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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編
30.知るべき事、知るべきではない事
しおりを挟む泣きながらブラックの体を温めて、だいぶ時間が経った頃。
俺達をじっと見つめていたアドニスが、不意に立ち上がったかと思うとブラックの濡れた服へと近付いた。
そうして服を矯めつ眇めつ観察すると、その服を地面に広げ手を翳す。何をするのかと涙も枯れ果てた俺がじっと見つめていると――アドニスは、ブラックの体のサイズに合わせた蔓で編んだローブのような物を作り、渡してくれた。
「この男を殺したら、不都合な事が起きそうなので」という言葉を添えて。
……アドニスが言うには、ローブは細かく蔓を織り込んであるので裸でいるよりは大分マシになるらしい。確かに、即席の蔓のローブは細かい網目でしっかり織り込まれていて、見た目よりも防寒性が有りそうだった。
それになにより、このローブは普通の物と同じく軽くて柔軟性がある。
これなら、ブラックが目を覚ました時も動き易いだろう。
今までは俺が人肌と【ウォーム】で温めていたが、より保温性が増すはずだ。
ブラックにそれを着せると、俺の熱が離れた事に違和感を感じたようで僅かに顔を歪めたが、それでも暖かい服を着せられた事が感覚で解ったらしく、眠っているというのに安堵したかように表情を緩めていた。
ああ、これだけ顔の筋肉が動くなら、本当にもう大丈夫だ。
良かった…………ブラックが、無事でいてくれて……。
「…………」
また涙腺が緩みそうだったが、ぐっと堪えて俺は自分の服を着た。
あれからずっと曜術を使い続けていたせいか、正直今の俺はいつ意識が途切れてもおかしくない程に疲労している。……だが、まだ倒れる訳にはいかない。
アドニスが目の前にいる以上、油断する訳にはいかなかった。
落ちそうになる意識を叱咤して浮上させつつ、俺はブラックの側に座りこむ。
仰向けで寝ているブラックに寄り添う俺に、少し離れた場所に居るアドニスはじっと金色の瞳を向けていたが……やがて、ぽつりと呟いた。
「……どうしてですか」
「え……?」
「どうして君は、他人の為にそれほどまで命を捧げられるんですか。それは、彼が恋人だからですか? 恋人だから、あれほどまでに必死になって助けたんですか」
嫌味で言っているのではなく、本当に理解出来ないらしい困惑した声音だ。
そんなこと、聞くまでもないだろうに……。
いや、アドニスはその聞くまでも無い事が解らないのかもしれない。
だからこんなに困惑して、俺を攫った事も忘れ今の状況に戸惑っているんだ。
相手の変化に俺は少し妙な感じを覚えたが、当たり前の事を答えた。
「人を助けるのは、人として当然の事だ。……例え恋人じゃなくたって、俺の事を助けに来てくれた奴を放っては置けないよ」
「恋人だからではないんですか」
「……それとこれは、関係ない。……だけど……俺が泣いたのは、ブラックがそれだけ大事な奴だからだ。……認めるのは、悔しいけど」
目を閉じているブラックの頬に手を当てて、肌が冷えていないか確認する。
触れていないとどうしても不安で、ブラックから目が離せなかった。
……こんなこと、人に言うなんてどうかしてると思うけど……でも、今はちゃんと言わないといけないような気がした。
俺は、ブラックが大事なんだって。
アドニスはそんな臆病な俺をじっと見つめていたが……やがて、彼らしくもない気の抜けた声でまたぽつりと呟いた。
「…………初めて、人に叩かれました」
「そうかよ」
呟くアドニスに、ぶっきらぼうに返す。
だが相手は気にせずに続けた。
「理解出来ません。自ら不利な状況に飛び込んで、死ぬ可能性があるのに躊躇いもなくモンスターに立ち向かって、なりふり構わずに自分の命を削って他人を必死に助けようとするなんて……どう考えても、無駄な事でしかないのに」
ブラックの手を握っている俺を見て、アドニスは目を細める。
人を助ける事を生業としている人なら激怒する言葉だろう。俺としても信じられない価値観だと思ったが、あまりにも自分とは違いすぎるせいか、おかしなことに俺はアドニスに対して怒りよりも疑問の方が強くなっていった。
どうして、そんなに損得勘定でしか物事を考えられないのか。
何故、人との繋がりに対してそんな感情しか抱けないのか。
父親が居て、母親が居て、真っ当な生活を送って来ただろうに、どうしてこんな風に歪んでしまったのだろう。
これじゃあ、人に好かれるはずも無い。
