異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編

17.モテモテなのも困りもの

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 妖精の国――聖都バルバラの城下街は、今日も今日とて質量のある光の赤ちゃん達と、二頭身やら三頭身やらの可愛らしい妖精さんがふわふわただよっていた。

「あ~! たびびとだ~」
「昨日のひとだ~」
「ごはんくれたひとだ~ だ~」

 俺達に気付いた妖精達はわあわあと騒ぐが、昨日のように俺達を押し潰す勢いでは集まって来ない。どうやらウィリー爺ちゃんに「メッ」と怒られたらしい。
 何で解ったかと言うと、妖精達が「おこらりたー」とか言ってたからだ。
 小さい妖精達は嘘つけないのね、可愛い。

「ツカサ君また顔がでれっとしてるなあ……」
「可愛い物スイッチとやらか」
「う、うるさいなあ! 良いじゃんべつに!!」
「はいはい……で、どうする? とりあえず……薬屋でも探してみるかい?」
「そうだな、妖精の薬ってどんなものか見てみたいし」

 先程も言ったが、妖精だけが住む国と言うのなら特別な薬が有るかも知れない。
 それが今後の薬の調合に役立つと嬉しいので、出来れば見ておきたいのだ。

「たびびとのひと、おくすりさがしてるのー」

 俺達の言葉を聞きつけて、羽が大きく育ったピンクの二股帽子の妖精が、一生懸命いっしょうけんめい俺達の目線まで飛び上がって来て首をかしげる。
 相変わらずのお目目が黒い点で口がワの字だけど、喋られるとすっごく可愛い。俺はその妖精に頷くと優しく話しかけた。

「薬屋さんってこの街にはあるかな?」
「あるよー、あんないしてあげるうー」

 ぴるぴると羽を動かして移動すると、透き通った羽からキラキラと虹色のような金色のような形容しがたい粉が軌跡のように羽の後に続く。
 うおお、これが妖精の粉ってやつか!

 親切なピンクの服の妖精について行きながら、俺は粉について聞いてみた。

「なあ、羽を動かす時に出るその粉って、どんなものなんだ?」
「これはー、ごはんのかたまりー。ぼくたちはうごくとごはんをおとしてきちゃうのー。だから、たくさんうごくとおなかがへるのうー」

 なるほど。と言う事は、この世界の「妖精の粉」は曜気や大地の気が妖精の何かと混ざって出てくる物質って事なのかな?
 粉とは言っても数秒で消えちゃうし、触ろうとしても触れられなかったので、たぶん粉状に見えているだけの“気”なんだろう。俺の世界の童話だと、妖精の粉を体に振り掛ければ空を飛べるんだけど、こっちじゃまだ無理そうだなあ。

「ここだよおー」
「おお、ありがとう」

 俺達の目の前に現れたのは、少し路地に入った所に有る緑色の屋根のキノコハウスだ。軒先のきさきにはちゃんと「薬屋」って書かれているので間違いない。
 お礼に妖精さんに少しだけ炎の気を分けてあげると、俺達は中に入った。

「あのー、すみませーん……」

 カランカランとベルが鳴るが、薄暗い店内にそれ以外の音の鳴る物はない。
 キノコと言う事で少し歪んだ円形の店内は、キノコの壁を削って棚が作ってあり、そこには薬ではなく食べ物や薬草が置いてあった。
 薬の材料や薬瓶などは、棚にはあまり並んでは居ないようだ。

 これじゃ雑貨屋だ。妖精ってあんまり病気にならないのかな?

「あの、誰かいませんか?」

 話を聞きたくてカウンターの奥の扉に呼びかけてみるが、返事が無い。
 困っていると、クロウが俺の一歩前に出て少し眉をしかめながら鼻を動かした。

「居留守を使っている。扉の奥に居るぞ。臭いからすると、ここの店主は、昨日俺達から姿を隠した上位種の妖精と同じだろう」
「ああー、なんか凄く警戒してたあの……」

 思わず声を上げると、扉の奥からガタッと音がした。

「…………びっくりしたのかな?」

 なんかごめん……妖精の国って子供以外はあんまり大声出さないのかな。
 不安になってしまったが、ブラックは反対に呆れたようでわざとらしく大声で扉の向こうの妖精に煽るような言葉を放り投げた。

「今の程度の声で? 妖精って大きいくせに臆病なんだなあ」

 すると、またもや扉の奥でガタガタ音が聞こえた。

「しっ、失敬な!! 我々は下等で悪質な人族から自己防衛をする為に身を隠しているだけだっ! わ、我々は子供達とは違うぞっ! 知恵が有るぞ、知識が有るんだからな!!」
「…………えっと……」

