異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

26.復活させてはならない存在

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 パーヴェル卿は鉄扉の前で何か操作をしていたようだったが、すぐに扉を開けるとその中に入って行ってしまった。

「よし、近付いてみようか」
「おうっ」

 俺とブラックは兵士達に気取られないように隠れながら扉に近付くと、パーヴェル卿が何を行ったのかを確認した。
 ふむふむ、鉄の扉には鍵穴が有るだけで、他に仕掛けはないみたいだ。
 どうやら彼は順当に鍵を開けて中に入ったらしい。

 しかし、俺達……いや、ブラックには鍵なんて通用しない。
 なんせこいつは金の曜術師だ。天然ピッキング男にかかれば、どんな複雑な鍵であろうとも無意味なのである。
 普段は迷惑な能力だが、こういう時にはとっても頼り甲斐があるなあ。

 ブラックは周囲を確認すると、鍵穴に手を翳して何事かを呟いた。

「……うん、少し複雑だけど別にむずかしい鍵じゃないね」

 そう言って、ブラックは「四つの縛めの一つ」と呟いた。
 一つ、二つ、三つと呟くたびにカチンカチンと金属がぶつかる音がする。
 体感で数十秒と言った所か、最後の四つという言葉と同時に扉が開いた。
 ううむ、やっぱりいつ見ても凄いな……。

「さ、行こうか」
「あ……ちょっと待って、扉の先を確認するから」

 もしかしたら近くに人がいるかもしれないし、用心するに越したことはない。
 少しだけ扉を開けて貰うと、俺はその隙間から向こう側をそっと覗いた。

「……どうやら人はいないみたいだ」

 人がすれ違うのがやっとと言った感じの微妙に狭い通路は、人気ひとけも無くひっそりとしている。壁にはパイプが張り巡らされており、天井の通気口らしき部分からは白い煙が定期的にシュウシュウと音を立てて吐き出されていた。
 まるきりゲームでよくある「謎の工場エリア」だが、本当に何なんだろうここ。

 しかし立ち止まっていても仕方ないので、俺達はとりあえず先に進んだ。

「遠くに足音が聞こえるね」
「パーヴェル卿かな……? なるべく忍び足で付いて行こう」

 反響して微かに聞えてくる足音を頼りに、俺達は迷宮のような通路を進む。
 途中途中で扉があるのだが、どれも鍵が掛かっているようで、ブラックが言うには人の気配はないらしい。
 でも、機械が動くような音は聞こえるから、恐らくここにも何らかの機械が設置されていて、それを操る人が居るんだろうけど……どこにいるんだろう。

 でも気を抜いちゃいけないよな。いつ兵士が現れるか分からないんだから。
 己を叱咤しったして足音が聞こえる方へと進んでいくと……前方に扉の無い入口が見えた。ここまで足音が途切れる事は無かったから、パーヴェル卿はあの入口の向こうに進んだに違いない。でも、この感じだと……先に中ボスとか居そうだな……。

「あの先かな」
「ブラック、気を引き締めて行こうぜ。きっとあの先には巨大ロボットとかガードマンみたいなボスが居るに違いない」
「ロボットって誰? ガードマンってロボットって奴の家名なのかい?」
「とにかく気合入れて慎重に行動しないと……」
「ツカサ君、まさかまた新たな男をとりこに……」
「ちがーって!!」

 ああもうなまじ外国語なだけに名前として通用しちゃう!!
 お前が思うような物じゃないと小声で訂正しつつ、俺は恐る恐る謎の入り口に近付いて、先を覗いてみた。

「…………?」

 通路の先には、なにやら巨大な装置が見える。
 SFなどで良く見る、筒状のガラスケースと、それを支える台として設置されている、幾つもの管を伸ばした機械。ガラスケースの中には透き通った黄金色の液体が満たされており、時々ぼこぼこと小さな泡を湧き立たせている。

「……なにあれ」
「う、うーん……? つかそれを言うならこの部屋も謎なんだけど……」

 ゴウンゴウンと何かが動くような低音が鳴り響く部屋はかなり薄暗く、黄金色の液体やそこかしこにある機械から発せられる光だけがぼんやりと照らしている。
 その陰影のせいか、壁から突き出ている何本もの巨大なパイプが怪物の腕のようにも見えて、思わず身震いしてしまった。

 俺が余裕で中に入れそうなほどに巨大なパイプは全て、あの謎の液体を満たした機械の背後に収束している。もしかしたら、あのパイプから液体が充填されているのかな……? なんにせよ、なんか怖い。
 しかし怖がってもいられない。パーヴェル卿を探さねば。

「でも、どう近付いたらいいかな……隠れ場所なさそうだし……」
「ツカサ君、あの部屋天井に通気口が有るよ。ちょっと戻って、別の通気口に侵入して奥に進もう」
「あっ、そうだな。そうすりゃ気付かれずに近付く事も出来る」

 目標がこの部屋に入った事は確定してるんだから、後は隠れて近付くだけだ。
 そうとなれば早速忍者タイムだとばかりに足早に通路を戻ると、侵入しやすそうな通気口のフタを外してその中に入った。

「うーん、これぞまさしくスパイ大作戦」
「酸っぱい? 煙に何か含まれてるのかな」
「ごめん違う、そういうんじゃない」

 俺にとっては「ベタなネタをやりやがって……」な発言だけど、異世界人なんだから仕方ない。怒ったら失礼だよな。俺がスパイと言ったのが悪かった。
 今度からは隠密大作戦と言おう。なんか最近時代劇染みて来て嫌だけど。

