つ大きな人。
 褪せてくすんだ緑の肌をあらわにし、藁色わらいろの腰布だけを巻いている様は、俺の世界の伝承に出てくる巨人を思わせる。耳が少しだけとがっていて、顔はいかつく上向きに牙も生えている。大きな二つの目の周囲や頭にすら無数の小さな目が埋め込まれていて、まさに【百眼の巨人】と呼ぶに相応ふさわしい様相だった。

 けれど、彼は棍棒を振り上げてはいない。
 誰かを威嚇するように歯を剥き出しにしてもいないし、血を浴びてもいなかった。
 ただ片膝かたひざをついて大地と近くなり、その両手は何かを地面からすくい上げようとするかのようにてのひらを上にして差し出されていた。

 背景には日差しの表現だろう黄色の放射線が描かれ、その周囲には大小さまざまな黄色と橙色だいだいいろの光が浮かんでいる。まるで、どこかの神様みたいだった。
 ――――そう。神様、みたいだったのだ。

「巨人は害のあるものとされ、討伐された……が、しかし、それが真実なら……この壁画はなんなんだろうねえ……。あの伝承とはまるであべこべじゃないか」

 ブラックの言葉が、俺の驚きを更に増長させ背筋がぞわりとする。
 何度見ても、確かに目の前にある壁画は「そうだ」としか言いようが無かった。

 ……だって、掌を差し出している巨人の先には……――
 嬉しそうに駆け寄る粗末そまつな服を着た人達が居て……そのさらに先には、植物が豊かに育った畑や森が存在し、人々が興奮するように腕をあげて豊作を喜ぶ姿がしるされていたのだから。

 これが「巨人が人々を襲っている図」とはとても思えない。
 考古学や歴史の事はとんと判らない俺だけど、でも……この壁画が【百眼の巨人】の恐ろしさを伝える物ではないという事だけは、明確に理解出来てしまった。

 けど……ネストルさん達だってこの壁画を見てたはずだよな。
 クレオプスのために何度もこの場所に来てたんだし、気付いていないはずがない。
 なのにどうして疑問に思わなかったんだろう。

「…………ネストルさん達は、なんでこの壁画の事を言わなかったんだろう……?」

 思わず口に出すと、ブラックは少し間を置いて答えた。

「良い方に解釈すれば、だけど……呪いのせいなんじゃないかな」
「呪いの?」

 どういう事だとブラックを見やると、相手は腕を組みつつ、親指であごのヒゲをぞりぞりと撫でながら眉をひそめた。

「あの家系は代々“目”をおかされるんだろう? そして、そのやまいは徐々に発症する……と言われてるけど、実際は生まれた時から何らかの症状が現れてるんじゃないかな。もし仮にアレが本当に呪いだとしたら、僕らが視る事の出来ない効果が起こっているなんて事も充分に考えられる。なにせ、相手は古代の技術だ。この壁画を“故意”に見る事が出来なくさせられているって事もるかも知れない」
「そんな……」

 でも、確かにブラックの言う通り、この世界ではその可能性も充分に有った。

 この異世界は、曜術と言う魔法が台頭しているけど、もちろん別の系統の魔法や、曜術を極めた物にのみ現れると言う“法術”なんてものも存在する。
 魔法のような力は一つじゃなくて、その中には確かに“呪い”も存在するんだ。

 けれど、この世界で言う“呪い”は、人の意志によって自然に引き起こされる物ではない。不可解で理不尽なはずの“呪い”は、遥か古代の“技術”として、ちゃんと「存在するもの」だと認定されているのである。
 だからこそ、リアリストなブラックも呪いなんて予想を口に出来るわけだ。

 ……まあ、この世界ってオバケも普通にいるっぽいから、そりゃあ呪いだって存在するんだろうけどさ……。
 でも、ネストルさんの家の持病が本当に“呪い”だったとしたら……あの酷い呪いを掛けた巨人が、どうしてこの壁画を見せないようにしてるんだろう。それに、壁画の中の巨人はとても優しそうなのに……なんで、あんな酷い呪いを掛けたのか。

 やっぱり酷い部分もあったのかな。恨みを込めた花を残すぐらいだもんな……。
 そうは思うが、しかしやっぱりネストルさん達を苦しめる巨人と、壁画の巨人の姿は全く合致しない。それに、巨人がかけた呪いの意味が分からなかった。