 思いっきり声が震えてるんだけど大丈夫かな、扉の向こうの男性らしき妖精。
 これには思わずブラックとクロウもあきれ顔だったが、出て来て貰わないと話にならない。仕方ないのでこっちから折れる事にしよう。

 俺は二人に動かないように釘をさすと、そろそろと扉に近寄った。

「あのー……妖精さん」
「な、なんだ」
「俺達買い物をしに来たんですが、ここは人族の通貨は使えますか?」
「え? い、いや……そんなもの何の足しにもならないし……」
「じゃあ、薬や食べ物との物々交換は?」
「薬や食べ物……人族の国から持って来たものか」
「そうです。ただ、交換して貰える物かどうか俺には判断できないので、もし良かったら出て来て確認して頂けると嬉しいんですけど……」

 そう言うと、扉の向こうの相手はなにやらブツブツ呟きだした。
 どうやら彼の中で「ここでは絶対に手に入らない貴重な人族の品への物欲」と「怖い人族に対面したくないという恐怖」がせめぎ合っているらしい。
 散々悩んでいたようだが、相手は決心したのか少しだけ扉を開けてこちらをじっと覗き込んできた。

「あの……大丈夫ですか?」

 出来るだけフレンドリーに満面の笑みを浮かべると、扉の向こうの相手は慌てたように体を震わせるとまたすぐ扉の奥へ引っ込んでしまった。
 ……やっぱ上位の妖精には余計にブサイクに見えるんだろうか俺……。

 陰鬱いんうつな気持ちになっていると、また扉が開いて――中から、恥ずかしそうに顔を赤くして、薄く緑を含んだ銀髪の美青年がゆっくりと現れた。
 おおやっぱり美形。美形か……そうだな、そりゃ俺レベルは醜男にみえるわな。
 なんだか悲しくなっていると、乙女のようにもじもじ恥じらいながら、美青年は俺の顔をじいっと見つめて来た。

「そ、それでその……どんな人族の物を持っている?」
「えーっと……食料と既製品の薬と……それに俺の自家製の薬品が少々。後は、お菓子とか日用雑貨かな」

 妖精の国にモンスターは居ないとは思うが、しかしもしもの時のために回復薬は出来るだけ残しておきたい。俺の隠し持っていたお菓子を放出するのは悲しいが、貴重な品と交換できると思えば安い物だ。
 そう思って、出せる分をカウンターに広げてみると、美青年の店主は俺の回復薬に目を止めた。そうして、驚いたような顔でまじまじと瓶の中の青い液体を見ると、慌てて俺に向き直る。

「こ、これはお前が作ったのか?!」
「えっと、そうですけど……」
「これを交換してくれ!!」

 鼻息荒く詰め寄ってくる相手に、俺は困ってしまってカウンターを見る。

「お、お菓子とか他のモンじゃなくていいの?」
「いらん!! あっ、そうか……! お前が子供達が話していたという、お母さんの匂いのする人族だったのか!」
「えええぇ……そんな事話されてたの……」

 あとその呼び方物凄く違和感が有るんで別の良い方してくれませんか。
 なんかこう……芳香元ほうこうげんとかそういう……いや何かそれはそれでトイレに置かれる消臭剤みたいで嫌だな。
 そんな事を思っていると、美青年がずいっと俺に近付いてきた。

「なら話は早い。頼む、回復薬が駄目ならお前の曜気をくれ」
「はっ、はい!?」
「我々は曜気を糧として更に成長する。だが、この国では自然から湧き出る曜気や気の量は決まっている。だから、俺達にとってお前のように他人に気を与えられる人族は貴重なんだ! 頼む!」

 そう言いながら俺の手を握る美青年に、ブラックがすぐさま間に入ってきた。
 が、それだけに留まらず美青年を獣のようにうなりながらおどしをかけて来る。

「おいお前、なに僕の恋人に近付き過ぎてんだ……」
「ひっ、ひぃぃい……!!」
「ぶ、ぶらっくちょっと!」

 せっかく出て来てくれたのにおどしてどうすんだ!
 半ギレするブラックを落ちつけようと慌てたが、そこへクロウがやって来て、ブラックを背後から羽交はがめにした。

「ブラック、どーどー」
「離せ駄熊ぁああああああ」

 そう言いながらクロウはえるブラックを俺達から引き剥がす。
 あ、ありがたいけど、何かオッサン二人がくっついてるのも凄い光景だ。あまり見ないようにしよう。というかさっさと話を進めよう。後が怖い。

