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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編
3.当たり前の事には中々感謝し辛い
しおりを挟む村で唯一の宿屋に部屋を頼み、朝食を終えると、俺達は早速店を回ってみる事にした。もちろん、ただの買い物と言う訳ではない。
一口に山と言っても、登るとなれば準備する道具も違ってくるからな。
もしそんなものが有ったら困るので、俺達は一応確認してみる事にしたのだ。
日本の北では熊を寄せ付けないために鈴を装備したりするし、南ではマムシ等に遭遇しないためにヘビ除けを装備する。そう言う風に山によっては何か特別な物が必要だったりする可能性が有るのだ。
それはきっとこの世界でも一緒だろう。
ゲームでも「あそこには毒系モンスターがいるから毒消し草を買っておいた方がいいぜ!」なんて展開が有るんだし、用心するに越した事はない。
先に薬屋に向かっても良かったのだが、そういう情報なら雑貨屋の方が細かい話も集まるかと思い、俺達は先に雑貨屋に向かう事にした。
「ちわーっす」
赤い木製のドアを開いて店の中に入ると、そこにはお土産物らしきコケシっぽいお人形や観光客向けの装飾品の他に、日用雑貨が並べられている。
食料品や金物も置かれているから、おそらく万屋って所かな。
俺の婆ちゃんの住んでる集落にもこういうストアがあるんだよなあ……この店のようにお洒落って訳じゃないけど、なんか思い出して懐かしくなるわ。
とりあえず、店主さんに登山の際に必要になる食料や装備の話をして、用意して貰う約束を取り付けると、俺はその他に何か必要が無いかと聞いてみた。
「あのー、ドラグ山に登るにあたって、他に何か必要な物ってありますか?」
そう聞くと、もうすぐ美熟女に足を踏み入れそうな綺麗なお姉さんは、頬に手を当ててウーンと唸った。水色のドレスに金の髪が映えて綺麗だなあ。
シアンさんのせいで、俺ってば段々と女の人のストライクゾーン上がって来てる気がして怖いわ。美人だらけの世界ってなんか逆に怖い。
「必要な物ねぇ……。強いて言うなら……道中安全のお守りになる、このリベルかしらねえ。山を登ったり、山の近くを歩く時には、みーんなこのリベルを持って行ったって話があるわ」
そう言いながら俺に見せてくれたのは、こけしみたいなあの人形だ。
リベルという人形は、服を着ているように見える模様を着色されており、こけしよりも少し人形に近い……と考えて、俺はバッグの中でロクと一緒に眠っている物を思い出した。そう言えばあの王様こけしもリベルって言わなかったっけ?
取り出してお姉さんに見せると、彼女は目を瞬かせた。
「……あの、これ……」
「あら、お客さんリベルをお持ちだったのねえ。……随分古いものかしら? 王様の格好をしたリベルなんて珍しいわ~」
「そうなんですか?」
「ええ、普通は簡素な服よ。お土産物だし、大量生産しなければいけないからね」
え、えらくシビアな理由だ……。
しかしそうなると、これは一点ものと言う事になるのだろうか。
そんな物をお守りとして渡してくれたなんて……ガトーさんには次に会った時にお礼を言っておかなきゃな。つーか、この世界で人から貰う物って、大抵が気軽に扱えない物ばっかりで怖い。
俺にくれるモノなんて、学校で貸し借りする消しゴムくらいのお役立ちグッズで良いんですよ皆さん……いや俺も贈り物するならそりゃ良い物選ぶけどさあ。
「あとは……ああそうそう! 赤いモノとか? でも、お兄さんの場合はコートが赤いから、それは必要ないわよね」
「え? 赤いものっすか?」
聞き返す俺に、お姉さんはしっかりと頷く。
「そうそう。ほら……ドラグ山って、凶暴なモンスターの生息地でしょ? そこにねえ、コダマウサギって言う凄く怖いモンスターがいるのよ……。それで、万が一そのモンスターに遭遇した時のために、赤い物を身に着けておくの。コダマウサギは基本的に単独行動らしいんだけど、群れを作って集団の棲み処を作るらしいのね。その群れの頭が真っ赤な毛をしてて、他のコダマウサギを統率しているの」
「あー……って事は、普通の白いコダマウサギになら、赤い物を見せればびっくりして逃げて行くという……」
「そう言う事ね」
とは言え、リーダー格の赤いコダマウサギに遭遇した時はそんな訳にも行かないらしく、彼らと「挨拶」を交わせなければ食われるだけなので、すぐに逃げた方が良いとの事だったが……ウサギなのにそんなに恐れられるって一体……。
つーか俺のコートって、コダマウサギのリーダーの毛を使ってるんだったか?
