異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編

6.恋人とは互いに盲目であるもので

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 アドニスは用事があると言うので厨房で別れ、俺は鍋と白パンを持ってブラックの元へと戻ってきた。
 もちろん、背後には俺を監視するための若い兵士が一人付いている。
 この兵士は俺と一緒に部屋に入って来るらしく、ここまで監視されていると動きづらいが……それはそれで仕方ない。まあ、ブラックと話せれば何とかなるだろう。

「あの、ドアを開いて俺を中に入れてくれませんか」

 厳重保管庫の前でそう言うと、俺に付いていた若い兵士は少し難色を見せた。

「でも、中の奴は絶対に出すなと薬師卿にいわれてるし……」
「逃げませんから大丈夫! その薬師卿にしっかり拘束されてますし、その、俺がこの塔に居る限りは大人しくしてますから……」

 だからお願い、と上目遣いで目を潤ませてみると、若い兵士は顔を赤らめて目を逸らした。……やっぱりこの方法は有効らしい。
 俺自身が今の自分の姿を見たら絶対に気分が悪くなるだろうが、禁欲している兵士ならシュミじゃなくても俺みたいなのになびいちゃうもんなんだな……。嫌な事を知ってしまったが、いざという時には有用な策になるだろう。
 …………やだなあ……俺が色仕掛けって……。
 何度やっても嫌だわ……。

「し、仕方ないな……食事を終えたら言うんだぞ」
「ありがとうございます!」

 笑顔で素直にお礼を言うと、それだけで兵士の兄ちゃんは気分が良くなったのか、上機嫌で厳重保管庫の扉を開ける。開いた分厚い扉の隙間から部屋の中に入り込むと、広い保管庫の隅にあるベッドに、ブラックがつまらなそうに座っていた。

「ブラック」

 心配になってそう声をかけた途端、相手はパァッと顔を明るくして立ち上がる。何やら様子がおかしいぞと思っていると、ブラックは顔を判りやすく顔を泣き顔に歪め……。

「ツカサ君……うっ、うう……寂しかったよぉおおお!!」
「ギャー!! 突進してくるなメシが零れるうううう!!」

 せ、せめて俺が鍋とかを置いてから突進してよお!

 出来ればビンタして止めたかったが、病み上がりだし普通に怒れないのが困る。まあ、手錠があるから抱き締めるにも段階を踏まなきゃ行けないので、いずれは止まっただろうけども。
 俺が鍋を持っている事に気付いて大人しくステイするブラックに、俺は犬の調教師のような気持ちになりながら、鍋を置くテーブルを探した。

 この「厳重保管庫」という部屋は、その名の通り巨大な金庫のように窓が無く、入り口はさっきの扉しかない。
 今は独房として使っているという話だったが、それにしては小奇麗だった。
 天井には換気口もあるし、ベッドも有る。離れた場所にはトイレが有って、独房にしては収容者に優しい感じだ。けれど、地面には鎖を取り付けるためのくいが打ち付けてあるし、ベッドも固定されている。やっぱりちょっと怖い。
 テーブルが見当たらないが……換気口から逃げられないようにするためかな。

「それでツカサ君、その鍋は?」
「え? あ、うん。その…………夕食……。まあ、食えよ」

 テーブルが無いので、仕方なく床に鍋を置いて、ブラックはベッドに座らせる。
 不思議そうに首を傾げるブラックを見ながら、俺はスープ皿にまだ温かいアヒージョをたっぷり注いで、白パンと共に差し出した。

「考えてみれば、目覚めてから何も食べてなかっただろ?」
「うーん、そう言えば確かに……」
「それにお前、体が冷えてるかもしれないと思ったからさ」

 だから食えよと言おうとしたが……ブラックの手には樹木のかせはまっているのを思い出して、俺はようやく相手が不自由な状態である事を思い出した。

「…………食べさせてくれる?」

 おずおずと言う相手に、仕方がないと頷く。
 だってこれじゃ食べられないんだもんな。考えている内に冷えちゃうし、今回は仕方ないだろう。俺が食べさせねばなるまい。

「熱いから気を付けろよ」

 そう言いながら、俺は白パンをちぎり旨味が出た油に浸す。
 口を開けろとうながすと、ブラックは初めての料理に目をしばたたかせながらも、躊躇ためらいなくパンを口に入れた。

