異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

20.思わぬ事実

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ひかえめに言って軽く死にたい」
「んもー良いじゃないか。えっちで可愛かったよ? ツカサ君」
「だから、そう言うのが……もういい……」

 廊下を二人で歩きながら、俺は盛大に溜息を吐く。
 ブラックに口の中をゆすがせたくて、ただいまお手洗いにブラックを連行中なのだが、それを思うと余計に気が重くなってくる。
 ああ一体どうしてこうなってしまったのか。

 俺はノーヴェポーチカの街でのデート……じゃなくて、あそこでの買い出しの時みたいに、ブラックとちょっと良い感じな雰囲気で話したいだけだったのに。なのに流されてブラックに散々体を弄繰いじくり回されただなんて、文字通りお話にならないじゃないか。恋人らしく甘い感じで会話できると思ってた俺が悪いのか、それとも我慢できないこのオッサンが悪いのか。

 いや、こばみ切れない俺も悪いと言うのは解っているんだけど、ブラック相手だとどうしても本気で拒否できないんだよな……なんでだろうなあ……。
 恋人だったら、余計に線引きは必要じゃないんだろうか。

 状況が状況なので拒めないのは仕方ないとしても、このまま流されていたら絶対に駄目な気がする。駄目だ、絶対にそうだ。ブラックにとっても良くない。
 これではいつまで経ってもブラックがまともな大人になれないじゃないか。
 今度は負けない。絶対に快楽堕ちなんてしないからな!
 女騎士でも女戦士でもないのに即堕ち二コマみたいになってたまるか!!

「ツカサ君どうしたの。フラフラする?」
「な、なんでもない。とにかくアンタ早く口ゆすいできなって」
「えー。ツカサ君水出してよー。僕ツカサ君の水が飲みたいよ」
「一々俺を気持ち悪がらせないと気が済まんのかお前は」

 俺の水ってなんだ俺の水って。
 「く・ち・う・つ・し・で」とか言うな。フルフェイス兜で唇の位置叩くな!
 この野郎調子に乗ってやがる……。

 やっぱりこれからは俺も厳しくやって行かなければ……と思っていると、不意に隣に居たブラックが足を止めた。

「なに? どうかしたのか?」

 相手を見上げると、ブラックは指を立てた。

「シッ。誰か来るよ」
「誰かって……ヨアニス達かな?」
「こんな奥の方まで来て、僕達の名前も呼ばない相手だよ? 違うと思うけど」
「じゃあ……誰だ?」

 眉根を寄せる俺に、ブラックは軽く頷くと俺の手を引いて、廊下に飾られている大きな花瓶の影に隠れた。
 俺達が居た部屋から続く廊下は直線で、途中にある曲がり角を曲がればあの窓が並んでいる廊下に入る事が出来る。足音はどうやらそちらから近付いて来ているようなので、俺達が見つかる心配はない。

 息をひそめて足音の主が廊下を曲がって来るのを待っていると、不意に人影が現れる。しかしそれは一人ではなく、二人だった。
 どうやら足音がそろっていて、一人分に聞こえていたらしい。
 誰が来たんだろうかと花瓶にしてある造花の隙間から目標を覗いて、俺はますます疑問にかられて眉間の皺を深めてしまった。

「あれ……なあ、あれってボーレニカさんとパーヴェルきょう……?」

 そう。俺達の視線の先に居たのは――大柄なボーレニカさんと、今この居住区にいないはずのパーヴェル卿だった。
 ヨアニスと一緒ってんなら解るけど……なんでパーヴェル卿なんだ?

 意味が解らなくてうなると、ブラックが小さな声で呟いた。

「シッ。こっちに来るよ。二人に見つからないように幻術を掛けるから、動かないようにね。声も出しちゃ駄目だよツカサ君」

 そう言いながら俺の体を抱きこんで、ブラックは何事かを呟く。
 すると、ブラックの足の先からなにやら紫色の淡い光の幕が現れて、一瞬で俺とブラックを包んでしまった。おお、これがもしかして噂の「透明人間の術」か?
 確か、隠蔽いんぺいの術だっけ。ブラックが前に水晶に術をめた曜具を作ってたけど、実際に術を掛けるとこういう風になるのか。

 ブラックが言うには少しでも動いたらアウトらしいが、幻術が使える【紫月しげつの書】と言うグリモアの能力者であるブラックの術なら、多少動いても大丈夫だと思うんだけどなあ。だって、そうじゃなきゃ俺にくれたあの隠蔽の水晶のスペックが随分ずいぶんおかしい事になっちゃうし。
 もしかしたら、ブラック自身も自分の物凄い能力を把握しきれてないのかも。

 まあ、幻術なんてまっとうに生きていれば使う機会なんぞ無いんだから、把握はあく出来ないってのは仕方ない気もするけど……。

「来るよ」
「……っ!」

 俺を抱えたブラックが、更に俺を抱き締める。
 気付けば足音もすぐそこまで近付いて来ていて、俺は思わず息を呑んだ。

 ……目の前に、つま先が見える。
 それが四つに増えたのを見て、俺はゆっくりと視線を上げた。

「…………」

 そこにはやっぱり、ボーレニカさんとパーヴェル卿が……。

「…………ここまでくればいいか」

 いつになく砕けた口調で言うボーレニカさんに、パーヴェル卿は軽く頷く。
 その様子は“兵士とくらいの高い人間”と言うよりも“気心が知れた関係”に見えて、俺は内心首を傾げた。パーヴェル卿って……「卿」って言うぐらいなんだし、皇帝の側近なんだからかなり偉い人なんだよな。
 そんな人に護衛兵士のボーレニカさんが砕けた口調って……どういうことだ?

 もしかしてこの人達って友達なのかな……?
 と、思っていると。

「……何年ぶりかな」
「…………さてな。何にせよ、お前が元気そうで良かったよ」

 そう言いながら、二人は――――熱烈に、抱き合った。

『……!!? っ!?』
『こ、これは……キツい……』

 なにっ、ちょっとくらいは話しても平気なの!?
 よ、良かった、じゃあ今の俺の驚きはセーフなんだな!?

 って言うか、いや、その待って。どういう事。これどういうこと。
 今目の前で抱き合ってるのって、ボーレニカさんとパーヴェル卿だよね。ええ、あの、一体どうしてそんな事に。友情じゃないの、友情だよね。友情だよねコレ?

 俺は汗をダラダラ垂らしながらブラックの腕を握るが、目の前のお二方は当然誰もいないと思っているらしく、俺達の見ている前で感極まったかのようにいきなり濃厚なキスをしはじめた。

『!!!? ――!? !?!?』
『キッツいなあ……』

 キツいじゃないよ! びっくりだよ!
 えっ、え、そう言う事だったの。
 二人ってもしかして恋人同士だったの……!?

 そんなバカな。いやバカじゃない。有り得るのか。この世界は同性愛もオッケーだし子供だって同性同士で出来るし、百合カプだって居たわけだし!
 いやでもあの、身近な人が男カップルだなんて、あの……。

 いや、そうか……俺は今まで「妻」とか「母」って単語だけを聞いて、無意識に相手は「女の人」だって思い込んでたけど……この世界では「抱かれる側」が妻であり母であって、その称号は必ずしも女性を指す物ではなかったんだ。
 だから、俺が考えなかっただけで、もしかしたら俺の周囲には俺が考える以上に男同士のカップルが居た訳で……あ、ああ、いかん頭が痛い。
 待て、認識を改めるのは後にしよう。今は目の前の状況を飲み込むんだ。

 必死で今の状況を理解しようとしている俺の前で、二人は濃厚に舌を絡み合わせるキスを繰り返していたが、何回目かでやっと唇を離した。

「っはぁ…………」
「ふっ……相変わらず口付けが上手いな、ターミル」
「ん……そりゃあね」

 そう言いながらまた音を立てて軽くキスをする二人。
 何だかもう見ていられなくてぎこちなく視線を外すと、ブラックの腕の力が少し強くなった。ブラックも居た堪れないんだろうか。キツいとか言ってたから、俺とはだいぶん違う事を思っているのかもしれんが……。

「……相変わらずなんだな」
「なにが?」

 俺と話していた時とはまるで違う、どこか相手を翻弄ほんろうするような柔らかい口調で、パーヴェル卿はボーレニカさんを見上げて笑う。
 これって、キスをするような近しい相手に見せる態度なんだろうか。そう思うと何だか妙に違和感があるような、見てはいけない物を見てしまったかのような気分になった。
 だけど……相変わらずって、何がなんだろう。

 ちらちらと目線を当てたり外したりしながら二人を見る俺の前で、ボーレニカさんは少し悲しそうな表情をしながら呟いた。

「まだ陛下の夜伽よとぎを続けているのか」
「……最近はソーニャ様のをしてくれる子が来たから、私はお役御免になったけどね。まあ、心の病をわずらっておられる陛下をお慰めする事が出来た人間は、限られていたから……」

 夜伽って……。
 え、じゃあ、ソーニャさんがいなくなってから、パーヴェル卿がずっとヨアニスの事を慰めてたって言う事なのか……?
 でも、目の前の二人は恋人同士じゃないのか。
 恋人がいるのに、パーヴェル卿は他の奴に抱かれてたって事……?

