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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
25.暗雲の国の罪業 1
しおりを挟む危うくショック死するかと思ったが、呼びに行く暇もないかもと思っていたので、ブラックがここで合流してくれたのはありがたい。
一応鎧を着ていないとダメだと思ったのか、ちゃんと兜も鎧も装備してるしね。
俺一人じゃ出歩けないかも知れないけど、ブラックがいるんならどうにかなる。なんたって兵士が同行してるんだからな。ってなわけで、早速俺はブラックに事の次第を説明すると、二人で彩宮の外へと飛び出した。
途中、門番の兵士に止められそうになったが、以前彩宮から外に出ていた俺の「陛下の許可は得ている」と言う言葉と、お付きらしき兵士が側に居る事に安心したのか驚く程すんなりと通してくれた。
よし、これで自由に動けるぞ……と思っていると、入口よりだいぶん離れた所に居たパーヴェル卿の所に馬車が到着した。
「うわっ! 馬車ってまさか外に出るんじゃ……」
どうしよう、それだと追っかけられないぞ。
ペコリアを抱き締めつつ焦る俺に、ブラックは冷静に言う。
「大丈夫、あの馬車は恐らく皇帝領の中でだけ使われてるものだよ」
「えっ、なんで解るんだ?」
「作りが簡素だからさ。普通の馬車と違ってアレには席を覆う壁がない。観光地の遊覧馬車そのものだし、そんな物でこの寒い国を長時間走る訳もないよ」
言われてみればそうか。
俺達はそれなりに防寒具で身を固めているので、外に出ても寒いとか言わずに済んでいるのだが、その状態でも低い気温の屋外を走るならやはり辛いだろう。
この国の家は暖房設備がしっかりしていて、屋内であれば薄着でも平気なくらい温かいので、それを味わってから外で風に当たるとなれば尚更凍える事になる。
そんな状態なのに風よけの少ない馬車に長時間乗るなんて、普通に考えても有り得ないわな。
「でも……歩きじゃ絶対無理だよな」
「それなら、僕に良い考えが有るよ。……ツカサ君、ちょっとこっちに来て」
「ん……?」
良い考えってなんだろうと思っていたら、パーヴェル卿の居る場所とは反対にある、建物の隙間にあった死角に連れ込まれた。
何のつもりだとフルフェイス兜の相手を見上げると、ブラックは人差し指を立て俺に説明し始めた。
「いやいや、やましい気持ちじゃなくてさ。こういう所じゃないと、ツカサ君に“力”を貰えないだろう?」
「力? 何に使うんだ?」
炎の曜術なんてここで使ったら一気にお尋ね者になるんじゃないのか。
困り顔で首を傾げると、ブラックは立てた指をチッチッと横に振る。
「ツカサ君、僕が今欲しいのは炎の曜気じゃなくて大地の気だよ。それで強化版のラピッドをかければ、馬車に追いつけるだろう?」
「あ、なーるほど! ……いやでも、俺を抱えて走るんだろ……? それってどう考えても目立ちすぎてヤバいんじゃ……?」
気の付加術の一つで、脚力を強化し素早さや跳躍力をあげる術であるラピッド。
それを使えば、馬車に乗らなくても追いつく事が出来る。
韋駄天のように走る黒い鎧の兵士……と文字だけ見れば格好いいが、俺を小脇に抱えて走る様はどう考えても人さらいにしか見えないだろう。
最悪通報されかねないし、絶対にパーヴェル卿にバレるよな。
ラピッドをやっても無駄なんじゃないのかと眉根を寄せる俺に、ブラックはそれでも得意げに「そうじゃない」と首を振る。
「だから、人気のない場所に連れて来たんじゃないか。ここから屋根の上に飛び上がってから屋根伝いに追跡すれば、誰にも見られないし安全だよ」
「ラピッドってそんな事出来たっけ……」
「普通は無理だけど、僕の技量とツカサ君の膨大な力あれば出来るよ」
それならまあ……やってみるか。
だけど相手は上から下まで鎧で身を固めていて、手を握ったは良いけど相手にちゃんと“力”が伝わるかどうか解らない。鎧を身に付けた相手との握手でも、俺の力って伝わるのかな……?
