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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編
狭い場所で迫られると心臓に悪い 2
しおりを挟む神滅塔というゴツい名前が付いていても、人が常駐している以上は厨房や食堂が存在する訳で、このホロロゲイオンにもちゃんとした厨房が整えられていた。
「おおおおお!! システム・キッチン!」
「何ですかそれ」
「いやごめん、なんか言って見たかっただけ」
本当すみません、システム・キッチンってどういう意味か解ってないです。
高機能なキッチンだからって、つい言っちゃいました。
いやでもそう言ってしまっても仕方ない。なにせ、俺の目の前にある食堂兼厨房は、とてつもなく良い設備が揃っていたのだから。
「火を細かく調整できる高機能曜具なかまどに、コックを捻れば水が出てくる流し台……それにこれ……なに!? このデッカイ箱ってもしかして……!!」
キッチンの端に置いてある、長方形の金属の箱。これはどうみても……どう見ても……冷蔵庫だ!! 俺の念願の冷蔵庫がここにあるんだ!
思わずアドニスを振り返ると、相手は俺の興奮具合がおかしかったのか、くすくすと苦笑しながら口に手を当てた。
「開けて大丈夫ですよ。そこに食料が入ってます。私達にも料理を作ってくれるというのなら、厨房の食材は自由に使って構いません」
「マジ!? やった、ありがとー!」
大喜びで駆け寄ってドアを開けて――――俺は固まった。
「こ、これは…………」
おかしいな。冷蔵庫を開いたはずなのに、俺の目の前には空が見えるよ……。
長方形の空間には目の細かい網が貼られていて、そこにはいくつか棚があり、棚ごとに酒だとか食材が置かれていた。
「…………さぶい……」
ああ、そうか。これって天然の冷蔵庫なんだ。
この厨房は、常冬の国の高い場所に存在する。だから、こうして外の風が抜けるスペースを作れば、冷やす機能を付けなくても立派な冷蔵庫になってしまうんだ。
ち、知恵は素晴らしいけど、これ凍りやしませんかね……。
「その箱は、この塔専用の氷室みたいなものです。網には伝熱性がありますから、多少寒くても中の食材は凍りませんよ」
「ほあぁ……確かに言われてみると網がぬるい……」
これって保冷庫なのか保温庫なのか微妙なラインだな……。
でもなんにせよ冷蔵庫があるのは凄く嬉しい。俺はちょっと楽しくなりながら、冷蔵庫(と呼ぼう)の中の食材を確認した。
「えーっと食材は……当然あるバターテと卵とリモナの実となんかのキノコと……コダマウサギの心臓干しか……なあアドニス、この肉と瓶に入った砂はなんだ?」
「ああ、それは青銅鳥の肉です。ヒポカム程ではありませんが、安価で買える鳥肉ですね。あと、その瓶のは砂ではなく黒辛粉といいます」
「コクシンコ?」
「辛味があるんですよ。少しだけ舐めてみてください」
言われるがまま、小指にほんのちょこっとつけて舐めてみると、じわじわと刺激が舌を突きぬけて来た。こ、これ唐辛子だ……!
すげえ、やっとちゃんとした調味料に出会えた気がする。
塩と胡椒と砂糖は当然あったけど、それ以外の調味料がほとんど無くていきなりソースって感じだったから、こういう調味料はないと思い込んでたよ。
ニンニク風味の野草とかは知ってたが、アレは調味料と言うより野菜って認識だったから、初めて発見した気分だわ。
となると、この大きいマッシュルームみたいな白いキノコも、俺の見立てとは違うんだろうか。
「アドニス、この白いキノコは?」
「ニオイタケですね。スライスして軽く焼くと、わりと独特の臭いがします。兵士達が晩酌用に突っ込んだんじゃないですかね」
「ニオイタケ……」
ちょっと嗅いでみると、ニンニクみたいな匂いがした。
ってことは、これってマッシュルーム+ニンニクって感じの植物か。
…………ちょっと待てよ。肉に調味料にニンニクって……この冷蔵庫、晩酌用の食材ばっかじゃねーか!!
