異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編

12.君の好きなもの

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   ◆



 なんとか真っ暗になる前に領主の館に帰って来る事が出来た俺は、ネストルさんと三人で夕食をとったあと、早速回復薬の調合を行う事にした。

 ……と言っても、この世界の回復薬の調合方法はそう難しくない。
 むしろ、ゲームやら小説やらで見る調合シーンを知っている俺からすれば、「えっ、こんなに簡単に作れちゃっていいの?」というレベルだ。

 その作り方は、以下の通り。



【回復薬の作り方】
 モギの葉:5枚/ロエルの茎:3本/バメリの花粉:3振
 ロコンのひげ:2束/聖水:小瓶1

 モギの葉とロエルをすりつぶし、バメリの花粉を加えて練る
 充分に混ざったら、焼いたロコンのひげを細かくしさらに混ぜる
 聖水をその中に加えて混ぜ、聖水の色が青に変わったら完成
 色が変わらなかった場合薬効は期待できない。
 バメリの花粉は使わなくても良いが、薬効は下がる。



 そう。これだけ。
 まったくもって簡単だ。これじゃ誰にでも調合出来ちゃうし、回復薬の価値なんて下がるんじゃないのって思われるだろうが、そうは問屋とんやおろさない。

 もし誰もが簡単に回復薬を作れるのなら、この世界に“木の曜術師”しか名乗ることが出来ない【薬師やくし】と言う称号が存在する理由がないからな。
 詳しい事ははぶくが、この世界の薬師……木の曜術師は、薬を作るさいに己の体内を巡っている「木属性の曜気」を薬に加えて調合する事で、一般に出回っている様々な薬を作り出す事が出来るのである。もちろん調合の腕も必要だけど、この世界の薬はおおむね木の曜術師が調合したものでなければ効果が出ない。

 木属性の曜術師でない人や、曜術が使えない一般人が、どんなに丁寧ていねいに回復薬を作っても、市販の回復薬と比べると二割程度ていどしか効果が無いらしい。
 さっき「野草だけでも効果が有る」みたいな事を言ったけど、それだって俺の世界のお婆ちゃん直伝じきでんな民間療法よりも効果が薄い。

 何故だかは俺もわからないけど、薬や薬草の力を全て引き出すためには、どうしても木の曜術師でなければいけないようだ。

 ……まあ、この世界ってそう言うの多いんだけどな。

 炎の曜術師は攻撃専門だけど、名前の通り炎の扱いに関してはピカイチだ。
 水の曜術師は人の体内の水の流れを見られるので、医師は九割がこのタイプ。
 金の曜術師は言わずもがな、魔法の道具である【曜具】を唯一作れるし、金属系の物を操れるので装飾品なんかを専門に作ることを生業なりわいとする人もいる。
 土の曜術師は……まあその……地味だが、えんの下の力持ちだな!

 ゴホン。ともかく、そんな感じなので特定の職業は曜術師でないと務まらなかったりする。俺は全属性使えるけど、何でもかんでも習得できるほど頭が良くないので、一応は水と木にしぼって修練を積んでるんだ。
 チート能力の【黒曜こくようの使者】と言えど、使う人間がダメだと駄目なのである。

 …………なんか自分で言ってて悲しくなってきたが、まあいい。

 でも俺の場合はそんな普通の木の曜術師よりも、更に凄いからな!
 そりゃあ木の曜術師じゃないと回復薬は作れないけど、でもそこに技術がいらないワケじゃない。俺は、その「技術」を重視しているから、普通の回復薬よりも回復量がハンパない薬を作る事が出来るのである!

 ふふふ、と言っても、曜気をたっぷり入れるとかそういうことじゃないぞ。
 俺はただ、田舎の婆ちゃんの家でやったように、丁寧に野草を下拵したごしらえしただけだ。

 モギは軽く洗って置き、ロエルはタケノコのように表面の皮を剥ぐ。すると中からゼリー状の柔らかい芯が出て来るので、まだ白くぷにぷにな根元の方を切って綺麗に洗った下部の皮と一緒にすり潰す。
 ロエルって中身はゼリーみたいなんだけど、緑色に染まった先端の部分は硬くて、とてもじゃないが食べるのに適さないんだよな。前に試しに先端の緑色の部分で薬を作ってみたけど、回復量が落ちたので使わない方が良いみたいだ。