 ベッドで食べるなんて行儀が悪いけど、床は冷たいからブラックに座らせるわけにはいかん。体を冷やしたら温かい料理を作って来た意味が無くなるしな。
 そんな事を思いながら、モグモグと無精髭が目立つ頬を膨らませているブラックを見ていると……相手は急にびくりと体を震わせる、目を大きく見開いた。

「んまっ!! な、なにこれツカサ君、すっごく美味しいね!? うわっ、パンにすっごく合う……それに煮込まれてるのも美味しいよ! これって確かカンランの油だよね、なのにこんな濃い味になるなんて……酒に合いそうだねぇ……!」

 頬を赤くして嬉しそうにパンやアヒージョを食べるブラックに、不覚にもなごんで俺は思わず苦笑してしまった。
 ブラックは濃い味が好きだって言うのは知っていたけど、ここまで喜んでくれるとは思わなかったよ。まあ、ニンニクっぽいキノコやチーズ風味の食べ物が入っているから、嫌いじゃないとは思ったけど……こうも喜んでくれると少し嬉しい。
 ほんと、ブラックってこう言う所は憎めないんだよなあ。

 ……言わないけどね。本人には絶対言わないけどね!

「これ、ツカサ君が作ってくれたんでしょ?」
「んっ?」
「だって、こんなに美味しい料理なんてツカサ君しか作れないもんね」

 パンに油を付けて残さず食べながら、ブラックは人懐っこい笑顔で言う。
 よせやい、そんな褒めたって何にも出ねーぞ! と冗談めかして返したかったのだが……そんな風に褒められると、俺は言葉が詰まってしまって。

 だけど、ブラックはそんな俺に気付きもしないで、子供みたいに素直に喜びながら、だらしない笑顔で頬一杯に旨味の染み込んだパンを詰め込んでいた。

「んんん、んあいあ」
「た、食べてから喋れ!」
「んぐ! …………はぁ~、美味しかったよツカサ君~! これツカサ君が考えた料理なのかい?」

 ぺろっと口を舐めるブラックの言葉に、嫌な事を思い出し俺は頭を振った。

「いや、母さんが簡単だからって冬に四日間三食連続でコレをやったから、嫌でも脳内に刷り込まれててな……あんときは本当に酷かった……」
「そ、そうなんだ……で、でも嬉しいなぁ、これって僕の為に作って来てくれたんだよね? おかげで体がポカポカしてきたよ」

 上機嫌でそう言いながら、油でテカテカの口周りでブラックは笑う。
 だあもうだらしないなあ!

「もう、ホラ! ちゃんと拭いて!」
「んん゛ん」

 手枷のせいで上手く両手が使えないから仕方ないけど、それにしたって大人がそんな顔でいるんじゃないよ。フライドチキン食った後の子供かお前は。
 みっともないとナプキンでブラックの顔を強引にぬぐって、口の中をすすがせるために水差しの水をコップに注いで手渡した。

 この水も俺がさっき持って来たもので、体を冷やさないように温くしておいた。
 いくら元気になったと言えども、相手は数時間前までは死にかけてた奴だし、急に冷えたら体がびっくりして変な事になりそうだから……一応、保険でな。

 もちろん料理だってそうなんだけど、認めると物凄く負けた気分になるので、ついつい俺はぶっきらぼうに顔を背けてしまう。
 我ながら可愛げがないが、だけど自分がそのくらい相手の事を心配しているって気付かれるのは、物凄く恥ずかしいんだから仕方ない。

 そりゃ、ブラックには元気になって貰いたいし、喜んで欲しいけどさ……自分のやった事を見破られるのはなんか悔しいっていうか……した事を認めて欲しい訳じゃないから、困るんだよ。

 褒められたいんじゃないんだ。俺はただ、アンタが変な事にならないようにしたかっただけで、だから褒められるとかそんなんどうでも良くて……ああもう、だからそうデレデレされても困るんだよ!!