何か余計にリーダーに間違われそうだし、出来れば会いたくないな……。
ウサちゃんはもうペコリアが居るので大丈夫です! もふもふ過剰になります!
なんかドラグ山って登る時の注意事項多いなおい!
でもその二つ以外は特に気にする事も無いと言われたので、一安心か。
とりあえず万が一のために長いロープや登山用の手袋、新しい水琅石(新品の方が明かりがより強い)などを購入して、お姉さんに礼を言うと俺は店を後にした。オッサン達はいつの間にか酒を買っていたが、まあ酒は体を温かくするし……思う所はあるが不問にしておく。
食料などの他の物は出発前に届けてくれる事になっているので、次は後方支援の俺が必要な薬やその材料などを購入しよう。
薬屋だ。ねんがんの薬屋にいくのだ。
と言う訳で、他の店よりも一回り小さい薬屋に入って見ると……そこは少々隙間の目立つ薬瓶の棚と小さなカウンターが一つあるだけの簡素な店だった。
他の国の薬屋はわりと品揃えも充実してて広さも申し分なかったんだけど……やっぱり緑が芽吹かない国では、自然とこう厳しくなるものなのかな。
薬や材料の価格も、他の国より割増って感じだし……うーん、まだ路銀は心配しなくていい程度には残っているから、今回は値段を気にせず買うけど……曜術師や冒険者にとっては、この国は騒乱が起きていた時のライクネスよりキツいな。
だって、回復薬がなければ、この世界では民間療法みたいな治療しか出来ないんだもんなあ。医者になれるのは勉強した水の曜術師だけだし、それを考えると余計に回復薬の価値って物凄いんだと感じるよ。
……俺があの時回復薬を持っていれば、パーヴェル卿もヨアニスも救えたんじゃないかって思う程に。だから、この手の物には金は惜しんでられない。
俺は持てる限界まで既製品の回復薬や毒消し、気付け薬などの定番のアイテムを買い揃えると、自分で調合できるように回復薬の材料も買っておいた。
正直材料の品質は悪かった……というか、乾燥させたロエルだとかモギだとか、品質以前の問題である材料ばかりだったが、この国では薬の材料が入手出来るだけありがたいので何も言えない。
リン教やナトラ教みたいなツテがない以上、高望みはダメだよな。
でも、その辺を考えると教会ってホントに凄い組織だと思うよ。
俺の世界の中世でも教会は物凄い権力を持っていたみたいだし、そんな力があるからこそ、津々浦々の教会に聖水に使う新鮮な材料を送る事が出来るんだ。
そう考えると俺も独自の入手ルートとか欲しくなるなあ……ただでさえこの世界には冷蔵庫もないし、俺もチートもの小説では定番だろう“アイテムボックス”なんて便利能力は授かっていない訳だし……。
チート能力が無い事を恨んじゃいないが、でも有れば便利だよなあホント。
だって、ドラゴンのでっかい肉丸ごと収納出来たり、アイテムストックが99個! なんて事も平気で出来るんだぜ。青狸ロボットが持っているポッケみたいで凄く便利だし、改めて考えるとアレって夢の機能だよな。
俺の場合、スクナビナッツが在るだけでもありがたいと思わなきゃいけないのだろうが、個数制限とか面倒臭い制約があるからなー。まあアイテム所持制限が有るゲームやってるみたいで、それはそれでちょっと楽しくはあるが。
そういえば、縮小術……だったっけ、スクナビナッツに使われている術って。
気の付加術で出来る術だったら、練習してみたいな。アイテム管理に便利だし。
でもそんな便利な能力が普通に使えるなら、ブラックがもう使ってるような。
うーむ、やっぱ一度図書館にでも言って自主勉強でもした方が良さそうだ。今は無理だけど、黒曜の使者の能力に頼りっきりじゃ癪だし……パッと術を掛けられるくらいにならないと駄目だな。よし、この部分も改めて修練してみるか。
「ツカサ君、まだ何か買うのかい……」
「え?」
色々考えながら薬草を選んでいると、背後でなにやら疲れたような声がする。
何事かと思って振り返ると。
「ぎゃー!! 妖怪草だらけー!!」
なんと俺の背後には、頭から腕にかけて恐ろしい量の緑に塗れた妖怪が!