「おいっ、メシっていうかつまみ用の食材しかねーぞ!?」
「その辺に関しては本当にすみません、私も予想外です。常駐騎士たちがここまで怠惰な生活をしているとは思いませんでした……監督責任ですね……今度兵士達は塔の軒先に吊るしておきます」
「や、やめて……」
お前なんでそう他人に厳しいんだよ。やめてくれよ怖いから。
いやでも、肉はあるんだし調味料やニンニクまで有るんだから、料理を作れない事は無いよな。ちゃんとした調味料は別の所に有るだろうし、それ次第では俺が知ってる料理を作れるかもしれない。
「なあ、白パンや塩胡椒は当然あるよな? 油ってどのくらいある?」
「油ですか……そう言えばありませんね。どんな油が欲しいんですか」
「え? ああ、出来ればカンランっていう木の実からとれる油が欲しいんだけど」
「ああ、東の島でよく見られる植物ですね。良いでしょう」
「?」
何をするのかと思っていると、アドニスは突然地面に掌を向けた。
「我が『緑樹』の名に於いて命ず――――命無き大地に芽吹け【カンラン】――」
そう言った瞬間、まるで早送りでもするかのように何もない鉄の床からにょきっと芽が出て来て、あっという間にカンランの実がたわわに実った木が生えた。
こ、これが緑樹のグリモアの力……曜気も種もない場所に、これほど簡単に木を生やして、果実をつけた状態にまで成長させるとは。
「木は長く持ちませんから、早く必要な分だけ採って下さい」
「はっ、はいはい!」
どたどたと慌てて取れるだけの実を採取すると、カンランの木は急に萎んで枯れ始め、跡形も無く消え去ってしまった。
「グリモアの力でも、生やし続けるのは無理なのか?」
「いえ、出来はしますが、一回使うとその時に出現させた植物しか操れなくなるので面倒なんですよ。ただ生やすだけなら無限なんですけどねえ」
「ふーん……やっぱでっかい力でも、考えて発動しなきゃ駄目なんだなあ」
そう言えばブラックの幻術も、自分と同じ魔導書使いに対しては「目を会せなければ術をかけられない」という制限があったっけ。
グリモアは巨大な力だけど、ただ使うだけじゃ術の力に溺れるだけなんだな。
……まあ、それは俺の“黒曜の使者”の力にも言える事か。
「それで……どんな料理を作るんですか?」
「うん、せっかくオリー……カンランの油を貰えたから、アヒージョを作ろうかと思ってさ。アレなら俺でも簡単に出来そうだし」
「あひーじょとは……」
「えーっと……簡単に言うと、油でモノを煮たシチューの亜種だ」
「なるほど、変わり種シチューでしたか。しかし胃にもたれそうですね」
この説明で解るのかよ。さすがは年中シチューとバターテの国……。
いや理解して貰えただけありがたいんだ。ヒいてはいけない。
俺だってアヒージョの事をもっと詳しくとか言われても、ぼんやりとした作り方しか知らないから解らないしな。突っ込まれなかっただけ良しとせねば。
変なものだと思われたらその分美味しいと思う気持ちは減る訳だから、理解して貰えて感謝すべきであって、ヒくのはちょっと不躾だったな。反省。
んじゃまあ、準備も整ったし調理していくか。
「アドニス、良かったら手伝ってくれる?」
「構いませんよ。何をすればいいんですか」
「じゃあ、とりあえずカンランの実を全部割って、桶に油を取り出して置いて」
用意した材料は、冷蔵庫にあった物のほとんどだ。もちろんコダマウサギの心臓干しや黒辛粉も使わせて貰う。
俺はまずバターテを角切りにすると、前にもやったように塩胡椒で甘さを抑えるように少し炒めて中まで火を通しておく。コダマウサギの心臓干しと青銅鳥の肉も食べやすいようにカットし、ニオイタケはマッシュルームらしく切り揃えてみた。
青銅鳥の肉は全体的にササミのようだが、何故か崩れにくい。
何が青銅なのかちょっと気になるが、肉は鉄臭い感じはしないので多分肉以外の部位が青銅なんだろう。とりあえず煮込んでも崩れなさそうなので安心だ。
「ツカサ君、カンランの実から油を取り出し終わりましたよ」
「お、あんがと。あとは……深い鍋に材料とカンランの油を一緒にして……」
最後は黒辛粉をとりあえず小さじ一杯で振り掛ける。
あとは中火っぽくなるようにしながら、コトコト煮込むだけだ。
「これだけですか、案外簡単なんですね」
「うん、まあこの材料で作るのは初めてだから、味見しないとだけど……」
ニオイタケに火が通ると、ニンニクのいい香りがほのかに香り始める。
カンランの油のオリーブオイルっぽい匂いも相まって、食欲をそそられるな。
「どれどれ……うん、結構イイカンジ!」
鷹の爪がないから心配だったけど、黒辛粉がうまいこと噛み合ったようだ。
「私も味見していいですか」
「いいよ。はい」
そう言いながら取り皿に少しよそってアドニスに渡そうと横を向いたら、視界の端になにやらギュッと詰まったような物が見えた。
恐る恐る振り返ってみると。
「……ひっ…………」
厨房の入り口に、男達がどっと集まってぎゅうぎゅうに詰まっている光景が……ってお兄さん達いつの間に集まってたんですか!
