異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編

15.さえぎるもののない場所で

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 ――――気が付けば、真っ暗闇の空間。

「…………じゃなくて、俺、あの後どうしたんだっけ……」

 意識が飛んで、その後に自分で起きて、くたくたの体で後処理して。
 さすがにもうこれ以上は無理だと思ったのか、それとも満足したのか、ブラックは俺を抱いてベッドへ連れて行ってくれたけど……ここ、どこなんだろう。
 記憶が確かなら、俺はベッドに居たはずなんだけど。

 そう思いながら周囲を見回すが、何も見えない。
 相変わらず、暗いだけの空間だ。

「……でも変だな。自分の姿はハッキリと見える」

 それに、何故か怖さを感じない。
 自分で言うのもなんだが、俺はお化けだの幽霊だののたぐいが大の苦手だ。
 だからこういう状況だと物凄く怖いはずなのに……何故か、それがない。
 一体どういう事なんだろうか。夢だから怖くないのかな。

「夢……夢か……」

 …………そう言えば……こんな夢を、前にも見たような気がする……。
 内容は覚えていないし、本当に見たかどうかも曖昧あいまいだ。
 だけど、この空間にはかなりの既知感が有った。

「異世界チート小説なら、神様が出てくる場面なんだけどなー……ここ」

 あ、そうか。自分で呟いて思い出したけど、こういうのってチート小説の冒頭でよくある「神様とご対面」って場面の奴だよ。だから怖くなかったのか。
 でもあの場合だと白い空間だったり雲の上だったりするしなあ……。それに俺、この世界に来る前に神様になんて会わなかったし、やっぱ違うかも知れん。

 ……神様に出会わない部類の奴って、結構厳しい展開だったりするよな。
 今更パートツーだけど、俺ってもしやそっち系の主人公だったり……いや、そもそも俺災厄として放り込まれたのにチートも何もないじゃん。
 って事は俺ってば本当に不運なだけのいせか

『だあもう、うるっせえなあ!』

 …………え?
 な、なに?

『心の声ってのはここまでうるさいものだったか……いや、俺の時はそうじゃなかったはず……いや、待てよ。どうだったかな……』

 いやいや何、何ですかこの声。全然聞いた事ない人の声なんですけど。
 神様の声かと思ったけど、こんな俺の友達にいそうな威厳いげんゼロの口調と声なら、絶対神様じゃないよな。じゃあなにこれ、ナレーター?

『おい、お前結構口悪いな』
「あ、やっぱ心読めるんだ……」
『そりゃ読めるだろうよ。お前の意識に直接介入かいにゅうしてるんだからな』

 ……介入?
 なんだそれ。これは夢じゃなくて、俺の意識って事?
 でも別に俺の思い通りにこの空間が明るくなるわけでもないし……。

『ああ、やっぱ覚えてないのか……いや、そうだな。普通は覚えられないんだ』

 何だかよく解らないが、自分一人で納得されても困る。
 勝手に俺の意識とやらに入って来て勝手に話し出したんだから、俺に話しかけた理由くらいは教えて欲しいものなんだが。
 ってな事を思いながら頭を掻くと、謎の若い声は俺の心の声に返答してきた。

『そうだったな。……この際、俺が何者かはどうでもいい。時間もないし、お前がここに来てくれなきゃ、俺はお前に直接話しかけられ無かった……。これが最後のチャンスかもしれない。とにかく手短に、用件だけ話そう』

 正体明かすのもナシかよ。
 いやでも声の感じは悪い事を言いに来たっぽくはないし……まあ聞いてみよう。

 とりあえずどんと来い、と腕を組んで空間を見つめる俺に、謎の若い声は何だかあきれたような溜息を吐くと、真面目な声で話しだした。

『お前、テウルギア遺跡の事を知っていて、何故帰らない?』
「え?」
『お前は自力でテウルギアに関する情報に辿たどり着いた。それは今までに例のない事……俺が必死にヒントを残し辿り着こうとした遺跡に、お前は今、生きて向かえるだけの力を充分に残している。なのに、どうして元の世界に帰ろうとしない』

 ちょ、っと、待って。
 テウルギアの遺跡って、俺が帰れるかもしれない装置がある遺跡の事だよな。
 でもそれは今まで誰にも知られて無かったはず。それに俺が異世界人だって事も限られた人間しか知らないのに、どうしてこの声は……。

『その様子じゃ帰る気持ちすら無いようだな……。そんなにあの変態なオッサンが大事か? お前、高校生だろ……? あいつから逃げて元の世界に帰れば、お前の大好きな女子といくらでも恋愛できるんだぞ』
「そっ……そんなのアンタに関係ないだろ!!」
『……心の底から怒ったって事は、マジで好きなんだな、あのオッサンの事……』
「う゛…………」

 ち、ちくしょう……意識に入り込まれているせいなのか、こっちの思っている事が全部筒抜けだ……。でも違うし! 本気とかそう言うアレじゃなくて、お、俺はブラックと一緒に居たいから居るだけで、そ、そういう感情よりもっと上のなんかこう、隣人愛とか仲間の強い絆とかそう言う崇高すうこうな感じの何かっていうか……!!

『…………お前、わざとやってる?』
「はぁ!?」
『誰だよこんな面倒臭い童貞寄越よこしたの……。お前さあ、そう言うのって、普通はツンデレキャラがやる事だろ。お前がやってどーすんだよ。その面倒臭い心の声、あのオッサンをそんなに大事に思ってるのかよってツッコミ待ちか?』
「ううううるさいなあ! 俺だってやりたくてやってるワケじゃねーよ!」

 俺だってツッコミ入れられるような事なんて思ってないわい!!

『とことん童貞処女こじらせてんなこいつ……。いや、まあ良い。……とにかく、そんな感情なんてだ。お前はだまされているんだから』
「……は……?」

 何言ってんのこいつ。
 まやかしって、なに。この声なに中二病くさいこと言ってんの?

『中二病はお前だろ。ったく……まあいい、よく聞けよ。とりあえず聞け。お前がもし本当にあの男の事を思っていて、少しでも日本に帰りたいと思うのなら、なおさら今すぐにあの男から離れろ。そして、テウルギアへ行くんだ。じゃないと、お前とあの男は……一緒に壊れる事になるぞ』

 壊、れる?
 な……なにを、言って……。

『最早お前が支配する事が出来なくなった今、お前が壊れたこの世界の奴隷になるまで、もう幾何いくばく猶予ゆうよも無いかも知れない。……投げ出されてからあれほど時間が経っていると言うのに、お前はまだ正常な人格をたもっている。それはある意味では奇跡なんだ。……だから、俺はなんとしてもお前を助けたい』
「た、助けたいって……何から……」
『邪悪な力を持つ、お前の支配者…………あの、赤髪の男から』

 ……何だよ、それ。
 邪悪な支配者ってなんだ。俺は支配なんかされた覚えはないぞ。
 ああそうか、そんな下らない事を言いに来たからブラックの事を変態って呼んだり、邪悪だって言ったりしてたのか。まあ確かに間違ってはいないけど、俺は支配なんてされてないぞ。そんな仲だったら、俺はブラックと一緒に居ない。
 ちゃんと自分の意思で一緒に居るって決めたのに、いきなり人の意識に入って来て胸糞悪い事べらべらまくし立てやがって……!!

「なんでアンタに俺達の関係を色々言われなくちゃいけないんだよ!! 俺がそう言われて逃げる程度の思いで、アイツと一緒に居ると思ってんのか! いきなりでしゃばって来て好き勝手言いやがって、ふざけんじゃねえ!!」

 自分の喉が痛くなるほどの大声を張り上げて、見えない相手に怒鳴る。
 すると、相手は数秒沈黙したが……ぽつりと呟いた。

『……ああ、そうだな。そうだった。いつもそうだった。……俺だって、知る事の出来ない何千年も前からだって、そうだったんだろうな……』
「……?」
『すまない。今は謝っておこう。だけどなツカサ、これだけは言わせろ。……お前は、この世界に居ても幸せにはなれない。運命は決まっている。黒曜の使者としてこの世界に送り込まれたのなら、お前はもう鎖に繋がれた奴隷でしかないんだ。今そうして俺に突っかかる事すら、じきに出来なくなる。……完全に、支配されて』
「…………」
『だから、俺はお前を救いたいんだ。俺達の叶えられなかった願いを、せめて……まだ正気でこの世界に立っているお前に……たくすために』

 その声は、悲しそうに声を落とす。
 ……嘘は言っていないと、何故か強くそう思ってしまっていた。

 だけど、解らない事が多すぎる。どうしてこの声は俺の意識に入り込んできた?
 黒曜の使者の事のみならず、俺の出自や今の状態をどうして的確に解っているんだろう。そのくせ、俺を元居た世界に帰そうと必死になって説得してくるなんて。

 それに支配ってなんだ。どうして俺達がそうなると言い切れる?
 大体、そんな話がどこから出てきたって言うんだよ。この声の主は、どうして俺が「いずれそうなる」と断言できるのか。考えても答えが出ない。
 解らない事が多すぎるのに、だけど声の主が真実を語っている事だけは解る。
 不思議な事に、俺の感覚全てが声の主の言う事を信じてしまっていた。

 ……変だ。本当に、おかしい。
 相手の言葉を疑問に思いたいのに、嘘ではないと心が訴えている。
 こんな事、人間が出来るのか?

 もし、そんな言葉を告げられる存在がいるとすれば、それは……――
 「神様」……だけじゃないのか?

 ……これで神じゃないと言うのなら、この声は一体……。

「なあ……アンタ、誰なんだよ……」

 俺の問いかけに、声の主は一瞬言葉を失くしたが――それでもすぐに持ち直し、どこか苦悩するように声を絞り出して俺に答えた。

『まだ……ここでは言えない。ここで俺の情報を持ち帰ってしまえば、お前はさらに苦しむ事になるだろうし……そもそも、俺がこの異空間でお前に接触できたのは偶然なんだ。俺はお前を追うまで、この異空間の存在を知らなかった。だから……またいつ話が出来るかも判らない状態で俺の正体を明かして、お前をさらに不安にさせたくはない』
「そんな……今でも充分じゅうぶん不安でムカついてたんだけど……」

 素直に深刻な声で言うと、どこかからズルッと滑ったような音が聞こえた。
 ……おい、まさかズッこけたんじゃないよな。天の声さんよ。

『お前、シリアスブレイカーってよく言われない……?』
真偽しんぎも解らん聞きたくもない話をムリヤリ聞かされてイライラしてるのに、どうしてお前のご要望通りにシリアス顔しなくちゃなんねーんだ?」
『すまん、すまんって。……なんかお前と話してると気が抜けるな……』

 どういう意味だそれは。馬鹿にしてるのか。
 何もない真っ暗な空間を睨む俺に、天の声は息を吐くと空気を戻すように、また格好つけた声で語り出した。

『とにかく……俺はもう、この世界に絶対的な干渉かんしょうが出来ない。今の俺は、亡霊のような存在だ。……今のこの会話も、数千年たくわえた力を消費してやっと話しているに過ぎない。だから、これ以上の警告はもう出来ない』
「警告って……あいつらを置いて逃げ帰れってヤツ? 逃げなきゃいけない理由もまだよく解らないのに、いきなりそんな事言われて受け止められるかよ」
『そうだな、そうだった……。すまない、人と話す事が出来たのも数千年ぶりで……もう、こんな風に誰かと話す事もないと思っていたから、急ぎ過ぎた……』
「…………」

 数千年、ひとりぼっちだったって事か?
 この警告をしに来た声の主は、それほど長い時間を一人で生きて来たのか。
 亡霊のような存在になって、誰にも認知されず、たった一人で。

「…………あんた……一体……」
『少しだけ、信用してくれたのか。……お前、本当にお人好しなんだな』
「し、知らんよそんな事。失礼な事を言いまくる奴の事なんて知るか」
『はは……心を読まなくても顔で解るってのはいいな。……だけど、もし、お前が俺の言葉をもっと信用して、少しでも考えてみようと思ってくれるのなら……プレイン共和国東南に位置する島【ピルグリム】へ来い。そこなら俺と直接話が出来るかもしれない』
「アンタと?」
『そうだ。……もしも、そこでもう一度お前と話す事が出来たのなら……俺は、俺の知り得ることの全てをお前に明かそう。どうしてお前にこんな事を言うのかも、そして……俺が、何者なのかと言う事も』

 プレイン共和国の島、ピルグリム…………。

 そこに行くかどうかは、解らない。正直に言えば行きたくない。
 でも、この声が語りかけて来た言葉は間違いなく真実で、俺とは相容あいいれない主張をして来るけど、本当に俺の事を思って警告してくれている。
 もしかしたら、彼は黒曜の使者の事についても知っているのかも知れない。
 俺がどうしてこの世界に放り込まれたのかって事についても…………。

「なあ。この事、ブラック達には話して良いのか?」
『……信じると思うか? こんな夢みたいな場所で声だけの存在と話したって事』
「…………微妙……かも……。でも、多分信じてくれると思う……」
『そ、そうか……。愛されてるな……』
「ドンビキした声でいうなー!!」

 だーもーこの状況が普通じゃないのは俺だって解ってるよ!!
 恋人が男でしかもオッサンでその上もう一匹オッサン連れてるっていう、物凄く常軌じょうきいっした事やってますもんねえええ!
 仕方ないじゃん結果的にこうなったんだから仕方ないじゃんかあああ!

『わかったわかった、落ちつけ! お、俺が悪かったから……』
「ううう……てめこの再会したら覚えてやがれ……って、そう言やお前、名前とか無いの? もし二回目が有ったとしても、名前が無いと誰か解んないんだけど」
『それもそうか。じゃあ、俺は……そうだな【存在したはずの、存在しないもの】――とでも言っておく』
「なにそれ……お前こそ中二病じゃないの」
『はは……まあ、そうかもな……』
「でもその名前面倒くさいから、今後はダークマターさんと呼ぶな。シクヨロ」

 頭の中からスッとお出しされた名前を告げてみると、また天の声が「ぶはっ」とか言う変な音を出した。さてはテメー噴き出したな。

『なんだそれは!! 今時ネトゲでもつけんだろそんな恥ずかしネーム!』
「いやだって、暗黒物質ってあるじゃん。あるはずなのに存在が見えないって奴。アンタにちょうど良くね? 珍しく覚えてた宇宙用語なんだからこれでいいよ」
『おまっ、ネーミングセンス最悪のクソさだな! あとそれを言うなら天文学用語だろうが! さては偏差値低いなお前……!』
「うっ、うるさいバカ! バーカバーカ!」

 人に偏差値低いって言う奴の方が偏差値低いんだいばーかばーか!
 いや多分それは違うだろうけど、でも偏差値で人を測る人間なんてサイテーだと赤点常習者の俺は思います! つっこまないで悲しくなるから!

『……なんか、お前がちょっかい掛けられる理由が少し分かった気がする』
「はぁ!?」
『あぁあぁ、もう解った分かった。マターでもアバターでもいいから好きに呼べ。だが、これだけは忘れるなよ。いつかお前も後悔する時が来る。心が壊れる前に……きっと、遺跡へ…………』

 声にノイズがかかる。最後の言葉が良く解らない。
 俺は逃すまいと耳に手を当てて声を聞こうとしたが……全てが底無しの黒い闇に呑まれて、俺も声が聞こえなくなると同時に気が遠くなっていった。








「…………んん゛……」

 なんか、まぶしい。
 黒の次は白かと思って、まぶたの裏で目が光に慣れるのをじっと待つ。
 ……うう、なんか顔がさぶい。

 暖かい布団に潜り込みたくなって、目を閉じたままでもぞもぞと動いていると、頭になにやら生暖かい壁がぶちあたった。
 なんだこの壁、動くしあったかいぞ。

「んんー……?」

 かすれた声でそっと目を開けて、俺は目の前の物をやっと視認する。
 あ、これ……ブラックの胸筋だ……。じゃなくて。

「ぅわ……もう朝……」

 のろのろと布団から起きて、自分が下着も無く素っ裸であることに気付く。
 隣を見ると、真紅の綺麗な髪をベッドに広げてすやすやと眠っている中年が目に入った。無精髭だらけの口をだらしなく開けて、その口の端からよだれを垂らしながら寝ている様は、休日の駄目親父そのものだ。
 ……ああ、そんな相手が素っ裸で、俺も同様に素っ裸だって事に気付くと、なんとも言えない気分になるな……。

「つーか何で俺が先に起きてるんだよ……っ……うぅ……」

 ひ、久しぶりに膝とか腰が痛い……こんちくしょう、ガンガンやりやがって。
 俺がこんな痛い思いをして悪夢まで見てたってのに、このオッサンは自分だけスッキリして安らかに熟睡しやがって。

「…………えい」

 イラッとしたので、いつもよりチクチクする頬を軽くつねって見るが、ブラックはムニャムニャと口を動かして幸せそうに笑いやがる。

「えへ……えひぇへ……つかしゃく……」
「…………」

 なにコイツ、夢の中でまで俺の名前呼んでんの。
 だらしない顔して、どんな夢を見てるんだか……。
 ……ああもう、なんか顔が変な感じになるっ! 別に和んでないし、こ、こんなゆるい顔のオッサンなんか見ても全然楽しくないし!!

