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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
9.似ている人だからわかること
しおりを挟むブラックと再会できて元気が出た俺は、その夜も比較的にポジティブな気持ちで皇帝……ヨアニスの寝所へと出頭すべく馬車に乗っていた。
物凄いギリギリで伝えたせいか、ブラックは怒って「ぐぬぅう」と唸りながらも「し、信じてるからね、信じてるからね!!」と浮気されている女子のような事を言いつつ退散してくれたので、これは認めて貰えていると考えて良いだろう。
大体俺が浮気してないのなんて解り切ってるんだから、信用してくれなきゃ俺だって怒るよ。つーか誰が好き好んで男と浮気すんだよ。
やる予定ないけど、やるなら女の子や美女がいいよ俺は。童貞捨てたいよ。
でも危なかったな……ブラックがヨアニスからのキスに気付かなくて良かったよホントに。これでキス痕がまだ消えてなかったら、ブラックに何をされていたか解らない。俺は今頃足腰立たなくなっていたかもしれないな……ハハハ、どうしよう全然笑えねぇ……。
アドニスの実験もそうだけど、色々綱渡りで神経がすり減りそうだ。
でも援軍が来たのはありがたいし、そろそろ本格的に脱出する足がかりを作るためにも気を引き締めて行かなきゃな。
そんな事を考えながら、今日も今日とてキラキラな皇帝領の街並みを眺めていたのだが、珍しく今日はパーヴェル卿が話しかけて来た。
「ところでツカサ君……陛下のご様子はいかがかな」
「え……いかがって……えーと、相変わらずですかね。ホントに炎雷帝と呼ばれるくらいに激しい人なのかと思うほど穏やかだし、俺の話も聞いてくれるし……」
「そうか……」
ふうと溜息を吐いて、パーヴェル卿は眉間の皺を指で摘まんで伸ばす。
何か思う所があるのだろうか。首を傾げる俺に、相手はぽつりと話しだした。
「ここ最近、目に見えて陛下のお加減は良くなり、公務も精力的にこなされるようになって、臣下一同喜んでいるのだが……そのせいか、一部では君をソーニャ様の代わりにして側室に据えようと言う輩が出て来てね……」
「え゛」
「機嫌が良いのと病状が回復するのは別だというのに、全く……陛下のご様子を逆手にとって、やましい事をしでかしている奴らは呑気なものだ」
そ、それを俺に言ってどうなるんですか。
まさか本当に側室にならないかって言う気か? んなこたないよな、だったらパーヴェル卿もさっさと俺にお願いして来ただろうし……ただ愚痴を聞いてほしいだけなのかもしれない。だって、今から側室になれって命令しようとしてるなら、それを指示してる人達を貶す事なんてしないよな。
内心少し安心して、俺はふとある事を思い出し、この際だからとパーヴェル卿に訊いて見る事にした。
「あの……パーヴェル卿、そう言えば俺、ソーニャさんは銀の髪だって皇帝陛下が言っているのを聞いたんですけど……それがなんで俺みたいなのをソーニャさんと間違える事になってるんですか?」
「なに……陛下がそんな話をしたのか……?」
「は、はい……」
俺の言葉を聞いた途端に顔を強張らせたパーヴェル卿にぎこちなく頷くと、相手はどこか余裕のない顔をしながらも答えてくれた。
「……ソーニャ様は、元々きらめく雪原のように美しい銀の髪を持つお方だった。どんな小さな光にでも輝くような、銀の……。けれど、この皇帝領から逃れる際、夜闇に紛れる事が出来るようにと髪を墨で染めてしまわれたのだよ」
「はぁ……なるほど、だから黒髪の人間を……」
その話でようやく分かった。
黒髪狩りは、ソーニャという人を見つけ出すための物で、そうなるとヨアニスはソーニャさんを喪った事よりも、失踪した事にショックを受けた事になるのか。
……だったら最悪、ヨアニスってソーニャさんが亡くなった事すら知らないんじゃないのか。だとしたら余計にヤバいような……。
ヨアニスが奥さんの死を知る前に病んでいたとしたら、例え快方に向かったとしても、彼はまた心に深い傷を作ってしまうだろう。
そうではないと思いたいが……という所まで考えて、俺はふと疑問が湧いた。
ソーニャさんが逃げて、最終的に亡くなったとして……それをパーヴェル卿が知っているのなら、ソーニャさんは最後にはここに帰って来たんじゃないのか。
ってことは、ヨアニスはソーニャさんが帰って来た事を知らなかったのか?
