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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
33.後悔の呪縛
しおりを挟む俺達とボーレニカさんは黙って椅子に座り、向かい合った。
相手の雰囲気からして、今から語られる話はどう考えても「良くない事」だ。
まさかとは思ったが、冗談を言って茶化せるような状況でも無く、俺とブラックは対面のボーレニカさんが話しだしてくれるまで根気よく待った。
客間には窓がないが、恐らく今はもう深夜になっているだろう。ふとそれを思って、俺は膝を合わせてそこに手を置く。
明日でも良かったと言うのに、ボーレニカさんはこんな遅い時間に訪ねてきた。その気持ちを思うと何とも言えなくて、待つしかなかったのだ。
……膠着状態のままさらに数分が経過し、俺の隣に座っているブラックが沈黙に耐え切れず足を少し動かす。と、やっとボーレニカさんが口を開いた。
「…………坊主、ターミルが以前三ヶ月の休養を取った事は知っているか」
唐突な問いに、俺は頷く。
ヨアニスから聞いたと返すと、相手は口角を僅かに上げて目を伏せた。
「そうか……。だが、陛下はその理由を知らなかった。そうだな?」
「う、うん…………もしかして、その休養に何かあるのか?」
今度は俺が問いかけると、ボーレニカさんは一瞬戸惑ったように口を噤んだが、それでも決心は揺らがないのか平静を取り戻して軽く頷いた。
彼の表情に、迷いはない。だけどどうしてか、俺には悲しそうな表情に見えた。
「三ヶ月、という長い期間休養を取ったのには、訳が有る。それは……」
「子供を産むため。……かな?」
耳のすぐそばで聞こえたブラックのその一言に、時が止まる。
一瞬、何を言っているのか解らなかった。
……こ、ども?
子供を、生む? どういう事だ。三か月で子供を産むって……。
混乱する俺に気付いたのか、ブラックは今しがた思い至ったように眉を上げる。
「そうか、ツカサ君は知らなかったね」
「お、おう……」
俺は異世界人だからな、とは言えず言葉を飲み込んでいると、ボーレニカさんが詳しく説明してくれた。
「……通常、子供の種が母親の体に同化して腹に“着床”し、子供になるまでの期間は三ヶ月ほど掛かる。まあ、人によってだいぶ差異はあるが……ターミルは医師に言われて、三ヶ月程度だろうと判断していた」
「えっ、ちょ、ちょっと待って下さい。ボーレニカさんがその事を知っているって事は……もしかして、そのお腹の中の子供は……」
「無論、俺とターミルの子供だった」
静かなその言葉に、俺は眉根を寄せる。
「だった」とは、どういう事だ。
嫌な予感を覚えながら対面の相手を見ると、彼は目を伏せたまま首を振った。
「もう、いない。……俺がソーニャを護衛している間に、ターミルは不慮の事故で、子供を失ってしまったんだ」
そんな。それじゃあ、まるきりソーニャさんと一緒…………。
思わず出そうになった言葉を抑えようと口を塞ぐと、ボーレニカさんは俺が何を言いたいのかを理解したのか、自嘲するように薄らと笑うと、辛そうに眉間にぎゅっと皺を寄せて目を閉じた。
「……今思えば、一緒に居てやるべきだった。言伝だけを寄越さず、毎日家に帰って居ればと……。だが、あいつは何も言わなかった。子供が流れた事を俺に知らせなかったんだ。……いや、辛すぎて、知らせる事すらも出来なかったんだろうな……。ターミルは、俺が帰って来た時には……部屋で身も背も無く泣き叫び続けていたよ。子供の名前を呼びながらな」
目の前にある厳つい肩が、震えている。
声は冷静だけど、その隠しきれない動揺はボーレニカさんが未だに当時のことを忘れられずに悔やんでいる事が見て取れた。
何も言えずにただその姿を見ている俺達を余所に、相手は話を進めていく。
「帰ってきてすぐの時は、あいつも取り乱して俺に対して罵詈雑言を浴びせたよ。何故帰って来てくれなかった、傍に居てくれなかった、どうして自分の子供よりも他人の子供の事を心配していたんだと」
「…………」
「俺は、何も言い返せなかった。皆に愛され守られているソーニャとは違って、ターミルは一人で子供を守っていた。……そう、最初から、俺は選択を間違えていたんだ。父親の俺も、ターミルと一緒に子供を守るべきだった。ターミルを一人にすべきじゃなかったんだ……! ……だが、俺は…………あいつの心の強さに胡坐をかいて、ターミルの事を顧みようともしなかった……。大丈夫だからと笑ったターミルに甘えて、体の弱いソーニャの事ばかりを心配して……」
……甘えていたんじゃなくて、信頼していたんじゃないのかな。
子供を作りたいと思うほどに愛し合っていた二人だったんだから、相手の言葉を信じきって行動してしまうのは仕方ないんじゃないのか。
でも、そんな事を言ったってボーレニカさんは納得しないだろう。
自分が甘えていたと自覚してしまえば、後悔ばかりが湧いて来る事になる。
信頼と甘えは紙一重だ。自分の行動を恥じる時、「信じる」という行為は過信や甘えという言葉に変換されてしまう。
そして、その後悔は誰かに否定されたとしても、“忘れてはならない過ち”として心の中にずっと残り続ける事になってしまうのだ。
ボーレニカさんは、そんな自らを呪縛するほどの後悔を背負ってしまった。
ガキの俺なんかには計り知れないくらいの悲しみや、自分に対しての怒りが、ボーレニカさんを縛り続けているのだろう。
それを想えば、目の前の苦しんでいる相手に同情せざるを得なかったが……
「パーヴェル卿は……その後、どうしたんですか」
そう、一番悲しんだのはパーヴェル卿だろう。
叶わない恋をして、未練が有りながらも相手のために身を引いて、その悲しみを癒してくれる愛する人にやっと出会えたと思ったら、その人との子供を喪って。
いくつ大事な物を失ったと言うのだろうか。
自分の体に宿っていた大切な命を奪われた彼の慟哭は、きっと俺が考える以上のものだったに違いない。
そんな悲しみの中で、愛する人は現れずにたった一人で苦しんでいたなんて――――俺なら、恐らく耐え切れないだろう。
なのに今のパーヴェル卿は、しっかりと立っている。
ヨアニスのために兵器開発に心血を注ぎ、失踪したソーニャさんを探し、そして今も自分ではない他の誰かがヨアニスと一緒に寝る事を許容している。
今も未練のある相手を、ずっと見守っているのだ。
……彼は立ち直ったのだろうか? それとも……。
俺の問いで、皆まで言わずとも理解したのか、ボーレニカさんはわずかに眉間の皺を緩めると、ゆっくりと俺達を見る。
久しぶりに見たその顔は、とても悲しそうな表情に染まっていた。
「……一週間ほどして、立ち直ってくれたよ。自分の不注意だったから仕方ない、俺は気にしなくていいと。……だが…………俺は気付くべきだったんだ。あの時から、ターミルの心が壊れ始めていた事に」
「……心、が……」
「復帰したターミルは、それはもう精力的に仕事をした。身重のソーニャの事も、自分の事のように心配して、助言をしたり補助を買って出たりしていたよ。俺はてっきり、自分の二の舞にならないように、ソーニャの腹の中の子を守ろうとしていると思っていた。だが、そうじゃなかったんだ……!!」
荒い口調で最後の言葉を吐いて、耐え切れなかったのかボーレニカさんは強くテーブルを叩く。
「坊主、今日お前と話して、俺はある事を思い出した。……思い出しちまったんだ。……いや、俺は逃げていたのかも知れない。まさかと思って……違う、そう思いたくなくて、だから護衛をやめたんだ……っ」
「ボーレニカさん……」
「アイツが言ってたんだよ!! 子供を喪った時に、言ってたんだ! どうしてソーニャだけが愛されるんだ、どうしてあの娘だけが守られるんだ、自分の子供が祝福されずに消えたのに、どうしてソーニャの子供は祝福されてるんだ、何故ヨアニスはあんな娘に簡単に靡いてしまったんだと……っ」
叫ぶかのようなボーレニカさんの声に、俺は息を呑んだ。
……ソーニャさんへの羨望と、妬みと、嫉妬。
取り乱していたとはいえ、しかしその言葉は彼の真実の感情からくる言葉。
パーヴェル卿は、やはり……彼女に対して、理不尽とも思えるほどの憎悪を抱いていたのだ。
――――なんて、ことだ。
そうだと、思いたくなかったのに。
パーヴェル卿のヨアニスへの思いは、純粋な物だと思いたかったのに。
なのに、今ボーレニカさんが発狂するように吐き出した言葉は、俺の最悪な予想を尽く肯定するかのような事ばかりが詰め込まれていた。
「アイツは心を壊した……あの時に、俺は気付いてやるべき……いや、最初から、あいつの傍に居てやるべきだったんだ……!! 解っていた、ターミルがまだ陛下のことを愛しているのは解ってた、だけど、諦めてくれたんだと思っていたのに、なのに、俺は全部大丈夫だと愚かにも安心して……ッ!!」
そうだ、彼は今もヨアニスを愛している。
ヨアニスの為に何でもするつもりだと言ってしまう程、彼を思っていた。
「俺は手紙で何度も動向を探った、大丈夫かと呼びかけた。だけど、もうターミルは俺の事なんて見限っていた。あいつを守れなかった、あいつの気持ちを読み取る事が出来なかった俺を捨てて、あいつは狂った陛下の愛情に溺れて、またどんどん狂っていっちまったんだ……」
テーブルを叩く拳が、段々と弱っていく。
力なく降ろされた拳はどうしようもなく震えていて、俺は下唇を噛んだ。
そうでもしないと、なんだか泣いてしまいそうだったから。
「…………はは、ざまあねえよな……。愛していたはずの相手を放っておいた奴が、いつまでも愛されてるわけがねえのは当然なのによ」
どこか他人事のように嘯く言葉は、聞いている俺の方が辛くなるほどに歪んで弱々しい。どう声を掛けたらいいか解らないままただ見つめていると、ボーレニカさんはゆるく笑った。
「ターミルは、ガキの頃からずっと陛下の傍に居た。逆に言えば、あいつの世界にゃ陛下しかいなかったんだ。だから……好きになるのは当然だったんだろう」
「それは……本人から聞いたのかい」
ブラックの言葉に、相手は小さく頷く。
「俺とあいつの出会いは、そもそもが陛下との繋がりによるものだ。……出会った時のターミルは陛下との関係に酷く悩んでいてな……忠誠心と愛情の板挟みになって、苦しんでいた。……愛情とまではいかないが、俺もソーニャを妹だと思う事は不敬ではないのかと悩んでいた時だったから、あいつの気持ちは痛いほどよく解ったんだ。……だから、慰めている内に恋仲になって、ターミルも陛下の事を諦めると言って……考えてみれば、諦められるわけが無かったのにな」
そうか。二人はある意味で似た者同士だったのか。
愛情の種類が違うとは言えど、二人は確かに自分よりも位が上の人を大事に思っていた。そんな身分違いの思いに苦しむパーヴェル卿に、ボーレニカさんは寄り添って彼の心を開いたのだ。
だからパーヴェル卿も一度はヨアニスの事を諦めて、彼と一緒になる道を選んだのだろう。だけど、その決心も努力も、子供を喪った事で崩れてしまった。
そして拠り所が無くなった心が癒される場所を探した結果……またヨアニスの所へと戻って来てしまったのだ。
でも……。
「……ヨアニスは、もうパーヴェル卿の事を恋人としては見ていない……」
俺のその言葉に、ボーレニカさんは悲しそうに目を伏せた。
「そうだな。俺も久しぶりに皇帝陛下と会って話して、そう思った。ありがたい事に、陛下は今でもソーニャの事を深く愛してくれている。俺がソーニャの死を知らせた時にも、陛下は泣いて泣いて、悲しんでくれた。そして今も、ソーニャとの子供であるアレクセイ様と会えるのを待ち望んでくれている。……彼の心には、今はもうターミルの姿はないんだ」
「あ…………」
そうか、ヨアニスが我慢できずに俺を襲おうとしたのは、それを聞いてまた心が弱くなっていたからなのかもしれない。
だとしたら、やっぱり悪い事をしてしまった……。
仲直りしている以上もう何も言う事は出来ないが、けれど、そんな不安な状態を考えてやれずに突き離したのは、やっぱり失敗だっただろう。
……駄目だな、俺も。なんでいつもいつも深く考えられないんだろう。
ヨアニスを拒否するにも、もっと他に方法があったはずなのに。
そう、パーヴェル卿だってそうだ。別れを切り出せないまま自然消滅を選んだのだって、結果的には未練を残す結果になって、彼は子供を失った悲しみを消す為に一層ヨアニスに溺れてしまう事態に陥ってしまった。
彼もまた、選択を間違えたのだ。
だから、ヨアニスへの思いを断ち切れなくて、今も追い求めた。
相手の為だと言いながら、その実、自分が必要とされたくて、また相手に恋人として見て欲しくて、一縷の望みに縋るようにパーヴェル卿は働いてきたのだ。
ソーニャさんを探したのだって、兵器開発だって、恐らくそのせいだろう。
彼のその想いを考えると、胸が痛くなった。
……壊れた心に惑って、嫉妬の感情を制御できずにソーニャさんを突き落とし、彼女を追い詰めて命を奪ってまで、ヨアニスにまた受け入れて貰おうとした。
それが真実であれば、絶対に許せない事だ。
だけど、愛した者の命を失うと言う事がそれほど辛い事だと言うのなら、俺には彼を強く糾弾する事が出来なかった。
俺は偉い人間じゃないし、物事を深く考えられるほど大人でも無い。
それに……俺だって、ブラックが死にそうになった時……死を受け入れられず、気が狂いそうになったから。……あの痛みは、筆舌に尽くし難いものだった。
逆恨みに近い動機だとしても、縋る物すらなかった彼の事を思うと、怒りと共に悲しさが湧いて来てどう感情を表現していいか解らない。
だけど今は感傷に浸っている場合じゃないと己を律して、俺は膝の上に置いていた手をぐっと握った。
「……俺、あの人に出会った時から少しおかしいなって思う事があったんだ」
「…………?」
「パーヴェル卿は、何故かソーニャさんが亡くなったって事を知ってた。……あの時の俺は内情を知らなかったし、何とも思ってなかったけど……良く考えたらおかしいよな。ソーニャさんの死は、ボーレニカさんとアレクしか知らなかったんだ。それをあの人が知ってるなんて、どう考えても変だよな?」
そう、今思えば、彼の言動は奇妙だった。
もしソーニャさんが生きていると信じていたなら、パーヴェル卿は俺の存在を使ってヨアニスを大人しくさせている間、必死にソーニャさんを探しただろう。
だがその気配もないし、彼はずっと皇帝領に留まって、毎晩毎晩俺をヨアニスの所へと配送していた。まるで、ソーニャさんの存在なんて無かったかのように。
それに、俺がソーニャさんではないとバレる事に、なんの危機感も感じてはいなかった。……普通、おしとやかな女性の代役である俺が「オレ」とか言えば、絶対に怒るよな。なのにそれもないって事は……俺が偽物とバレても構わなかったって事だ。いや、むしろ、ヨアニスが偽物に気付いて絶望する事で、自分の方へと靡くかもしれないと画策していたのかも知れない。
そう、ヨアニスが前妻を喪った時のように。
俺がその事を語ると、ブラックは嫌悪を隠しもしない顔で言葉を吐き捨てた。
「なにそれ、最悪だね。ツカサ君を当て馬に使おうとしてたなんて、迷惑すぎるんだけど」
「だが……それがほぼ正解なんだろう。俺もターミルに会った時に、少し違和感を覚えたんだ。最初は解らなかったが……過去の事を話している内に、それがやっと理解出来た。……ターミルは、泣き叫んだ後のあの時と……感情を押し隠して俺に『大丈夫だ』と言ってくれた時の姿と、まったく一緒だったんだ」
「それって……パーヴェル卿も同様におかしくなってるって事かい?」
とんだ統治集団だ、と片眉を上げるブラックに、相手は力なく頷く。
ヨアニスが愛しい人を喪って狂ったように、パーヴェル卿もまた、愛しい存在を二人も失って静かに狂っていったのだ。
それが真実だとすれば……全てが繋がる。
「……証拠はないけど、でも……動機は、充分に有りすぎる」
俺の言葉に、ボーレニカさんは両手を組んで、そこに額をつける。
まるで何かに祈るようなその姿は、見ているだけで辛くなるほど痛々しかった。
「…………ソーニャを追って来ていた奴がターミルだとすれば、色々辻褄が合う。彼女の死を知っていた事も、今ソーニャを探さない事も、子供がいるのかと詰め寄った事も……内部に犯人がいると言うのも、最高権力に近いターミルなら、なんだってやれたんだ。これ以上に的確な犯人は居ない……」
「ボーレニカさん……」
「……だと、すれば…………俺は……アイツを止めなければならない」
表情は見えないが、しかしその声は酷く冷静で。
ボーレニカさんを注視する俺達に、相手は少しだけ顔を上げた。
