異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編

14.虚空を切り裂くは竜の一擲

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「でも、どうするんだい? 相手が暴走してるって言うんなら、生半可な気付きつけじゃ元には戻らないと思うけど……」
「イルベガンはもう使えません。捕縛したまま何とか生け捕りにするしか、君の蛇を救う方法はありませんよ」

 俺のそばに寄って来た二人が、ザッハークになったロクの姿を警戒しながら言う。
 確かに、今俺達が使える手段は少ない。だけど、やれる事はある。

 それに、もう時間はないんだ。
 ロクショウは何度も塔にぶつかりながら、弩級の【寄生木やどりぎ】を取り外そうと躍起になっている。
 ……このままでは、塔自体が持たない。
 決心して、俺は二人をもう一度見やった。

「ブラックは再びロクをこっちに誘導したら、炎の曜術で目晦めくらましを頼む。その間に、アドニスは出来るだけ強い蔓を生やして、木の曜術の【レイン】でロクを拘束して欲しい。少しの間で良い。その間に、俺はロクに乗って説得してみる」
「ハァ!? きみ、何を言ってるんです、正気ですか!?」
「ちょっ、つ、ツカサ君下手したら死んじゃうよそんなの!!」
「時間が無い!! ……もし、ロクが俺の呼びかけに応えてくれなかったら……俺は、最悪の選択をしなきゃいけない。……だからせめて……は俺の手でやってやりたいんだ。その為にも、ロクのそばに居る必要がある」

 【最悪の選択】の意味は、答えたくなかった。
 だけど、ロクをここまで連れて来たのは俺だ。ロクを苦しませたのも、止められなかったのも俺なんだ。だったら、最後まで俺はロクショウの事を背負いたい。

 最後だけ、他人に持って行かれるなんて嫌だ。
 そんな都合のいい罪のなすり付け方なんて絶対にしたくない。

「…………頼む、二人とも」

 情けない、震える声で、ブラックとアドニスに頼む。
 二人は絶句したような顔をしていたが――――

「……解りました。ですが、君が危険になれば再び迎撃を行いますよ。……実験の“協力者”に死なれては困りますからね」

 そう言いながら、アドニスは不敵に笑い眼鏡を指で直す。
 ブラックも、決心したかのように口元に笑みを浮かべて俺の肩を叩いた。

「僕も、協力する。……だけど、一人じゃ行かせない。僕も一緒に行くからね」
「なっ……」
「僕だって、後悔するのは嫌だ。……一緒に居させてよ、ツカサ君」
「……ブラック…………」

 菫色すみれいろの綺麗な瞳が、俺をじっと見つめている。
 その表情にどれだけの真剣さがあるかなんて、もう言うまでもない。

 俺はただ頷くと、上空で暴れ回るザッハーク……いや、ロクを見上げた。

「わかった。俺が落ちそうになったら、支えてくれ」
「……うん!」

 こんな時に嬉しそうに笑うなんて、どうかしてるよ。
 ……でも、あんたらしい。

「まとまりましたか? ……では、早速やりましょうか。まず、あのザッハーク……いや、ツカサ君の蛇をこちらへ引きつけて下さい」
「そこで僕が目晦めくらましをやって、一瞬隙を作る」
「出来るだけ引きつけるようにお願いします。至近距離ならこの上方向への視界が絶望的な場所でも、充分に相手を捕えられる。……そこから、私が全力でこちらへ引き込みます。その隙に乗り込んで下さい」
「えっ!?」

 引き込むって、まさかロクをこのフロアに突撃させるつもりか?
 だ、だけどそんな事して良いのか……下手すると塔が更に壊滅状態に……。

「あ、アドニス、大丈夫なのか!? 塔とか……」
「人の心配をしてる場合ですか。これだけ壊れてるなら今更ですよ。……むしろ、塔以外に被害が広がる前に、やれる事はやるべきです」

 だから、心配はいりません。
 そう言って不敵に微笑むアドニスに、俺は名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「アドニス……」