「本当ごめんなさい……えっと……じゃあ、対価は肉体労働ってことで?」
「あ、ああ……」
「じゃあ前払いで。……ええと、お兄さんは何が主食なんですか?」
「木の曜気だ」

 おお、じゃあ好都合だな。
 俺は美青年の肩を触れるむねを伝えると、触れた場所から相手に木の曜気が伝わるイメージを作る。すると、俺の腕にいつものつたのような光がうっすらと絡みついて来て、そこから緑色の透明な光が美青年に流れて行った。
 ……本当は握手とかでも良かったんだけど、ブラックが怒るからな。

「おお……!! 素晴らしい……!!」
「これくらいでいい?」
「ああ、充分だ……しかし人族とは本当にすごいな。俺達を虐める種族だと聞いていたが、お前のような可愛らしい奴もいるんだな」
「か、可愛らしいってなんだ……。いや、ええと、それで……俺の曜気って、どのくらいのモノと交換して貰えるかな」

 人族は凄いと言われたが、ホントは普通の人は曜気を他人に与える能力なんてないんだよな。だから、妖精に与えた曜気がどれほどの物かは俺には良く解らない。百年分と言われたけど、妖精の百年分の食事ってどれほどの価値なのか。

 ちょっとドキドキしながら相手の返答を待っていると、美青年は腕を組んでううむと唸ってから店の棚をぴっと指さした。

「この店の物なら何でも持って行け」
「え、ほ、本当に?」
「ああ、ただ、お前の純度の高い曜気に見合う程の品はここには無いがな」

 いやーそんなおだてちゃって。自分でも言ってて恥ずかしいでしょ美青年さん。
 頬なんて赤くしてもここにはキャーキャー言ってくれる女の子はいませんよ!

 でも何でも貰っていいってのはありがたいな。
 遠慮なく選ばせて貰おう。

「あのクソガキ、ツカサ君に恋してる……恋してる目だよ僕には解る解るんだ今のうちにここで息の根を止めて」
「やめーっつの!! ホントお前は余裕がないな、恋する目とかそんなワケないだろ! ……とにかく、持って行っていいってモンを選ばせて貰おうぜ」
「ツカサ……オレもツカサを食いたい……」
「おまえさん数日前に食べたでしょ……」

 ブラックもそうだけど、クロウも「自分達だけの間で通じる言葉」に味をしめている気がするな……。だってこいつは多分、腹が減ってるから「喰いたい」って言ってるんじゃなくて、俺にイタズラしたいから言ってるんだろうし……だーもーそれを理解しちゃってる俺もどうかと思うんだけどなあもう!!

 いかん、こういうのはいかんぞ。
 とにかく今はショッピングだ。

 俺は恨めしそうなオッサン二人の視線から逃れるように動きつつ、棚に並べられている薬瓶を一つ一つ見て行った。
 ふーむ、妖精の国でも同じ回復薬が売られているみたいだな。
 気付け薬も似た物っぽいけど……製法って違うんだろうか。
 少し気になって美青年に聞いてみると、薬の作り方は人族のものとあまり変わらなかった。どうやら効果も同等らしい。

 ただ、この世界では薬草が無い場合は「大地の気」を籠めるそうで、普通の人族にはまず出来そうにない作り方だったのであまり参考にならなかった。
 妖精にとっては薬草の代替として使える手段だから、薬草を見つけるよりもこの方が簡単なんだろうなあ……。

 人族の世界でも完璧な薬品は木の曜術師にしか作れない訳だが、やっぱ種族補正とか職業補正ってのはどこにでもあるもんなんだな。

 目ぼしい収穫が無かった事にガッカリしてしまったが、俺があまりにも落胆する様を哀れだと思ったのか、美青年は妖精の秘薬が作れると言う本を俺にくれた。

 そんな凄そうな本なんて貰えないと慌てたのだが、彼が言うには「口伝くでんで完璧に伝わっているから、時期が来た時にまた本をかけばいいだけ」との事だったので、ありがたく頂く事にした。妖精は長い間生きる種族だから、時間は無限らしい。
 この人仲良くなると意外と良い人だ。ずっと顔赤くて風邪ひいてるっぽいが。

 妖精の秘薬の本に風邪薬とか載ってない物だろうかと思ったが、物を貰えばハイさよならよとばかりにブラックとクロウに外へ連れ出されてしまった。
 まったくせっかちな奴らめ。

「ツカサ君……ぶーたれてるけどさあ、それはこっちの表情だよ。全く、どーして君はいつもいつも面倒臭い奴ばっかりたぶらかして……」

 俺を小脇に抱えて薬屋から出てきたブラックは、俺の顔が気に入らなかったのか口を尖らせて不機嫌な顔で抗議してくる。
 たぶらかしてって……冗談じゃない! なんで俺が男をたぶらかすんだよ!
 お前本当過敏すぎだって!

