異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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謡弦村アルフェイオ、陽虹を招くは漆黒の王編

11.この世界の常識は俺の世界とは違い過ぎる

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 チート物やら最近の現地主人公なファンタジーでは、美少女奴隷が見世物のようにおりの中に入れられて、街中で辱められているシーンがある。

 まあ辱められると言っても、大体が薄い布をまとってたり全裸だったり、病気で醜くなった姿を周囲にさらされて、値踏みするような声を掛けられる感じなのだが……それでも、彼女達にとってそのシーンは耐えがたい屈辱だっただろう。
 どうせ後で主人公に助けられるんだけどな。しかも処女のままで。

 まあそこはお話なので、ご都合主義としておくとして……。
 しかし、話の中の美少女奴隷ってのも大概だ。大抵が美少女エルフだったり美少女獣人だったり、借金や陰謀で奴隷落ちした王女様大魔導師様に賢者様、罠にかかった美女モンスター娘とか珍しい所では妖精様が捕えられていたりするのだから、人間の欲望ってのは際限がない。

 いや、ただ単にアレはテンプレで、奴隷の種類が違うのも描いてる人の好みだろうし、それを知ってるくらいに読んでる俺も俺なんではあるが……ともかくそれを思うと、俺は彼女達の気持ちを痛感してしまい、今まで「奴隷ヒロインキター!」なんて思っていた自分をぶん殴りたくなってしまうのである。

 なんでかって……今俺が、その美少女達と似たような事になってるからだ。

「おい、服脱いでみろよ“おみやげ”ちゃん」
「チッ、薄暗くてよく見えねぇな。誰かもっと蝋燭もってこい蝋燭!」
「いーなー、ガキの体した奴なんて滅多にいねえし一度は試してみてぇなあ」

 ………………これである。
 あの時、誰かの声で凌辱を免れた俺は、眠ったフリのままで洞窟に掘られた穴倉のような牢屋にぶちこまれた。そうしてようやく目を開けられたと思った矢先に、檻の向こう側から盗賊の子分達に散々な言葉を吐きかけられているのだ。そりゃあもう、やらしい言葉ばっかり。

 はあ、それにしても辛い。盗賊達の下品なヤジにこうして耐えていると、お話の中の美少女奴隷達がどれだけ心細かったか判る。

 俺はイライラするだけだが、繊細で可愛い彼女達だったなら、この状況に恐怖してぐすぐすと泣いてしまっていたに違いない。でもそうなっても仕方ないだろう。
 だって、完全に慰み者としてしか見られてないんだもんな……家畜以下の扱いじゃないだろうかこう言うのは……いや奴隷なんだから当然なんだけどさ。

 しかし、こうして檻の向こう側から下卑げびた声を吐きかけられ、舐めるように上から下まで観察されるのは、非常に気分が悪い。男の俺でも精神がむしばまれる。
 こんな絶望的な状況じゃ、泣かない女の子の方が珍しいだろうさ。男奴隷だったら普通に体力的な事を理性的に値踏みされたり、あなどられるだけだっただろうしな。
 下卑た言葉だって、ただの軽い悪口でしかなかっただろう。

 だが、今俺が受けている悪口は、別に「侮られている」からではない。
 俺はこの世界で言う所の「メス」に見えるらしいので、盗賊達は本気で「本来女性に向ける為の下卑た言葉」を俺に吐きかけているのだ。

 ………………。
 いや、冗談とかではなく、ワリとマジで。大マジで……。

 ……この世界は、どうも男と女という肉体的な性別の他に、メスという「妊娠可能な性別」と、オスという「妊娠させる性別」が存在するらしい。
 つまり、妊娠する男もいれば、相手を妊娠させるメスもいるってことなのだ。

 そう。
 驚く事に、この世界では、明確な男女の差が「肉体的な構造」しかないのである。
 言葉も性格も、性的積極性すらも。

 …………いや、本当にマジで。夢とかじゃなくてね。俺もこの件だけは夢だと思いたいけどさ……でも本当なんだから仕方ない。
 この世界では、本当に女すら「オス」として生まれてくるんだよ。
 女なのに「オス」な子がいるし、男も「メス」として生まれる奴がいるのである。

 例え「女々しい」という言葉があっても、その「女」が差すのは「メス」だ。女性と言う性別にメスが多いからそうなるだけで、女を指さないわけではない。女性であっても、男性と同じ精神や力を持つ者が多く存在し、この世界で生きているのだ。

 だから、俺は「メス」扱いされる。
 いまだにソレを見た目で判断する基準ってのは解らないが、ブラック達から見れば俺は「メス」にしか見えないのだそうで……本当に度し難い。
 それゆえに俺は今、美少女奴隷に向けられるような下卑たいやらしい言葉を直球で吹きかけられているのである。……ここは、そう言う世界だからな。

 ああそうだ。それが普通だ。
 ここは俺の世界とは違い、女が男をはらませ、同性で子を作る事も出来るという……もう、何だか頭が痛い異世界なのだ。だから、彼らは変態ではないのである。
 むしろ、メスと認識されているのにオスだと言い張る俺の方が変らしい。

 ここでもう頭が痛くなるが、俺もいまだに飲み込めてないので許して欲しいと思う。
 だって俺は男なのに、男に「女」として発情されてんだぞ。何だよコレ。
 冗談とは全く違うガチの性欲を感じる勢いだから余計わけわかんねえんだよ。

 この件だけは、やっぱり長く旅をしていようが一ミリも理解が出来ない。俺がに帰れるようになってからは、余計に違和感が加速してしまっていた。

 ……なにせ、元の世界に帰りさえすれば、俺は本当に普通の「男」なんだからな。
 はあ……なんでこう、俺が飛ばされた異世界は色々“違い過ぎる”んだろう。

 でもまあ、美少女奴隷に思いをせた事で、俺の女性に対する優しさは一つレベルアップしたから結果オーライだけどな! これでまた一歩モテ男に近付いたぜ。

 しかし今度は逆に、簡単に好みの美処女をゲットしたチート主人公や現地主人公への憎しみが増してしまった。野郎ども、イージーモードでゲットしやがって……。
 やっぱりイケメンは死すべしだ。ちんこもげてしまえ。
 いや、こんな事を考えている場合では無くて。

「おいおい、こっちにらんでるぜ。カワイ~」
「遠目じゃパッとしなかったけど、そそる顔してんじゃねえか」
「あ~、モッタイねぇ……このまま売っちまうのかよ。どうせ処女じゃねンだから、俺達が頂いたっていいのになぁ」
「バカ知らねえのかよ、ケツは日数置けばまた処女の締まりになんだぞ。ムアン様は売る前にいい具合に整えておこうって腹積もりなんだよ」
「マジかよ最高じゃん」

 俺は最悪なんだが。括約筋切れたらお前それ殺傷沙汰だぞコラ。
 ゆるゆるのケツ穴とかどう考えても怪我なんだから回復薬かけて直せバカ。
 ていうかなんだその下拵したごしらえみたいな考えは!

「用が無いならあっち行けよ」

 メス扱いと同時に、もう同性愛なんだか違うのかよく解らん会話を平然と同性から聞かされて心底ゲンナリしたので、頼むから向こう行ってくれと俺は再度睨んだ。
 もう殴らんから、さっさとどっかに行ってくれマジで。

 そんな切実な思いを込めてぶっきらぼうに言うが、俺に興味津々な子分達は檻の格子こうしから離れてくれない。むしろ余計に興味を引いてしまったようだ。
 く、クソッ、自分がいざこうなるとどうしたら良いか解らんぞ。

「へへ、可愛い声してんじゃねえか。あー、どうせなら一発お願いしてえなぁ」
「震えて睨んじゃって、ホントたまんねぇな……もう奴隷の首輪つけちまおうぜ」
「おみやげちゃんこっち来いよ、メスのお前らが大好きな熱いオス汁をみんなで沢山ぶっかけてやっからよぉ」

 ……さしもの俺も殺意が芽生えて来るな。
 エロ漫画なら大興奮したところだが、自分がこんな事を言われたら殺意しか芽生えないから人間って奴は不思議だ。こんなんで恥ずかしがる男がどこにおるかい。

 だあっチクショウめ、俺のチート能力たっぷりの曜術で締め上げたいところだが、でもここで暴れたら首謀者が判らなくなるしぃいいい!

「何をしているんです。さっさと持ち場に戻りなさい」
「あっ、むっ、ムアン様! へ、へい、すいやせんでした……!」

 おやっ、急に盗賊達が檻から離れたぞ。
 それと同時に蝋燭の明かりまで持って行かれて、周囲が真っ暗になってしまったが――――すぐに、ぼんやりとした丸い灯りが近付いてきた。

 なんだろうかと黙って見ていると……灯りと共に陰が動き、誰かが外の燭台に火を移した。そうして、更に光量が増した俺の檻の前に現れたのは……見た事のない人だった。

「目が覚めたようですね。……なるほど、やはり美しい蜜色の瞳だ」
「…………」

 背が高くて、ひたいが丸出しなほどの短くざんばらに切られた乳緑色の髪。
 肩幅は広く首が太くて男らしいけど、睫毛まつげが凄く長くて、きりっとした眉と伏し目がちな紅暗色の瞳が印象的だった。凄く、綺麗な顔立ちだ。

 だけど、額の中央や頬には部族の人がよくやるボディペイントのような文様が飾りつけられていて、首から下を覆うローブと対照的な派手さだった。

「君の名前は、何かな」

 少し低くてかすれた声で問われて、迷う。
 だけど何故か口が無意識に動いて、俺はついうっかり喋ってしまっていた。

「つ……ツカサ、です」

 小さくそう言うと、ムアンと呼ばれた人の目が少しだけ笑う。
 その様子に思わずドキリとして、俺は自分の胸をつかんだ。

「怖がらなくて良い。君は、私にとっての大事なだ。やっと見つけた……。あの下卑た盗賊達の言うがままに、むざむざ売りはしないさ」
「え……で、でも、貴方も盗賊の一味……なんですよね……」

 っていうか“イスゼル”ってナニ?

 色々唐突でワケが解らなくて顔を歪める俺に、ムアンという……えっと……その人は、ほんの少しだけ笑ったような感じになった。

「全ては大願成就のために。……君がいるなら、もう他はいらないかな。ああでも、一応“お礼”は必要か……仕方がないな……。縁は……切らなければ」

 声を低く潜めてそう言いながら、ムアンという人は座り込んでいた俺の前で片膝かたひざを地面に付く。そうして、今度こそニコリと“目だけ”を笑ませた。

「言う通りにすれば、街へ帰してあげます。……なに、別に難しい事は要求しない。貴方にはイスゼルを請け負って貰うだけだ。そうすれば……自由だ」
「………………」

 目の前に来た事で、俺はハッキリと相手が“どんな人”か解った。
 少し浅黒い肌。ひざまずいた時の動き。再び立ち上がるその姿を見て、確信したんだ。俺ほどの男が解らない訳がない。この人は……いや、彼女は、女性だ。

 巧妙に男に見せているが、その顔の女性的な美しさは俺にはわかーる!
 男に感じないこのビシビシとくる色気は、間違いなくムアンさんが女性という証!

「だけど……この世界って別に、女でも良いはずだよな……何で男ぶってるんだ?」

 男勝りの女戦士アレイスさんだって、男のような恰好かっこうはしていない。
 そもそも女性も「オス」として認められる世界なんだ。わざわざ男の格好などせずともあれほど綺麗で魅力的なら、オスとしても魅力的な女性だったはずだ。

 女性の姿をしていると何か不都合な事があるのか?
 あの人がメスだからとか……いやそれなら男装してもムダだよな多分。
 もしかして“イスゼル”とか言うものと関係があるのかな。

 ああでもよく解らん、ブラックに聞いたら何か判るかな。つーか何で来ないんだよアイツはー! なにやってんだもう!!
 俺のバッグも指輪も「気付かれると危ないから」って持って行っちまうし……。

「…………早く来いよ、バカ……」

 思わず、胸元を握り締めてしまう。
 そこには何もないはずなのに、どうしてかを探してしまっていた。

 ……だけど、俺の手の中には何もない。
 何故かそのことが酷く不安を掻き立てて、どうしようもなく逃げ出したくなる。
 たった一つ、いつも肌身離さず身に着けていた物が無くなっただけなのに。

「…………まあ、そりゃ……大事な、物だし……」

 ブラックから貰った大事な物だし、そりゃ……無くなったら確かに不安だけど。
 でも、こんな風になるなんて思ってもみなかったよ。
 だってずっと……俺の世界に帰ったって、アレだけは一緒だったのに……。

「ツカサくぅ~ん……」
「……!」

 コソコソとした声を出しながら、足音が近付いて来る。
 蝋燭よりも更に明るく輝く色の明かりが近付いて来て……檻の外に、掌で炎の玉を遊ばせるブラックが現れた。

「えへ、遅れてごめんね! クソ盗賊どもから明日の馬の取引をどうするかって話を聞いててさぁ……あっ、ツカサ君、早くこれつけてね! お守りなんだから絶対身に付けてなきゃだめだよ」

 悪びれもせずに笑いながら、ブラックは檻の隙間から手を差し出す。
 その手には……金の鎖をしっかり通された、少し歪な円を描く婚約指輪が握られていた。ブラックの左手の薬指にずっと嵌められている……おそろいの、指輪が。

「…………遅いんだよバカ……」

 しょうもないその言葉以外、何も言えない。
 そんな自分が恥ずかしくて、俺はほおが熱くなるのを感じながら指輪を受け取った。

「さて、これからの事を話そうか」
「……ああ」

 ブラックが目の前にいるだけで、コイツと確かに繋がる証が自分の手の中に戻ってきただけで、こうも冷静になれる自分が嫌になる。
 だけど、もうどうしようもないんだ。
 どうしようもなく、俺はそうなってしまっている。

 ブラックがそばに居てくれるだけで、安心してしまうように……。

 …………ああもう、本当ヤバい奴になっちまったよなあ、俺って奴は……。












※次はブラック視点との二本立てです(`・ω・´)
 
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