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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編
10.かつて人は広める事により害をもたらした
しおりを挟む※今回は説明回です…(;´Д`) わりと重要な事なので長くなってしまいました…
「妖精の国……だと……?」
素っ頓狂な声で聞き返すブラックに、アドニスは至極真面目な顔で肯定した。
「ええ、妖精の国です。……人族の世界では、伝説に出てくる架空の国として古い書物に記されるのみとなっていますね。先に言っておきますが、これは現実であり真実ですよ。普通の世界ではありえない薄紫色の空がその証拠でしょう」
「し、しかし……」
珍しく慌てるブラックは取り乱しかけたが、俺の姿を見て冷や汗を拭うと俺の肩を抱いた。おうてめえ意外と余裕だな。
「……いや、信じるよ。考えてみれば、チェチェノさんだって伝説の生き物に近い存在だったんだしね」
ああなるほど、ここでは言わないけど「古の伝説である黒曜の使者に会ったんだから、信じるほかない」って事を言いたくて俺に寄って来たワケね。
まあでも、気持ちは解る。
俺の世界で例えるなら、妖怪の百鬼夜行を目撃したようなもんだろう。そりゃあ驚くし、すぐには信じられない気持ちも解るわ。俺の世界だと「投影映像?」ってなるけど、この世界の場合は「幻影? 曜術? 幻惑術?」なんて色々と選択肢が出ちゃうわけだしな。むしろ魔法が存在する世界の方が、自分の目で見たとしてもすんなり信じられないのかもなあ。
でも、クロウはブラックよりも順応性が高いのか、コクコクと頷いている。
「伝説の樹木竜の正体がピクシーマシルムだったのにも驚いたが、まさか妖精族がまだ存在し、国を形成していたとは思わなかった」
「クロウは二つとも知ってるのか」
意外だ。獣人族もそういう伝説を知ってるのか。
驚く俺に、クロウは簡単に説明してくれた。
樹木竜という存在は、木属性モンスターの中でも最高位に位置する物凄い存在なのだという。純粋種である「龍」とは違い、龍族ではない別のモンスターが強大な力を手に入れた時に変質する存在である「竜」は、龍よりも力は劣るが、それでもその能力は龍に匹敵するほどらしい。
チェチェノさんはそんな物凄い存在であり、なおかつ竜に変移出来た物凄い強いモンスターだったのである。ブラックが付け加えてくれた人族の伝承も、大体似たような物だった。そんな存在を見れば、そりゃ驚くわな。
そんで、妖精の国……いや、まず「妖精」という存在自体、この世界では伝説上の存在になってしまっているらしい。
だから妖精の国の事も今は架空の存在として扱われているし、今の時代の人達は黒曜の使者を知らないように、妖精の国の伝承も知らないんだって。
エルフ・魔族・獣人はポピュラーなのに妖精だけが伝説の存在って、何か微妙に王道から外れてるような……。
「ツカサ君はあまり驚きませんね」
「ああ、いや……チェチェノさんが凄い人だってのは知ってたし、俺は二人の言う樹木竜って存在は知らなかったからな……。あと、妖精の存在は知ってたけど、どっちかと言うと“みんなが知らない”事にびっくりしてるかも」
「妖精が存在する事を知っていた、と? ……君は本当に不思議な子ですね……。まあ良いでしょう。詳しい妖精の事については、そこの博識らしい中年に説明して貰って下さい。……本当のバルバラまでは、もう少し距離が有りますからね。歩きながら話せばいい」
「本当の、バルバラ……」
と言う事は、あの神殿はあくまでも妖精の国のバルバラに行くための装置でしかなかったという訳か。ナニソレ豪華な前庭すぎる。
いやまてよ、もしかしたらあの迷路の仕組みを維持するために、遺跡全体にあの異常なまでの装飾が彫り込まれていたのかもしれんし……。何にせよ、アドニスの“本当の目的地”はこの妖精の国だったって事だよな。
だけど、あの時に話していた「息子」って誰だ?
アドニスがわざわざ髪色を変えたのも気になるし……。
まさか、アドニスって妖精族……いや、ここまで来たらもう絶対妖精族だよな。
でも妖精って普通、羽とかあったり耳が尖ってたりしないもんか?
「なあブラック、この世界の妖精って昆虫みたいな羽が生えてたり、手に乗っかる大きさだったりする?」
歩きながら聞くと、ブラックは小難しげな顔をして片眉を顰めた。
「うーん、種類によるかなあ。伝承の中ではそういうたぐいも居たし、それに魔族の中の一種族にも“妖精族”がいるけど、あれは大抵耳が尖ってて羽が有るね。でも魔族ではない純粋な妖精族は、神族みたいに姿を変えられるから……」
「そっか……」
シアンさんもあの美老女の姿だけじゃなく、もう一つ神族としての若く美しい姿が有るんだよな。どっちもエルフ神族にとっての真の姿で、普通は後者の姿で人前に出るんだっけ。みんな機敏に動き回れる方が良いから若い姿でいるんだろうな。
「しかし、純粋な妖精族か……。もしかしたら、今の時代で妖精族をはっきり目撃出来たのは僕達くらいしかいないんじゃないのかな」
「えっ、マジ?!」
そんなレアなんですか妖精族って。
思わず目を剥くと、いつのまにかフードに戻って来ていたチェチェノさんが、ピョンと俺の肩に飛び乗って来た。
「恐らくそれは正しいでしょうな。ブラックさんの言う通り、妖精族は数千年ほど人族との交流を絶っておるゆえ。他の地域の鍵の情報も含めると、妖精の国への鍵が使われたのは、三百年ぶり……つまり、久しぶりの人族の客人はツカサさん達だと言う事になりますな」
「はええ……あ、そうだ。チェチェノさんって樹木竜なんですよね? 俺、実はその樹木竜って存在を良く知らなくて……妖精の事と一緒に教えてくれませんか」
「それは僕も知りたいな。書物だけじゃ解らない事も有るから」
「む、右に同意」
俺の言葉に続いてブラックとクロウも申し出る。
樹木竜とか妖精ってそんなに物凄い興味の対象なのか……。
まだいまいちその凄さが解らないながらも、俺はアドニスに付いて行きつつ大人達と一緒に知識をご教授頂いた。
――まず、樹木竜のこと。
前述したように、この世界では「リュウ」と言う存在が二つある。
一つは「龍」……タマゴから生まれた時から龍の形をしていて、凄まじい力を有すると言う生まれながらの伝説級の存在。
そしてもう一つは「竜」……力や能力を極めた事で体に変化が起き、本来の姿とは違う姿へ“変質”して生まれる存在だ。
この「竜」は、上位種モンスターであり神とも呼ばれる事もある「龍」よりかは力が劣るが、しかし特定の実力においては龍を凌駕する存在にすらなり得るほどの存在で、特に属性の名前を含む竜は特別なんだとか。
もちろん樹木竜は「木」属性の最高位だ。
で、この樹木竜だが、伝承によると十体ほどの存在が確認されており、そのどれもが広大な森の中に隠れ棲んでいるという。
彼らは数多存在する「竜」の中で最も人族に友好的であり、かつ理知的なので、地方によっては信仰されていたりもするようだ。けれどもほとんどの場合姿を現す事は無く、姿を見た物は限られるらしい。
友好的な樹木竜なら、森の中に入ってお伺いを立てると、森の木々やモンスターを通じて的確な助言とか授けてくれるらしいけどね。
だからなのか、昔から樹木竜は森の賢者と呼ばれているそうだ。
……そう、つまり、その「森の賢者」という説明は、まるきりチェチェノさん達――ギガント・フォトノル・パフ・マシルムと一緒なのである。
平たく言ってしまえば、実は樹木竜とはピクシーマシルムが様々な能力を獲得し長老神茸となった時に変質する、最終形態だったのだ!
……あれだ、ポケットとか、デジタルに潜む魔物でいう所の「完全体」だ。
どこにいるか解らないってのは、恐らく彼らが「竜」の姿を探していたために、キノコの姿でうろついている長老神茸達に気付かなかったんだろう。
だって、チェチェノさん達姿を変えられるんだもんね……。
「我々の真の姿は、色々不都合がありましてな……。なまじ木の曜気を放出したり吸収したりする事が出来るせいか、あの姿を維持し続ける為には周囲の曜気を多量に食わねばならず、森を枯らしてしまう事も有るので、普段は長老神茸の姿で暮らしておるのです」
「はあ……なるほどなあ……。しかし、そんな真実が有ったとは……うっかり発表しちゃったら、学術院から最高位の褒章貰えるくらいに凄い事実だな……」
「オレの国でも多分王室でかなりの位を貰えると思う」
基準が凄いのかどうか現代っ子の俺にはピンとこないが、多分これあれだよな、俺の国の偉大な天皇陛下から褒賞貰えるレベルの事なんだよな?
やだ何それ、報告したら俺達一躍有名人で時の人じゃん。
ちょっと報告してみたい気もしたが……しかし俺は目立つわけにはいかないし、それにこの事が知られてしまえば、チェチェノさん達に迷惑が掛かる。ピクシーマシルム達も今まで以上に乱獲されるかもしれない。
……それはマジでヤダ。やっぱ黙っておこう。
「ああ、ツカサ君は竜の事をあんまり知らなかったよね。他にも属性の名が入った竜がいて、それぞれが自分が得意とする場所に潜んでいるんだよ。大抵は樹木竜みたいに暮らしているけど、時々残虐だったり暴走したりする奴が出るから伝説級の龍族よりは認知されてるんだ」
「それってちなみにランク何位くらい?」
「ランク7から8かな。ちなみに樹木竜は数千年生きてるから、数少ないランク8だ。木属性のモンスターが竜化することは本当に稀だし、強さと言うよりも珍しさからのランクって事も有るだろうね」
「へー……」
ギルドで依頼とかを受けてないので忘れがちだが、この世界ではランクの数字が多いほど強いモンスターと認識されてるんだっけ。
あれだ、ランク付けに関しては順位制じゃなくてカードゲームの星の数制だ。
確か……ランク8が伝説級の強さだとかいう話だったが、珍しさでランクが高くなることも有るんだな。うーむ、ギルド関係に関しては勉強不足だ。
クロウの父親探しが終わったら、拠点を据えてチート冒険者らしく依頼漬けの日々とか送りたいもんだな。俺の力も安定してきたし……うん、たぶん……。
「ツカサ君? なに青くなってんの?」
「あ、い、いや。何でも無い。チェチェノさん、竜の事は何となく分かりましたが……妖精の事はどうなんでしょう。今聞いた話じゃ、樹木竜が妖精の国の鍵を持っているって感じでしたけど……どういういきさつで?」
話を戻すと、チェチェノさんはまふまふとカサを揺らして答えた。
「ああ、それはの、単純に我々長老神茸が妖精と交流があるからだ。元々、妖精は我々と同様にこの大陸の森に棲んでいた存在でな、妖精族は特殊な力が有るが、上位存在にならねば非力なものなのだ。それ故ワシらが身を挺して守り、妖精達は代わりにその恩を恵として返してくれる……そういう付き合いをしておった」
「なるほど、昵懇の仲だったと言う訳だな」
「左様。その縁で、お互いの有事の際や“とある条件”を満たした場合にこの国の扉を開くため、我々長老神茸だけが鍵を持つ決まりになったのだ」
なるほど、お互い助け合う仲だったんだし、それは当然だよな。
どうして妖精達がこの場所に引き籠る事になったのかが気になるが、まあそれは多分……おいおい知る事になるだろう。
とにかく、今は目の前の話題だな。
「前者は解るけど、後者はどんなものなんだい」
ご尤もなブラックの言葉に、チェチェノさんはもふりと髭を動かして笑った。
「そなた達のような、良き人間をこの国へと導くためだ」
「……よ、良き……?」
……えーと、まあ、批判は出るかもしれんが俺は妖精に危害を加えないから良いとして……この二人が、良き?
十七歳青春まっさかりの俺を羞恥調教するようなオッサンどもが、良き?
チェチェノさん間違えてない? 二人の評価間違えてない……?
「つーかーさーく~~~ん……なぁに僕達の事見比べてるのかなぁ~~?」
「ほほう……ツカサはオレ達の事を“良い”とは思ってないようだな……?」
「そ、そんな事思ってないですっ、思ってないでしゅっ、うぐっ!!」
か、噛んだ! 舌噛んだあぁっ!!
「なんだかよく解らんが元気だのう……」
「ふえええ違います、違いますううう! 良いから話進めてくだしゃい!」
涙目の俺にチェチェノさんはビクッと体を震わせたが、俺の情けない姿に同情してくれたのか、何も言わずに話を再開してくれた。うう、すんません。
「ええーっと……まあその、人族と交流を絶った妖精族と人族をなぜ会せるのかと言うと、一つは友好的な人族と交流を持ち取引を行う事で対価を得るため。そしてもう一つは単純に外界の事を知るためだ。外界で世界が崩壊するほどの危機が起これば、この国とて無事ではすまんからの」
チェチェノさんの説明に、クロウが鼻の頭に皺を寄せる。
「全ては自分達のため、か。友好的な相手に対して欲得尽くすぎないか」
「妖精族のほとんどはか弱い存在だからの……。それに、直接的原因ではないが、人族のせいで森から去らねばならなかったが故、まだ根に持っておるのだろう」
根に持ってるって、チェチェノさんもびしっと言うなあ。
しかし人族のせいって……一体何やったんだろう、数千年前の人族達……。
「話は終わりましたか? もうすぐ到着しますよ」
樹木竜に関する話が終わったのを見計らってか、アドニスが声をかけて来る。
なんだかよく解らないが、フードから覗く口は苦笑に歪んでいるように見えた。
今の話を聞いて、何か思う所でもあったんだろうか。
……なんか、昨日から変だな。
俺が見て来たアドニスって、もう少しこう……嫌味で人の事なんて考えない、顔だけイケメンのマッドサイエンティストだったんだけど。
もしかして、髪の毛の色を元に戻したら微妙に性格が変わるのか……?
ははは、そんなまさか。漫画じゃねーかそれ。
ありえない予想に自分で自分を笑い飛ばす俺を余所に、アドニスは前方にある小高い丘を指さした。
「あの丘から、見下ろせますよ」
「え、ほんと?」
それは是非見ておかねば。
駆け足で集団を抜けて陸へと向かい、えっちらおっちら必死に走って小高い丘のてっぺんへと向かう。息を切らして草花が茂る丘の真上にくると――――
目の前には、息を呑むような風景が広がっていた。
「うわぁ……!!」
小高い丘の先にある草原を越えた場所。
そこにはキノコの形をした色とりどりの屋根を持つ家が広がり、まるでカラフルなマーブルチョコを散らしたみたいになっている。
そんな不思議な家々の先、妖精達の棲む処を見下ろすかのように……
信じられないほど綺麗な城が、高く背を伸ばし鎮座していた。
――普通の城なら、ここまで驚きはしなかっただろう。
だけど、俺が見ている城は……。
「水晶の……いや…………氷の城だ……!!」
そう。
透き通らんばかりに輝く青を含んだ煌めく壁や屋根を持つその城は、水晶と言うよりも、純度の高い氷を削って造られたかのような光を放っている。
ファンシーな建物の中で、あの城だけが文字通り異彩を放っていた。
「ここが、聖都バルバラ…………妖精王が住まう場所です」
「……妖精、王…………」
不可思議な城に、不可思議な世界。
そんな場所を総べる妖精王とは、どんな存在なのだろうか。
会えるかどうかも解らないのに、妙にその事が気になった。
→
※次回はファンシー&ファンシー ( ^)o(^ )ワーイ
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