……俺とブラックは全然価値観が違うし、歪な理解の仕方をしたのかも知れないけど、それでもお互いを好きになる事が出来た。ブラックは時々凄く最低な奴だけど、それでも俺は……こいつが好きなんだ。どうしようもないくらい……。
だから、少しだけかもしれないがブラックの事を理解してやれた。
ブラックだって、俺の事を理解しようと頑張ってくれていたんだ。
そうして頑張って来たから、アドニスの理解を拒否したかのような感情が不思議でならなかった。
「……俺がどうして叩いたか、解るか?」
静かに聞くと、アドニスは少し考えて眉間に皺を寄せながら答えた。
「交尾に適した相手を、私が勝手に殺そうとしたからですか」
あまりに的外れな答えに……いや、アドニスからすれば一番理に適っているのであろう答えに、俺は何と言っていいのか微妙な顔で眉を顰める。
アドニスの言葉からは、人としての感情が何一つ見えてこなかった。
彼が答えた事は、本能から来る行動を遮られた事に対する激怒や、自分に利益のある存在を奪われたがゆえの「所有権の侵害」への報復行動でしかない。
愛していたから、とか、大事な人を見殺しにされて怒った、とか、そういう他人を思うがゆえの行動が、まったく予想されていなかったのだ。
…………どうして、そんな風にしか考えられないのか。
俺はブラックの手を少し強く握って首を振った。
「大事な人を……守りたい奴を傷つけられるような事をして、怒った。最低だって思ったから反射的に手が出たんだよ」
「理解出来ません」
「アンタだって……。そうだ、大事な植物が有って、それを他人に傷つけられたら怒るだろう? 自分の大事な物を他人に理不尽に奪われそうになったんだぞ?」
「植物なら、他人に触らせるような所になど置いておきません。第一、傷がついて死ぬような植物なら、私の計画には必要ないので枯らします。そのまま育てていても、資源の無駄ですので」
「っ…………」
例えが悪かった、のか?
いや、違う…………多分アドニスは“それが最も利益になる”と言う考え方でしか動けないから、そういう考え方しか出来ないんだ。
だから、人間に対しても損得でしか判断できない。俺に対しても、そう言う気持ちだったから実験体だのなんだのと言っていたんだろう。
……でも、だったら……。
「じゃあ…………」
「……?」
「じゃあ、お前のお母さんが……何も悪い事をしていないのに、誰かに殺されたとしたら……お前は、怒らないのか? 他人を憎らしく思ったりしないのか……?」
極端な例だと思う。
だけど母親の事以上にアドニスの心を揺さぶるような言葉が考えられなくて、俺は罪悪感を覚えながらもじっと相手を見詰めた。
どう答えるんだと視線で訴えるように。
アドニスは、そんな俺の問いに黙り込んだが……ややあって、顔を上げた。
「……ツカサ君、私の母親は妖精の国に殺されたようなものだ――と言ったら……君はどう思ってくれますか」
「え…………」
それは……どういう事だ……?
顔を歪める俺に、アドニスは少し目を伏せる。
「母様は、城とあの別荘にしか居場所が無かった。王に愛されたとて、相手は結局異種族です。そして、その異種族だらけの国で、彼女は一人ぼっちだった。植物を愛でる事も、国を良くしようとする考えも、何もかも理解されず……ただ城という牢獄にあって、老衰して死ぬ直前まで『愛』という良く解らない言葉の鎖に繋がれて、不自由なまま生きて死にました。それは……飼い殺しと言う、立派な殺人行為ですよね? そうだとは思いませんか」
話が見えてこない。
だけど、その「飼い殺し」に関して、アドニスが異様な嫌悪を覚えている事だけは理解出来た。
「あの男は、籠の鳥のように不自由な母様の事を、最後まで愛していると嘯きました。けれど、結局その愛とやらは何もできなかった。私のことを『愛している』と言った母の言葉ですら、大した意味は無かった。耳が尖っておらず羽も無い私は『混血』と揶揄され、ことあるごとに妖精達に差別され、面白がられ、遠ざけられた。その『愛している』という言葉は、私になんの利益も与えてくれなかった」
「…………」
「大事なものとはなんですか。愛とはなんですか? 言葉でしか示せない実の無い存在を、どうして貴方達はそう簡単に仮定し信じられるんです。そんな言葉など、目に見える結果にすらならない表現など、ただの足枷や呪いにしかならない。……信じていれば、バカを見る。だから、私は理解出来ないんですよ。そんな証明できない言葉に振り回されて、損をするような行動を起こす貴方達が」
だから、叩かれた事の意味を理解出来なかったと言うのか……?