 薬ってのは、素材のどの部分を使うかってのも重要なんだよなあ。うむ。
 そんな事を考えつつ、俺はつぶしたロエルにモギの新芽と、軽く焼いて小麦色にしておいたロエル(トウモロコシみたいな植物)のヒゲを細かく刻んで加える。

 しっかりと混ざってペースト状になったら、ここにやっと聖水の登場だ。
 聖水は透明なんだが、今までの材料に加えて「美味しくなあれ」などと真心を込めながら混ぜていくと……急に透き通った青色に変わるんだ。
 コバルトブルーの綺麗な液体になったら、俺特製回復薬の出来上がりってワケ。

 ……これだけで回復薬の量が段違いになるんだから不思議だよな。
 【薬師】って、正直適当にやっても木の曜気を混ぜながら作ればそれなりの薬になっちゃうらしいから、俺みたいに丁寧に作る人がいないのかもしれない。

 まあ、お店で売れるくらいに薬を沢山たくさん作ってるワケだから、粗雑になっちゃうのも仕方がないのかも知れないけどな。だってこの世界は全部人力じんりきなんだし。

 ――――とまあ、それはそれとして。
 俺は特製回復薬を数本作ると、頃合ころあいを見て厨房に向かい、料理長さんに断わって厨房を使わせて貰うことにした。
 ここでは、あえてロエルを全て使って作る回復量が落ちる薬や、普通の薬師のように木の曜気をめて適当に普通の回復薬を作る。

 この調合方法は、他の曜術師も行っている物だ。なので、誰かに見られても問題は無い。まあ、あの方法も俺以外に出来ない可能性があるけど……でも前に、「技術は簡単に見せるな」ってイヤミな眼鏡に言われたからな。用心に越した事は無い。
 そんなこんなで、効果が微妙に違う薬を数十本作った後……俺は、厨房の入り口に誰かひそんでいないかを確認して、俺は戸棚のかげに隠れた。

 何をするかって言うと、コレだ。コソッと持って来た【リオート・リング】から、さきほど買って来た食材を取り出そうと言うのである。
 回復薬の材料は部屋で出して持って来たけど、コレだけは出来るだけ冷やしたままで持って来たかったからな……。

「よしっ……どれどれ……?」

 手を入れられる程度に広げた金の輪から、俺は袋に入った【ヒメオトシ】を取る。
 この【ヒメオトシ】という野イチゴに似た赤桃色の実は、ブルーベリーとイチゴの中間のような酸っぱさと甘味が有る。思ったよりもねっとりとしているので、甘さが後を引くオヤツに最適な果実なのだ。

 コレを使う……前に、実はブラックにコッソリ隠れて用意していたモノがある。
 リオートリングの少し奥の方にいれて、冷凍状態にしていた小桶こおけを、苦心して取り出した。そこにはなんと、ピンク色をした固まりが……!

「っていうか、ちゃんと固まってる……かな?」

 厨房の木製スプーンを借りて差してみると、しっかり固まっているようでスプーンが立った。おお、予想以上に凍ってしまったようだ。
 慌てて取り出すと、俺は小桶に満杯で固まったピンク色のソレを一生懸命こそげ落として、味見のために口に運んでみた。

「…………うん! 心配だったけどちゃんと美味いじゃん!」

 口の中でとろりととろけて、濃厚な生クリームとヒメオトシの甘酸っぱさが広がる。
 やはり俺の記憶は間違いでは無かったと小躍こおどりしながら、俺はさっそくこの簡単な料理を皿に盛りつけてブラックに持って行くことにした。

「いや~しかし、一度作り方を覚えると結構簡単だよなぁ、アイスって!」

 リオート・リングに入れっぱなしにしていたバロ乳……この世界の牛乳みたいな物と、少々の植物油で作った“異世界式生クリーム”に、ヒメオトシと砂糖を加えて冷やした、美味しい料理……ヒメオトシのアイスクリームは、本当に簡単だった。

 だって、あらかじめ生クリームさえ作っておけば、あとは生クリームを泡立てて材料と混ぜ、普通のアイスみたいに冷やしながら混ぜておけば簡単に作れるんだもんな。
 前は【リオート・リング】のような道具が無くて、アイスクリームなんて夢のまた夢って感じだったけど、今はこんなに簡単に甘味を享受きょうじゅできる。ああ幸せだ。

