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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
見えない力に突き動かされ2
しおりを挟む翌日。
朝一番の身体測定を強いられていた俺に、アドニスが「昼からロサードが来ます」と教えてくれた。昨日の今日で早いなと驚いたが、どうやら彼らには専用の連絡手段か何かがあるらしい。
まあアドニスは恐ろしい大人の玩具の制作者だし、ロサードとしても生産者と色々話すためにはそんな連絡手段が必要だったのだろう。何にせよ、事が早く済んでくれるのならありがたい。
「ん……じゃあ、今日の実験は中止って事?」
「そうなりますねえ。……まあ、私も君についての実験結果をまとめたいと思っていた所ですし、今日は休みましょう」
やったー、今日はゆっくりできるぞー!
いつものように身長体重を測定して服を着直し、俺はアドニスに「手紙を書いて来る」と言って部屋の前で別れた。
俺の部屋には既にお手紙セットを用意して貰っているので、今から慌てる心配はない。意気揚々と部屋に戻ると、さっそく俺は机についた。
「さて……どう書くかなっと」
もちろん、普通の手紙を書く訳がない。
アドニスに検閲された時に困らないように、手紙には仕掛けをするつもりだ。
「しかし……どうするかなあ」
ここにはレモン汁もないし、あぶりだしなんて芸当は出来そうもない。
かといって縦読み程度じゃアドニスに気付かれるだろうし……。
「むーん……あっそうだ! こういう時は秘密の暗号だ!」
秘密の暗号とは……まあ、あれだ。要するに、ブラックと俺にしか解らない単語を出して、相手に俺の意思を読み取って貰おうって奴だ。
それって暗号なんですかと言われそうだが、俺にはそれ以上の良い案が思い浮かばなかったので仕方ない。
……だって、相手は俺よりも頭の良い相手なんだぞ。
どう考えたって見破られそうなんだから、こっちが知っている情報だけで固めて勝負するしかない。俺の世界の言葉は、俺が喋らないかぎり意味なんて絶対に解らないんだからな。
そう思って、俺は文面を必死で考えて書き綴った。
俺がブラックに教えた単語は、思っていたよりも少ない。というかあんまり言いたくない単語ばっかり教えていたような気がするけどまあ良い。
とりあえず無い知恵を一生懸命絞って手紙を書き終えた俺は、それを綺麗に三つ折りにした。……と、ドアをノックする音がして、丁度いいタイミングでアドニスが入って来た。
「おや、ちょうど出来上がったようですね。ロサードがもうすぐここに到着すると、兵士から連絡がありましたよ」
「お、おう」
「では、内容を検めさせていただきます」
あーやっぱりそう来るよね。
俺はドキドキしながらアドニスに手紙を渡す。この策で逃れられないものかと、祈るように相手を見ていたのだが……アドニスはそんな俺をちらりと見ると、手紙を綺麗に破って捨ててしまった。
「あーっ! 高級な紙がー!!」
「そこですか問題は」
「いやもう熟考されてる時点で駄目だと思ったから」
渡した後に気付いたけど、そうだよね。普通に怪しい単語がもりだくさんな手紙なんて危なすぎて廃棄だよね。駄目でしたバカでした。
ちくしょう、バカなりに一生懸命考えた事なのに、すぐに看破しちゃう奴なんて大っ嫌いだ。いや研究者が俺レベルの馬鹿でも困るけどさあ! もう!
