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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編
永い眠りの終わりに 2
しおりを挟む「ろーくー! ごはんだよー!」
温かい内に早く持って行かねばと思って薄暗い中庭を訪ねると、やっぱりロクはつまらなそうに伏せて、尻尾の先を軽く動かしていた。
だけど、俺が来たと解った途端、ロクは嬉しそうにぐおぐおと鳴きながら歓迎してくれる。そのうえ、鼻の頭を撫でてやると、気持ちよさそうな顔をして軽く頭を寄せて来た。ああもう、これが可愛いと言わずになんといおう。
小さいロクも勿論可愛かったけど、ザッハークになったロクも可愛いよ!
そんな事を思いつつ料理が乗った皿を差し出すと、ロクはまた嬉しそうに唸って舌で器用に料理を口に入れ始めた。
急に進化したから、もしかしたら体が上手く動かないんじゃないかと心配だったけど……この分だと大丈夫そうだ。
自己治癒能力も凄いし、進化してからは色々と便利な体になったんだな。
最初は不安が有って戸惑っちゃったが、一緒に旅できる方法も解った今はその体に成長した事を素直に喜べる。
やっぱ、人として相棒の成長は祝ってやりたいもんな。
別れの危機なんて事にならなくて本当に良かったよ。
「美味しいか? ロク」
「グォウ!」
たくさん食べろよ、と首を撫でると、ロクは嬉しそうにまた嘶いた。
うう、やっぱ可愛い……むしろドラゴンっぽくなった事でダハの時の姿とはまた違う可愛さが生まれている……? 変化の術を会得したら、小さい蛇の姿にも戻れるだろうし……あれっ、ロクったら凄くない? 大きい姿も小さい姿も可愛いって、どんだけ可愛さの上限突破していくの? 可愛さの化身かな?
……しかし、まだ「竜」ではないのに、ロクの体って本当に竜そのものだよな。
めちゃくちゃちっちゃい前足があるからワイバーンとは言えないけど、某国民的有名RPGに出てくるドラゴンには結構似てるかも。
ただ、普通のドラゴンとは違って、顔から背にかけて黒い鎧のように変化した鱗が覆ってしまっているので、某ゲームのバハムートのが近いかなあ。
「ふーむ、こうしてみると竜には変わりないんだけどな」
「グゥ?」
竜という種類にも明確に判断できる特徴があるんだろうか。
前足がそれなりの大きさじゃないとダメとか、そういう感じなのかな。
でも準飛竜の体は竜そのものだし……うーん、俺が思いつかない特徴があるのかな。もしかして、竜になると人語が喋れたりするとか?
そう言えば……ダハの時のロクショウとはテレパシーが繋がってて、ロクの思ってた事がより解るようになってたけど……ザッハークになったロクはテレパシーが使えなくなったみたいで、今は以前のようにぼんやりとしかロクの考えが解らなくなってしまった。もう念話は出来ないらしい。
不満な訳ではないけど、ロクと喋れなくなったのは残念だ。
でもロクが起きててくれるだけで充分だもんね……とか思いながらロクの元気な食べっぷりを見ていると、中庭の奥の方から何やら音がした。
えっ、なに、薄暗い中でガサガサとか怖いんですけど。誰かいるのか?
なんだろうかと思って近付いてみると。
「あっ……」
「おや、ツカサ君。宴会はもう良いんですか」
中庭の奥で植物と戯れていたのは、アドニスだった。
どうしてここに……と思ったが、相手の境遇を考えて口を噤む。
そうだよな、俺がアドニスの立場でも、宴会にはとても参加出来ねえわ。例え罪に問われなくたって、悪い事をしたと思っているなら気が引けるもんだし、何よりアドニスの中ではまだ色んな事が整理できてないだろうしな……。
でも、ちょっと安心したかも。
やっぱりアドニスも「悪い事をした」って思ってるんだ。
なら……妖精の国の人達とも仲良く出来るよな。
「何してたんだ?」
あえて宴会に出席しなかった事には触れずに、アドニスに近付く。
相手は俺の態度に少し戸惑ったようだが、口を僅かに笑ませると目の前の木の枝を優しく指で持ち上げた。
「長い間、中庭の植物の世話をしていなかったので、枯れていないかと心配してたんです。だけど、この国は大地の気が満ちていますから杞憂だったようですね」
「あ、そっか……」
アドニスは国外追放されてたんだっけ……。
そう言えば俺、そこのところを知らされてないんだよな。アドニスが妖精の国を出たって言うのは知ってるんだけど、何故出たのかは俺には解らないのだ。
ウィリー爺ちゃんの話では、アドニスは何か過ちを犯したって事だったから、俺は「緑樹の書を勝手に読んだせいで追放された」と推測してるんだけど……実際の所はどうなのかな。
聞いてみたいけど、デリケートな問題だからなあ……。
木々の様子を熱心に確かめているアドニスを見ていると、どうも切り出せなくて黙って付いて行くだけになってしまう。
気持ち悪いとか言われそうだなあ……これじゃストーカーだもんな。
ブラックの事を笑えないぞ俺、とかなんとか思っていると、不意にアドニスが俺に振り向いた。
「君は戻らないんですか?」
「あっ、え、えっと……あそこにいるとちょっとな……」
解るだろ、とぎこちない笑顔で言えば、アドニスは「ああ」と頷いた。
「彼らは無邪気ですからね……。善意も悪意も何もかもが直球で素直だ。そんな者ばかりの中で、君のようなバカ正直な子が耐えられるわけもないか」
「てめーバカにしてんのかこらー」
「バカにはしてませんよ。……実体験からそう思うんです」
「実体験って……その……」
もしかして、長い間蔑まれていたって事か。
問いかけたいけど何も言えなかった俺に、アドニスは笑った。
「……本当に判りやすいですね、君は」
「う……」
「私の過去を、そんなに聞きたいんですか?」
「いや、その……」
「良いですよ。何も面白い事はありませんが、それでも良ければ」
「ほんとに良いのか……?」
だって、あまり話したくない事だろうに。
心配になってアドニスの顔を見上げるが、相手は微笑んでいるだけだ。辛い事を話す前だというのに、その表情には全く憂いがいない。
不思議に思って、俺は目を瞬かせながら首を傾げた。
「昔の話をするの……辛くないの?」
そう問うと、アドニスはいつもとは違う、軽い雰囲気で苦笑した。
「君に話す分にはね。…………身の上話なんて興味もありませんでしたが……君が聞いてくれるのなら、語れるような気がします」
「アドニス……」
それって、少しは俺の事を信用してくれてるって事なのかな。
自分の事を話すのって凄く勇気がいるし、相手が聞いてくれるって確信がなけりゃ話せないもんだもんな。だとしたら……ちょっと嬉しいかも。
「聞いてくれますか?」
微笑む金の瞳に、俺は覚悟を示すように頷いた。
――そうして、俺とアドニスは寝ているロクの傍に座り込むと、話を始めた。
自分の生まれや、母親との甘い日々。その中で母親から自然の事を学び、植物の研究に興味を持った事や、彼女が「いつかオーデルも、外の国のように緑の大地が広がる場所にしたい」と言っていた話。
隣に座るアドニスは、とても楽しそうに幼い頃の話をしてくれる。
そこまでの話は、俺にとっても聞いていて楽しい物だった。
実際、アドニスの表情も柔らかで、母親との日々や何故【緑化計画】を強く考えるようになったのかという切欠は、彼の研究者としてのルーツを知れたようで俺としても嬉しかったが……。
彼の母親が老衰で亡くなってしまった後の話は、とてもじゃないが笑顔で聞く事なんて出来なかった。
だって、アドニスの唯一の味方が亡くなったって事は……彼が、無防備なままで悪意に曝されるようになったという事なのだから。
アドニスはその部分は簡単にしか説明しなかったけど、それでも彼が数百年以上も他の妖精達にからかわれ蔑まれていた話は、聞いているだけでも心が痛くなって仕方なかった。
だけど、アドニスは独りでその辛さにずっと耐えていたのに、それが辛かったと思わせるような顔は一度もしなかったのだ。
「……今考えれば、父もどうすれば良いのか解らなかったんだと思います。私は、妖精の国では有り得なかった存在。生まれ方も特殊なら、育ち方や姿形も他の妖精達とはまるで違っていた。……子供を育てた事のない妖精が、そんな存在を素直に受け入れられるはずがありませんよね。それに、先程も言いましたが妖精は無邪気で自分の心に正直です。……だから、人族の育て方など知らない父は、どうしたら良いか解らなかったんでしょうね」
「……そっか……人族と妖精族はまるで違う生まれ方や育ち方をするんだもんな。でも……俺だったら、そんなの知るかよって思って暴れちゃいそう」
ロクの鎧のような背中を撫でながら言うと、アドニスは笑うように息を吐く。
「私も反感は持っていましたから、変わりませんよ。……けれど、こう考えられるようになったのは、君がやってきてからです。……だから、私は今までずっと妖精を憎んでいた。母様を飼い殺しにして、私の全てを認めずにあざ笑う奴らを憎んでいたんです」
「……だから、緑化計画で神泉郷の気を使おうと思ったのか?」
俺の言葉に、隣に座っている相手は小さく頷いた。
「……私がずっと耐えて来たのは、今思えばたった一人の味方だった母様の願いを叶えるためだったのかも知れません。だから、己が永い時を生きると知っても、自死せずに必死に曜術や緑化計画の研究に没頭して居られた。……寧ろ、その願いこそが私の生きる希望だったんでしょうね」
「じゃあ、やっぱり緑樹の書も……」
「ええ。計画の大きな進歩になるかも知れないと思い、私はグリモアを持って来た神族達の隙をついてあの本を読み……結果、生きる価値なしとして、雪原を死ぬまで放浪する刑を受けました。……雪の領域は父の支配下ですからね。結界を張って私が出れないようにしていたんです。……まあ、運悪くその結界の中に大間抜けが入って来た事で、私は結界を抜け出す事が出来たのですが」
大間抜けって、ロサードの事か……。
まあでも、その事が無ければアドニスは永遠に雪原を彷徨っていたんだろうし、ロサードも死んでいたかもしれないから良かったんだろうけど。
「……けど、それからはアンタの居場所が見つかったんだろう?」
ここからはもう嫌な話じゃないよな。そう思って問いかけると、アドニスは目を細めてじっと俺を見やった。
金色の瞳は薄暗い中でもはっきりと見える。
綺麗な目は、過去の憂いなど無いように輝いていた。
「今までは、そうは思っていませんでしたけどね……。しかし、オーデル皇国に拾われて、初めて自分の唯一の血族と出会って……私は、自分が一人ではないという事実に喜びを感じました。そして、彼が……パーヴェル卿が私の母様と同じ望みを抱いているという事を知った時、私は彼の願いを叶えようと思ったんです」
「お母さんの為にも、だよな」
「ええ。ただ……私の焦りや彼の思いは、計画を狂わせてしまいましたがね。……しかし、今となってはこういう結果になって良かったと思います。……君達が必死に止めてくれて良かった」
な、なんだよ素直にそんな事を言うなんてさ。
あんた普段は嫌味な奴なのに、急に素直になられても困るぞおい!
どう反応すれば良いか解らず困っていると、アドニスは忍び笑いを漏らした。
「お蔭で、罪に問われる事なく美味しい思いをする事が出来ます」
「……お、お前なあ……ほんと、ウィリー爺ちゃんが許してくれなかったら、今度こそ処刑されてたかも知れないんだからな!?」
「あれには私も驚きましたが……まあ、今思えば妖精らしいなと」
「どういう事?」
「この国の人々は……正しく『こども』なんです。例え姿形が大人のように成熟していても、人族と関わる事の無かった妖精達は、みな純粋で残酷だ。……だから、彼らは私を延々と蔑んだし、自分が好きな事しか目を向けなかった。そして、私はそれを“怠惰”と呼びました。……けれど、逆に言えば、彼らは純粋で残酷なだけなんです。反省する気持ちはあるし、悪い事は悪いと思う心も持っている」
言っている事は解るが、言いたい事が解らん。
相変わらず俺には良く解らない話をする相手に、もっと簡単に言ってくれと顔を歪めると、アドニスは口に手を当てて笑いながら答えた。
「つまり、彼らは今回の件が『自分達が長い間私を蔑んだ結果』と結論を出して、私が【同族殺し】を行わなかったことを評価したうえで、私への迫害を今回の件を許すという形で白紙にしようとしたんですよ」
「は……!? そ、そんなのってアリ……?」
「人族なら有り得ない事ですが、父も二十七士も私の変化を読み取っての事です。彼らも断罪は好きではないので……まあ、身内びいきの結果でしょうね」
「えぇ……そんなんでいいの……?」
それって「今回は死人が出なかったし、改心してるからお前を許す。だから、昔虐めてた事をお前も許せよ!」って言っているようなものだよな……。それで解決するんだろうか。
でも、アドニスも納得しているみたいだからいいのかな。
妖精同士の話だし、俺が口を出す事じゃないのは解ってるけど……本当異種族の受け取り方って独特なんだなあ……。
「それにしても、変化ってなんだろう」
アドニスが少し前向きになった事だろうか。
首を傾げると、アドニスは微笑んだままで少し俺に近付いた。
「ツカサ君。一つ聞きたい事が有ります」
「う、うん……何……?」
「……思えば、君は皇帝領に居た時から、私の力だけは認めてくれていましたね。……それは、何故だったんですか?」
ちから。力って……アドニスの研究者としての腕の事?
それとも薬師である曜術師としての力の事だろうか。
良く解らなかったが、俺は素直に答えた。
「だって……曜術師としてのアンタは色んなところで人を救って来たし……ホラ、チェチェノさんの粉から造る媚薬の事も分析してくれただろう? それに、アンタは俺の回復薬を……ちゃんと俺の力で作った物だって認めてくれた。……だから、俺はアンタの力も信じようって思ったんだ」
……そう。
全ては、アドニスが俺の「技量」を認めてくれたから。
俺があの薬を作れた理由は、借りものの力のお蔭じゃなく俺自身の力だったって事を認めてくれたから……俺は、アンタの力を信じようって無意識に思ったんだ。
だって、アンタの言葉に俺は救われたような気がしていたから。
そんな思いを込めてアドニスを見上げると――――
「…………君は、最初から私自身の事を…………認めてくれていたんですね」
相手は、綺麗な笑顔で、笑っていて……。
「あど、にす……?」
「…………君に会えて、本当に良かった。今は、心の底からそう思います」
その言葉と共に、アドニスは俺の額に唇を寄せた。
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