 後は、このアイスにほぐしてツブツブにしたヒメオトシを混ぜればいい。
 アイスだけだと甘いけど、甘酸っぱいヒメオトシの果肉が混ざっていれば、甘い物が苦手なブラックもすんなり食べられるだろう。
 なによりアイスって美味しいし、この世界じゃ珍しいからな。これで少しは機嫌を直してくれるといいんだが……。

「ただでさえ機嫌が悪かったのに、薬にかまけてたせいで余計怒ってたもんな。……まあ、とにかく持って行ってみるか……」

 ピンク色のアイスを丸く盛り付け、ついでに、細く切って少し焼いたパンを口休めに添える。彩りの葉っぱが欲しいところだが、今はモギしかないのでパスだ。
 作った回復薬をすべてリオートリングに収納すると、俺はアイスを持ってブラックがふて寝しているだろう部屋に戻った。

「おーいブラック、開けてくれ~」

 両手にアイスを持っているので、自分ではドアを開けられない。
 もう一度呼びかけると、仕方なしにとでも言いたげな様子で、向こうから何かが緩慢かんまんに動く音が聞こえ、ひかえめに扉が開いた。

「…………なに、もう薬はいいの?」

 相変わらず不貞腐ふてくされてるなあもう。
 不機嫌さを隠しもしない表情にちょっと笑いそうになりつつも、俺は自分が持っている深めの器をブラックに見せるように軽く掲げて見せた。

「全部作ったからもう大丈夫。それよりさ、コレ作ったから一緒に食おうぜ」
「……?」

 俺の持っている物に気付いたのか、ブラックは不思議そうに目をしばたたかせる。
 どうやら俺が持っている物がどんな料理か解らないらしい。
 とにかく入れろと足を進めると、ブラックはドアを開け部屋に入れてくれた。
 まったくもう、こう言う細かな所は気が利くのになあ。

「よし、あったかい麦茶いれてやるから先に食っててよ」

 丸テーブルに二つの器を置くと、俺はバッグから麦茶の袋を取り出す。
 普段から麦をって常備しているのだ……とか何とか脳内で自分に説明していると、背後から困ったような声を放られた。

「ねえツカサ君、これなに? 食べられるの? 内臓みたいな色してるけど……」
「内臓って失礼だなお前! 甘くて美味しいお菓子だからとにかく食べて見ろよ!」

 前はジャムクッキーも普通に食べてたのに、なんでイチゴアイス的な物には警戒心を剥き出しにするんだお前。アイスだって前に一度食べただろうに。
 いや、あの時はプレーンだったから白かったんだけどさ。

 まあとにかく食えと催促さいそくする俺に、いぶかしげな表情をしながらも、ブラックは素直に席にいてスプーンを持った。アイスが少し溶けてだぶついている様に、何やら緊張をしていたようだが……やがて、気合を入れるようにスプーンですくって口に入れた。

「ど……どう?」

 麦茶を術で温めながら問いかけると、ブラックはすぐに目を見開いてあごを引く。
 ど、どうしたんだろう。美味しく無かったかな。甘すぎたか?
 にわかに心配になって見つめていると……ブラックは興奮気味にこちらを向いた。

「なっ、なにこれツカサ君、甘いけど果実の味がするよ!? なんかこう、まったりしてて、乳の味もするのにちゃんと甘酸っぱい……あっ、これアイスって奴だっけ!? こんなアイスもあるんだね!?」

 果実本来の味がするもの、というのが珍しかったのか、ブラックはスプーンを何度も口に運んでハグハグと口の中で舐め溶かしながらアイスを堪能たんのうしている。
 さきほどまでの不機嫌さも吹っ飛んだようだ。
 ……甘い物は嫌いみたいだけど、果物とかの味なら平気なのかな?

 今まで察することが出来なかったブラックの好みに気付き、ちょっと胸がドキリとしたけど、そんな事などお構いなしにブラックはアイスをうまうまと食べていた。
 うーん……あんなに喜んで食べてくれるなんて、心配して損したな。
 まあ、今日は俺のために色々してくれたワケだし、喜んでくれるんなら俺だって満更まんざらじゃないんだけどさ。……恥ずかしいからそんな事言えないけど。

 そう思いつつ、向かい側の席に就いて、温めて煮出した麦茶を二人分れながら、満面の笑みを浮かべてアイスを食べているブラックを見つめていると……相手は、俺の視線に気づいたのか嬉しそうに目を細めた。

「ツカサ君コレ、僕のために作ってくれたんだよねっ」
「えっ!? い、いや別に、その……つ、作って見たかっただけだし……。まあ……その、なんだ、今日はお前に色々迷惑かけたから……お礼と言われたらまあ……」