病んでいたから隔離されてた可能性も有るけど、でも戻って来たのなら会わせるのが普通だよな。相手はこの国の王様なんだし、早く元気になって貰わないと困るから、みんな彼の快復のために躍起になっていたはずだ。
なのに、どうしてヨアニスはあのままなんだろう。
それに……そもそもの話、どうしてソーニャさんは逃げ出したんだ?
あれほど優しいヨアニスに不満が在ったとは思えないし、ヨアニスの懐き度からするとソーニャさんもかなり優しい人物だった事が推測できる。きっと二人は相思相愛だっただろう。そんな二人が破局するなんて、一体何があったんだろうか。
炎雷帝ってくらいだし……やはり家庭内暴力とか?
でも、皇帝の嫁だったら逃げ出すなんて回避のし方はしないよな……皇后だって国の象徴なんだし、その象徴がいきなり失踪したりなんかすれば、国が混乱する事くらい解っていたはずだ。
それに……自分が愛した相手なんだ、どんな事をされたって離れないし、相手を諭そうとしたり正そうとしたりするのが普通だろう。
逃げ出すほどの事をされたとしても、そう簡単に彩宮に戻ったりなんてしないのでは……。てか、そもそもなんで黒髪だけ?
銀の髪だったら、どんな色にでも簡単に染まるんじゃないのか?
「あの……どうしてソーニャさんは逃げたりなんかしたんですか? それに、他の髪色に染め変えている可能性も有っただろうし、なのにどうして……」
「ソーニャ様が陛下の元から去った理由は、私達にも解らない。だけど……彼女の今わの際の苦悶の表情は、それだけ苦しみを感じていたと言う事だろう。……黒髪だけに限定されたのは、銀の髪が唯一綺麗に黒髪に染まるからだ。他の髪は、どんな事をしても黒にだけは染まらない。黒髪は、そもそも他の色にならないからな。だから、陛下は黒い髪の人間を執拗に追っていたのだ」
「そんな理由が……」
ソーニャさんが逃げた理由は、他人には把握できないようだ。しかし、黒い髪と銀の髪にそんな関係性があったなんて知らなかった。
それに、他の髪色が黒には染まらないっていうのも驚いたよ。
普通真っ先に染まりそうなものなのに、この世界ってのは本当にヘンテコだな。
「まあ、なんにせよ……このままではいけない事は確かだ」
「あの……俺じゃなくて、本当に陛下を心配してくれる人を探した方がいいんじゃないかと思うんですけど……そう言うのは無理なんですかね」
「……そうだな、君に心を開いたのなら、他の誰かに心を開く可能性も有る。君にばかり迷惑をかける訳にもいかない……少し、考えてみよう」
俺にとってその言葉は朗報だったけど……パーヴェル卿は何故か苦虫を噛み潰したかのような表情をしていて。それを見ていると、俺はどうしてかヨアニスの事が心配になってたまらなかった。
◆
「それで、代替が見つかれば、貴方はずっとこちらに居られるのですね?」
「ああ、たぶんな。でも……見つかるかどうかは解らないって」
日が昇って次の日、今日も今日とて身体測定をして、気の無い言葉を発しながらアドニスが俺のデータをじろじろと見る。
「君、昨日運動しました? 体重がほんの少しだけ減ってるんですが」
「はっ、はい!? そ、そんなの誤差でしょ!?」
「誤差、ねえ」
な、な、何を言うかと思ったらこの眼鏡!!