「もうこうなったら口頭で伝えて下さい。余計な事を考えないようにね。さ、玄関へ行きましょうか」
「ぐぅう……」
こうなってしまっては仕方がない、大人しくついて行こう。
まあ相手がロサードなら、俺がどうにかして合図を送れば解ってくれるかもしれないし……。とにかく諦めずに頑張ろう。
アドニスに連れられて階段を下りると、タイミングよく玄関のドアが鳴った。
本当にぴったりだな。これってやっぱ、アドニスとロサードのホットラインだけじゃなく、それ以外にも何か高速な連絡手段があるって事だよな? 皇帝領の中には、そんな事を可能にする機械でもあるのだろうか。だとしたら、余計に逃げにくそうだなあ……方針を切り替えてよかった。
これで無理矢理逃げてたら、絶対に面倒な事になってただろうし。
そんな事を考える俺の目の前で、アドニスはドアを開ける。
するとそこには、暗黒騎士のような兵士を後ろに従えたロサードが立っていた。
「よぉ、アドニス……と、ツカサ」
「……よぉじゃないっすよ、よぉじゃ」
俺が現在どんな状況に置かれているか解ってるくせに、気軽な挨拶を投げ掛けて来るなんてデリカシーがないんですが。
じとりと睨むと、ロサードは申し訳なさそうに笑って両手を合わせる。
「いや、すまんな……アドニスって奴は一度こうと決めたら聞かない変人でよ。俺は駄目だって言ったんだが……本当すまねえな。こうして会うのだって、ツカサを連れて行かないって約束をさせられてから、やっと面会出来たんだ。面倒な相手を紹介して本当に申し訳なかった……」
「や、約束までさせられたんですか」
「貴重な存在を守るのは当然でしょう」
そりゃそうだけど、アドニスってロサードと友達なんでしょう。友人を信じられないってのか……いや俺が頼るのを解っていて、ロサードもそれに協力しそうだなと理解していたからこその約束か……まったく用意周到なマッド眼鏡め。
「そんな訳で、お前の願いは叶えてやれそうにねぇが……言伝はしっかり旦那達に伝えるから、何でも言ってくれ」
すまんな、と俺の頭をわしゃわしゃ撫でる相手に、毒気を抜かれて俺は頷く。
なんだかんだ見知った相手と久しぶりに会えたのは嬉しくて、つい気が緩んでしまったらしい。この街で再会したばかりのロサードにすらそう思ってしまうんだから、もしブラックと再会出来たならどうなることやら。
勢い余って泣くのは嫌だな、今から涙腺締める練習しておくか……。
「無駄話はそれくらいにして、言伝を早く伝えたらどうです? それにロサード、君は建前上は蔓屋に卸す商品の相談に来たのでしょう。なら、さっさと話を終わらせて下さい」
「お前いつもより心が狭いな」
「実験の途中で無駄な事にわざわざ時間を割いているせいですかね」
何なんだこの人はもう。そんなに実験大好きなのかよ本当にマッドだな。
不機嫌なアドニスを睨みながら眉根を寄せるが、反対にロサードは何故だか苦笑していた。なんで苦笑してるんだ。
不思議に思った俺に、相手は耳打ちをしてくる。
「お前、存外あいつに気に入られてんだな」
「はい?」
「あいつはな、お気に入りを人に触られると、ああいう風に不機嫌になるんだよ。と言う事は、アドニスはお前を気に入っているって事だろ?」
「えぇ……実験材料として?」
「そこ、はやく言伝を終わらせてください」
ああ、話が聞こえてたのか。つーかその会話に切り込んでくるような感じ、さては図星だな。俺をそれほどまでに実験に使いたいのかこんちくしょーめ。
まあでも仕方ない。ここでゴネてたら、ロサードに会う機会すら奪われてしまうかも知れないからな。それは困る。
俺がアドニスを懐柔して、ブラックと会わせて貰えるようにするには、ロサードの協力が必要だ。友人からの頼みならばアドニスも一応は耳を傾けるだろうし、俺一人で頼むよりも二人で頼んだ方が効果的だろう。
だったら、とる道は一つ。今は耐えるのみだ。
俺はロサードから少し離れると、ゴホンと咳払いをしてロサードに伝えた。
「えーとじゃあ……ブラックとクロウと……それから起きてたらロクに、俺は元気だし健康だから心配しないでって伝えてくれ。あと、物を壊したりとか酒を飲みすぎたりとか喧嘩をしないようにして、大人しく待っててって言うのもお願い」
「子供にお留守番頼む時みたいな事言うなあお前」
「あの人達中身子供だもの」
つい口を滑らせると、ロサードは思いっきり笑って空涙を拭う。
「あっはっは! そりゃいーや、それも話しておこう」
「ちょっ!! い、いらない! そこいらないから!!」
「良いじゃねーか、軽口叩ける程度には元気なんだって教えてやれるぜ?」
「だーっ! あんたも意地悪かー!!」
この意地悪マッド眼鏡にしてこの商人ありだな!!