 べ、別にいやらしい事とかじゃないのに、見透かされたと判ると気恥ずかしい。
 お礼のつもりで作ったんだし、堂々と言えば良いんじゃないかとは思うんだけど、素直に言えているんならこんな風に回りくどい事なんかしないってば。

 ……本当は……素直にお礼を言う方が可愛げがあるって解ってるんだけどさ。
 でも性分なんだから仕方ないじゃないか。
 恩着せがましく「お礼に料理を作ってやった」なんて言えるかよ。

 しかし、そんな俺の葛藤を解っているのかいないのか、ブラックは木製のスプーンを口に含んだまま微笑んだ。

「ふへへ……つかしゃ君たら照れ屋さんなんだからぁ。お礼なんて、ツカサ君が僕と一晩中セックスしてくれたらそれで良かったのに」
「ハードルが高すぎるんだよ!! ていうかここ人ん家だからな!?」

 人の家のメイドさんに精液くさいシーツを押し付けるなんて言語道断だ。
 ふざけんなと睨むが、ブラックは余程アイスが嬉しかったのかどこ吹く風だった。
 それどころか、ブラックは自分の素顔を見せつけるように、ニマニマと笑いながら俺を見つめアイスを楽しんでいる。今は眼鏡を外して、宝石みたいな菫色すみれいろの瞳をこれみよがしに見せつけているのだ。俺が、その目に弱いのを知っていて。
 こ、このオッサンめ……っ。

 くやしく思ったせいか、顔がカッと熱くなる。
 そんな俺を楽しんだのか、ブラックは背伸びをすると機嫌よく声を張った。

「まあ今日はいっかぁ! 嫌なこともあったけど、良い事もあったし……ツカサ君が、僕のためにこんなに美味しいアイスを作ってくれたんだしねえ」
「だーっもー! それいいからっ!!」

 ああもう熱い、体が熱い!!
 アイスを食べて体温を冷やしつつ、俺は変な空気を消すべく話題を変えた。
 このままだと余計にからかわれそうだったし。

「そ……それより……明日なんだけどさ、回復薬で実験をするのは良いんだけど……その後どうする? 回復薬が効かなかったら、別の手を考えなきゃいけないよな」

 俺の問いかけに、ブラックは上機嫌なままで真面目に答える。

「そうだね、なにせ相手は数千年秘匿ひとくされて来たような毒物だ。一筋縄じゃいかない場合もあるし……なにより、あの毒は特殊で相殺できるような植物もないだろう。僕達は毒物の専門家でもないわけだし……あの神殿を探索して見ようか」
「探索?」
「ああ。クレオプスが栽培されてた部屋に壁画があっただろう? アレ、そういえばちゃんと見てなかったからね。もしかしたら、手がかりが有るかも知れないし」
「確かに……」

 あの地下神殿の部屋には、確かにそんなものが有ったな。
 あまりに大きかったもんだから全部を把握はあく出来なくて、なんとなく忘れてたけど……クレオプスが「巨大なモンスターの呪いから出来た花」だとすれば、そこにあの花が枯れてしまう原因もあるのかもしれない。

 俺は土壌が変なんじゃないかとかそこらへんに目が行ってたけど……そうだよな、この世界ってファンタジーな世界なんだから、当然そういう可能性もあるんだよな。
 呪いだって……存在しないワケじゃ無いんだし。

「それにさ」
「ん?」

 言葉を区切ったブラックに思わず目をやると――相手は、わかやすく愛おしげに目を細めて俺を見つめると……微笑んだ顔のままでぽつりと呟いた。

「神殿にこもって作業するんなら……ツカサ君だって、僕そのままの姿を存分にみれて嬉しいでしょ? 二人きりなら嫌な事なんて有りっこないし……ねっ」
「~~~~……っ! ばっ、ばかっ、んなこと考えてる場合か!!」
「存分に視れるのが嬉しいってのは否定しないんだぁ」
「あ゛ーも゛ーさっさと食べろよ! その器は洗って厨房に返さなきゃいけないんだから!!」

 否定できなくて、話を必死に散らかそうとしてる自分が恥ずかしい。
 だけど嘘も付けなくて、それが「本当の事だ」って正直に思ってしまう自分がもうたまれなくなってしまって、俺は一気にアイスを呑み込んでしまったのだった。












 
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