「……何故お前がやる。女官でも適当に捕まえてやればよかっただろう。それに、男のお前ではソーニャ様の代わりは務まらなかったはずだ」

 いさめるような怒った口調で言うボーレニカさんに、パーヴェル卿はひるむでもなく皮肉めいた笑みを浮かべて見上げてくる。
 その表情は、どこか挑戦的な表情にも見えた。

「ボーレニカ、私が元々のかを忘れた訳じゃないだろう? ナーシャ様亡き後、陛下の心を慰めていたのは誰だと思っている。ソーニャ様のために身を引いた人間がいないとでも?」
「お前……陛下の事は諦めたんじゃないのか……!」

 激昂したボーレニカさんが、パーヴェル卿の腕を掴む。だが、相手は不敵な笑みを浮かべたままで、挑発するように目を細めて更に言葉を続けた。

「ヨアニス様は私の事は覚えていてくれたよ。薄情なお前なんかとは違ってね! ああ、良い気分だったさ。目の光を失った陛下は、ソーニャ様の事など忘れたかのように私をいたわってくれたからね。体は大丈夫か、痛くないか、私の事を一番支えてくれるのはお前だ……そう、お前が私に言ってくれなかった言葉を、ヨアニス様は全部言ってくれた!!」
「ッ……!!」

 なに……どういう事……?
 良く解らない。だけど、確実にパーヴェル卿は怒っている。
 ボーレニカさんに対して何かを非難して激昂しているのだ。何を言っているのかは全く解らないのに、それでも何故か彼が『恋人の不義理』に対して怒っていると言うのを感じ取ってしまい、俺は震える喉で息を吸い込んだ。

 ボーレニカさんとパーヴェル卿は、間違いなく恋人だ。
 長く離れいたような事を言っているけど、でも、今でもお互いを恋人として認識しているのは間違いない。だけど、パーヴェル卿は怒っている。
 ボーレニカさんに対して、憎悪にも似た気持ちをぶつけているんだ。

『なにこれ、痴話喧嘩?』
『シッ……』

 痴話喧嘩なんてレベルじゃないよ。
 だって、パーヴェル卿の顔はまるで仇でも見るかのように歪んでいるんだ。
 さっきはあんなに情熱的にキスをしていたのに、なのに……どうして……。

「許さない……っ。ソーニャ様のことも、お前も……!!」

 吐き出されるのは呪詛にも似た低い声。
 ボーレニカさんはそんな表情の恋人を見て、辛そうに顔を歪めたが――
 ぐっと堪えたような表情をして、パーヴェル卿の腕を取った。

「俺とお前は話しあう必要がある……こっちにこい」
「離せ!! お前など……ッ!」

 大人としては立派な体格をしているのに、パーヴェル卿はいとも簡単にボーレニカさんに引き摺られてしまう。
 本当に抵抗している様子だったが、しかし、ボーレニカさんの腕力には敵わず、近くの部屋に入って行ってしまった。

『…………』

 何かを言い争うような声と、鍵をかけた音が聞こえる。
 それを合図にしたかのように、ブラックが隠蔽の術を解いた。

「ふう……嫌な物を見ちゃったね」

 そう言いながら、ブラックは兜を脱ぐと額を拭った。
 ……おい、人の修羅場を見てその態度とはふてえ野郎だな。
 つーか、この場合はメンズラブを見慣れていない俺よりも、同性愛が当たり前のこの世界に住んでいるアンタのほうが理解を示すべきなんじゃないのか。
 もう少しまともなコメントしてやれよ。

 てか大人の男同士ってメンズラブって言うんだろ。知ってるぜ俺は。
 MLって最初服のサイズかと思って検索して死にかけたからな! ちょっとイイなと思っていた女の子が「○○先生のML良いよね~」って言ってたのを盗み聞きしたからって、安易に調べるもんじゃないよねホント!

「にしてもツカサ君……凄い事聞いたみたいだね、僕達」
「う、うん……。でも、なんか…………」

 疑問に思っていた事が、思っても見ない糸で繋がってしまったような気がする。
 ブラックに抱かれたまま大人しくなる俺に、相手は俺が何を考えているのかを理解したのか、抵抗も出来ない俺をお姫様抱っこして、顔を近付けた。

「ツカサ君、顔色悪いよ」
「ん…………」
「安心して。……僕が付いてるでしょ」

 そう言って、ブラックは俺の頬に何度も軽くキスをする。
 こんな場所でキスをされるなんて、恥ずかしいはずなのに……今は何故だかそのキスがとても温かいもののように思えて、俺は抵抗もせずに甘受してしまった。










 
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