そんな事を言ったら、俺がどうなるか解ってるのかこの人は。絶対に再会した時にねちねち言われて酷い目に遭うに決まってるじゃないか。
それを予想出来ない訳でもあるまいに、本当にこのあきんどはぁああ……。
「言伝は終わりましたか? ではここからは、私とロサードの商談の時間なので、ツカサ君には部屋に帰って貰いましょうか」
「え……もう?」
「用事はもう済んだでしょう? 歓談する為に呼んだのではないのですから、無駄な事は避けるべきです。さ、ロサード行きますよ」
そう言うとツカツカと歩いて行くアドニスに、ロサードは溜息を吐くと、再び俺に向き直ってぽんと頭を叩いた。
「すまんな。アイツはああいう性格なもんで……」
「この数日間で充分解ってるから大丈夫っすよ……」
「うん……まあ、なんだ。俺もアイツと話し合って、出来るだけここに来れるようにするから……負けるんじゃねえぞ」
「ロサード……」
彼なりに、アドニスを止められなかった事に罪悪感を感じているのだろう。その言葉は真剣なものだった。
別にロサードのせいじゃないし、俺が拉致されたのは俺が油断していたからでもあるんだから、そんなに思いつめたような顔をしなくても良いのにな。
俺をからかうクセして、こういう所は本当真面目だよなあ。
でも、俺を心配してくれたり協力してくれるのはありがたい。
俺は殊更明るく笑ってみせると、相手の肩を叩き返してやった。
「ありがとっ、じゃあ……ブラック達との連絡係をして貰うためにも、交渉頑張ってくれよな。俺も出来るだけアドニスの機嫌をとってみるから」
「おう……んじゃ、またな」
そう言いながら、ロサードは名残惜しそうに一度だけ俺を見て、アドニスが歩いて行った方向へと消えて行った。
「……頑張ってくれよ、ほんとに」
願いを込めながら、そう呟く。
その声が届かない事は解っていたが、言わずにはいられなかった。
……さて、俺は大人しく部屋に帰るか。
そう思って踵を返そうとした時――視線の端に何か黒い塊が見えて、俺は思わずびっくりして飛びのいてしまった。
「なっ、なっ、な!?」
何だ、何が見えたんだ、とその方向を見てみると……そこには、先程ロサードが連れて来た兵士がじいっと立ち竦んでいた。
もしかして、さっきのやりとりの間中この人は無言で立っていたのだろうか。
……なんか凄い気まずいな。
「あ、あの……警護の方……ですよね? ロサードの所に居た方がいいのでは……」
恐る恐る言ってみるが、相手に反応はない。
背の高い兵士を見上げて相手の顔色を確認しようにも、フルフェイスの黒い兜の中は何も見えなかった。ううむ、本当に人が入っているのか不安になって来たぞ。
宮殿の暗黒騎士さん達はあんなにもフレンドリーだったのに、なんでこの人はさっきから一言も喋らないんだろう。
……ま、まさか、幽霊……いやこの場合ロボだ。きっとロボットだ!
「ろ、ロボならしょうがないよね……えっと、俺部屋に帰りますね……」
段々気味が悪くなってきて、今度こそ踵を返そうとする、と――――
相手はいきなり動いて、俺の腕を強く掴んできた。
「ちょっ、ちょっと!! アンタ何を……っ!?」
叫ぶ間にも相手は動き、俺をどこかへ連れて行こうとしている。
階段を上がり、きょろきょろと首を動かして何かを探しているようだが……あっ、もしかして俺の部屋を探してるんだろうか。
ってことは……この兵士は、俺をエスコートしようとしてるって事……?
な、なんて乱暴な……いやでも、きっとこれは兵士としての責任感から来る行動なんだろうし……怒るな落ちつけ俺。
「えっと、あの……俺の部屋はもう一階上の三番目です」
そう言うと、兵士は合点が言ったかのようにガシャリと音を立てて動くと、俺を強引に引き連れて言われた通りの道を歩き始めた。
ああ、やっぱりそうなのね。
でも言葉を一言も発さないなんて不気味だなあ……。
不思議と怖くはないけど、なんか変な感じがする。
そんな事を思いながらエスコートされて、目的の部屋に辿り着くと……なんと、兵士は俺と一緒に部屋に入って来た。
「…………あ、あの?」
一緒に入ってきてどうするのかと、窺うように問いかけると。
相手は扉の鍵を閉めて、一歩近づいて来て……――――
「酷いなあ、ツカサ君……僕の事解らないなんて」
そう、一言だけ呟いた。
「……え…………」
その声、まさか……。
目を見開く俺の前で、謎の兵士は黒の厳つい兜を外す。
途端に中からさらりと落ちた鮮やかな赤い髪に、俺は思わず声を上げた。
「ブラック……!」
そう。俺の目の前に居たのは――――
ずっと俺が心配していた、ブラックその人だった。
→
※次はエロありですのでご注意を
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