「えーっとこっちか」
「クゥー」

 広い通気口とはいえど、途中途中で白い煙が襲って来るし四つん這いで進まなければならないので中々辛い。
 ペコリアが先に行って先導してくれてるから迷わずに進めるけど、これは一歩間違ったら迷いそうだな。
 ふわもこウサギちゃんが居なければ、俺は今頃目的地を見失っていたな。
 だって、煙が襲ってくると、視界がさえぎられて一瞬混乱しちゃうし……ブラックなんかフルフェイスな兜で視界が更に遮られてるんだから、余計に大変なんじゃないかな。なんか心配になって来た。

「ブラック、ちゃんと付いて来てる?」

 背後に居るであろうブラックに声をかけつつ、俺は軽く振り向く。
 本当ならブラックが先頭の方が良かったんだろうけど、俺を通気口に押し上げる為に必然的に最後尾になっちゃったんだよな……俺に体力が有れば、子供のように高い高いして貰わなくても済んだんだが。本当にお恥ずかしい。

「だ……大丈夫だよ……」

 白い煙の中で言う相手に、俺は心配になって足を止める。

「なんか息苦しそうだけど本当に平気? 兜脱いだ方がいいんじゃ……」
「う、うんっ、いや、大丈夫だよ。ふ、ふふ……ちょ……ちょっとね、あの、天国がすぐ目の前に見えるっていうか、イかないように必死になってるっていうか」
「天国に逝く!? なにそれ頭だってんじゃないの、兜脱ぎなって!」

 通気口の中は煙のせいか湿気が有って微妙に熱い。
 俺は我慢できる程度の熱さだが、しかしブラックは鎧を着こんでいるのだ。
 もしかしたらサウナ状態になっていて、目を回す寸前なのかもしれん。
 慌てて体を捻って相手に振り向こうとするが、ブラックは煙の中から近付いて来て、何故か兜の顔の部分を手で押さえながら頭を振った。

「だ、大丈夫……多分兜脱いだら一気にダメになるから……っ」
「え? え?」
「さっ、さあ、先を急ごう。もうすぐあの部屋の中に入るだろうしね!」

 兜を脱いだらダメになるって何なんだ……?
 良く解らないけど、そのままで良いなら問題ないか。でもブラックが心配だから急いで移動しなきゃな。

 なるべく音を立てないように素早く前進していると、通路の先が妙に薄暗くなっているのが見えた。おお、あそこが目的の部屋だな!
 ここからはより静かにゆっくりと進まなければ。

 緊張でじっとりと汗ばむ掌をしっかり付けながら、部屋の中へと入る。
 あの機械の真上に網目の鉄板が有るのを見つけると、俺達は素早くそこへと移動し、音を立てないようにしながら下を覗いた。

「…………」

 何か見えるだろうかと目をらすと、機械の前に誰かが居るのが見えた。
 あれは……パーヴェル卿と……研究者かな?

 ブラックやペコリアと共に耳をそばだててみると、彼らの会話が聞こえてきた。

「――それで、今月の産出量はどうなっている?」

 くらいが高い者としての口調で問うパーヴェル卿に、隣に居た男は厚い紙束をめくりながら少しうなった。

「やはり、産出量は前月よりも減少しています……。ベランデルン方面へ【アニマパイプ】を伸ばしましたが、やはり元々少ない土地では焼け石に水で……」
「そうか……。いっそライクネスにまでパイプを伸ばす事が出来れば、一気に動力問題も解消する事が出来ると言うのに……ままならぬものだな」
「まったくです。あのドラグ山脈さえなければ、我々の国は緑の園をも掴む完璧な国になっていたに違いありません。歯痒いものです……」

 男の何かに焦がれるかのような言葉に、パーヴェル卿は深く頷く。

「全ては我々を雪で囲う忌まわしき山脈の魔物のせいだ。……だからこそ、一刻も早く我々はバルバラ神殿を攻略せねばならない。しかし、あの忌まわしき物の棲家を一掃するにはもっと力が……この、大地の気……アニマが必要なのだ」

 その言葉に、俺達は瞠目した。

 ――――大地の、気?

 その透き通った綺麗な液体が、大地の気だっていうのか。
 だけどこの国には大地の気なんて欠片も無かったはずだ。それがどうしてここに存在しているんだ。何故液体になっている?
 アニマってなんだ。大地の気をこの国ではそう呼ぶと言うのか。
 意味が判らないと思わずブラックを見ると、相手も今の状況が呑み込めていないのか、どこか驚いた様子で兜の頭を振った。

 しかし、真下の男達は混乱する俺達など知らないまま話を続ける。

「けれど……今のままでは兵器開発におけるアニマの量が足りません。これではせっかくアニマパイプの増設方法を教わっても宝の持ち腐れですよ」
「うむ……。陛下も徐々に回復なさっている今、事態は一刻を争う。なんとしても早急に“イルベガン”を完成させなければ……」

 そう言いながら機械を見上げるパーヴェル卿に、男が腰を折って礼をする。

「心得ております。陛下の悲願である緑土復活と、真なる妖精の国の発見……厳冬の新たなる支配者として国を守ると言う陛下の御意志の成就を、我々皇国臣民一同も願っておりますゆえ。……イルベガンは、何としてでも完成させます」

 頭を下げたままの男に、パーヴェル卿は腕を組んで小さく肩を動かす。

「陛下が回復なさる前に完成させなければ、我々の首が飛ぶ事になりかねん。それを避けるためにも……頼むぞ」
「はい。アニマパイプの事を教えて頂いた黒鋼伯爵の御好意を無駄にせぬためにも、開発部一同粉骨砕身の決意で頑張ります」

 男のその言葉を聞きながら、パーベル卿は目の前の機械に近付く。

「……そう、陛下のため…………全ては、陛下のために……」

 そんな呟きを繰り返し、ガラスに手を触れて昇る泡を見つめる。

「…………」

 彼の表情は、どこか悲しそうな……懇願するかのような顔に見えた。










 
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