「べ、別にお前のためじゃないし!! 俺が腹減ったから作っただけで、その、それで結果的に、お前や兵士達にまで作らなきゃいけなくなっただけで……」
「それでも、冷えないように鍋に入れて持って来てくれたり……この水だって温くしてくれたのは、僕のためでしょ? ふ、ふふふ、可愛いなあ……」

 ぐぅううう……悔しいけど言い返せないぃ……。
 反論する言葉が見つからなくて下唇を噛むと、ブラックは顔を近付けて来た。

「ツカサ君……」
「ん!?」

 驚く俺を完全に出し抜いて、ブラックは腕で輪を作りその中に俺をすっぽりと入れ込んでしまう。逃げ出す暇も無くそのまま引き寄せられて、俺はブラックの膝の上に乗せられてしまった。

「ちょっ、ちょっと」
「ねえツカサ君、僕とっても冷たかったんだ……だから、ツカサ君の体でまた僕のことを温めてよ……」
「お、お前いま体温かいじゃん……」
「心が寒いんだよう……ツカサ君と離れ離れになってばっかりだったんだもん」

 言われてみれば、この国に来てからと言うもの、俺とコイツは離れ離れになってばっかりではあったけど……だからって今やることかこれは。
 つーかにおい! ニンニクっぽいニオイがまだ取れてないんですけど!!

「わ、解ったから離せっ、においがヤバい!」
「においなんてどうでもいいよ。やっとゆっくりツカサ君を堪能できるんだから」

 そう言いながら臭いがキツい体で俺をぎゅうぎゅう抱き締めて来る。
 ああ、どうしてニンニクってオッサンの臭いって感じがするんだろう……。激しくゲンナリしてしまうが、しかしブラックの中年っぷりを体感してると、不思議とホッとしてしまう自分が居たりするわけで……。
 でも、オッサン的な体臭を嗅いでホッとするのはちょっと嫌だ……。

「あは、ツカサ君もまんざらじゃないんだ」
「はぁ!? な、何言って」
「だって顔赤いよ? ふふ、ツカサ君たら本当意地っ張りなんだからなあ」
「ぐぅう…………」

 ぐうの音も出ないっていうかぐうの音しか出ないんですが!
 つーかこんな事してる場合じゃないんだよう、俺は重要な話をしに来たのに。
 仕方ない、俺だけでも冷静にならねば……。

「ブラック、こんな事してる場合じゃないんだってば……っ」
「んん~?」
「俺、寝静まった頃にまた図書保管室に行きたいから、お前に……っ」

 付いて来て欲しい、と言おうとしたところで扉が開き始めた。

「おい、もうそろそろ良いだろう」

 そう言いながら重い扉を開けようとする兵士の声に、俺は慌ててブラックの腕から逃れる。
 開くまでに時間が有ったのでなんとか「何もない」風を装えたが、ブラックはとても不満だったのか、さっきまでの嬉しそうな顔はどこへやらのぶすくれた表情で口を尖らせていた。

「せっかく良い所だったのに……」
「あのなあ!」

 捕まってるってのに何を悠長な事を言うとるんだお前は!
 ふざけるなと言おうとしたが、その前にブラックは表情を得意気な風に変えて、俺にウィンクを寄越してきた。

「大丈夫。ツカサ君が助けてって言ったら、すぐに飛んでいくから」
「は……はぁ……?」

 突然何言ってんだこのオッサン。
 とは思ったが、ふざけた表情の中に真剣さを感じて、俺は思いとどまる。

 こんな場所に閉じ込められているのに、軽い調子でチャラ男みたいな事を言い出すって事は……なにか策が在るに違いない。
 俺がピンチになっても大丈夫ってことか。

「……ほんとにか?」
「僕を信じてよ。後はもうずっと隣にいるんだよね?」

 確かに俺はこの厳重保管室の隣にある監視室に泊まらせて貰う事になっている。
 これだけ言うって事は、この部屋から脱出できるって確証があるんだろう。
 なら、俺は頷くしかない。

「ほら、持って来たものを持って外に出ろ」

 促されて、水差しとコップだけを置いて外に出る。
 ブラックはベッドの上で笑顔で手を振っていたが、俺は振り返せなかった。
 ……いや、荷物が多くってね。とにかくこれを洗って元の場所に返さんとな。

