34 / 952
神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
夢と現実2
しおりを挟む――――昨日、地下神殿から帰って来た後で、俺達は改めてネストルさんから事のあらましを聞いた。……と言っても、内容は弱冠十歳のネストルさんが冷静に話せるのが不思議なくらいのものだったんだけど。
その内容は、まずネストルさんの家の事情から始まった。
エーリス領を治める一族……その領地の名を冠するエーリスという一族は、はるか昔から“とある奇病”に悩まされてきた。
それは、成人を過ぎると徐々に視界を闇に蝕まれ、やがては体まで衰弱していくと言う恐ろしい病だ。この不可解な病によって、エーリス家は代々妙な時期に若い領主が就任する不可解な領地となっていた。
無論、この事は王侯貴族会でも知られている事で、国王も代々「そのような一族」として、庇護の対象として来た。というのも、エーリス領には件の「貴重な薬草」があり、その恩恵を誰もが享受して来たからだ。
なにより、国境近くの高難易度なモンスターや面倒な外敵を退ける“盾”の貴族は、なくてはならなかった。だからこそ、面倒な一族であろうとも、今まで貴族の誰もがそれを当然とし、長い間当たり前の事として受け取られてきた。
もっとも、その病の原因は呪いなどという曖昧な類ではなく、風土病や地下神殿の【クレオプス】を採取する事から来る中毒によるものだと考えられていたが。
……だが最近、急にその病の侵攻が早くなった。
幾千年も変わらずエーリス家を蝕んできた病が、その牙を剥き一族を断絶させようとするかのように蠢き始めたのである。
その牙を最初に受けたのは、ネストルさんの父親だった。
まだ年若い二十八歳で、完全に失明し病に倒れるまではあと十二年もあったというのに、彼は既に他人の輪郭も危ういほどに目を侵され、その影響か瞬く間に衰弱し床に臥せってしまったというのだ。
“いつもの症状”だったことから、その病状がエーリス家の持病である事は解ったのだが、何故その病が急に力を増したのかは誰にも判らなかった。高名な医師でも薬師でも、その原因は判然としなかったのだと言う。
それもあってか、ネストルさんの父親の病状はさらに悪化して行った。
けれど、当然そのことを公にする訳にはいかない。
重要な輸出品である【クレオプス】を採取しないワケにも行かないし、荷を届けるのが遅れたら、とんでもない事になるかも知れないのだ。
そうなると黙って父親の床の傍で泣いている事も出来ず、それでネストルさんが名代として領地を動かしていたらしい。館に居るはずの執事が急に消えたり、メイドさんを見かけないのは、ほとんどが本当の領主のために奔走しているからだった。
……名代を頑張っている十歳のネストルさんを放置しているのはどうかと思うが、俺達の案内をするだけなら任せておこうって感じなんだろうか。
色々と思う所は有ったが、それはともかく。
この領主不在の状況に、エーリス家は大きなダメージを受けたが……そこに、更に追い打ちをかけるように【クレオプス】が薬効を失う怪異まで発生してしまった。
この原因も未だによく判っておらず、二つの大きなダメージを受けたエーリス領は、実質ガタガタの状態になってしまったらしい。そこに、俺達がタイミングよく「アルフェイオの報告」を持って来たことで……国王に「こいつらなら何とか出来るかも」と目を付けられてしまったらしい。
――――そんなワケで、最悪な状況のまま今に至る……とのことだったが。
「うーん……なんだか分からないコトだらけだよなぁ……」
もそもそとベストを着込みながら俺は首を傾げる。
ブラックは未だにトイレから戻って来ないが、まあそれはどうでも良い。むしろ、部屋に帰って来る前に用意を済ませておかねば。
手早く身支度を済ませつつ、昨日の事を改めて反芻する。しかし、正直な話、俺は今までの事の十分の一も解っていないような気がしていた。
……だって俺、長い話あんまり得意じゃないんだもんなあ……。人から聞いた長い話って、何故にこうも頭に入り辛いんだろう。
自分じゃ解ってる気になってたけど、やっぱりなんだかこんがらがっている。
今一度一つずつ思い出しながら、俺はポリポリと頭を掻いた。
「えーっと……要するに、ネストルさんのお父さんが重い病でヤバくて、そのうえ【クレオプス】もヤバい状態なんだよな。で、俺達は後者を解決するため呼ばれた、と。……なのに、何故俺はネストルさんの家の事情を考えてるんだろうな……」
ネストルさんの父親が臥せっていると言う情報や、エーリス家の持病の話なんかは、あの花の病の話は直接繋がっているってワケじゃない。
でも、どうやらネストルさんは「クレオプスが病気になっているから、父親の病状が酷くなった」と思ってるみたいだ。まあ、そう思ってなけりゃ、エーリス家が広めたくない代々の病の話を話して聞かせるなんてしないだろうしな……。
となると、あの花を元気にすれば父親の病状も軽くなるのか?
でも、聞いた話では【クレオプス】は“百眼の巨人”の呪いで生まれた毒花だよな。そんな花を元気にしたら、余計に領主さまは苦しまないだろうか。
そもそも、持病自体が「毒花に長く触れたが故の中毒」なら、むしろ花から離れた今の方が絶対に体にいいはずだしな。
それを考えると……本当に花の病気を治して良いのかな。
「でも、クレオプスが枯れちゃったら治療代もままならないんだろうし、ヘタしたら領地が潰れちゃうみたいだしなあ……。ネストルさんの父親の病気が治るにしろ治らないにしろ、あの花だけは枯らしちゃいけないって感じなんだろうか」
洗面室に行き、うすぼんやりした鏡に自分を映しながら顔を洗うが、モヤモヤした気持ちはスッキリしない。話が変にねじれているのもだけど、病状が悪化した事と、花に異変が起こった事がリンクしているのが気になって仕方が無かった。
「ぷはっ……。うーん……まあ、俺に出来る事をするしかないか……」
気になる事は有ったが、俺達にはどうしようもない。
そもそも【クレオプス】の病気を治せるかどうかすらも分からないってのに、軽々しくネストルさんの父親の事にまで口なんて出せるはずがないんだから。
「そうだよな、悩んでるヒマがあるなら、まず俺に出来る事をしなくちゃ。ネストルさんの父親を回復させるにも金が必要みたいだし……アレが一番大事だってんなら、俺達はそれを守ってやらなきゃな」
……泣きそうな顔で現状を話していた彼の為にも、約束を違える訳にいかない。
あんな小さな子供が、領主の代わりとして必死に頑張ってるんだ。例え頭脳が大人レベルだったのだとしても、情緒はまだ純粋なはずなんだ。
ネストルさんが立派に名代を果せるように、俺達がしっかり頑張らねば。
「…………にしても、何から始めればいいんだろう……?」
部屋に戻って来て、軽く腕を組む。
【クレオプス】自体の病気となると、やっぱりあのヤバい花を引っこ抜いて状態を調べなきゃいけないんだろうか。
でも、俺には毒花の成分分析なんて出来ない。元々高校生なんだから当たり前なんだけど、この異世界でも俺はまだまだレベルが低いからなぁ……。ここに、俺の知り合いである“世界最高の薬師”サマでもいれば、そういうのも簡単だったんだけど……はあ、俺も少しは曜術師として腕を磨かないとダメだな。
でも、俺がそう言う技術を習得するには時間がかかる。
思い当たる人物の他に、植物を分析できるような技術のある人がいればいいんだが……しかし、この花は出所を聞かれたらマズいわけだし……うーん……。
「つーかさくんっ」
「うわっ!?」
散々悩んでいる俺に、何かが覆い被さって来る。
何事かと驚いて振り返ると、そこには上機嫌でニヤついているブラックが……ってお前、さっきの怒りはどこに行ったんだよ。
「ツカサ君、なにウンウン唸ってるの?」
「何って……あの【クレオプス】って花をどうやって治したらいいのかなって……。俺、考えてみれば何も分析する手段を持ってないからさ……」
「ああ、そう言う事……。だったらとりあえず、食べてみれば?」
「えっ?」
なに、この人何言ってんの。
食べてみるって……毒花だぞ、アレは触れたら死ぬレベルの毒なんだぞ!?
訳の解らない事を言うなと目を剥くと、ブラックは意地悪な猫のように目を細め、実に嬉しそうに微笑んできた。……背筋がゾクリとするような、意味深な表情で。
「毒がまだ残ってるかどうか、薬として使えるのかどうか、知りたいんだよね?」
「そ、それもあるけど……」
「だったら、口に含んでみるのが一番だよ」
「っ、ん」
いつになく低い声で囁きながら、ブラックは俺の口を強引にキスで塞ぐ。
何も言えなくなった俺は反射的にブラックの服を掴んだが、相手は鼻息で軽く笑うと、俺の口を自分の唇で挟んで、閉じた唇の合せ目を撫でるように舌で舐めて来た。
「んっ、ぅっ、んんっ……!」
「んふっ……ツカサ君の唇って、ホント柔らかくて最高……」
ねっとりとした口調でそう言われて、思わず体がカッと熱くなる。
目の前に綺麗な菫色の瞳があって、いつも見ているはずなのに心臓がドキドキして来る。伸びきった無精髭とだらしない顔は、格好良さの欠片も無い。そのはずなのに――悔しいけど、やっぱり……美形は美形で。
どんな格好悪い姿でも、見つめられたら顔が熱くなって仕方が無かった。
でも、そんなの素直に言えるワケがない。
恥ずかしくて、言えたもんじゃ無かった。
「あ、あのなぁ……」
「……大丈夫、僕に任せて……。上手く行けば、ツカサ君の木の曜術師としての技術が向上するかもしれないし」
「お、俺の技術……?」
変な方向に話が飛び火したな。
だけど、花の成分が判ると同時に俺の曜術師としてのスキルが上がるんだとしたら――――危なくても、やってみた方がいいのかな……?
→
※次ちょっと酷いかもご注意ください
ツカサが苦しんでるのを性的に楽しむブラックです(´・ω・)
21
お気に入りに追加
1,010
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!


【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる