異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編

17.虹を呼ぶ巫子

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 服のすそをつまみ、美しい金の刺繍ししゅうを広げながら、碁盤のように白い石が敷き詰められた円形の舞台で跳ぶ。

 そう、これは踊りではあるが、俺が知っている優雅な物とは違っていた。

「――――っ……」

 一歩踏み出した後は、三マス横の床石を踏むように跳び移り、回りながら再び元の場所へ顔を向けてその一歩先へと飛び出る。
 前方、後方、右へ飛んだと思ったら左へと誘われ、爪先で必死にバランスを取り、金の装飾がしゃらしゃらと揺れるわずらわしさを振り切ってすそを広げる。

 つまむ手はじわりと汗がにじみ、跳ぶたびに汗が散ってまとっている布がふくなびく。
 無茶な動きをしているのは自分でも分かっているし、正直な話いっぱいいっぱいだったが、それでも踊りはやめられなかった。

 脚力強化が出来るの【ラピッド】を使えばもっと楽なのだが、今回ばかりはそうもいかない。この踊りは、己の体力の身でこなさなければいけないのだ。
 だからこそ、運動音痴の俺がこんなに必死に飛び回っているのだ。

「はぁっ……はっ……」

 しゃらん、しゃらん、と耳元で音が鳴るが、その音を轟音が掻き消していく。
 必死で手順を繰り返し続ける俺の視界の端では、今も戦いが続いているのだ。赤い閃光が走ったかと思うと、その色よりも何倍もよどんだ赤が花開くように噴き出し何かが落ちる音がした。
 怒号の後に響く獣の叫び声も途切れる事は無く、遥か下の方からも同じような声が聞こえている。……きっと今は、あの鮮やかなはたや屋根を掲げる村も、ここと同じように血に染まっているのだろう。

 その血が村人の物になるのは、絶対に避けたい。
 異形の姿をしたモンスター達は、倒しても倒しても崖を登って来る。そんな奴らを根こそぎ征するブラックとギルナダを視界に捉える度に、その思いが強くなった。

 俺の苦労なんて、今戦っている人達に比べたらチンケなもんだ。
 こうやって踊るだけで霧が復活するんだから楽勝だと思え。甘えんな、息が切れて足がもつれたって踊り続けろ、それだけがこの村を真に救えるのだから。

 そう思うけど、しかし何度も繰り返している内に本当に足がもつれて来る。
 地面に爪先つまさきを着けるたびに、皮膚が爪に食い込み熱を持つ。足の裏の皮膚の感覚がおかしくなっているのか、散々歩き回った後に感じる“足裏にカサついた薄い皮が引っ掛かっているような違和感”が強くなってきて、がくがくとひざから下が震えた。

 腿が内側も外側もるような痛みを微かに覚えている。
 だけど、一向に“神のとばり”とやらは発動してくれない。何故だ。教えて貰った通りにやっているつもりなのに、どうしてここまでやって発動しないんだ。

 まさか信心が足らない……なんて事は無いだろうし、教えて貰った手順は間違っていないはずだ。ムアンさんが言っていたように「加護の産物ではない」としたら、俺に何かが足りないとでも言うのだろうか。

「はぁっ、は……ふあっ!? あ゛う゛ッ」

 考えながら飛んでいたせいか、ついにつまずいて俺は頭からその場に倒れ込んでしまった。ゴツンとか凄い音がして思わず頭が痛みに揺れたが、ひたいを抑えて必死に耐える。こんな情けない所をブラックとギルナダにみせらんないよ。

「ぐっ……はっ、はぁっ、ゲホッ……っ、ぐふっ……」

 せきが出て来るのを抑え、荒くなる呼吸をなんとか抑える。
 汗は肌どころか布にまで染みているようで、じっとりと貼り付いてて不快だ。
 だけど、そんな事に構っていられない。そんなことより、何故霧が再び発生しないのか考えなければ。ああ、でも、痛すぎて視界がにじんでちょっと視認が……。

「うぅう……っ」

 チクショウ、なんで俺って奴は毎度毎度情けない事ばっかりやらかすんだ。
 頭を打ったせいでもう目の前がブレブレだよ。こんな事をしてる場合じゃないのに……。何だかもう自分の間抜けさがくやしくて歯を噛み締めていると、頭の打ち所が悪かったのか、周囲の色が混ざって床にまで色が付いているように見えてきた。

 ああもう、なんだってこんな事に一々痛がってんだ俺は。
 そんな事より、早く立て直さないと。自分をあわれんでいるひまはないんだ。とにかく発動させるまで踊り続けないと。そう思い、痛みに滲む目をこすって再び舞台を見る。
 すると、そこには――――

「え……」

 いくつかのマス目が、それぞれの色に煌々と光っている光景が、在った。

「なに、これ」

 赤、青、緑、だいだい、白、それに黄色。
 それぞれ何色かが色々な所にばらけてかすかに光っている。
 マスとして敷き詰められた石材の内部から光が漏れているのだろうか。先程さきほどは解らなかったが、意識して見ようと思うとその光はさらに明確になったような気がした。
 そこで、俺はハッと気付く。これは曜気との光なのだと。

 まさかコレが意味も無く光っているワケも有るまい。と言う事は、この光は少なくともやしろに関係のあるもののはずだ。そう思ってやしろの方を見ると、この舞台を囲んでいる七つの柱がそれぞれの光にほのかに染まっていた。
 先程の六色に加えて、紫の七色。全ての柱が虹を作るように輝いている。

 それらの柱の中央に位置するやしろも、うっすらとまばゆさを放っていた。

 ――――この光と、さっきの踊り……そう言えば……それぞれの光の床を、特定の順番に踏むように踊っていなかっただろうか?

「ってことは……もしやあの踊りが“神のとばり”を起動させるスイッチなのか……?」

 断定はできないけど、でも、関連があるとしたらそうとしか思えないよな。
 でも待てよ、何度踊っても“神の帳”たる霧の壁は発生しなかったんだぞ。さっきの踊りがスイッチだとすれば、どうして発動しなかったんだ。
 考えて、一番近くにある黄色に光るマスの床に触れると……少し、体から何かが引っ張られるような感覚がした。

「…………」

 もしかして、曜気が足りないって事なのか?
 だから、霧が発生しなかったとでも言うのだろうか。

 でもそんな事なんてあるのかな。いや、あの鏡が曜具と同じ物だとすれば、曜気が切れて使えなくなってしまったってこともあるのかも。
 俺達の世界で言えば、電池切れって奴だ。
 もしこれが「加護」ではなく「曜具」の仕業なら……とにかくやってみよう!

「よ、よしっ……もう一回……!」

 ふらふらと立ち上がったと同時、再び何かが噴き出すよう名凄まじい音を立てて、視界の端で巨大な何かが倒れる。
 それを「邪魔だ」と軽々と蹴飛ばす音が聞こえた。
 ああ、聞こえる。ブラックの悪態も、ギルナダの驚いたような声も、崖に落とされた「何か」に巻き込まれて奇声を上げながら落ちて行く異形の雄叫びも。

 全部、聞こえている。まだ終わってないんだ。

「――――っ」

 最初の位置に戻り、深く息を吸う。
 ……さっきよりもキツいダンスになるかもしれない。でも、そんなの今更だ。
 足が擦り切れても失神しても、絶対にやりきってやる。

 肺いっぱいに空気を吸い込み、一度盛大に吐き出すと――俺は、一歩先にある“赤く光るマス“に、炎の曜気”を送るイメージを作りながら、足を力強く踏み込んだ。
 瞬間、地面を踏んだ俺の足裏の隙間から業火のような赤々とした光が勢いよく噴き上がり、赤のマスが更に強く照り返し始めた。

「よしっ……やっぱりこれだ……!」

 次は三マス横、緑の光。木の曜気を踏む力でそそぎ込む。
 振り返り一歩先の白い光に金の曜気、橙色、土の曜気、青は水の曜気、跳んだ先に今にも消えそうな黄色……いや、金色の光である大地の気を与える。

 力を注ぐたび、体から何かが抜けて行く脱力感が体を襲うのに、どうしたことか足は止まらない。まるで自分の体じゃないみたいに、求められる方へ体が動いて行く。
 あれほど息が苦しかったはずなのに、もう今は苦しくない。

 求められる“気”を注ぐために跳ぶ自分と、必死に頭の中でイメージを作る自分が剥離はくりしているみたいで、まるで自分が踊っているとは思えなかった。
 もしかしてこれが、本来の“奉納の舞”というものなのだろうか。

 淡い光のマスはどんどん埋まっていく。
 それと同時に七つの柱にも下から強い光が上がっていき、俺が服のすそを空気にふくらませて踊り続けるたびに、全てが強く勇ましい光に満ちて行った。

 もう、自分の鼓動と装飾が揺れる綺麗な音以外には、何も聞こえない。
 目の前の光のマスが、自分を下から照らすほどに強くなっていく。

 あと一つ。最後のマス。
 ほのかに光る金色の床へ、ありったけの力とイメージをめて――踏み込む。
 ――――刹那。

「――――……ッ!!」

 大地が、小刻みに揺れる。
 思わずその場にひざをついた瞬間、七つの柱が目を覆うほどの強い光を放ち、その光を空へと放出し始めた。晴れた青空をものともしないほどに、強く輝く光で。

「なっ、なんだ!?」
「これは……っ!」

 ブラックとギルナダの驚いたような声が聞こえる。
 だが、その声を後から掻き消すように、そこかしこから断末魔の悲鳴が上がった。
 何事かとその方向を見やると、ブラック達が今まで戦っていた異形達が頭を振って苦しんでいるではないか。まさか暴走でもするのかと思ったが、しかしモンスター達は人間に焦点を合わす事すらも出来なくなったのか、後退あとずさりながらガクガクと震え――――そのまま、崖の下へと次々に落ちて行ってしまった。

「は……ぁ……」

 まるで、光に恐れをなしたかのようだ。

 空を見上げると、天に登った七つの光は中央へとまとまり、まさに虹の橋へと変貌していた。おお……なんという凄い光景だ……そこから紅白の歌手とか降りてきそう。

「つ、ツカサ君なにしたのこれ!?」
「おっ、おい、こんなの聞いてないぞ! 踊りで何故こんな……っ」

 敵が居なくなって手持無沙汰てもちぶさたになったのか、ブラックとギルナダがへたり込んだ俺に近付いて来る。しかし俺は先程の事で力を使い切ってしまったのか、立ち上がる事すらも出来ない。それどころか汗だくでちょっと今近付いて欲しくない。

 ともかく、一気に気が抜けてしまった俺だったのだが……そんな俺を余所よそに、虹の橋はその集束した光の道をやしろへとそそいでいく。

「あ…………」

 虹を受け止めたやしろは、七色の光全てを取り込んで――――
 その光を、凄まじい風に乗せて一気に周囲へと振りまいた。

「うわっ……!!」
「くっ、なっ、なんだこれ……!!」

 俺とギルナダは強風と共に間近にせまって来た光に耐え切れず、反射的に顔を腕でおおってしまう。だが、ブラックは光に恐れなかったようで。

「っ……! つ、ツカサ君見て!」
「えっ……?」

 言われるがままに、そっと腕を外して周囲を見やる。すると、そこには……思っても見ない光景が広がっていた。

「あ…………き、霧が……」

 様々な色に輝く光の粒子が、雪のようにゆっくりと散り落ちて行く。
 その光は徐々に空気と混ざり、地上に近付くたびに白いもやとなって噴き上がって行った。消える事も無く、高く、高く。
 これは……まがう事無ききりだ。霧が、村を覆って行く。

「これが……あの“神のとばり”…………」

 なんて光景だ。虹の光が霧になって、村を隠していくだなんて。
 霧は様々な力をって作られ、長い間ずっとこの村を守って来たのか。
 だから、あの異形達からも村を隠し通せていたんだな……。

「これで……助かった、のか……?」
「そうみたいだな……」

 自分で言って、思わずホッと息を吐いてしまう。
 これでもう異形達がこの村に来る事が無いのだと思うと、さらに力が抜けるようだった。そんな俺に、ブラックが何だか小難しい顔で近付いて来る。

「…………ツカサ君……」
「な、なんだよ」

 じろじろと人の体を上から下まで見つめる相手に、思わず慄く。
 すると、ブラックはにんまりと顔を緩めた。

「汗で透けててすっごいえっちだねぇ!」
「え?」

 エッチって……う、うわあ!? 服が透けてっ、あっ、そ、そうか汗!!
 汗で白い薄い服が透けて乳首が……ってバカー!!

「男の乳首を見てなにを喜んどるんじゃおまえはー!!」
「えー!? だってツカサ君の乳首だよ、透け乳首だよ!? 珍しいなんてモンじゃないじゃないか! これはしっかりおがんでおかないと……」

 などと、ブラックが世迷言よまいごとを力説していると、背後で誰かが大きく足をずらした。

「ぶっ……!」

 そして……なにかを噴き出すような音が……って、これギルナダか。
 どうしたんだろうかと振り返ると、そこには……鼻血を必死に押し隠そうとして、手で顔を覆っているギルナダの姿が…………。

「いや、お前……」
「すっ、すまねえ、すまねえツカサ……!! だ、だってオラ、お前がメスだなんて、今までおっ、思ってなくて……!!」
「………………」

 ………………。

 なるほど。ギルナダは今、なにかよくわからん気付きによって、俺をようやくメスだと認識したんだな。俺自身もよく解らん、何かの気付きによって……。
 は、ははは……この世界って、マジで謎だ。
 なんでこいつらは、こんなに男らしい俺をメスだと認識するのかね……。

 ギルナダの慌てっぷりにさっきまでの感動も安堵も引っ込んでしまった俺は、ただただその事にゲンナリするのだった。












※ちょっと遅れてしまって申し訳ないです…(;´Д`)

 
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