 俺は若い兵士を後ろに引っ付けながら、後片付けをする為に食堂へと戻った。
 ブラックと抜け出すにしても、やる事はちゃんとやらねば。

 と言う訳で、再び厨房に入ったのだが……やっぱりというかなんというか、厨房の流し台には放置されたままの皿が山盛りに積み上げられていた。
 やっぱ冷蔵庫が悲惨な事になっている男所帯だと、こう言うのは「誰かがやるだろう」精神になってしまうのだろうか……。まあでも夕食当番の役目を俺が奪っちゃったわけだし、だったら後始末もしなきゃいけないよな。

「……しかし凄い量の皿だ……」

 俺は深い溜息を吐きながら皿や調理器具を洗った。
 勿論、一人で。
 ……若い兵士さん、手伝ってくれてもいいんですよ。
 俺の後ろでお気楽そうに笑ってないでさあ。

「それにしても、あの護衛奴隷とは何を話してたんだ?」
「え?」

 不意に問いかけられてその場で振り返ると、若い兵士はなんだか俺をじろじろと見ながら目を瞬かせている。
 何か体に付いているのかと思ったがそう言う事も無いようで、俺は不思議に思いながらとりあえず相手に答えた。

「話は……別に、寒くないかとか、不自由はないかって感じっすかね」
「奴隷にそんな心配をするのか?」
「はあ、まあ……一応あいつ、凄腕の剣士なので」

 ようやく全てを洗い終えて食器を直す途中も、一々兵士の視線が追ってくる。

「そうは見えなかったけどな。まあ、薬師卿がこの塔に招いたって事は、君も凄い曜術師か何かなんだろうけど」
「は、ははは……」

 話すのは良いんだけど、じろじろ見んといて下さい……。
 何なんだこの兵士。そんなに凝視しなくても、アドニスの【寄生木やどりぎ】が俺の首筋に付着している限り逃げられないんだから大丈夫だよ。
 大丈夫だからもう見ないでってば!

 全てを元の場所に返し、俺は足早に保管庫を監視するための部屋に入り込んだ。が、まあ、相手は俺の監視役な訳で……当然俺と一緒に入って来るわけで……。
 ………………。
 もしやこれ、墓穴掘った? 墓穴掘ったよねええええ!?

 いや落ちつけ、落ち着くんだ俺。
 見たところこの部屋は、昔あったと言う寝台車っていう列車の客室みたいに、ほっそいベッドが二つ向い合せで壁にくっついているぞ。
 部屋にはそれ以外に設備はない。本当に狭い部屋だ。
 ってことは、俺が一つのベッドに陣取ってしまえば相手は必然的に向かい側のベッドに着席せざるを得なくなる。少しでも距離を取れれば、何かあっても対策が出来るはず……。
 よし、ここは思いっきりコートとか脱いで占領してやろう。

 慌てながらコートを脱いで、雑に置いたように見せながら、自分のベッドの空きスペースをコートで占領する。そんな涙ぐましい努力をする俺を見て、兵士は目を細めて笑った。

「もう寝るのか? 早寝なんだな」

 がちゃん、と、重たい扉が閉まる。
 外の様子を見る事が出来るように窓にはガラスが嵌め込んであるが、しかし扉を閉めてしまうとやはり閉塞感は否めない。
 見知らぬ男と狭苦しい部屋に二人きり、と言うのは、実際物凄く怖かった。

 相手が旅の途中の異邦人と言うのなら安心できるが、目の前の相手は残念ながらそうではない。俺を監視する敵であり、しかも変な目を向けてくるのだ。例えあの視線が俺の感じ間違いだとしても、用心するに越した事は無いだろう。

 恐怖を覚えるのは真っ当な人間のしるしである。……と思いたい。

 しかし、判りやすいらしい俺の反応は、当然相手にも見抜かれている訳で。

「コートを広げたままじゃ寝にくいんじゃないのか」
「え……あ……そ、そうっすね……」
「それとも別に何か理由が有って?」
「え? い、いやー、そんな事は…………」

 ちかい、近い近い近いって!
 こっちが座ってるのに目の前に立たれると威圧感が凄いんですってば!