音も無く忍び寄って来るのやめてホントに。怖い。
「な、なんすかこの良い匂い」
「カワイコちゃんがりょ、りょ、りょうりを」
「夢っすか、夢っすよねこれ……しかも薬師卿も一緒とは……」
「おい、俺を殴れ。この良い匂いも少年も夢かもしれん」
夢夢うるせえな、アンタら今までどういう食生活してたんだよ!!
「なにバカな事を言ってるんですか。この子がせっかくご飯を作って貰ったんですから、すぐに席に付きなさい。……早くしないと、可愛い少年が作ってくれた夕食を食べさせませんよ」
「は?」
何言ってんだこのマッド眼鏡。
色々と納得できない単語があったが、そんなことで兵士達が大人しく席につ……着席してる。めっちゃ背筋を伸ばして着席してるうう……。
なにそれ、どういうことなの。この人達そんなにメシ食いたいの……?
「良かったですねツカサ君、モテモテですよ」
「バカな……」
「彼らも禁欲生活を強いられているような物ですからね。せめて君の手で、彼らにアヒージョを運んでやってください。私がお皿に注ぎますから」
「えぇ……」
ちょっと、何決めてんですか。
兵士の人達も何口笛ピューピューして「イヤッホォオウ!」な感じで片腕上げてるんですか。禁欲生活が辛くて、もう若けりゃ男でもいいってのか。
こう言うのって、普通は美少女がやるもんだけど……仕方がない、早く済ませてブラックにも上手く行ったアヒージョを持って行ってやらねば。
アドニスにアヒージョと白パンを次々貰いながら、俺は総勢三十人の男達に判りやすい作り笑顔でアヒージョを持って行った。
……のに、兵士達はそんな笑顔にすらでれでれと顔を溶かしてきやがる。
本当勘弁して。口説いて来ないで、ブラックみたいにどもりながら顔真っ赤にしないで、お願いだから普通に料理を受け取って下さい。
ブラックとクロウだけでも精一杯なのに、これ以上「男に好かれる」って事実を確認したくないんですよ俺はァ!! 頼むから一人だけでもまともな受け取り方をしてくれよおおお!!
ちくしょう、全員もれなくねっとりした視線を向けてきやがって。
もうおうち帰りたい。
「凄いですねツカサ君、皿を配るだけで男達が発情してますよ」
「頼むからやめて」
厨房に戻って来てもこの調子だよ。
禁欲してるからこうなってるんだと思いたいのに、どうしてからかうような言葉を言ってくるんだこのドS眼鏡め。
「でもほら、喜んでいるから良いじゃないですか」
そう言いながらアドニスが顎を軽く動かす先には、泣きながらアヒージョを貪っている兵士達が居る。
集団のいかつい男達が泣きながらメシを貪る姿は物凄い光景だったが、目を逸らしても泣き声が聞こえて来るのでどうしようもない。
「ううぅ、美味い……美味いっすよ……!」
「これはたまらんな……ワインが欲しくなる!!」
「男の子の手料理ってだけでも嬉しいのにこんなに美味いとは……」
……いいけどさあ、喜んでくれてるならいいけどさあ……。
「ツカサ君、ワインが欲しいそうですよ。持って行って、可愛くお酌してあげたらどうです?」
「勘弁してくだちい……」
せめてワインは自分で飲んで下さい。
つーか俺恋人いますから!! もうそういうのいらないですから!!
「後片付けは自分でやるように言ってくれよ……あんまり置いてたら、折角作ったのに冷めちまう」
「恋人一筋ですか、泣かせますねえ」
「うるさいなあ!」
「おやおや、本当の事を言われて激昂するとは……。まあもう少し待って下さい。兵士の一人に君を監視させるように言わないといけないので」
…………こう言う所はしっかりしてるよなあ、もう。
→
※次ちょっとモブに襲われかけるので注意。
※以前話中で説明しましたが、オーデルの「シチュー」は牛乳を使った
シチューではなく、ロシアの「シチー」に近いです。
この世界では牛乳(バロメッツの乳)が手に入りにくいので、日本で言う
シチューはめったに見られない料理になっております。
なので、シチューとは言っても結構なんでもありな汁物料理だったりします。
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