アドニスの捻くれた、だけどそれ以上に真っ直ぐで嘘偽りのない辛辣な言葉に、俺は何も言えずただ黙っている事しか出来なかった。
……根本的な考え方が……俺とは違い過ぎる。
俺は、人を好きになる事や「愛しい」と思う事に、理由なんて付けられない。
好きだと思ったものは好きだし、嫌いな物は嫌いだ。
だから、好きな物を守るためだったら喜んで傷を負うし、好きな人の笑顔が一番大好きなら、その笑顔をずっと見ていたいから何だってする。
何百年後にはもう証明できないとか関係ない。
今その人が好きだから、好きって言うしかないんだ。そんな俺じゃあ、アドニスの感覚はとてもじゃないが理解出来ない。だって、それが普通の事なんだって俺はずっと思っていたから……。
――そこまで考えて、俺は、アドニスが“人間ではない”事に気付いた。
「………………」
そうか。そうだった。
彼は、俺達よりも長い時間生きて来た存在だ。
だから、理解出来ないなんて当然だったんだ。
……アドニスは、俺達が生きる倍以上の時間を生きて、母親に愛されていた時間よりも長い時を生きて来て、その中でずっと孤独と寂しさを味わって来たから……感情が欠けてしまった。いや、他人から向けられる「好意」という、目に見えない物が信じられなくなってしまったんだろう。
彼は、確かに母親に愛されていた。だけど、その愛は短すぎた。
永遠の時を生きる妖精族にとって、アドニスのお母さんの「人間としての愛情」は、ほんの一瞬の事でしか無かったんだ。
それ以上に、孤独と寂しさを味わう時間が長かった。長すぎた。だから……。
「母親の事、それだけ覚えてるのに……忘れちまったのか?」
俺のその言葉に、アドニスは眉間の皺を深くして軽く首を傾げた。
「忘れるとは、何の事ですか」
「母親に抱き締められた時に、嬉しくなったりしなかったか? 母親と離れ離れの時に、お前は寂しく思ったりしなかったか? 一緒に居て心地のいい人と離れたくない、ずっと一緒に居たいって思うのは、恋や愛に少しだけ似た感情だ。お前は、そう言う事は覚えていないのか……?」
厳密に言えば違うかもしれないけど、でも「好意」という点では同じだと思う。
相手を気に入っているから、離れたくない。そういう気持ちはきっと、恋や愛に発展する手前の感情だと思うから。
だけど、アドニスは酷く悩むような顔をして視線を彷徨わせる。
その仕草だけでもう、彼の中からはそう言う感情が消えてしまったのだと言う事が理解出来てしまって、俺は酷く暗澹たる気持ちになった。
「……俺は、あんたを許せない。……だけど……今のあんたは……可哀想だ」
心からそう思って、俺の手よりも大きなブラックの手をぎゅっと握りしめる。
けれど、その言葉すらも理解出来ないのか、アドニスは眉根を寄せていた。
「可哀想……? 実の無い憐みは、ただの侮辱ですよ。……吹雪が止んだら、この洞窟から出ましょう。皇帝陛下が街に戻る前に、我々は戻らねばなりませんから」
「…………」
あくまでも自分の計画を優先させる気なのか。
睨む俺に、アドニスは同じような不機嫌な表情を浮かべて立ち上がった。
「吹雪の様子を見てきます」
「…………」
「私はここに居ない方がいいでしょう?」
人が言い辛い事を言う。
だけど、それはアドニスが他人の言動を理解しているからに他ならない。
…………どうしてそこまで人の事を理解していて、理解出来ないと言うのか。
