異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

4.微笑みの理由

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「なるほど、貴方はつまりこう言いたい訳ですね。『医者はどこだ!』と」
「何かその台詞めっちゃどこかで聞いた事あるけど違います」

 炎雷帝えんらいていとも呼ばれる怖い皇帝陛下に、子犬のようになつかれて数時間後。
 俺は困っている所をパーヴェルきょうに助けられ、なんとかアドニスの屋敷へと戻って来て食事をしている訳だが……やっぱりというかなんというか、アドニスは俺の話を聞いても全く真面目に話してはくれなかった。

 いやね、俺も別に「えーひどーい」とか言われたいんじゃなくて、今さっき俺に起こった事がどういう事か解らなかったので、アドニスなら何か助言をくれるかも知れないと思って話したんですけどね。その期待への答えがコレってなんスか。
 やっぱバカにしてるでしょアンタ。

 思いっきりぶーたれる俺に、アドニスはクスクスと笑ってスープを飲む。
 上流階級なだけあってその仕草は優雅だが、相手が非常識マンだと知っている俺にはただのポーズにしか見えない。
 コイツ本当にブラックやクロウとは別方向の失礼な奴だよな。
 くやしまぎれに白パンを頬張りつつ、俺はフンと鼻を鳴らした。ああ美味い。ほんのり甘くて柔らかい。こんなに白パンが美味いのに目の前の眼鏡野郎は。

「ふふふ、冗談ですよ。そんなに怒らないで」
「怒らないで欲しかったら、真面目に俺の話を聞いて貰いたいんですけど」
「いやあ、ほら、心に傷を負った子には明るい話題が必要だって聞いたので」
「余計に心の傷が悪化するからやめてくれませんかね!!」

 だーもーこの人に常識を教えたのはどこの親だー!!
 こっちが必死に冷静になろうとしてるのに、茶化すなよなもう!

 ぎりぎり歯軋はぎしりしながら睨む俺の心情をやっと理解したのか、アドニスはやれやれと言わんばかりに息を吐くとスプーンを静かに置いた。

「そうですねぇ。……まあ、端的に言えば……皇帝陛下はツカサ君とソーニャ様を混同している……という感じでしょうか。ああ、先に言っておきますが、貴方とソーニャ様の容姿は全く似ていませんよ」
「でしょうねぇ……でも、どうしてそんな事が起こったんだ? 容姿が別物なら、俺をソーニャ様と間違える事なんてないだろ」

 心が弱っているからって、まったく似てない俺の事を間違えたりするものかね。
 胸を揉んでたってことは女……ってことだよな? いや胸筋がたくましい雄っぱいの持ち主かもしれないが、とにかくどっちにしろ俺には似てない。
 苛烈で冷酷な性格の皇帝がこんなぼんミスなんてするものなんだろうか。
 疑問に首を傾げる俺に、アドニスはすました顔でティーカップを取る。

「心の病なんてものは、医者でも把握しきれないほどに難解ですからねえ。仮に、ツカサ君を本当にソーニャ様と思っているとしたら……陛下のお心に残る何らかの思い出を想起させるような事を、貴方が行ったのでは?」

 想起……って、思い出させるってことか?
 でも俺がやった事って言うと……。

「お湯に頭突っ込まれたり、犯されそうになったのを嫌がってビンタしただけなんだけど、それのどっかにソーニャ様要素があったのか?」
「……お湯はともかく、貴方凄い事してますね」
「だっ……だって仕方ないじゃん! 嫌なもんは嫌だったんだよ!」

 今更ながらに女々しい行動が恥ずかしくなって言い返すと、アドニスは俺の姿をまじまじと見つつアメリカ人のように大仰おおぎょうに肩をすくめる。

「恋人に操立みさおだてとはずいぶん古風なんですねえ。皇帝陛下のお相手なんて光栄な事なんですから、一発くらい交尾させてあげたら良かったのに」
「交尾言うな。だったらアンタがやればいいじゃん。光栄な事なんだろ?」
「私は交尾に興味がありませんし、子を産むのは他人に任せたいので嫌です」
「だったら人に強いるなよコラー!」

 人が嫌がる事を無理にさせようとするのはいじめだぞいじめ!
 しかし俺が怒ってもアドニスは楽しそうにクスクスと笑うだけで、こっちの都合なんてちっとも聞きゃしねえ。本当にこの誘拐犯はこの。

