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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
夢と現実2
しおりを挟む――――昨日、地下神殿から帰って来た後で、俺達は改めてネストルさんから事のあらましを聞いた。……と言っても、内容は弱冠十歳のネストルさんが冷静に話せるのが不思議なくらいのものだったんだけど。
その内容は、まずネストルさんの家の事情から始まった。
エーリス領を治める一族……その領地の名を冠するエーリスという一族は、はるか昔から“とある奇病”に悩まされてきた。
それは、成人を過ぎると徐々に視界を闇に蝕まれ、やがては体まで衰弱していくと言う恐ろしい病だ。この不可解な病によって、エーリス家は代々妙な時期に若い領主が就任する不可解な領地となっていた。
無論、この事は王侯貴族会でも知られている事で、国王も代々「そのような一族」として、庇護の対象として来た。というのも、エーリス領には件の「貴重な薬草」があり、その恩恵を誰もが享受して来たからだ。
なにより、国境近くの高難易度なモンスターや面倒な外敵を退ける“盾”の貴族は、なくてはならなかった。だからこそ、面倒な一族であろうとも、今まで貴族の誰もがそれを当然とし、長い間当たり前の事として受け取られてきた。
もっとも、その病の原因は呪いなどという曖昧な類ではなく、風土病や地下神殿の【クレオプス】を採取する事から来る中毒によるものだと考えられていたが。
……だが最近、急にその病の侵攻が早くなった。
幾千年も変わらずエーリス家を蝕んできた病が、その牙を剥き一族を断絶させようとするかのように蠢き始めたのである。
その牙を最初に受けたのは、ネストルさんの父親だった。
まだ年若い二十八歳で、完全に失明し病に倒れるまではあと十二年もあったというのに、彼は既に他人の輪郭も危ういほどに目を侵され、その影響か瞬く間に衰弱し床に臥せってしまったというのだ。
“いつもの症状”だったことから、その病状がエーリス家の持病である事は解ったのだが、何故その病が急に力を増したのかは誰にも判らなかった。高名な医師でも薬師でも、その原因は判然としなかったのだと言う。
それもあってか、ネストルさんの父親の病状はさらに悪化して行った。
けれど、当然そのことを公にする訳にはいかない。
重要な輸出品である【クレオプス】を採取しないワケにも行かないし、荷を届けるのが遅れたら、とんでもない事になるかも知れないのだ。
そうなると黙って父親の床の傍で泣いている事も出来ず、それでネストルさんが名代として領地を動かしていたらしい。館に居るはずの執事が急に消えたり、メイドさんを見かけないのは、ほとんどが本当の領主のために奔走しているからだった。
……名代を頑張っている十歳のネストルさんを放置しているのはどうかと思うが、俺達の案内をするだけなら任せておこうって感じなんだろうか。
色々と思う所は有ったが、それはともかく。
この領主不在の状況に、エーリス家は大きなダメージを受けたが……そこに、更に追い打ちをかけるように【クレオプス】が薬効を失う怪異まで発生してしまった。
この原因も未だによく判っておらず、二つの大きなダメージを受けたエーリス領は、実質ガタガタの状態になってしまったらしい。そこに、俺達がタイミングよく「アルフェイオの報告」を持って来たことで……国王に「こいつらなら何とか出来るかも」と目を付けられてしまったらしい。
――――そんなワケで、最悪な状況のまま今に至る……とのことだったが。
「うーん……なんだか分からないコトだらけだよなぁ……」
もそもそとベストを着込みながら俺は首を傾げる。
ブラックは未だにトイレから戻って来ないが、まあそれはどうでも良い。むしろ、部屋に帰って来る前に用意を済ませておかねば。
手早く身支度を済ませつつ、昨日の事を改めて反芻する。しかし、正直な話、俺は今までの事の十分の一も解っていないような気がしていた。
……だって俺、長い話あんまり得意じゃないんだもんなあ……。人から聞いた長い話って、何故にこうも頭に入り辛いんだろう。
自分じゃ解ってる気になってたけど、やっぱりなんだかこんがらがっている。
今一度一つずつ思い出しながら、俺はポリポリと頭を掻いた。
「えーっと……要するに、ネストルさんのお父さんが重い病でヤバくて、そのうえ【クレオプス】もヤバい状態なんだよな。で、俺達は後者を解決するため呼ばれた、と。……なのに、何故俺はネストルさんの家の事情を考えてるんだろうな……」
ネストルさんの父親が臥せっていると言う情報や、エーリス家の持病の話なんかは、あの花の病の話は直接繋がっているってワケじゃない。
でも、どうやらネストルさんは「クレオプスが病気になっているから、父親の病状が酷くなった」と思ってるみたいだ。まあ、そう思ってなけりゃ、エーリス家が広めたくない代々の病の話を話して聞かせるなんてしないだろうしな……。
となると、あの花を元気にすれば父親の病状も軽くなるのか?
