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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
10.意外な所にヒントがある
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「ツカサ君、お水いる? 飲ませたげよっか。それとも、果物か何か貰って来る? 好きな物頼んでいいよ。無かったら買ってきてあげる。何かある? ねっ、ねっ」
見上げた視界に、キラキラ光る赤髪を垂らして俺を覗きこむブラックがいる。
神殿に入る時は「煩わしい」と眼鏡を外していたのに、今は用心のためなのかあの丸眼鏡を掛けていて、明るい青色の瞳が何だか妙な感じだ。
だが、今の俺は体を動かす事すら億劫で、ブラックに何かを言う気力も無い。それは何故かと言うと、まだ【クレオプス】の毒が抜けきっていないからだ。
――いや、抜けきっていないと言うか、体が浄化し切れていないって感じかな。
「ねえツカサ君」
「う゛う゛」
いらないので、回復するまで少し静かにしていてほしい。
そんな気持ちを込めて唸った俺に、ブラックはションボリしたような顔をする。
ああもう何でお前が落ちこむんだ。元はと言えばお前が俺に【クレオプス】の毒を飲ませたのが原因でこうなってんじゃねーか!!
まあブラックに近寄った俺も隙だらけで悪かったんだろうけどさ、でもいきなり毒物を口移しはねーだろ、頼むから「いくよ」くらい言えよ!!
お蔭で何が何だか解らない内に毒を飲んじまって、七転八倒してあ、あんな……。
「ツカサ君、どしたの。どこか苦しい?」
俺が押し黙ったのを見て、不思議そうに見つめてくるブラック。
その邪気のない顔を見ていると、怒りや不満も有ったけど……自分が情けないとか恥ずかしいって気持ちが湧いて来て、なんだか視線を合わせられなかった。
…………だ、だって俺……苦しみ過ぎて格好悪いとこ見せちゃったし、ブラックの服に吐いちゃったりしたし……。
元はと言えば俺が「食べる」って了承したのが悪いのに、耐え切れずにあんな風になるなんて、なんかもう、自分が情けない。
「薄まった毒だからそれほど酷くないだろう」なんて軽く考えていた気持ちが自分にあったんだろうか。だから、あんな風に暴れて……ああぁ……こういう時、主人公だったらめっちゃ格好良く耐えきってたのに!
なんで俺ってばあんな格好悪い感じになっちゃったんだろう。呼吸が苦しくなった後なんてもう覚えてないし、その間に我慢出来ず吐いてたみたいだし、そのうえ意識が戻った時にはブラックにお姫様抱っこされて、部屋に連れて来て貰ってたし……。
なんかもう、色々迷惑かけてるっていうか……。
ううううう…………なんで吐いちゃうんだっ、そりゃ毒だし吐き気は催すけどさ、なんでそこで耐え切れず吐いちゃうんだよ俺!!
こういう時に我慢出来るのが一流のチート異世界人だってのにぃいい!
「あっ、ツカサ君顔が赤いよ! 熱があるのかな?」
そう言いながら、ブラックは強引に俺の顔を上へと向かせると、鬱陶しげな前髪を掬い、俺のおでこに広い額を当てて来た。
……ひんやりして、気持ち良い。でもこれは熱とかじゃないんだ。
ただの、俺の「悔しい」って気持ちと「恥ずかしい」って気持ちで。
でもそのせいでブラックにまた心配させてるのかも知れないと思うと、本当に自分の弱さがどうしようもなくみじめに思えて堪らなかった。
もし俺がカッコイイ主人公だったら、あんな風にならなかったのに。
誰かに怯える事もなく堂々として、毒なんてへっちゃらで耐えて、ブラックみたいに「余裕でラーニングしてますけど?」ってドヤ顔してたのに。
「ぅぐ……」
なんで俺って、こんな雑魚なんだろ。
チートな能力を持ってるはずだし、体だっ不死身みたいなモンなのに……それでも俺はいつもボロボロになるし、毒にだって耐えられない。
これじゃ、俺の世界と一緒じゃないか。
――――人の視線を気にして、誰かに付け入られる事に怯えて、自分に対しての物じゃない事に勝手に怯えて怖がって……。
この異世界では、そうじゃないのに。
俺だってちゃんと冒険者だって自負してるのに、なんでこう無様な結果になって、上手く行かないんだろう。この世界では、怯える事なんて何も無かったはずなのに。
「あぁ……ツカサ君、泣かないで……不安なの? 大丈夫だよ、僕がいるからね」
違うよブラック、泣いてない。これは、そう言うんじゃないんだ。
でも、否定も出来ず動けない。そんな自分が恥ずかしくてたまらない。
喉が嗚咽に動きそうになるのを必死に抑えていると、ブラックは俺を安心させるかのように、額や頬、口に、何度も何度も触れるだけのキスをして来た。
俺が服をダメにしちゃって、今はシャツにベストにスラックスなんて冒険者らしくない服装をさせてしまっているのに。それでもブラックは、情けなく震えている俺を安心させようと何度もキスをして、力の抜けた俺の手を握っていてくれた。
「ぅ……う゛……」
「毒で前後不覚になっちゃった事、まだ気にしてるの? 大丈夫だよ……ああなるのが普通さ。それに……今回は、毒の強さを見誤った僕の方が悪いよ。ツカサ君は何も悪くない。だからそんな悲しい顔しないで……あの服は、洗えばすぐに元通りになるからさ。ね?」
見透かされているのと、慰められているのが、また自分の中の羞恥を煽る。
思わず唸って口を噤んだ俺に、ブラックはクスクスと笑った。
「ホントに気にしなくったって良いんだってば。僕も、ツカサ君が“初めて毒に苦しむ姿”を堪能したし、たくさん抱き締める事が出来たし……なにより、イイ思いもさせて貰ったからね……。ふふ、だから、あんなの気にしなくて良いんだってば」
俺が初めて毒に苦しむ姿って……お、お前、なんつうもん楽しんでんだよ!
それに良い思いってなんだ。お姫様抱っこの事か……?
なんだよソレ、男として恥じている俺がバカみたいじゃないか。
「……あ、う……しぅ、み……」
だあちくしょうっ悪趣味って言いたいのに口がまだ上手く動かない!
恨めしいと睨み付けるが、ブラックは上機嫌で笑い俺の頭を撫でて来る。
「悪趣味? ふふ、そうかもね。……でも、僕はツカサ君が大好きだからツカサ君の全部が知りたいんだ……。だから、ツカサ君は何も気にしなくて良いんだよ」
「ぅ……」
うまく丸め込まれたような気がするけど、でもそれ以上に……宥めすかされているみたいで、怒ったら逆に気にしているような気がしてしまって何も言えなくなる。
そんな俺に、ブラックは目を細めて微笑むだけだった。
……無精髭なのに、オッサンのクセに子供みたいなワクワクしてる感じの顔してるのに、なんかもう……悔しいけど、ああ整った顔してやがんなあと思ってしまう。
別にその、ブラックの顔が好きなワケじゃ無い、断じてそれは違うんだが、しかし人間ってのは本当に綺麗な物には綺麗と思ってしまう性質なのだから仕方ない。
外国人風の顔で元々は美形なんだから、そりゃ同性である俺が格好いいと思っても当然ってものだろう。そうだと思わせてくれ。
ゴ、ゴホン。とにかく、そんな風に人懐っこく笑われると、なんかモヤモヤしてる自分がバカみたいで何も言えなくなる。
口を噤んでしまった俺に、ブラックは口角を上げた。
「まあとにかくさ、これでツカサ君は【鑑定】を習得するのに一歩近付いたんだ! いや、むしろ、他の奴らより高精度な術が使えるようになるかもよ?」
「え……あ、あんなので……?」
「うん。ツカサ君は植物の性質を知るために【鑑定】が使えるようになりたいんだよね? だったら、どのみち木の曜術師は自然に存在する毒を摂取して、ソレを“識”らなきゃいけないんだ。その摂取方法は色々あるけど……こんな珍しい毒を摂取して、尚且つ生きて戻って来た奴なんてそうはいないからね。きっと役に立つよ」
よくやったね、とまた頭を撫でるブラックに、子ども扱いするなと口を尖らせる。
でも、褒められるとやっぱり……嬉しかった。我ながら簡単だなあと思うけど。
そう思いながらごくりと唾を飲み込むと、やっと喉や口が自由に動くような感じになった。これなら喋れるかも。
「……しかし、食べるだけでホントに役に立つの……?」
まだ掠れたままの声で問う。
すると、ブラックは頷いた。
「人族は、この世界に存在する六つの気を取り込んで生きているからね。ツカサ君の世界はそうじゃないかもしれないけど、この世界では【気】という存在が全てを形作っているんだ。人だけじゃ無く、山も川も海すらも複雑に様々な気が絡み合い融合して、僕達の目に見えている。だから、毒だってその例外じゃない。直接体内に取り込む事で、より深く“理解”出来る。そうすると、鍛錬によって触れたり視たりする事で簡単に毒性や詳細を理解出来ちゃうってワケ」
「それが……【鑑定】ってこと……」
…………この世界の鑑定って、やっぱり俺の知ってるのと少し違うんだな。
まあ、触れただけで何でも教えてくれる【大賢者】なんてこの世界には無いか。
残念ではあるけど……でも、毒を飲む事を修業だと思えば貴重な体験なのかな。
【クレオプス】って物凄く貴重な毒みたいだし……。
「さて、もうそろそろ回復薬も飲めるかな? ツカサ君バッグ開けて良い?」
至近距離に居たブラックが腰を上げて俺に聞く。
別に開けられて困る事は無かったので頷くと、ブラックは俺が寝ているベッドから離れて、傍らに置いていたらしい俺のバッグをゴソゴソと漁った。
「んー……? あれっ。ツカサ君、回復薬が小瓶一つしかないよぉ」
「あぁ……前の、時に……補充するの忘れてた……」
アルフェイオ村で、村人達の怪我を治すのにたくさん回復薬を使ったからな……。
あの後すぐに宿屋に連れ込まれて、何も出来ずに寝てたら色々あって直ちに帰る事になっちゃったから、回復薬の補充を忘れちまってたんだ。
ヤバいな……何が有っても大丈夫なように在庫を確保しておくのが、アイテム係を自負している俺の役目だというのに……。
体が軽くなったら、暇な時に作っておかねば。
そう思いながら、とりあえずはその一瓶を飲ませて貰おうと体を動かす。が、俺の体は本調子じゃないのか上手く動いてくれない。
「ああ、ほらほら、僕に任せて」
嬉しそうに言いながら、ブラックは俺の上体を甲斐甲斐しく起こす。
ブラックに体を良いようにされている……と言うと誤解を招くが、実際そうされると、物凄くむず痒いと言うか恥ずかしいと言うか……ま、まあ、いいけど……。
そう思いつつ、開けて貰った小瓶を一気に煽ると――――
「んっ……?!」
自分の体をいつものように淡く薄い金色の光が包み、なんだか不思議なくらい楽になって行く。でも、この感じはいつもと違うぞ。妙に体が軽くて目頭が熱くなる。
思わず力の入らない手で触れた眦の下には……何かが、伝っていた。
「あれっ!? つ、ツカサ君!?」
「…………」
なんか、変だ。どうして涙が溢れて来るんだろう。
よく解らないけど、でも……凄く悲しいって言うか、これが欲しいって言う感情が満たされたって言うか……。
こんなこと思ってなかったはずなのに、何故急にそう思ったんだろう。
そう、考えて――俺は、ある事を唐突に思い出した。
「ツカサ君?」
「もしかしたら……あの夢……」
「夢って、昨日の夜に見て魘されてた夢のこと?」
聞いて来るブラックに、俺は頷く。
そう言えば、説明してなかったんだっけか。改めて夢の内容を説明してから、俺は自分でも笑っちゃうような推測を口にした。
「たぶん、だけど……回復薬を掛けたら、あの花が治るかもしれない……」
何故か判らないけど、そう思ったんだ。毒が消える瞬間、直感的にそう感じた。
でも、こんなの推測どころか完全に思い込みだよな。
リアリストなブラックには鼻で笑われてしまうだろうか。そう思って恐る恐るブラックの顔を見やると……相手は神妙な顔をしていた。
「……まあ、まだ対処法も解らないし……とにかくやってみようか」
「ブラック……!」
「まずは材料を集めないとね! じゃあ僕がツカサ君をだっこして……」
「だあーっ!! もう大丈夫だっての! も、もうちょっとしたら完全に治るから、そしたらすぐに街の外で材料集めしよう。あと聖水も必要だ!」
もう抱っこはせんでいいと拒否すると、ブラックは残念そうな顔をして「え~」と間抜けな声で抗議したが、渋々頷いてくれた。
ま、まったくもう……まあでも……善意なのは確かなんだし、俺の事をなんだかんだ心配してくれてたんだし……。
…………材料集めしながら、料理の材料でも探してみようかな。
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