「ち、違うよ! ツカサ君が僕に『これ持ってて、これきーぷ』とか言って、僕に薬草をめちゃくちゃ放って来るからこうなったんじゃないかー!!」
あ、そうだった。材料が足りなくなるかもと思って、あれもこれもとキープしまくってたんだっけ。ごめんちゃい。
「ブラックが草だらけだとするとオレはヨーカイ紙袋だらけになるのか」
「うるさいぞ熊公」
「ご、ごめんごめん、やりすぎたわ! クロウも荷物持っててくれてありがとな」
慌ててこんもり草の山になっているブラックから材料を取ると、本当に必要な分だけを残して後を戻した。いやーショッピング中に考え事するもんじゃないね!
て言うかクロウにも沢山荷物持たせちゃってるし、今日の所は引き上げるか。
俺は店員さんにお金を払うと、そそくさと薬屋から出た。
「あー……やっぱ夕方になると寒いな」
ほうと息を吐くと、僅かに息が白くなっている。
俺の仕草を見てブラックとクロウもそれぞれ息を吐き、口々に本当だと呟いた。
「ツカサ君、色々と気が付くねー。寒くなったかもとは思ってたけど、言われなきゃ確かめもしなかったなあ……。今日は温めて呑むか……」
「まったくだ。しかし、冬の国というのは本当に不思議だな。風呂に入った訳でもないのに、体から白い湯気がでるとは」
「えーと、お湯で体があったまった時と同じ事が起きてるらしいよ。外が体よりも冷たくなったから、風呂あがりと同じようになるんだって。あとブラック、酒飲むのは良いけど、飲みすぎんなよ。絡んで来たら容赦なく部屋から追い出すからな」
クロウの無邪気な科学的疑問はオッサンながらも可愛いので良いとして、純粋にオッサンな発言をしているブラックは見逃せない。
何度も言うが俺絡み酒嫌いなんだからな。熱燗とか酔いが早く回りそうたし嫌な予感しかしない。ブラックの絡み酒っぷりは身を持って知っているから、やるんなら酒場で呑んだくれて来て欲しい。
「えぇー……ツカサ君、お酌とかしてくれないの……?」
「俺は酒飲めないってのに、なんで酌しなきゃいけねーんだよ。一人で啜ってろ」
じろりと睨みながら紙袋を抱え直すと、ブラックは叱られた犬のようにしょんぼりした顔で俺をじっと見つめて来る。
その姿がなんだかおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
……なんか、久しぶりに三人で出歩いたからかな。
妙に会話するのが楽しいや。
彩宮では、こんな風な下らない会話をしながら歩く事なんて出来なかったし、何も考えずに気を抜くって事すら難しかったもんな。
でも今は信頼できる気心の知れた二人が居るから、こうも笑えるんだろう。
……こういう時に、積み重ねてきた時間を思い知らされる気がする。
何だかんだ、俺もしっかり二人に肩入れしちゃってるんだなあ……。
「ツカサ、今日はご機嫌だな」
「え? そう? 気のせいだろ」
俺の顔を覗き込むクロウにそう言われて、俺は特に隠す事も無く否定する。
心の中で思っている事を言わされるとなると恥ずかしいが、機嫌がいい事くらいは隠さなくっていいよな。
二人といると、ダチと騒いでるのと同じくらい楽しいのは確かだし。
ああ本当、こういう風に思いっきり笑うのも久しぶりかも知れない。
気付かなかったけど、彩宮では俺も結構気を張ってたんだな……だけど、今まで自分が思いきり笑えてなかった事に気付くってのは、何だか不思議な感じがした。
普通に出来てた事が出来ないって、あんなに辛い事だったのか。
でもあの時は全然そう思ってなかったんだから、人間って解らないもんだよな。
……という事は、ブラック達もそうだったんだろうか?
二人とも今ようやく気兼ねなく話せているのかな。俺と同じで。
考えてみれば、二人だってあの時は色々頑張ってくれてたんだよな……。
さっきは嫌って言ったけど……お酌くらいならしてやろうかな。うん。
内心そう決めると、俺は帰路に着いたのだった。
→
※次少々変態ぽいかもなのでご注意ください…えろ…(^ν^)
あと、息が白くなる奴の説明が思いっきりうろおぼえちっくですが
ツカサもクロウもなあなあで説明してぼんやり納得する子達なので
正確なメカニズムを喋ってませんが許して下され……(;´Д`)
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