でも、聞いた話では【クレオプス】は“百眼の巨人”の呪いで生まれた毒花だよな。そんな花を元気にしたら、余計に領主さまは苦しまないだろうか。
そもそも、持病自体が「毒花に長く触れたが故の中毒」なら、むしろ花から離れた今の方が絶対に体にいいはずだしな。
それを考えると……本当に花の病気を治して良いのかな。
「でも、クレオプスが枯れちゃったら治療代もままならないんだろうし、ヘタしたら領地が潰れちゃうみたいだしなあ……。ネストルさんの父親の病気が治るにしろ治らないにしろ、あの花だけは枯らしちゃいけないって感じなんだろうか」
洗面室に行き、うすぼんやりした鏡に自分を映しながら顔を洗うが、モヤモヤした気持ちはスッキリしない。話が変にねじれているのもだけど、病状が悪化した事と、花に異変が起こった事がリンクしているのが気になって仕方が無かった。
「ぷはっ……。うーん……まあ、俺に出来る事をするしかないか……」
気になる事は有ったが、俺達にはどうしようもない。
そもそも【クレオプス】の病気を治せるかどうかすらも分からないってのに、軽々しくネストルさんの父親の事にまで口なんて出せるはずがないんだから。
「そうだよな、悩んでるヒマがあるなら、まず俺に出来る事をしなくちゃ。ネストルさんの父親を回復させるにも金が必要みたいだし……アレが一番大事だってんなら、俺達はそれを守ってやらなきゃな」
……泣きそうな顔で現状を話していた彼の為にも、約束を違える訳にいかない。
あんな小さな子供が、領主の代わりとして必死に頑張ってるんだ。例え頭脳が大人レベルだったのだとしても、情緒はまだ純粋なはずなんだ。
ネストルさんが立派に名代を果せるように、俺達がしっかり頑張らねば。
「…………にしても、何から始めればいいんだろう……?」
部屋に戻って来て、軽く腕を組む。
【クレオプス】自体の病気となると、やっぱりあのヤバい花を引っこ抜いて状態を調べなきゃいけないんだろうか。
でも、俺には毒花の成分分析なんて出来ない。元々高校生なんだから当たり前なんだけど、この異世界でも俺はまだまだレベルが低いからなぁ……。ここに、俺の知り合いである“世界最高の薬師”サマでもいれば、そういうのも簡単だったんだけど……はあ、俺も少しは曜術師として腕を磨かないとダメだな。
でも、俺がそう言う技術を習得するには時間がかかる。
思い当たる人物の他に、植物を分析できるような技術のある人がいればいいんだが……しかし、この花は出所を聞かれたらマズいわけだし……うーん……。
「つーかさくんっ」
「うわっ!?」
散々悩んでいる俺に、何かが覆い被さって来る。
何事かと驚いて振り返ると、そこには上機嫌でニヤついているブラックが……ってお前、さっきの怒りはどこに行ったんだよ。
「ツカサ君、なにウンウン唸ってるの?」
「何って……あの【クレオプス】って花をどうやって治したらいいのかなって……。俺、考えてみれば何も分析する手段を持ってないからさ……」
「ああ、そう言う事……。だったらとりあえず、食べてみれば?」
「えっ?」
なに、この人何言ってんの。
食べてみるって……毒花だぞ、アレは触れたら死ぬレベルの毒なんだぞ!?
訳の解らない事を言うなと目を剥くと、ブラックは意地悪な猫のように目を細め、実に嬉しそうに微笑んできた。……背筋がゾクリとするような、意味深な表情で。
「毒がまだ残ってるかどうか、薬として使えるのかどうか、知りたいんだよね?」
「そ、それもあるけど……」
「だったら、口に含んでみるのが一番だよ」
「っ、ん」
いつになく低い声で囁きながら、ブラックは俺の口を強引にキスで塞ぐ。
何も言えなくなった俺は反射的にブラックの服を掴んだが、相手は鼻息で軽く笑うと、俺の口を自分の唇で挟んで、閉じた唇の合せ目を撫でるように舌で舐めて来た。
「んっ、ぅっ、んんっ……!」
「んふっ……ツカサ君の唇って、ホント柔らかくて最高……」
ねっとりとした口調でそう言われて、思わず体がカッと熱くなる。
目の前に綺麗な菫色の瞳があって、いつも見ているはずなのに心臓がドキドキして来る。伸びきった無精髭とだらしない顔は、格好良さの欠片も無い。そのはずなのに――悔しいけど、やっぱり……美形は美形で。
どんな格好悪い姿でも、見つめられたら顔が熱くなって仕方が無かった。
でも、そんなの素直に言えるワケがない。
恥ずかしくて、言えたもんじゃ無かった。
「あ、あのなぁ……」
「……大丈夫、僕に任せて……。上手く行けば、ツカサ君の木の曜術師としての技術が向上するかもしれないし」
「お、俺の技術……?」
変な方向に話が飛び火したな。
だけど、花の成分が判ると同時に俺の曜術師としてのスキルが上がるんだとしたら――――危なくても、やってみた方がいいのかな……?
→
※次ちょっと酷いかもご注意ください
ツカサが苦しんでるのを性的に楽しむブラックです(´・ω・)
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