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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
9.努力は時に空回りする
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靴音だけが響く、白い神殿。
薄暗く人の気配のないその中を目的地へ歩きながら、ブラックが俺の方を向いた。
「いや、ね、ツカサ君もそろそろ【鑑定】を覚え始めても良いんじゃないかなぁって思うんだよ。木の曜術師は基本的に薬師や植物関係の仕事をするから、術を覚えたら出来る事の幅が広がるしさ」
そう言いながら、ブラックは俺が創り出した空中に浮かぶ光の玉――【ライト】を指でつついて嘯く。ネストルさんに病気の【クレオプス】を採取する許可を貰った俺達は、いま二人きりでこの地下神殿を訪れているのだ。
だが、今回はただ採取するだけじゃない。クレオプスが本当に病気になっているかどうかを調べる為に、ブラックに或る提案を持ち掛けられていた。
それが……ブラックの言う【鑑定】だ。
しかし、以前ちょっとだけその話を耳にしていた俺は疑問が有った。
「でもさ、その【鑑定】てのは査術の一つで、勉強しなきゃ習得できないんだろ? 自己流でなんとかなるモンなの?」
そう。チート物小説では基本的に【鑑定】と【相手のステータス表示】が標準装備で搭載されているが、一昔前のラノベファンタジーみたいなこの世界では、転移初心者に優しいユーザビリティに満ちた展開は存在しない。
ステータス表示なんて存在せず、【鑑定】も【索敵】も然るべき勉強を修め常に研鑽を積まないと決して手に入らないのである。
……なので、俺は未だにそれらを習得できていない。
ブラックは【索敵】と【査術】が使えるらしいんだけど、それだってコイツ自身が鍛錬し冒険者としての腕を磨いたから、高性能なのが使用出来るのだ。
それを考えると、今から俺が付け焼刃で【鑑定】を習得したとしても役に立ちそうになかった。って言うか素人判断って危ないだろ普通に考えて。
まあ、いつかは【鑑定】は覚えたかったけどさあ。だって【鑑定】の術はあらゆる植物を扱う木の曜術師にとっては必須技術だし、薬師じゃなく趣味程度の調合をするだけでも、持っておくべきなんじゃないのかなってずっと思ってたし。
けど、今からその能力が手に入るとはとても思えない。
ブラックが言うには、鑑定・索敵・査術(相手の素性を調べる術)はまとめて【査術】と言い、大地の気を使用して発動する【付加術】の一つに分類されているので、曜術師じゃなくても習得できるとは言ってたんだけど……それって、特別な力が無くても勉強すれば出来るってヤツなわけで……俺は勉強は苦手なワケで……。
…………本当に出来るんだろうか……。
しかもブラックはさっき「食べる」とか言ってたし、ヘタしたらこれ俺死なない?
いやチート能力のお蔭で俺は不死身みたいなモノなんですけど、どう考えても毒が残ってたら俺苦しみながら死にますよねコレ。
そんな不安を覚えたので、俺は「自己流で覚えて大丈夫なのか」と問いかけたのだが、ブラックはニコニコと笑ってお気楽な返事をしやがる。
「僕は【鑑定】を使わないけど、でも【査術】っていうのは大体が人の本能や記憶に左右されるからね。体感する事で見分けやすくなるってのは有ると思うよ」
「思うよってお前なあ」
「だって僕は木の曜術師じゃないからね。でもコレは本当だよ。【査術】は基本的に、人の中に蓄積された経験とカンを高めて、対象が纏った気を“読む”ことで詳細を探る術なんだ。これは植物に対しても有効だよ。結局、その成分を構築する物も根源は“気”なワケだし。……だから、強烈な毒を記憶しておけば次は警戒できる」
「うーん……ううーん……?」
俺がアホなせいなのか、言っている事がよく解らない。
理屈は解るような気がするが、本当に記憶や経験が【鑑定】をレベルアップさせる事になるのだろうか。いやでも、この世界は俺の世界と理が違うしな……。
この世界の根源は“気”で構築されているから、そんな事も可能なんだろうか。それに、気を読むって言ってたし……取り込んだり触れたり、あらゆる角度から知る事で、相手の“気”を知って理解しやすくなる……みたいな事なのかな。
……まあ、キノコ狩りとかも経験と知識が無いとムリって言うもんな。
それを考えると、一度食べてみるってのも理にかなってる……のかな……?
「とりあえずやってみようよ。僕が、ツカサ君でも大丈夫な花を選んであげるから」
「えっ、そ、そんなの出来んの? アンタ【鑑定】出来ないんじゃないっけ」
いつの間にか大扉を開いて中に入ろうとしている背中に問いかけると、ブラックは軽く振り返ってニコッと笑った。
「僕は【鑑定】は出来ないけど、あらかたの毒には耐性が有るからね」
そう言って、さあ行こうと正面を向くブラック。
だけど、俺は今の言葉をすんなりと呑み込めなかった。
……あらかたの毒には耐性が有るって……どういう事なんだろう。
今までそんな話聞いたこと有ったっけ。
いや、切羽詰った時だったから忘れてたのかな。
でもブラックの今の言葉は、俺にとっては何だか妙に引っ掛かりを覚えた。
「ツカサ君早くう」
「う、うん……」
呼ばれて、ブラックの隣まで駆け寄る。
軽く相手を見上げるが、ブラックの表情は全く沈んでいなかった。
まるで、さっき言った事は取るに足らない事だとでも示すように。
…………どういう事なんだろう。
若い頃に色々有って毒に耐性のある体になったのかな。でも、それならもっと早く俺に教えてくれてるよな。そうじゃないって事は……もっと昔に会得したのか。
だとしたら、聞かない方が良いのかな。
まだ俺に話してくれない「ずっと昔のこと」に関わってるんだとしたら、その事を思い出してブラックがまた苦しんでしまうかも知れないし……。
ああでも気になる、やっぱ気になるよ。
“あらかたの毒”に耐性が有るって、やっぱ並大抵のコトじゃ無いし。武勇伝が有るのならぜひ聞いてみたい。異世界の冒険者の話が俺は大好きなんだ。
でも、ブラックの場合その「会得した何か」は武勇伝で語れる物ばかりじゃない。時に、封じたい過去を呼び起こしてしまう引き綱になってしまうのだ。それを考えると、気軽に質問したり話したりするのは良いのか考えてしまう。
ああもう、なんで聞けなくなっちゃうんだろ。ブラックだって「その事は話したくない」と教えてくれる程度には大人なのに。俺も前はズバズバ聞けてたのにな。
……俺、もしかして前より……ブラックを不快にさせるの怖くなったのかな。
でも、そうなっても仕方ないのかも。だって俺……前より、ブラックのこと……。
「……っ」
ち、違う違う。今のナシ。とにかく、今の話は深く聞かない方が良いんだろうか。
ブラックの過去を探るつもりは無いけど、こういう時にちょっと困る。
やっぱり、なんだかんだ大事だし……一緒に居たいから、ブラックが悲しむような事はしたくない。凄いなって思って「どうやって習得したんだ?」と聞きたくても、それが相手の心の傷に触れたらと思うと無暗に聞く事が出来なかった。
過去を語るか語らないかは、本人の自由だ。それを俺が強制する権利なんて無い。そもそも過去を聞こうが聞くまいが、ブラックはブラックなのだ。
例え、相手が人を不当に殺していたとしても、俺はもう離れる事なんて出来ない。首から下げているこの指輪を返す事なんて、もう出来なかった。
だから、聞かなくったって構わないと思ってたんだけど……なんだか最近は、それが少しだけ悔しい。ブラックの心の傷を受け止める甲斐性が無いと思われているんじゃないかって勝手に思ってしまって、自分の幼さに落ちこんでしまうのだ。
……俺だって、アンタが話してくれるなら……どんな事が有ったって大丈夫だって言う覚悟は出来てるのに。
アンタが俺の事を命懸けで守ってくれたように、俺だってアンタを守りたいのに。
…………でも、そんな事、恥ずかしくって口に出せないんだけどな……。
ううむ、こう言う所が甲斐性ナシなんだろうか。でも、は、恥ずかしくて……。
「ツカサ君?」
「うっ、あっ、な、なんでもない!!」
「んー? まあとにかくさ、僕がまず調べてみるからちょっと見ててよ」
うおお、あっ、あぶねえ。また考え込んでいた。
ブラックは俺の事に関しては更に聡くなりやがるからな……冷静でおらねば。
出来るだけ平静を装いながら、俺はブラックの行動を見守る事にした。
「ふーむ……白が混じってたり紫色が薄いのが薬効が薄いって事だから……コレが、一番毒性が薄そうだな」
そう言いながら、ブラックは明るい紫色に白の線が走ったパステルな花を根元から抜き取る。土がよほどサラサラしているのか、簡単に根っこまで引き抜けたようだ。
触れたら死ぬとも言われる花なのに、ブラックは良く平気だよな……。そう言えば最初に地下神殿に来た時も直で触ってたけど……やっぱりアレも毒物に耐性が有ったからなんだろうか。しかし、あのクレオプスレベルの毒を物ともしない体って……い、いや、考えないぞ。考えないんだからな。
自分と葛藤しながら、白い根っこをまじまじと観察するブラックを見ていると――何を思ったか、ブラックは急に土を落とした根っこに齧りついたではないか。
「ぶっ、ブラック!?」
驚くが、そんな俺に構わずブラックは根をしっかりと噛んでその場に捨てる。
かと思ったら、今度は大ぶりな葉っぱと花の一部を口に入れたではないか。
もう滅茶苦茶だ。致死量めっちゃ越えてるじゃないか!!
「んー?」
「ブラックばかっ、だ、誰もそこまでやれって言ってないだろ!? 死ぬぞ!!」
ペッしなさいペッ!!
慌てて近付いて口から葉っぱと花をもぎ取ろうとするが、ブラックは呑気そうな顔をして、まるで牛のようにゆっくりと咀嚼している。
いくら弱った花とは言えど、そこまで摂取したら死んじゃうかもしれないだろ。
俺は嫌だぞこんなので今生の別れになるのは!!
「んも~ツカサ君たら心配性だなぁ。大丈夫だよ、思った通りこの花はかなり弱っているみたいだね。他のより毒性が全然ないもの。これなら初心者のツカサ君でも平気だと思うよ! ささ、練習をはじめよう!」
「ほ……本当に大丈夫なのか……?」
「僕がツカサ君を残して死ぬわけないでしょ」
語尾にハートマークでも付きそうなくらいブラックは上機嫌だ。
って事は、本当になんともなかったんだろうか?
それなら良いんだけど、でもなんか心配だな……。
「無理とかしてない……?」
「えへ……そんなに僕の事心配してくれるのぉ? ツカサ君たら本当可愛いなぁ~」
「ばっ……だ、だって、毒草食べたんだから誰だって心配するだろうが!」
変な事を言うなと怒るが、ブラックは心底嬉しそうに微笑みながら……当たり前のように、俺を抱き締めて来た。
思わず見上げると、菫色の瞳が何だか光に揺れているような気がする。
見ていると、さっきよりも動悸が酷くなってきて、顔が熱くなった。そんな俺に、相手は目を細めて惜しげなく口角を上げて見せた。
「誰だって、じゃないよ。ツカサ君だけだ。僕の事をこんなに心配してくれるのは」
「え……」
「ふ、ふふ……ツカサ君……好きだよ……」
「……っ」
髪を撫でられて、息を飲んでしまう。
日常的にしている事のはずなのに……どうしてか、ドキドキして堪らない。
ブラックに抱き締められているだけで俺の方が卒倒しそうだった。
そんな俺の様子を見ていたブラックは、小首をかしげる。
「ねえツカサ君、僕ね、嬉しいんだ」
「……?」
「ツカサ君が僕と一緒の所に落ちて来てくれる……今からそれが叶うと思うと、凄く凄く凄く嬉しいんだよ。だって……ツカサ君は、僕の唯一の恋人だから……」
「ぅ……ぇ……えと……」
そ、そんな事を至近距離で言うな。何の話してんのそれ。
何も言えなくなって声が詰まる俺に、ブラックは微笑んだままキスをしてくる。
が……今日は、何故かその唇が触れた瞬間に、ぴりっとした刺激を感じた。
「ツカサ君……ツカサ君は、死なないもんね……? ずっと、永遠に……僕と一緒にいてくれるもんね? だから……誰も来れない所まで一緒に来て……」
「んっ……ん……!?」
なに、どういう意味。
混乱するが、閉じた俺の口にブラックの舌が割り入って来て、その舌から何かが喉の奥まで滴ったと思ったと、同時――――体が、勝手に大きく跳ねた。
「ん゛ん゛ん゛!?」
ビリビリする、体が震える、目が奥の方からガタガタするような感じになって、喉が、喉の奥から息が出来なくて、呼吸が苦しくなって来て、足の力が抜ける。
痛い、寒い、苦しい、いたい、痛い、それしか解らなくなる。
抱かれている筈なのに体の感覚が無くなってきて、目が、霞んで。
「あ゛っ、か、ぁ゛ッ、あ゛、あ゛ぁ゛あ゛……!!」
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だけど、もう、何も解らない。
「ツカサ君……ふふ、可愛いよ……。もっと、もっと苦しみを取り込んで、僕と一緒になろうね…………」
霞んでいく視界に、低く暗い声が聞こえる。
その声も、やがて誰かの悲鳴に掻き消されてしまった。
→
※次ブラック視点なんですけど物凄いゲスです(´・ω・`)注意
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