アドニスの事は、憎らしい。もう、今までのように気安く話しかけたくもない。
自分がこれから「材料」として組み込まれる事も予想出来た。
だけど、それでも……アドニスのちぐはぐな姿を見ていると、感情のままに憎むべきかどうか解らなくなってしまって。
自分でも、どうしたら良いのか見当がつかなかった。
「ブラック…………」
アンタなら、何て言うだろう。
俺が解らない事でも、俺よりたくさん苦しんで一生懸命生きて来たアンタなら、ちゃんとした答えを教えてくれるのかな。
「…………早く……起きてくれよ……」
無精髭でちくちくした頬を撫でて、赤い髪を梳く。
これ以上はどうしようもない事が悔しかったけど……一度にたくさん術を使ったせいか、だんだんと意識が霞んできて。
「……ぶら、っく……」
眠ってしまうのなら、せめてブラックが少しでも暖かいように。
そう思い、俺はブラックを横から抱き締めるように体を密着させて目を閉じた。
◆
――――何も見えない世界。
黒に塗りつぶされた空間で、声がする。
『何故力を行使しない』
男か女か、女か子供かも判らない、抑揚も無くただ低い声。
地の底から絞り出されるようなその不快極まる声に、耳を塞ぐ。だが、声は暗闇の中で衰える事は無くまた耳に響いてきた。
『お前はこの力を知っているはずだ』
何の力だ。そう言い返したいが、声が出ない。
無意識に握り締めた拳が声の言う「力」を知っていると肯定しているようで、酷く不快だった。そんな自分を急かすように、声はまた響く。
『全てを奪え。何を恐れる事が有る? 手に入れた力は、使ってこその存在。己が求めた“すべてを奪う力”を使えば、お前は倒れずに済んだはずだ』
うるさい。
頭痛がする。あまりにも不快だ。
『いつまで宝の持ち腐れでいるつもりだ。全てを失う事を恐れているのか? ……ならば、安心するがいい。お前が憂う事は、もはや何もない』
どこかあざ笑うかのような色を含んだ声に、顔が疑問に歪む。
憂う事は何もない、とは、どういう事なのか。
声の言う「力」は、最早使う事は出来ないと思っていたもの。
決して愛しい人に見せてはならない、禁忌の力だ。
それを恐れる必要が無いなんて、自分に都合のいい夢であったとしてもあまりにも悪質だった。
『今そこにあるモノを――――お前のためのものを、喰らえ』
自分のための、もの?
そんな物が、この世に存在すると言うのだろうか。
『目を開けて、喰らえ。存分に貪るがいい。お前のための、渇望を埋める……だ』
何を言っているか、聞き取れない。
徐々に砂嵐のような音が混ざり、声が何を言っているのか解らなくなってきた。
『絶……力…………支配……が――…………黒…………――――』
意識が朦朧として来た。
聞こえていた声すらも最早なんだったか解らなくなって、沈む。
そのまま、暗闇の中で開いているかどうか判らない目蓋を閉じた。
「――――――…………」
自然と、自分が目覚めている事に気付いた。
あの妙な夢からどのくらいの時間が経ったのか。息を吐こうとして――
やけに喉が痛くて、カラカラに乾いた口内を舌で舐めた。
上顎に、ざらついた舌が張り付く。そうしている内にじわじわと唾液が溜まって来て、ようやくひりつく喉に流し込んだ。けれど、それでも喉は水を渇望する。
耐え切れずに、重い目蓋を開き――――ブラックは目の前の風景に困惑した。
(…………岩……。ここ、は……どう、くつ……?)