「まあでも、殺されたり坑道送りにならなかっただけ良いじゃないですか。これで実験に集中出来るようになりますしね」
「いや……それが……」

 殺されたり坑道送りになったりっていう下りが物凄く気になったが、今はそんな事に食い付いている場合ではない。アドニスの言葉で今現在の境遇を思い出してしまった俺は、溜息を吐きながら言葉を続けた。

「俺さ、これから、毎晩陛下を寝かしつけなきゃいけなくなってさ……」
「……はいぃ?」

 うん、解る。意味不明な事を言っているように聞こえるのは、俺も一緒だ。
 「寝かしつける」と「皇帝陛下」が全くかみ合わない単語だと言うのは解っているが、それでもそうなっちゃったのだから仕方ない。
 実を言うと、パーヴェル卿に助けて貰った時、俺は皇帝陛下に抱き着かれたままで動けなかったのだが、その時にパーヴェル卿が機転を利かせて「ソーニャ様はお体の具合が悪いので、すぐにお部屋に戻らねばなりません」とか何とか言って俺を引き剥がしてくれたのだ。

 しかし、その時に皇帝陛下があまりにも泣くわ騒ぐわの物凄い事になったので、折衷案せっちゅうあんとして仕方なく夜だけは皇帝の寝所に行くことになったのである。
 つーか寝所ってベッドルームだったのね。知ってたらもう少し警戒したのに。

「そんな訳だから、夜にはパーヴェル卿が迎えに来るんでよろしく」

 ぴっと片手を上げて「ヨロシク」とポーズをとる俺に、アドニスは心底不快そうな顔をしつつ目を細める。

「……貴方、私が何故ここに連れて来たか覚えてます?」
「実験の為だろ。でも命令なんだから仕方ないじゃん。つーか、俺としてはアンタみたいな狂人科学者の実験に付き合うのも嫌なんだけど」
「はっきり言いますねえ」
「こうなったら、物言いが許されるうちにバカスカ言っておこうと思ってな」

 文句あるかと睨むと、アドニスは溜息を吐いて肩を竦めた。

「仕方ありませんね……。陛下のご要望とあれば従わざるを得ないが……しかし、とんだ誤算ですよ。こんな事になるとは思ってもみませんでした。それならそれで、実験のやりかたも少し変えないといけませんね」
「……まだやんの?」

 昨日の今日で既に白旗上げてるんですけど、これから更にやる事が増えるのか。
 うんざりするが、アドニスは俺の事なんてお構いなしにああでもないこうでもないと独り言をブツブツ呟きながらスプーンを動かしている。
 ほんと他人の事なんてどうでもいい奴なんだなあ。

 ブラックやクロウも中々に人でなしだが、それでも二人は俺を気遣ったり、ある程度は他人の話もちゃんと聞いたりしてくれる。
 他人に優しい……とは言い難いが、それでも協調性はあるだろう。
 少なくとも、目上の人間の話であからさまに嫌な顔をする事はあるまい。それを考えると、アドニスは本当に他人なんてどうでも良いんだなと思うが……ロサードは彼の何を好んで知り合いになったんだろうか。

 確かに、相手は俺に対してある程度の温情を与えてくれている。
 だが、それはあくまでも俺にストレスを与えない為だし、人間としての優しさというよりも、実験をスムーズに行うための措置と考えた方が良い。

 じゃあ軽口を叩いて人をおちょくる所だろうかとも考えたが、ロサードはべらんめぇなお兄さんだ。多分俺と一緒ですぐイライラするはず。
 となると……もう完全にビジネス関係って事になるけど、なんかそんな感じでも無いんだよなあ。

 それにしても、ロサードはこのマッド眼鏡が俺をさらった事に気付いてるんだろうか。出来れば紹介した罪悪感で助けに来てくれればありがたいが、相手がくらいの高い薬師なら下手に動けないかもな。
 うーん、やっぱ他人を頼るのは駄目だ。迷惑をかけるし、何より俺に手を貸してお尋ね者になったりしたら申し訳ない。自分一人でどうにかしなければ。

「さて、食事も終えた事ですし、馬車が来る前にもう一つ検証しましょうか」

 いつの間にか食べ終えたアドニスが立ち上がる。
 また素っ裸にされるのかと構えた俺に、アドニスは片眉を上げた。

「今回は脱がしませんよ。とりあえず……貴方が今までに連続して調合した回復薬の効果の推移と、連続調合による薬の効果の違いを調べるだけです。貴方にはその間に十本分の回復薬を作って貰いますね」
「あ、は、はい……それなら……」

 席を立ち上がって素直にアドニスの後を付いて行く俺に、アドニスは相変わらず醒めたような顔をしていたが……何が面白かったのか、少しだけ微笑んだ。

「それにしても、貴方は相当な化け物ですね」
「はい?」
「連日の短時間調合……しかも軽く一箱分の回復薬を作ってしまい、それでも全く体力が落ちていないのですから……本当に驚きですよ。普通この国ではそんな事をしてたら死にますよ? 木の曜気なんて無いんですから」
「作らせてんのはアンタだろ。そのくらいの数作らないと、また大人の玩具の被験者にするって脅すし……それに、実験室にはアンタが植えてる木があるから別に大丈夫だろ。やらなくて良いならもうしないけどな」

 そう、別にアドニスに身をゆだねている訳じゃない。嫌な事をされたくないから、結果的に従ってる感じになってしまっているだけなのだ。

 大人しくついて行くのだって、お姫様抱っこされたくないからだよ。
 このマッド眼鏡、俺が行かないってダダこねるとすぐお姫様抱っこするんだよ。別に肩にかついでも良いし、脇に抱えても良いし、なんなら引き摺っても良いのに。なのに、かたくなにお姫様抱っこなんだぞ。これ絶対俺をはずかしめてるだろ。

 全部、自衛策だ。それが結果的にアドニスの都合のいいようになってるだけで。
 だけども相手はそんな事を説明しても、理解しているのかどうか解らない笑みを俺に見せつけて来る。さっきは物凄く不機嫌そうだったのに、何だってんだよ。

 またぶすくれる俺に、アドニスは微笑んだまま俺の頭をぽんぽんと叩いた。

「素直な子は好きですよ」
「自分の命令に素直な子は、だろ」

 アンタの言いたいことは解ってるよと睨みあげるが、何故かアドニスは微笑んだままだった。



   ◆



 夜、予告通りに迎えに来たパーヴェル卿に連れられて、俺は再び皇帝陛下の寝所へとやって来た。

 パーヴェル卿の話では、あの後の皇帝陛下はいつもとは違って、少し不安そうになりながらも怒ることなく淡々と公務をこなしていたらしい。
 久しぶりの事だったと相手は喜んでいたが、今までの事情が分からない俺はそれの何が良かったのかとんと解らなかった。……もしかして、心が病んでからの皇帝は物凄くイライラしてて、部下に当たり散らしてたのかな?
 もしそうなら俺が居る意義は有ったと言えるだろうが……ああ、不安だ。

「あの、パーヴェル卿……もし陛下が途中で正気を取り戻したら、俺って打ち首獄門ごくもんになったりしませんかね……これ、だましてるも同じですよね?」

 昨日と同じ服で寝所の扉の前に立ち、俺はパーヴェル卿を見上げる。
 そう、もし皇帝が途中で正気に戻ったりしたら、俺は即座に「愛する妻の名をかたる不届き者め!」とかなんとか言われて成敗されかねない。
 ガクブルしながら頼みの綱のパーヴェル卿を見上げると、相手は苦笑して大丈夫だと言わんばかりに俺の肩を叩いた。

「借りに目が覚めたとしても、寝台の上で人を罰す事はないと思うよ。皇帝陛下はそんな無粋な事はなさらないお方だからね」

 いや、あの、ベッドの上で殺されなくても、後で殺される事ってありますよね?
 やべえ……そうなったら何が何でも逃げないと。
 ああ、この年でお尋ね者とか嫌すぎる……良く考えたら俺がそう言う事をするとシアンさんにもめっちゃ迷惑が掛かるんじゃないのか。やばいってそれ。
 うんまあ今の状況も充分に周囲に迷惑かけてるけどね!
 ああもう頭痛い……。

「まあまあ、落ち着いて」

 とかなんとかパーヴェル卿が言う後ろで、ガチャリと扉が開いた。

「おお……ソーニャ! 来てくれたのならノックをしてくれればいいのに!」

 そう言いながら俺を出迎えたのは、先程と変わらずおかしい感じで目がわっているