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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
27.回り道迷い道1
しおりを挟む何だか訳が判らなくなってきた。
「えーっと……パーヴェル卿はソーニャさんを追い詰めたかもしれない最も有力な容疑者候補で、彼女の護衛役であり兄代わりだったボーレニカさんと恋人同士で、その上ヨアニスの為に大地の気を使ってなんか兵器を作ってて……?」
「なんか主題からどんどん遠ざかっている気がするねえ」
ブラックの言葉に俺は気力が尽きてベッドに倒れ込む。
あの後、パーヴェル卿が帰る素振りを見せたので、俺達も深追いはすまいと思い大人しく謎の施設から脱出したのだが……なんだかどっと疲れてしまい、俺は彩宮に帰って来るなり気力が切れてしまったのだ。
それで思わず満身創痍で帰宅したリーマンみたいな事をやってしまった訳だが、まあここはブラックに割り当てられた客室なんだし、ここでだけは思う存分気を抜いても良いだろう。
飛んだり跳ねたりの隠密行動の連続でだいぶん疲れたし、なにより今日知ってしまった新たな情報に頭がこんがらがってしまい、まともに座る事すら億劫なのだ。これくらいは許してほしい。
ここは一度休んでから仕切り直した方が良いだろう。
そう思って、柔らかくて気持ちのいいベッドにペコリアとゴロゴロ転がる俺に、ブラックは「んもー、行儀わるいなー」とかなんとか言いながら鎧を脱ぐ。
ブラックも多少疲れているのか、小言を言うものの俺に向かって来る事はなく、鎧を全部脱ぎ捨てると脱力したようにソファに凭れた。
「はー……しかし、とんでもない物を見ちゃったね」
「うん……。大地の気をエネルギー……燃料として使う技術なんて初めて見たよ。一応聞くけど、この世界でそういう技術ってあるもんなのか?」
パーヴェル卿の人となりの話とはズレるが、確認しておかなければずっと考えてしまいそうで気持ちが悪い。
ベッドに寝転んだままブラックの方を向くと、相手は俺をじっと見て目を細めた。
「いーや……世界一の技術大国であるプレイン共和国でも聞いた事がないね。……そもそもの話だけど、金の曜術師は気の付加術である“術”を曜具の中に込める事は出来るけど、大地の気そのものを扱う事は出来ないんだよ。だから……あの機械は金の曜術師にすら作れない【謎の機械】って事になるんだけどね」
「え……金の曜術師でも作れないのか……?」
この世界では魔法が込められた魔法具のような存在……曜術を道具の中に込めて作る曜具という物が有る。それは炎水土木金と様々な属性があり、金の属性を使う曜術師のみが、曜具と言う道具を作る事が出来るのだ。
例えば、ブラックは金の曜気も扱える月の曜術師なんだが、自由自在に金属を変形させたり思い通りの姿に成形する事が出来るし、隠蔽の術を水晶に込めた曜具も作っていた。
それは金の曜術師だから出来た事なのだ。
ハーモニック連合国で友達になったマグナも、金の曜術師として万能鍵開け道具の【鍵蟲】という物を作っていたし、炎と水の曜気を利用した湯沸かし器なんて物も作り出していた。このように、金の属性を持つ金の曜術師は、他の曜術師と違い攻撃する為の術はほとんど持たない代わりに、無限の可能性を持つ道具を作る能力を授かっているのである。
そんな唯一無二の存在だからこそ、金の曜術師はプレイン共和国などで技師としてそれはそれは手厚く保護されているらしい。
ちなみにマグナはそこで国宝扱いの【神童】と呼ばれるほどの技術者だ。
だから、俺は大地の気も扱える物だと思い込んでいたのだが。
「じゃあ……ええと……あの【アニマパイプ】っていう謎の機械は……」
「到底存在しえない物って事になるね。……あの中の液体が、本当に大地から湧き出る気であったらの話だけど」
「そうか……それもそうだよな……」
俺はパーヴェル卿達の話の流れから、あの機械の中の液体を大地の気だと認識していたけど……その会話自体が間違いの可能性も有る。
でも……。
「ベランデルンにまでアニマパイプを伸ばしたって言葉とかを考えると……大地の気を集めようとしてるっていうのは本当じゃないか? 兵器も開発してるって言ってたし、大地の気じゃなくてもなんらかの力を吸い上げてるってのは間違いないと思うんだけど」
ベッドに頭を預けてだらしない恰好でブラックを見やると、相手は難しそうに顔を歪めて唸りながら顎に手をやる。
「うーん……。それはまあ……そうだろうね。でもおかしいんだよなあ……あの場での話を聞く限り、そのアニマパイプっていう存在自体は最初からこの国に在ったみたいだし……それを今になって誰かの手で増設したってことは、アニマパイプの製造方法はこの国には残っていなかったか、僕達の持つ技術では到底再現出来っこない物だったってことだよね」
「確かに……」
「と言う事は、その“誰かさん”は、僕達や広告の人間が知り得ない事を、この国の人間に教えたって事だ。……それって、凄く変だと思うんだけど」
「うむむ……でも、ブラックみたいにスゲー知識の伝道者とかがいて、その人に色々と教えて貰ったのかもしんないぞ? で、そのお蔭で開発できちゃって、絶賛大地の気吸い取り中とか」
俺の言葉に、ブラックは何故か嬉しそうな顔をしたが、すぐにゴホンと咳払いをして長い足を組んだ。嫌味か。
「そ、そうだね。僕みたいな奴が、どこかで古文書か何かを見つけたのかもしれないね……。ツカサ君の話では、この国には妖精文字って物があるんだし、ならその文字で製造方法が記されていたのかも知れない。とすると、解読できる者が今頃になって現れてもおかしくないし、今増設したのも理解出来る。……ただ、どうしてそんな物がこの国に存在するのかは解決してないけどね……」
「…………」
確かに、なんか物凄くモヤモヤする。
推測の域を出ないけど、もしアニマパイプが昔からある物だとしたら……もしかしてこの国に大地の気が存在しない理由は、そのアニマパイプにあるのかも知れないし……ああでも今はそんなことを考えてる場合じゃないのか。
一国の重大な秘密を知ったからと言って、俺達に何が出来る訳でもない。
正直ヨアニスとソーニャさんの事で今はいっぱいいっぱいだ。
彼らの言っていた「敵」や兵器の事は気になるが、俺達が手を付けて良い問題では無いだろう。つーか無理です。俺個人でどうこう出来るもんじゃないし。
こういう時、ゲームだったら色々目ぼしい証拠を集めて、それが悪なら討伐するイベントが起こるんだろうけど……これ現実だしなあ……。
俺は選ばれた勇者でもないし、精霊様の加護も無いわけで。
ぶっちゃけ、これ以上はキャパオーバーなのだ。
ヨアニスが不安定な状態でこの国に変な事が起こっても困るし、今はとにかく彼の懸念を取り去って元の炎雷帝に戻してやるしかない。
その為には、パーヴェル卿の疑いを晴らす所から始めなければ。
この前から彼の事を散々疑ってるけど、彼自身はヨアニスを本当に心配しているみたいだし……出来ればシロであってほしいよなあ。
ヨアニスが疑いも無く信頼しているような人が、ソーニャさんを追い回した犯人だなんて思いたくない。
「まあ、色々変な事はあるけど……パーヴェル卿の人となりを知る情報って訳じゃ無かったし……今は忘れておこう」
「そうだね。一々面倒臭い事に関わってたら命が幾つ有っても足りないもの。……だけど、これからどうするかなぁ。周囲をこそこそ嗅ぎ回ってたらバレそうだし……かと言って直接本人に聞くのもねえ」
「ボーレニカさんにも聞きづらいよなあ……俺達が二人の関係に気付いてるなんて、相手は知らないだろうし……」
でも、彼の生い立ちを聞く程度なら大丈夫かな。
ヨアニスに聞いたら、流石に相手も何かおかしい事に気付くかもしれないし……その線からボーレニカさんにそれとなく聞いてみるのはどうだろうか。
それなら世間話から入っても聞きやすい気がする。
他の貴族の人達には話しかけられないし、今出来ることって言ったらそれしかないよな。……まあ、考えてみれば尾行せずに先にそうしておけよって話なんだが、昨日の今日で探りを入れたら変に思われるから仕方なかったんだよう。
今は大丈夫だけど、さっきまではブラックの機嫌も悪かったし……その状態で誰かの所に行ったら、絶対に俺はタダじゃすまなかっただろうしな。
ベッドの上でもだもだする俺と真似するペコリアに、ブラックは首を傾げて近付いて来る。そうして、俺達と同じようにベッドに倒れ込んだ。
一人重さが加わった分、ベッドが勢いよく沈んで揺れる。
その動きに翻弄されていると、ブラックは俺を引き寄せて抱き締めて来た。
「うおっ、ちょっと!」
「これくらい許してよ~……。僕も今日は色々疲れたよ……。とにかく、少し休んでから考えよう……」
そう言いながら俺を腕の中にすっぽりと閉じ込めてしまう相手に、俺はどうする事も出来ずに口を噤むしかなかった。
まあ、そりゃ、俺よりブラックの方が飛んだり跳ねたりして疲れただろうし……何より鎧を着こんでの事だったんだから、疲労も余計に溜まっていただろう。
だったら、まあ……仕方ないっていうか……。
「ブラック、そのまま寝るなよ」
「ん~……解ってる……」
とか言いつつ、もう相手は寝惚けたような声になっている。
本当に締まらないなと思いながらも、振りほどけない俺はブラックに少しだけ体を寄せて、寝やすいように体勢を変えてやった。
……今日だけだ。今日だけだからな。
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