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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編
15.大事な相棒を失わないために
しおりを挟むその日、我々は白銀の平原に生まれ出る黒の災厄を目にした。
黒の災厄は古の業、我ら白き国の民に齎された神の鉄槌。
我らの長き罪を贖う時が来たと、民は絶望に震え涙した。
しかし黒の災厄はそのおぞましい翼を広げ曇天に飛び、我らが業を積み重ねたが如き黒業の塔を現し、打ち砕かんと血肉を賭けて塔を打ったのだ。
おお、勇ましき黒の災厄よ。我らが罪を砕かんとする新たな罪よ。朽ち崩れゆく罪は過去の業か、斯くも哀れな光景は無しと民は次々に塔を見た。
災厄は更に空を見上げ、雷鳴の如き唸りをあげながら、神の業たる曇天へ向かい立つ。
黒き力は民の悲願か妄執か。曇天の檻は重く閉じ、災厄の力は折れるものと思われた。だがかの存在は翼を広げ、神の壁に一擲を投じ空を切ったのだ。
その災厄の力に導かれ、現れしものは――我らの願いし永久の空であった。
黒の災厄は、我らの悲願を叶えたもうたのだ。けれども我らが罪は遂に落ち、地を割るものと翼をたたむ。命は尽き果てようとしていた。
だがそこへ、我らを見捨てまじと緑の英雄が地に降り立ったのだ。
我らが憂いをその身に受け、新しき罪と民を大いなる緑の手で救ったのである。
過去の罪たる塔は消え、後に残るは新たな罪と美しき大樹。我らを癒さんとする、塔の瓦礫を糧に育った世界樹であった。
おお、讃えよ我らが新しき命、讃えよ新しき黒の罪。
国を救いたもうた緑の英雄、その力をいざ讃えん……――――
「…………と言う訳で、あの時の件は速攻で吟遊詩人にネタにされましてね。今では首都以外にも伝播してしまってるんですよあはははは」
「……ヒ……ヒィ……」
「いやあ本当に大変でしたねえ、ツカサ君の生やした大樹のお蔭でホロロゲイオンは隠すこともイルベガンを直す事も出来なくなり、木属性のグリモアの私が消去法でやり玉に挙がって英雄に祭り上げられたり、物凄く面倒臭い展開に……」
「あああごめんなさいごめんなさい勘弁して下さい」
「グォオオオオオ」
今日も今日とて曇天のオーデル皇国雪原上空。
俺とロクショウは同時に頭を抱えて、死んだような目をして語ってくれたアドニスにペコペコと頭を下げた。
……もちろん、ロクは黒い準飛竜の姿だ。ただいま俺達……いつものメンバーに加え、アドニスとヨアニス、そしてチェチェノさんとピクシーマシルム……を乗せ、人が住んでいない地域を遠回りして妖精の国へと向かっている。
勿論、ウィリー爺ちゃん達を解放する為だ。
まあ、その事は今はひとまず置いておくとして……。
……あれから…………というか、ロクショウを必死で助けたくて力を使った後、俺とロクショウは丸一日眠っていたようで、起きた時には物凄い事になっていた。
なんと、首都には巨大な大樹……世界樹が現れ、一日だけの青空が見えたと言う事で、恐ろしいほどのお祭り騒ぎになってしまっていたのである。
あの時――――ロクショウが気を失って落下する途中、俺は一瞬の閃きで、崩壊したホロロゲイオンを軸にして、ロクを受け止められるほどの大樹をイメージし、黒曜の使者の力でそれを顕現させた。
アドニスがロクを拘束していた巨大な【寄生木】をその大樹の種にするという、一か八かの賭けだったが……どうにか成功したらしく、俺は意識を失う寸前に自分の目の前に青々とした美しい緑を見たのだが……そんな事になっているなんて思いもしなかった。
ブラックやアドニス達の話によると、俺達のやった事で首都は一時的に混乱したものの、すぐにヨアニスが戻って来てくれた事と被害がホロロゲイオンのみに収まっていたおかげか、それほど混乱する事も無く事態は収束したらしい。
……でもまあ、良く考えたらあそこは首都な訳で、沢山の人が俺達のドタバタを見てしまっていた訳で……ああ、それを考えると本当にヤッチマッタ感しかない。
当然、モンスターが突然現れ大暴れして首都に巨大な木が生えたという事に関しては、隠しきれるはずも無く。
俺達は皇国に対してとんでもないお世話をかけてしまっていたのだった。
「ああああぁ……仕方が無かったんです、仕方がなかったんですううう」
「そ、そんなに落ち込むな。今回の事は皇国側に全面的に非がある。……ツカサがそこまで気に病む必要などない」
そう言ってヨアニスが元気づけてくれるが、一番迷惑をかけた人に気遣われると余計に申し訳ない。
ヨアニスには、本当に色々と苦労をかけたのだ。
彼は、ロクの事に関しては「緑の英雄による大樹の不思議パワーで討伐した」と玉音をかまし、アドニスを「モンスターの暴走を止めて、奇跡の大樹を生んだ緑の英雄」と言う事にして、俺達の事を一切出さずに庇ってくれたのである。
……ああ、自分が情けない。
建物を壊してとんでもない事して、結果アドニスに面倒臭い事を全て押し付けるとか言う、この申し訳なくなるくらいの守られっぷり。
もうオーデルには足を向けて寝られません。
というわけで、すっかり正気に戻ったロクショウと俺は、アドニス達にヘコヘコと頭を垂れて事有るごとに必死に感謝を表していた。
俺の横で座っているブラックとクロウも、今回ばかりは何も言えないので押し黙って耐えてくれている。クロウは「駆けつけられなかった……」とショボンとしていたが、今回の事はクロウが悪いんじゃないので気にするなと言っておいた。
まあ、それで落ち着いてくれるなら、獣人族はプライドが高いと言われないのではあるが……昨日の今日で俺もいっぱいいっぱいなので、慰めるのは後でという事で許してほしい……。
「それにしても……ツカサがあのような力を持っていたとはな……」
「あ、あはは……俺もびっくりです……」
ヨアニスの言葉に、俺は何とも言えなくて変な顔で笑う。
一応、アドニスが俺の事を「規格外の存在」だとは説明してくれていたみたいだけど、それでもこんな力を持っているとは思わなかったらしく、ただただ驚いているようだった。……ああ、病み上がりに大変な事ばかりしちゃってすみません。
「それよりヨアニス、体の方は大丈夫なのか?」
腕とか体温とかはどうなんだろう。
目が覚めてすぐに「早く妖精の国へ謝罪しにいかねば」と言われ、俺はブラック達と一緒にあれよあれよと言う間にロクに乗せられて、空の旅をしているのだが……よくよく考えたら昨日の今日だ。俺達よりもヨアニスの体の方が心配だよ。
けれど、ヨアニスは快活に笑うと、一度は切り離された腕を勢いよくぶんぶんと回しながら、自分が健康である事をアピールしてきた。
「大丈夫だぞ! ツカサ達が頑張ってくれたおかげで、私も五体満足で生き返る事が出来た……事後処理などで色々とあって、アレクセイにはまだ会えていないが、あの子に心配させないで済んで良かったよ。……だから、神泉郷への道を開いて下さった妖精王様達には、改めて礼と謝罪を示さねばならない」
そう言うと、アドニスがヨアニスの隣で少し居辛そうな顔をして俯いた。
……まあ、そりゃそうだよな……アドニスは本心では妖精達を憎んでなかったとはいえ、ウィリー爺ちゃん達を氷漬けにして神泉郷の大地の気を奪ったのは確かだし……アレは騙し打ちみたいなもんだったしな。
でも、けじめはちゃんとつけなきゃ行けない。
悪い事をしたら謝らなきゃいけないのが人の筋ってもんだ。
……まあ、それを言えば正直俺達も首都の皆さんにゴメンナサイしなければいけないんだけど……。
「なあ、本当に俺達が謝らなくていいのかな」
ヨアニスにそう言うと、相手は緩く首を振って笑う。
「先程も言った事だが、今回の件は元をたどれば我々の罪が発端だ。……ツカサ達を責めて罰せよと言うのなら、我々も罪を問われなければならない」
「ヨアニス……」
そう言えば、ロクに乗る前にアドニスに教えて貰ったんだっけ……。
事件後に開かれた緊急会議の時に、ヨアニスが俺達の事を全力で庇って、「彼らを暴走させたのは、私の怪我と病のせいだ。罰するのなら私も罰せられなければならない」って言ってくれたって事を。
それが直接的な原因って訳じゃないのに、それでも今の事態を引き起こしたのは自分のせいだって訴えて、アドニスと俺達を守ろうとしてくれたなんて……。
申し訳なさと共に、心配になる気持ちが湧いてくる。
本当、皇帝陛下だってのに優しすぎて心配になるよ。
「自分が発端だから、他を罰するなら自分も罰せだなんて……そんなこと皇帝陛下に言われたら、臣下も民衆も何も言えないじゃん。ほんとヨアニスは凄いよ」
「まったくです。そんな事ばかり言っていては、民に好かれても臣下には侮られるようになってしまいますよ」
苦笑する俺と溜息を吐くアドニスに、件の皇帝陛下は弱り顔で頭を掻く。
「め、面目ない……しかし、元々は私がお前達に計画を任せきりで、監督していなかった事も原因なのだ。……それに、我が国は今お前を失う訳にはいかん。お前は今やこの国の英雄なのだからな、アドニス」
「陛下…………」
「人は皆、過ちを犯す。犯さない者などこの世に存在しない。……私も、多くの過ちを犯した。だから、これからはそれを償っていくつもりだ。……それには、他人の力が要る。私には、まだお前の力も必要なんだ。だからこそ、生きて償う事をまず許して貰わねばならない。……もしそれを断られるのならば、私も共に氷の海に沈む覚悟だ」
その言葉が、どれだけアドニスには頼もしく思えただろうか。
顔には出さないけれど、己の手をぎゅっと握りしめるアドニスを見て、俺は彼が本当に迷いから抜けた事を悟った。
……良かった。
やっと、自分の居場所に自信が持てたんだな……アドニス……。
「それにしてもツカサ君……ロクショウ君の事なんだけど、どうしようか……」
話が一段落ついたのを見計らってか、俺の隣に陣取っていたブラックが言う。
その言葉に軽く顔を上げてこちらを見るロクショウに、俺は蕩けそうな顔を必死に抑えてにこやかに手を振った。
ああ、可愛い。やっぱりどんなに厳つい顔になってもロクの顔は可愛い。
くりくりお目目の蛇ちゃんは、竜の顔つきになってもやっぱりその鋭く格好いい目付きに可愛さを内包しているのだ。
「どうするもなにも、成長してくれたのを喜ぶのは相棒として当然だろ!」
色々有ったが、無事に健康に成長してくれたのは喜ぶべきものだ。
ロクには罪はない。あの暴走はロクを一人にしてしまったが故の事で、つまりは俺のせいだ。だから、ロクの成長は素直に喜ぶべきである。
そんな事を思いながら鼻息を荒げる俺に、ブラックは呆れたように肩を竦めた。
「いやまあツカサ君はそうだろうけど、この体じゃあもう一緒に旅が出来ないんじゃないかなあって……」
「あ…………」
……そうだ…………良く考えたら、ロクったら物凄く大きくなってるじゃん。
これじゃ肩に乗せてあげられないし、一緒に寝る事も出来ないぞ……!?
「グオゥ…………」
俺のハッとした顔に、ロクショウが悲しそうな声を漏らす。
その声で、ようやく俺は何故ロクショウがずっと眠っていたのかを把握した。
……そうか……進化してしまったら、もう俺と一緒に旅が出来なくなる。
そう思ったから、ロクはあの小さな蛇のままでいようとしていたのか……。
……長い眠りを選んでまで、俺と一緒に…………。
「う゛っ……うぅ゛……っ」
「つっ、ツカサ君!? 泣いてるの!?」
「だっ、だって、だってロクがそんな頑張ってるの、俺しらなくて……!! う、うううあぁあああロクうううう! ごめ゛ん、ごめ゛んよ゛ぉおおおおお!!」
ロクの健気な頑張りを思うともう泣かずにはいられなくて、俺は号泣しながらロクのツヤツヤの黒い体にしがみ付いて頬擦りをする。
だけど心優しいロクは、そんなくそったれでバカな俺に怒りもせずに、自分も「ぐおおん」と声を上げて泣き出してしまった。
うう、うううううう……!!
ロク……お前はなんでそんなに優しくていい子なんだよぉお……!!
「だー! ロクショウ君前! 前見て前ー!! もうすぐドラグ山でしょうが!! ツカサ君もそんなに泣かないの!!」
「涙……もったいない……」
「お前も訳解らん事言ってんじゃないよ!」
ツッコミ不在の中で珍しくブラックが俺達にツッコミを入れる。
でもでもだって、こんな可愛くて健気なロクに泣くなって言う方が無理だもん。
高所の寒さと涙で鼻をずびずび言わせる俺に、ブラックは疲れたような顔を見せながら、深い溜息を吐いた。
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ。……ロクショウ君とこれからも一緒に旅をするのなら、どうするかってのを考えなきゃいけないんじゃないのかい?」
「う…………」
ごもっともな意見です……。
ちょっと涙が引っ込んで、俺とロクはブラックの言葉に首を傾げた。
……でもなあ、ロクの今の姿じゃ絶対に目立っちゃうし、なにより準飛竜って事は竜に届くかもしれない実力のモンスターなんだろ?
そんな子を連れて歩いてたら、攻撃されたりするかもしれないし……ロクが傷つくのは嫌だもんな……でも、離れるなんて考えられないしどうしたら…………。
ぐるぐるとそう考えていると、俺はふとある事を思い出した。
「あ……でも、そう言えば……ウィリー爺ちゃんがロクに関しての“何か”を教えてくれるって言ってた気がする……」
「え? そうなの?」
「う、うん……多分、ロクの進化の事を言いたかったんだと思うけど……その事を教えてくれようとしたって事は、ロクの進化について色々知ってるかもしれない。もしかしたら、一緒に旅を出来るアイディアを授けてくれるかも!!」
「あ、あいであ?」
そうか、そうだよな!
相手は妖精王で、自由自在に姿を変えられる数千年の知恵を持っている凄い王様なんだ。だったら、ロクを助けてくれるかもしれない!!
「よっしゃー! ロク、はりきって妖精の国までいそぐぞー!!」
俺の気合の入った声に、ロクも嬉しそうにグオングオンと鳴き声を上げていた。
よーし、謝罪も大事だけど、ロクの事も大事だ!!
こうなったら何が何でも一緒に旅を出来る方法を教えてもらうぞー!!
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