 どこか吹っ切れたような相手の顔は、今まで見て来た表情とはまるで違う。
 自身にあふれて、だけどちょっと頼りなくて……まるで……
 素直な子供みたいな、明るい表情だった。

「正直な話、うまくいくかどうかは判りません……狙いが外れて君達が落下する事は充分に考えられる。……その時は、存分に私を恨んで下さい」

 笑いながら、アドニスは俺達の目の前で風を孕んだ緑光を身に纏い始める。
 明らかに今までの彼とは違う姿に、俺は言葉をかけてやりたくて、足りない頭で必死に言葉を返した。

「失敗なんてしないよ、絶対! ……お、俺は……アンタの力を信じる!」

 今はこれしか言えない。
 けど、アンタのつちかってきた力を疑う事なんて、俺は一度だってなかったよ。

 だってアンタは……グリモアの力を使わなくても「世界最高の薬師」で居続けた、とっても凄い奴じゃないか。

「ツカサ君…………」

 アドニスは驚いたように俺の言葉に目を見開いていたが――やがて、美しい緑の光に長い暗緑色の髪をなびかせて微笑んだ。

「よろしい。そこまで私を買ってくれるのなら……私も、世界最高と謳われたこの力で、貴方達を送り届けます……――!!」

 アドニスの周囲に発生していた緑光が、全てを照らさんばかりに広がる。
 その凄まじい光は同属性でない物ですら視認出来る程に強いのか、いつの間にか俺を背後から抱えていたブラックが息を呑んだ。

「これが……緑樹のグリモアの力……!!」
「ブラック、ロクをこっちに引きつけよう!」
「っ、わ、解った!」

 詠唱を始めるアドニスから離れ、俺達は再び鉄柵に辿たどり着く。
 何度も塔にぶつかっているロクは、苦しそうな叫び声を上げながら塔の上部を破壊しつくそうとしている。このままでは、塔自体が倒れるかもしれない。
 ……だけど、今の状況は好都合だ。

 飛竜が目を付けるような範囲の高い物と言えば、この塔しかない。
 羽ばたきながら体をぶつける事が出来る建物は、このホロロゲイオンしか存在しないのだ。ロクが執拗しつようにこの塔に体をぶつけるのは、そのためだろう。

 ロクは、きっと【寄生木やどりぎ】で拘束されているのが苦しいんだ。
 早くそのいましめから解放してやらなければならない。

「ツカサ君、行くよ……僕の腕の中から絶対に離れないで……!」

 強く呟き、ブラックがまた詠唱を始める。その途端に俺達を囲うように赤い光が生まれ、それらはすぐに炎に変化していく。
 ブラックが術の名前を発した瞬間、その炎は上空でのた打ち回っているロクへと飛んでいき、凄まじい爆発を起こした。

「ロク!!」
「大丈夫、あれはだから!」

 爆炎の中から翼が展開し、ぐるりと回ると一気に風が生まれて煙が掻き消える。ブラックの言うように炎は簡単に鎮火してしまったようだが……その攻撃でわざと鉄柵から上体を出している俺達に気付いたのか、ザッハークと化したロクは狂気の咆哮を上げてこちらへ下降してきた。

 ――怒っている。だけど、同時に苦しがっている。
 相手の目を見てまたその感覚を捕えた俺を抱え、ブラックは鉄柵から逃れた。

 目の前で、飛竜の腹が一気に下へと流れて尻尾の先端が消える。
 だが、それで止まる相手ではない。

「来るぞ!!」

 発射口部分から距離を取り、ブラックはロクを待ち構えるように空に対峙する。
 俺もブラックの体にしっかりとしがみ付いて、その時を待った。

 飛竜の鋭い叫び声とともに、また空が竜の鱗に一瞬覆われて、距離を取った場所にその全体が現れる。
 ――俺の肩に乗っていた頃のロクとはまるで違う、漆黒の鱗を持つ飛竜の姿が。

「――らば、我が【緑樹】の名にいてわん。眼前の困難を覆い縛る偉大なる緑の御手を……!!」
「ロクショウ……!!」

 アドニスの詠唱と、こちらへ向かってくるロクへの叫びが重なる。
 瞬間。

「目を閉じて!!」

 ブラックの鋭い声に反射的に目をつぶる。
 寸時、目蓋を閉じていても解る程の光と凄まじい風、そして周囲から香った青い木々の匂いに意識を取られて――体が、唐突に浮き上がった。

「ッ!!」

 何か重い物が目の前で倒れた音がする。木が裂けて倒れる音がする。
 耳が色んな音を拾って判らない。叫び声と、怒号と、何かが崩壊するような衝撃に思わず目を開けると、俺の目の前には黒い鱗の群れが見えた。

 と同時、身体がその鱗に叩きつけられて胃が浮き上がる。
 ブラックが一瞬の隙を突いて跳び、ロクの首の付け根に着地したのだ。その部分にはギリギリ【寄生木やどりぎ】の枝が伸びており、しがみ付くには絶好の場所だった。

「拘束するだけでは長くは持ちません!! 早く!!」

 アドニスの声にロクの頭の方へと目をやると、ロクは異様に小さな前足と後ろ脚を【寄生木】に拘束されたまま、首と羽の付け根をアドニスが放った巨樹の枝葉によって完全に【砲台】のフロアの床に縛り付けられていた。

 しかし、木々はミシミシと音を立てて今にも千切れそうになっている。
 それはきっとアドニスが加減してくれているからなのだろう。これ以上強い力で縛っては、ロクを傷つけてしまう。だから、最小限の力で拘束しているのだ。

「ツカサ君、どうするの?!」
「あ、頭の方へ行く……ブラック、暴れたら頼む……!」

 首を掴まれているからとは言え、頭はまだ拘束から逃れようと暴れている。
 ロクが突進して来た事で大穴が開いてしまった発射口からは、上空の強い寒風が流れ込んでくる。その冷たさに思わず体が震えそうだったが、俺はそれでも必死に進んだ。

「ロク、目を覚ませ! ロク!!」

 叫びながら、必死に頭へと近付く。
 だけど、ロクは頭を振って俺の話を聞く事も無い。
 アドニスの拘束も、後もう少しで破れそうになっていた。

 このままじゃ、何もできずに終わってしまう。
 どうすれば……どうすればいいんだ……!!

 そう思って歯噛みした俺の背後から、いきなり突風が吹きこんできた。

「ッ!!」

 その拍子に、俺のコートのフードが巻き上げられ偶然頭に被さった。
 でも、今は取っている暇すらない。
 どうすべきかと頭の方へまた近付こうとして……俺は、ある事に気付いた。

「……あれ……?」

 体を震わせるほどの、恐ろしい咆哮。
 さっきまでは体をびりびりと突き上げるような怒声だけだったのに、今は何故か違う音が聞こえる。なにか、か細い音が……。
 ……そうか、コダマウサギの耳のせいか……!

「もしかして……!」

 俺はコートを深く被って、その上から己の耳を塞ぐと、コダマウサギの耳に意識を集中させた。
 ……やっぱり、ロクの声が聞こえる。
 もしかしたら……まだ怒りに呑まれていないのかも知れない。
 まだ、元の優しいロクに戻せる可能性はある……!

「ロク……!」

 叫んだ瞬間、ロクの縛めが解ける。ブラックが俺を覆うようにしてロクショウの首にすがりついたと同時、巨体が轟音を立てて動き左右から羽ばたく音が聞こえた。
 冷たい風が、強く頬を叩く。

 何が起こったのかとブラックの体の隙間から見た周囲は、既に何もなかった。
 いや、無かったんじゃない……ロクがまた塔から離れて飛んだんだ。

「ロク、ロクショウ!! もうやめろ!!」

 叫ぶが、咆哮に掻き消されて聞こえない。
 ロクは余程拘束が痛かったのか、頭を振り回しながら上昇していく。その勢いに押され、俺とブラックはただ必死に落ちないようにするしかなかった。

「――――ッ!!」

 耳が痛い。冷たい空気と気圧に破裂しそうだ。
 このままじゃ、俺だけじゃなくブラックも危ない。空に上がったロクが何をするかも解らない。早く、早く何とかしないと……!

「ツカサ君っ……もう、限界だ……ッ!!」
「くそっ……」

 背後のブラックの声が深刻そうに訴える。
 ロクの本当の声は聞こえてるのに、俺の声が届かない。どうしよう。
 どうにかしないと、ロクが……っ!!

「…………まてよ……声が、届かない……?」

 自分で呟いて、俺は――――やっと、どうすべきかに気付いた。

「ツカサ君……!?」

 ブラックの声が聞こえるが、もう構っている暇はない。
 凍える寒さの中で、ブラックの体を借りながら必死にコートを脱ぎ、それをロクの首に広げる。そして、コートに手を当てながら必死に願った。

「どうか……どうか、頼む……この“耳”を、ロクに届けてくれ……――!!」

 全身全霊で自分の体から曜気を発する。
 迫りくる曇天が底から照らされるほどの緑の光を求め、俺は叫んだ。

「行けっ……!! 【レイン】――――ッ!!」

 そう、叫んだ瞬間。

 一瞬のうちに俺の手から腕に掛けて緑の光の蔦が出現し、コートを抑えていた掌の下から歪な音を立てて太い蔓が何本も湧き出る。
 それらは俺が意識するよりも早くコートを巻き込んで伸び上がり、ロクショウの耳であろう尖った場所にフードを被せ巻き付いた。

「――――!!」

 突然の感触に驚いたのか、ロクは鋭い悲鳴を上げて空中でうねりながら、さらに高みへ昇る。その衝撃に必死に耐える俺達を余所に、曇天に届かんばかりの場所でまた一つ空気を震わせるほどの大叫喚を上げてその喉を大きく膨らませた。

 ――ヤバい、これは……何かの“攻撃の意思がある行動”だ……!!

 止めなければ。
 何よりも早く思って、俺は――凍りつきそうになる口を、限界まで開いた。

「ロクショウ、やめろおおおおおおッ!!」

 喉が凍っても良い。壊れたっていい。だから、頼む。


 声を、聴いてくれ……――――!!


 ――――――その、絶叫が、一瞬全ての音を無音にした。
 刹那。

「……!!」

 まるで、落雷を落としたかのような咆哮が響き……ロクショウの膨れ上がった喉から、恐ろしい程の暴風が天空に吐き出された。

 その凄まじい威力はロクショウの黒い体を震わせて、俺達のギリギリの体力を奪っていく。だが、その雷鳴のような咆哮が巻き起こした眼前の光景に、俺達は……いや、恐らくその国の誰もが……目を見張った。

「…………あお、ぞらだ………………」

 ロクショウの吐き出した風は、深く厚い曇天を切り裂いて、この国の人達が見た事すらなかった「自国の青い空」を遥か遠くまで解き放っていた。
 数千年……国が生まれてから、ずっと見る事が出来なかった青空を……。

「ア……ァ…………」
「っ……ロク……!?」

 ロクの体が傾いで、翼が急に動かなくなる。
 その瞬間急な重さが体に加わって、下方から凄い風が巻き上がって来た。
 いや、ちがう。これは落下してるんだ!

「ツカサ君、こ、このままじゃ落ちるよ!!」

 ブラックが俺を挟んでぎゅっとロクの首にしがみ付く。
 俺は腕に絡みつく光を保ったまま、瞬時に下方にある塔に目をつけた。
 最早半壊し、「塔」と言うよりも「廃墟の山」に近いは、周囲に黒の瓦礫を崩落させながらもまだ根幹はしっかりと自立している。

 その様を見て、俺はあるイメージを閃いた。
 もう、迷っている時間はない。俺は落下する速度に負けないように気合を入れ、ロクの体を縛っている【寄生木やどりぎ】にギリギリ手を伸ばし、力の限り叫んだ。


「大樹よ、塔を覆いこの地に根ざせ――――――!!!」


 緑光の蔦が俺の首にまで巻き付き、空中に幾つもの魔方陣を出現させる。





 そして、蒼穹に鮮やかな緑の閃光が走り――――全てが、沈黙した。











 
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