「もう後悔するのはごめんだ。アレクセイ様は、俺を家族だと……二人目の大事な家族だと言ってくれた。今もその言葉の通りに、信じてくれている。だから俺は……アレクセイ様を守りたい。例えそれが……一生に一度の人だと思った相手を、牢獄に放り込む事になっても……」
そう言って俯くボーレニカさんの目からは、涙が零れ落ちている。
悩んで、苦しんで、迷った末に出した答えに、俺は言葉も無かった。
きっと彼はパーヴェル卿の真実を明かしたく無かったのだろう。彼を傷つける事にもなるし、愛しい相手を罪人だと認めるなんて、余程の覚悟が無ければ出来ない事だ。なのに、ボーレニカさんは俺達に話してくれた。
自分がパーヴェル卿を“売った”のだと言う自責の念を抱え込む決意をして。
だけどそれは、アレクの為だけではないはずだ。
ボーレニカさんは、妄執に取り憑かれ静かに狂っていったパーヴェル卿の罪を、これ以上の罪にしたくないと思ったに違いない。
だから、断腸の思いで、涙を零しながら真実を語ったのだ。
心が引き裂かれそうになりながらも、必死で。
「……教えてくれてありがとう、ボーレニカさん」
頑張ったね、とか、良く話してくれたね、なんて他人のような言葉は言えない。
自分にも好きな人がいるからこそ、そんな言葉で相手をねぎらうのは失礼な事だと俺は理解していた。だから、それしか言う事が出来なかった。
……誰が自分の恋人の悪事に繋がる証言をして褒められたいかよ。
好きな人の悪い部分を直視するのなんて、本当はとても辛い事のはずだ。
俺だって……ブラックが言いたくない事を聞きたくなんてない。
誰もが、毅然とした態度で恋人の悪事を暴露出来るほど強くはないのだ。
「…………本当は、すぐにでも話すべきだった。すまない」
「いや……。話してくれただけで、充分だよ。……問題は、この事態をどうやって解決するかだ。俺は今のヨアニスにこの事を知らせたくない。今教えてしまえば、また心が壊れるかもしれないからだ。……けど、アレクの事が彩宮の人達に知れたら、きっと大変な事になる。だから、早く彼に真実を話して貰わないと」
……犯人だ、とはまだ言いたくない。
今の話は俺達の推測も混ざっていて真実とは言い難い。それに、物的証拠って奴も存在してないんだ。だから、まだパーヴェル卿を犯人だとは言えない。
だけど彼に真実を話して貰う事は絶対に必要だろう。そして、万が一彼が犯人だったとしたら、アレクの身を守るために早急に手を打たねばならない。
アレクは今、この彩宮……首都・ノーヴェポーチカに向かっている。
世界協定の護衛やクロウが一緒に居るからと言っても、油断はできない。
もう二度と、ヨアニスとアレクから大切な人を奪ってはならない。だから、慎重に事を運ばなければ。だけど、これからどうしよう……。
悩む俺とブラックだったが、ボーレニカさんは袖で乱暴に涙を拭うと、俺達をじっと見て……思わぬ事を言いだした。
「散々迷惑をかけておいて、これ以上わがままを言うのは傲慢だとは解っている。だが……時間を……せめて、あと一日だけでも時間をくれないか」
「え……」
「犯人を隠してこの事を陛下に話したとしても、陛下も流石に事の真相に気付いてしまうだろう。だから、お前らはその前にターミルと話して、自首させようと思っているんだよな? ……ありがとうよ。だが……その役は……俺にやらせちゃくれねえだろうか」
「ボーレニカさん……」
「……俺は、ターミルに何もしてやれなかった。アイツの心を救う責務からも、ソーニャを守る事からも逃げていたんだ。……だから、今度は……」
真っ直ぐに俺達を見つめる相手に、俺はブラックの顔を見る。
どうすればいい、と目で問うと、ブラックは軽く息を吐いて、肩を竦めた。
「……刺し違えてでもという覚悟が有るなら、説得は任せるよ」
さ、刺し違えてって、まさかそんな事にはならないだろう。
物騒なことを言うブラックに慌てて、弁解しようとボーレニカさんを見ると……相手はしっかりとした顔つきで、ブラックを見て強く頷いていた。
「明日、やってみよう。…………もし俺が失敗した時は、頼む」
まるで、死地にでも向かうかのような言葉。
だけでも俺達はその決心に見合う言葉を持ち合わせていなかった。
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