確か自分は、ツカサを取り戻すためにあの男の跡を追っていた。
そこでコダマウサギの群れを不意打ちするかのようにけしかけられ、苦戦している最中に雪崩に巻き込まれたはずだ。
だが、死んでたまるかと必死に抵抗し、体内に宿る炎の曜気全てを消費する勢いで雪を解かそうとしていたのだが……一体どうして、洞窟に居るのだろうか。
もしかして、自分はあの状況で助かったのか。
考えて、今の自分がズボンと妙なローブだけを着ている事に気付いた。
目を動かさなくても解る。暖かい感触と共に体に密着した服は、自分が着ていた上着とは全く違う感触だったからだ。それでズボンはそのままなのだから、嫌でも違和感は出てくる。
しかし、どうして自分の服が半分以上なくなったのかと思い、ブラックは自分の体の上に何かが乗っている事に気付いた。
軽いが、確かな重さが有るなにか。
暖かい“それ”にゆっくりと目を動かして……ブラックは瞠目した。
(え…………ツカサ……くん……?)
信じられない。
自分が必死に追いかけていた相手が、今、自分を温めるように抱き締めて眠っている。ブラックが凍えないようにと温かい掌で耳を覆い、首に優しい腕を寄せ、柔らかい足をいっぱいに伸ばして、体全体で抱いてくれていた。
(ゆめ、だろうか…………いや……夢じゃない……)
と言う事は、自分はツカサに助けられた事になる。
……自分が助けるつもりで追いかけて来て、攫われた相手に救われるとは。
男としてはかなりの醜態だったが、けれどもツカサが助けてくれたと言う事実は、ブラックにとっては至上の喜びでもあった。
自分の愛する存在が、自分の命を救うために動いてくれたのだ。
それは想像を絶するほどの喜びであり、耐え難い程の衝動を覚えさせた。
(ツカサ君…………ツカサ君……っ)
鼓動が、吐息が、暖かい肌が、ツカサの全てが意識を鮮明にさせて行く。
うまく動かない手で目の前の体を抱き締めて、その胸に鼻と額をすりつけると、何故だかいつも以上に良い匂いがするような気がした。
あの横恋慕熊がいつも「ツカサは良い匂いがする」と言っていたが、こんな匂いなのだろうか。確かに良い匂いだ。
甘くて、体の中をざわつかせるほどに強い酒のような香りがする。
いつまでも包まれていたい。
この愛しい少年の暖かさに包まれて、眠りたい。
幸福感を覚えながら体を摺り寄せ、ブラックはまた目を閉じようとした。
――――が。
「…………――――」
目が、閉じられない。
(…………?)
これ以上はもう動けないほどに疲弊しているはずなのに、体が妙にざわついて、ツカサを抱き締めている腕が小刻みに震えた。
だが腕を離そうとしても離す事が出来ず、喉がまたカラカラに渇いて行く。
(なんだ、これは。なにがどうなって…………)
苦しい。熱い。喉が渇く。酷く飢餓感を覚えて、良い匂いのする目の前の柔らかな肢体に滅茶苦茶に噛み付きたくなる。
「はっ……ぅ……」
渇きを拭い去りたい。飢餓をその体で鎮めたい。
コートを引き裂き裸にして、柔肌に噛みついて、悲鳴と嬌声で耳を潤しながら、その体の内を命が枯れ果てるまで喰らい尽くし――――
(……ち、がう……僕は……、僕は、こんなこと……したく、ない……!)
先程まで自由に動かせなかった腕が簡単に動く。体が持ち上がる。
なのに意識はまた混濁し始めて、興奮だけが脳を支配していく。
こんなのは、おかしい。変だ。そうは思っても、眠っているツカサを見ると体内で暴れ狂う衝動は増し、生贄のように横たわる姿に心臓は強く脈打った。
(だ、めだ……だめだ、だめだだめだだめだ……!!)
ツカサは、必死に自分を探して助け出してくれたのに。寒さに凍えて死ぬ寸前だったであろう自分を抱き、その小さな体で温めていてくれたのに。
なのに、こんな。
こんな……暴力的な衝動を、抱くなんて。
「…………つかさ、くん……」
腕はもう止まらない。
ブラックの事を抱き締めていた腕を解き、軽い体を寝かせて圧し掛かった。
今起きてくれればとなけなしの理性で思ったが、目の前のツカサは安らかな顔で目を閉じ、無防備に体を投げ出していた。
「…………ん……」
少年特有の、幼く高い声。
ブラックの本能を最高に興奮させる、鼻にかかった甘い吐息。
その、横たわる姿に――――唐突に、意識は途切れた。
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