これでちゃんと出来なかったら赤っ恥だし時間もロスしてしまう。
となると……くそ、仕方ない……。
「ぶ、ブラック……その……兜、脱げ」
「えっ?」
「早くっ、万が一だが鎧のせいで伝わらなかったら困るだろ!」
そう言うと合点が行ったのか、ブラックは恐ろしいほどの速さで兜を脱ぐと、ニッコニコで笑いながら俺に無精髭の素顔を近付けて来た。
ああもう畜生、話が早いけどくそムカツクううう。
「早く早く! もちろん口だよね、キスでしてくれるんだよね!」
「う……うぅう……目ぇつぶってろよ、見るなよ!!」
「はいはい」
今朝の不機嫌マックスな顔は何だったんだよと怒りたくなったが仕方ない。
俺は相手がしっかり目を瞑っていることを確認すると、踵を精一杯引き上げて、そのちくちくした髭がまぶされた頬にそっと唇を触れさせた。
……手の方が良かったんじゃないかと今更思うが、後の祭りである。
ごめんねペコリア変な所見せて……。
やぶれかぶれで相手に大地の気を注ぐイメージを作りながら目を閉じると、俺の体内から何だかジワリと暖かい熱が湧いて来るのを感じた。
これが……大地の気か?
そっと目を開けて横目で自分の体を見てみると――金の光が体を包み、その光が止めどなくブラックに流れていくのが見えた。
……凄い……。やっぱり、自分で使う時とは段違いの光の量だ。
やがて、ブラックの体を包むほどになった金の光を見て唇を離すと、光は一瞬で消え去ってしまった。
「うわっ。ぶ、ブラック、どう? 大地の気、伝わった?」
「うーん……解らないからもう一回……」
「バカ!! そんな暇ないんだってば!」
「あはは、大丈夫大丈夫。今、物凄く調子がいいから……ツカサ君、ペコリアをしっかり抱えてるんだよ」
そう言って笑いながらブラックは兜を装着し、俺を抱え上げる。ペコリアが居るので必然的にお姫様抱っこになってしまうが、この際仕方がない。
しかし本当に飛べるんだろうかと思っていると、ブラックは息を軽く吸い込んだ。
「……行くよ…………!」
ぐっと屈んで、ブラックが術の名を唱える。
瞬間、体を起こしたと思ったら――――
物凄い風圧と共に、一気に体が屋根の上まで移動していた。
「ッ!? えっ、えぇえ!?」
「くきゃー!!」
「おっと、これは跳び過ぎたな……やっぱ凄いやツカサ君の力……」
風による寒さと思わぬ高さで青ざめる俺と、驚き過ぎてモコモコの綿毛を二倍に膨らませるペコリアをよそに、ブラックは軽い調子で屋根の上に降り立つ。
大きな音がするかと思いきや、術の効果なのかブラックの体はまるで鳥のように軽く音もなく着地してしまった。これが強化版ラピッド……凄すぎる。
「さて……パーヴェル卿の馬車は……と」
「あっ、あそこ! 大通りから丁度曲がるぞ!」
俺達がごたごたしていたせいか、ターゲットは既に出発していたらしい。
行きかう馬車の間を縫い人波を割って進む馬車に追いつくべく、ブラックは屋根を滑り降りるかのように走り出した。
「うわあああ! ちょっ、おっ、落ちっ、落ちるぅうう!!」
「大丈夫だってば! ほら、行くよっ!」
ペコリアを片手で抱き締めながら、落ちないようにブラックの肩に手を回して必死に体を密着させる。その行為に兜の中から「ぐふ」とか言う気持ち悪い笑い声が聞こえたが、それに突っ込む前にブラックの体が一気に屋根から離れた。
「――――ッ!!」
真下に人が、街が見える。このまま落下したら絶対に潰れて死ぬというレベルの高さから見た皇帝領は、まるで精巧なミニチュアのようでいっそ美しい。
しかし、その光景に見惚れる暇もなく、ブラックの体は軽々と空を飛び越えて、対面の屋根へと華麗に着地した。
「う……うっそぉ……」
いっくら黒曜の使者の力でパワーアップしてるからって……こんなにスムーズに着地するとかある……?