「俺全然誑かしてないんですけど!? お前こそもすこし人に優しくなろうよ!」
「ツカサ君は優し過ぎなんだよ! 優しすぎてチョロいの! チョロすぎなの!! ツカサ君こそ頼むからもうちょっと人に厳しくなろうよ!」
「オレもそう思う。ツカサはチョロい」
「クロウまで!!」

 俺のどこがチョロいってんだ。
 そりゃ確かにアンタらには多少甘い所があるかもしれないけど、でもそれは拒否したら余計に酷い事態になるからであって、そんなもんはチョロいとは言わないだろう。むしろアレは諦めだ。あきらめの境地なんだ。

 今だってほら、ブラックが俺を抱き上げてチクチクする無精髭まみれの頬で俺の頬をぐりぐりしているわけで……。

「って何を天下の往来でやっとるんだ!!」
「だってだって、ツカサ君が今日はあんまり構ってくれないから……」
「昨日沢山構ったでしょ!!」
「ツカサ、オレも構って欲しい……」
「クロウも頼むから我慢して! ここ店の前だから、妖精さん沢山いるから!」

 ほらもう俺達が変な事してるせいで周囲からなんかヒソヒソ声が聞える……
 ん? ヒソヒソ声?
 子供の妖精さん達なら普通に喋って来るはずなのに、ヒソヒソ声とは。

 どういうことだろうかと声のする方を見てみると。

「…………え……」

 声がして来る方は、商店街のように店が連なった一画。
 そこにはカラフルな屋根のキノコハウスが並んでいるが……一軒残らず全ての家々の窓に、大人の妖精らしき美男美女がはりついてこっちを見つめていた。

「ひ……ひえぇ……」

 もうあれホラーだ。ホラーだよぉ!!

 思わず青ざめる俺の視線の先にようやくブラック達も気付いたのか、妖精達の熱いまなざしを見て、さすがのオッサン二人もたじろいだ。

「な、なんだあれ」
「解らん……敵意はないようだが……会話が変だ」
「会話?」
「あれが素敵な人、とか人族は美形ばかりかとか、触りたいとか食べたいとか」
「え……えええ……」
「ちなみにツカサだけじゃなくオレ達に向けられている視線もあるようだな」

 クロウの冷静な分析に、俺とブラックは同時に青ざめた。

「うわぁ……こあい……」
「ええ……僕、羽虫に好かれても何も嬉しくないんだけど……」

 何故か良く解らないが、美青年の薬屋から無事に出て来た事が他の上位種の妖精達の警戒心を解いてしまったらしい。
 だから昨日とは打って変わって、彼らは子供の妖精のように俺達の事を興味深げに「じいぃっ」と見つめているんだろうけど……あのこれ怖いですマジで。

 いくらファンシーなキノコハウスの国だからって、そのハウスのほとんどの窓に人が張り付いててこっち見てるってどんな悪夢ですか。

「も、もう帰ろうか……?」

 と、俺がそう言った瞬間。

「おおおお待ちください人族の客人! それならば我が靴屋に是非とも」
「いやいやこの菓子屋なら人族の方との物々交換もバッチリですぞ!!」
「そ、それなら私の所の服屋の方が!」
「いや我が」
「いや私が!!」

 ……などと言う声の洪水が、ほとんど聞き取れないほどの大音量で一気に俺達に襲い掛かって来た。しかも、沢山の大人の妖精達の突進と共に。

「うわあぁああ!!」
「ちょっ、ちょっとおい! 触るな!」
「こんなに大人の妖精がいたとは……」

 クロウの呆気にとられた言葉を体現するかのように、俺達の周りには大人の妖精達の人だかりがどんどん出来上がっていく。
 ああ、気分は集団おしくらまんじゅうだ。

「う、ううう……子供達のヤジウマよりもきついぃ……」

 もうだめだ、こうなっては逃げられない……。
 ……その後、俺達は色んな店の美男美女に引っ張り込まれてもみくちゃにされたのだが……もうあんまり思い出したくないので忘れる事にする。

 いくら好きになって貰えたとは言え、やっぱり熱狂的ってのは恐ろしい。









 
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