いや、でも誤差だ。こんなのは誤差だぞ。昨日えっちしたから体重が減っただなんてそんな事は絶対に……でも、良い運動になるっていうよな……いやでもそれって迷信だろ? ホントに痩せないよな? え、俺が童貞だからわからないだけか? いやー嘘だぁー。嘘に決まってるよ絶対。
というかそう思わないと誤魔化せないので、必死に冷静を装いながら否定する。
アドニスはそんな俺に訝しげな目を向けていたが、まあ良いでしょうとでも言うように眼鏡を少し直すと息を吐いた。
「ま、本当に誤差の範囲内ですし、気にする事はないでしょう。それより、今日の実験ですが……今回は回復薬を五本作って、それからグロウ発動時の曜気の動きをみてみましょうか」
「え……術使うの?」
「体調を崩すようなら途中でやめますし、一度だけにしますよ。いくらなんでも、曜気の放出量が段違いですからね。薬を作る時とは訳が違いますので」
へー、それも初めて知った。
確かに、回復薬は曜気を入れて作る時はちょこっとって感じの入れ方になるけど、グロウは成長させたい植物のイメージによって大きく違ってくるもんな。
というか、芽を出すだけでも気合の入れ方が違うって言うか。
言われたら気付く程度の事だけど、でも言われないとこういう事ってスルーしちゃったりするから、やっぱ研究者って凄いよなあ。
服を着て、アドニスに付いて歩きながらそんな事を思っていると、階下から何かバタンという大きな音がした。
「……?」
二人で顔を見合わせていると、何かの騒ぎ声と足音が聞こえてくる。
色んな所を経由して大きくなったり小さくなったりする声に、俺達は謎の音源がなんなのか解らずにしばし立ち尽くしていたが……やがてその音が階段を上がって近付いて来るのを聞き取り、俺は目を剥いた。
だって、この煩い声は……良く知った名前を呼んでいたのだから。
「ソーニャ! ……おおっ、ソーニャ! ここに居たのか!!」
長い廊下の先。階段を登り切った声の主は、豪奢なマントを靡かせながら早足で俺達の方へと向かってくる。
その長身の姿を見て、俺は思わず相手の名を呟いていた。
「よ……ヨアニス様……っ」
そう、アドニスの屋敷に乗り込んでドタバタやっていたのは、誰でもない……
この国の皇帝陛下その人だったのだ。
「なっ、なぜ陛下がここに……っ」
これには流石のアドニスも驚いたのか目を丸くしていたが、ヨアニスは臣下の事など気にもせずに俺に一目散に向かって来て、俺の手を取る。
あ、ああ、背後に護衛の暗黒騎士さん達が居る……めっちゃ困ってるぅ……。
「ソーニャ、会いたかった……どうしても会いたかったから、お前が静養しているだろう場所を片っ端から探したのだぞ。やはり薬師アドニスの実験棟にいたのだな……ああ、会えてよかった」
「へ、へいかっ」
「畏まらなくてもいいんだぞ。寝所の時のようにヨアニスと呼べ」
そう言いながら俺をぎゅーっと抱き締めて来る相手に、俺は何と言ったらいいのか困ってしまい、アドニスに助け船を求めたが――相手も困っているらしく、俺とヨアニスを見比べながら目を瞬かせていた。
しかし、流石は頭が良い研究者、驚きながらもヨアニスに問いかける。
「陛下、その……今日の突然のご訪問はどのような御用で……」
「決まっている、お前のもとで静養しているソーニャを、彩宮へと連れて行こうと思ってここに来たのだ」
「えっ……つ、連れていく、って……」
なんで。何でですか!
ちょっと待って色々付いていけてないっ。
俺との約束って夜のお話だけでしたよね、陛下もそれで満足してましたよね。
なのにどうして今俺を連れて行こうとしてるんですか!!
「今まで面倒を見てくれて助かった。では、連れていくぞ」
「ひえっ!?」
ヨアニスはそう言うなり俺をお姫様抱っこして、そのまま踵を返す。
おいおいおいまたこの格好かよもう勘弁してくれよぉ!
「あっ、ちょ、ちょっとお待ちください陛下!」
アドニスが慌てて追いすがるが、ヨアニスはまるで気にせず俺をどんどん運んで、外に待たせている馬車に乗りこんでしまった。
「さあ行こう、ソーニャ」
い、行こうって言われましても……ああもう、一体どうなってるんだよお!
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