 むしろ、この壁画を見せつける事こそが脅威にならないかな。
 それとも何か理由が有るんだろうか。でも……何が原因なんだろう。
 壁画を見れば見るほど矛盾が出て来て、頭を掻き回したくなった。ああもう、何が何だか全然分かんないよ。頭からケムリ出そう……。

 そんな俺を知ってか知らずか、ブラックは空気を変えるように軽い声を出した。

「何にせよ……伝承はあまり信用しない方が良さそうだね。それに……」
「それに?」
「こうなるとちょっと、クレオプスの存在自体も怪しくなってくるし」
「ナニソレ、どういうこと?」

 ブラックの言っている事が解らず首をかしげると、相手は鼻から息を吐いた。

「巨人のあの目の色と、この花。そして、この壁画のある地下神殿の下に、わざわざ巨人のむくろが埋められているかもしれないって事を考えると……毒花の出自も、伝承の通りではない可能性が出てくるってイミだよ」
「あの……呪うために生まれた花ってのが……?」
「うん。……まあそもそも、伝承ってのは『伝える者の意図』がどうしても入るもので、事実と異なる要素が含まれつつ伝えられるのが普通だからね。大体、女どもの噂話だって、伝わるうちに内容が少し変わるだろ? それと同じで、口伝くでんの伝承ってのはよっぽど厳しくされないと正確には伝わらない物なんだよ。だから、時々内容が真っ赤な嘘になる」

 まあ、書物も書物で色々あるけどね。
 そんな事を言いながら肩をすくめるブラックを見つつ、俺は腕を組んでうつむいた。

 …………確かに、噂ってのは時々凄い事になる。
 俺だって、異世界より帰って来てからというもの、そんな憶測を聞かされる機会きかいが無いでもなかった。例えば、不良とつるんでたダケだとか、ただの家出だろうとか。しかし最近は家出だろうという話が行き過ぎてか、変質者に監禁されていたのでは……なんていうヒソヒソ話が聞こえて来ていた。

 もちろん、俺はそんな事にはなっていない。俺の態度を見れば誰だって理解出来る事だ。それでも人間ってのは自分の憶測を話したがるもんで、結局その根も葉もない噂が大多数に認められてしまえば、それが真実だと思われてしまう事にもなる。
 というか実際今、そうなってる。まあ俺が正直に話さないのが悪いんだけど、でも正直に「異世界に行ってました!」なんて言ったら頭が狂ったと思われるしなあ。

 ……ゴホン。ちょっと話がれた。
 ともかく、人の思惑次第しだいで真実はまががって伝わっちゃうって事だよな。

 だとすると、もしかして巨人の話も……本当は、伝承と全く違うんだろうか。

「ブラック、もし……この壁画がだったとしたら……」

 そう問いかけると、ブラックは少し面白そうに薄く笑った。

「この神殿を隅々まで調べてみたら、面白い物が見つかるかもしれないね」

 確かに、壁画がこれ一枚だけとは限らないし……俺達も、ネストルさんの一族すらも知らなかった真実が、この場所には眠っている可能性が有る。
 だけど……それを俺達が暴いていいんだろうか。

 もしそれが原因で、なにか取り返しのつかない事が起こったら?

「………………」

 その事を考えると、体が寒気に襲われた。

 ……俺達の仕事は、この【クレオプス】を元気にする事だ。
 暗い真実を探る事じゃ無い。でも、もしその真実を掘り起こす事でネストルさんの父親を回復させる方法が見つかるのだとしたら……ここで、帰るべきなのだろうか。

 もしそれが叶うのであれば、一刻も早く見つけなければいけないだろう。
 ネストルさんの父親の命は風前の灯だ。壁画に気付く事が出来た俺達ならば、この神殿のどこかに有るかも知れない“手がかり”を見つけられるかも知れない。
 だったら……。

「……あまり時間はかけられないけど、探ってみよう。ブラック」

 覚悟を決めて俺が呼びかけると、ブラックは「もちろん」と言わんばかりに、嬉しそうに目を細めて笑った。














※遅れて申し訳ないです…(;´Д`)

 
しおりを挟む
感想 1,046

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね
BL
凡庸な町人、アルジュは武器屋の店主である。 代わり映えのない毎日を送っていた、そんなある日、艶やかな紅い髪に金色の瞳を持つ貴族が現れて──。 謎の美形貴族×平凡町人がメインで、脇カプも多数あります。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

処理中です...