俺、クロウに抱えられて飛んだ事が何度かあったけど、その時は重量の関係とかで着地するのもめっちゃ負担が掛かって辛かったんだぞ。なのに、今は全然重量を感じていないなんて……まさに魔法すぎる。
改めて思うけど、本当チートだなあこの能力。
俺自身にはまったく作用してないのが悲しいけど……。
「よし、これで追いつけるね。ツカサ君、屋根伝いに走るから気を抜かないで」
「お、おう」
「クゥッ」
気合を入れた瞬間、また浮遊感が襲う。
真下はめまぐるしく後方へ移動していく屋根の波、その更に下には通りを快適に走る目標の馬車が並走している。
着地の時の衝撃は無いとは言えども、浮遊感と風の冷たさは凄い。
ペコリアがひっついてくれている所は温かいが、防寒具でガードしていない顔や手などは悴んで末端から冷たくなってくる。
快適な空の旅なんて夢のまた夢だが、忍者はこんな寒さをあの薄着でどうやって乗り越えていたのだろうか。凄すぎませんかジャパニーズアサシン。
もうそろそろ耐えられなくなってくるぞ、と思っていると。
「おっ……ツカサ君、馬車が停まるよ」
「え゛……な、なに、どごに……?」
ようやくどこかの家の屋根の上で止まったブラックが、あっちだと首を動かす。
寒さで固まりそうになる頭で恐る恐る下の方を見ると、確かにパーヴェル卿の乗った馬車が速度を落としているのが見えた。
しかし、どこに停車するつもりなのだろうか。
馬車が向いている方へと視線を動かすと――――妙な物が見えた。
「…………あれ……何?」
馬車の先に見えたのは、黒光りする金属で覆われた箱のような建物だ。
窓は無く、茶色くて重そうな大きな両扉が一つ付いているだけで、何に使用する建物なのかまるで解らない。
通りの終点に設置されているけど……一体なんの建物なのか。
背後は壁しかないし、その向こうは真っ白な雪原が広がっているだけだ。
それに建物自体の大きさは倉庫程度で人の家とも言い難い。
「倉庫……にしては、少々見た目がおかしいね。それに、こんな変な奴らばかりがいる場所に有る倉庫っていうのも……ちょっと変だよね」
確かに、言われてみればそうだ。
この建物は、馬車がやっとすれ違えるほどの少し狭い通りにある。
他の区域よりも高い建物に囲まれているそこは、言ってみれば裏路地のような物だ。よく見れば、歩いている人間も住人と言うよりは兵士や軍服を着た人間ばかりで、少しも街の通りという感じがしない。
しかも、彼らはみなあの変な建物に出入りしていた。
って事は……お偉いさんのための施設か何かなのか?
「皇帝軍の施設なのかな? じゃあ……無理に入らない方が良いのかも……」
「ここまで来てそれは無いでしょ~。パーヴェル卿がどんな奴なのか知りたいのなら、多少の無理だってやらなきゃ解らないと思うよ?」
「うーん……そりゃそうだけど……でも、俺達が入れるかなあ」
今、パーヴェル卿があの建物の前に馬車をつけた。
すると、御者が馬車から降りて扉の横の壁を何やら操作しているのが見えた。
もしかして植物園と同じで何かのカードが必要なのかな。だとしたら、俺達にはどうしようもないぞ。やっぱ潜入失敗か……と思っていたら。
「ツカサ君、しっかり捕まっててね」
「えっ!?」
言うなり、ブラックが何やら呪文を唱え始める。
何をするつもりなのかと思ったら――ブツブツ何かを呟きながらいきなり下へと向かって走り出した。
「えぇえ゛え!?」
「ツカサ君目を閉じて!」
「な、なに!?」
「いいから!」
そう言われて目を閉じようとした、瞬間。
ブラックがパーヴェル卿の馬車めがけて飛び降りる。このままでは見つかるではないかと青ざめたが、ブラックはそんな俺の焦りを余所に俺を抱える手を少しだけ離して掌を広げた。
刹那、その手からいきなり眩いくらいの白い光が出現し、驚く暇もなく周囲を真っ白に染め変えた。
「――――ッ!?」
思わず目を閉じた俺の周囲で、色々な人々の叫ぶ声が聞こえる。
その中で最も近い声がパーヴェル卿の身を案じるような声で叫び、お早く中へと言ったのが聞こえた。
喧騒の中で何か重苦しい音が響くのが聞こえる。その音に応じるように、風が俺の髪を撫でるのを感じた。
「扉、締めます!!」
先程の声と同じ声がして、再び何かが動く音がする。
目蓋の裏からでも判るほどの光が、徐々に消えていくのが判った。
「…………?」
一体周囲はどうなったのだろうか。
眉根を寄せた俺のすぐそばで、ブラックが囁く。
「潜入成功だよ。……目を開けてみて」
小さな声で言うブラックに誘われて、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界に映ったのは、自分を覗き込んでいる黒の兜と……
今までに見た事も無い、黒く浮かび上がる武骨な金属の天井だった。
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