「皆まで言うな、解ってるさ」
「解ってるって、なにが……」
「人肌が恋しいんだろう? ん?」

 はい、きた。来ましたよ。来て欲しくなかったけど来ちゃいましたよこの展開。
 上目遣いして反応が有った時からヤバいかなって思ってたけども、どう考えてもこの兵士の兄ちゃん、禁欲し過ぎて頭がおかしい事になってますよね。

 ブラック助けて、と言いたいところだが、俺も男だ。ここは平和つスマートに話し合いとメンチ切りで回避せねば……。

「俺はそんな気は有りませんし、勘違いしないで下さい」
「そんな赤い顔して見上げて来て勘違いするなってのは冗談きついぜ」
「なっ……い、いやこれはさっきまで気合入れまくってただけで!」
「ほー? 気合を入れて俺を誘おうとしてたのか。なるほど、お前もタマってんだな? はは、良いぜ……こんな場所じゃあ人も来ねえだろうし、たっぶり楽しもうじゃないか……ハァハァ……」
「アーッ!! 典型的モブお兄さんだコレー!!」

 ちょっとまってこのタイプのは初めてなんですけど、人の話を聞いてくれないんですけどこのお兄さんんんん!!
 俺が絶叫する合間にも相手は腰を屈めて両肩を掴み、そのまま俺をベッドに押し倒してきやがる。それ以上の事はさせて堪るかと思い俺は必死に体を戻そうとしたものの、相手は腐ってもこの塔を守護する騎士であり、俺の貧弱な体力では敵うはずも無く……。

「コートも脱いでヤる気マンマンだったんだよな? へへ、解ってるぜ」
「解ってない全然解ってないって!! アンタ外で一発抜いてこいよ、なんで俺に発情してんだって冷静になれるからァ!!」
「なんだよそれ勿体ない。お前みたいな上玉が目の前で誘ってくれてるってのに、無駄打ちしちまったら楽しむ回数が減るだろうが」
「俺は楽しみくないって言ってんのおおお!!」

 ちくしょう、こうなると曜術が使えない。
 集中しようとすると隙が多くなっちゃうし、圧し掛かられていたんじゃ逃げることさえ難しい。この野郎、どうしてこの世界の男どもはみんなこうも体格が良くて背が高いんだよ! 俺への嫌味か、嫌味なんだな!!

「おう、怖いのか? ……ははーん、さてはお前、奴隷とばっかり乳繰り合ってて、他人とは遊び慣れてないんだな? へへっ、いざとなったら怖くなったか。大丈夫だぜ。天井の換気口の網目を見ている内にすぐ終わるからよ」
「そんな昭和な!!」

 いやあれは「天井の染みを数えている内に終わるよ」だっけ!?
 どうしよう、そんなんやられたら困る、今はただでさえ【寄生木】のせいで力が足りてないのに、またこんな事をされたらブラックが怒る。だけど俺一人じゃ何も出来ないし、こんなの、ああもう、だああ畜生!!
 こうなったら、もうあの手しかない……!!

「たっ、たすけて……っ、ブラック、助けて――――ッ!!」

 あらん限りの声で、思いっきり叫ぶ。
 だって、ブラックは飛んで来てくれるって言ったじゃないか。
 なら、叫ぶしかない。
 そう思って不意に天井を見た、その瞬間。

 ――――ガコッ。

「……えっ」
「あ?」

 換気口の網が外れた……と、思ったら。
 そこからぬるっと何かが這い出て来て、一瞬で俺に乗っかっている兵士の後ろに回り、ゴキッという嫌な音を部屋に響かせた。
 その時間、数秒。

 何が起こったのか解らずに瞠目している俺の目の前で、兵士がガックリと項垂れてもう一つのベッドに飛んだ……いや、放り投げられた。
 これって……まさか…………。

「ぶら、っく……?」

 換気口から現れた背の高い影に問いかけると、相手はこちらに振り返る。
 その姿は、まぎれも無く……俺が助けを求めた、捕らわれているはずの恋人で。

「……ね、言ったでしょ? ツカサ君が呼んだら、すぐに飛んでくるって」

 そう言って大人の笑みで優しく微笑んだブラックに、俺は不覚にも心臓が痛くなるほどの衝撃を覚えてしまった。










 
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