「くそっ、あほらしい……」

 俺は自分の両頬を軽く叩いて放熱すると、改めてブラックを見た。

「…………支配者、か」

 もしあの声が警告した事が本当に“今後起こりうること”だとしたら……こいつもいつか、俺を支配するような邪悪になってしまうんだろうか。
 ……こんな顔で寝ている、情けない男が。

 人でなしで、他人の事なんてほとんど考えてなくて。……でも、誰かを好きだと思ったり、誰かの事を思いやる事は出来る。少なくとも、こんな風に無邪気な夢を見るくらいには……ちゃんとした心を持っている。
 俺の事を純粋に好きだと思って、大事に考えてくれている。

 ――そんな奴が、いつか俺を奴隷のようにあつかう事になるんだろうか。

「…………ブラック」

 呟いて、変な笑い声を漏らしながら笑っているブラックの頭を撫でる。
 前に俺が「髪の毛もちゃんと洗え」と怒ったのをきちんと覚えているのか、俺が気を失っている間に髪を洗っていたようだ。
 相変わらずこんがらがってもつれていたけど、でも、柔らかくてふわふわの赤い髪は手に心地良くて、俺は自然と笑みを浮かべて髪を梳いた。
 ブラックが起きないように、痛い思いをさせないようにしながら。

「……だらしないなあ、もう」

 無防備に寝転がって、子供みたいなかっこ悪い寝顔をして。
 それで、俺の名前を読んで笑うなんて。

 ……だけど、そんな相手の姿は……なんだか、愛しくて。

「…………」

 心臓がきゅっとなって、でもそれが不思議と心地良くて、ブラックの幸せそうな寝顔を見ていると、不思議と感極まって涙が出そうになる。
 それを言葉にしたら、恐らくだが“愛しい”とかそんな言葉になるんだろう。
 ……正直、本当にそんな感情を抱いたのかは、俺にもよく解らない。
 だけど、もし、この感情がそう言うものなら……俺はとても嬉しいと思った。

 こんな相手を「愛しい」と思うなんて頭が茹だってるのかもしれないが、相手の幸せを想って微笑むことが出来るのなら、俺とコイツを繋ぐ関係はきっと「支配者と奴隷」なんて薄暗いものではない。
 俺達の関係は、もっともっと幸せで穏やかな「なにか」だ。

 だから、自然とそう思った事が嬉しかった。

「……オッサン相手に『愛しい』か……俺ほんと戻れない所まで来たなあ……」

 こんなことブラックが起きてたら口に出来ないぞ絶対に。
 ほんと、寝ててくれて良かったよ。
 まあ、支配者云々うんぬんの警告はよく解らないし、第一、俺達の関係がそんな風にじ曲がるのも想像できないし……そこはブラックに話す時もさらっと流そう。
 不快にさせてしまう事は有るかも知れないが、ブラックならきっと俺と一緒に「どうすればいいか」を考えてくれるだろう。

「えへ……へへへ…………」
「おーおーまた余計に蕩けやがって」

 ホントこのおっさん俺に髪を梳かれるの好きだよなあ。
 さっきよりも更にでれでれになってるが、夢にも感触が伝わってんのかな。
 ……まあ、別にキモいとは思わないけど……えて言えばよだれが汚い。

 もう朝だし、そろそろマジで起こした方が良いかなと考えていると、ブラックが再びもにゃもにゃと口を動かし始めた。
 寝言かな? と思って耳をそばだてて聞いてみると、このオッサンは。

「ふへ……つ、つかしゃく……そんにゃ……やらしぃ下着つけれ……」
「…………は?」
「す、すえぜんらぁ……」

 何このオッサン、何かハァハァ言いだしたんですけど。
 ドンビキなんですけど。百年の恋も一気に冷めるんですけど。
 なにそれ、下着ってなに。やらしい下着ってなに!!

「おおおおお起きろバカァアアア!!」
「うぎゃ!?」

 思わずブラックをベッドから蹴り落としてしまったが、正当防衛だと思いたい。










 
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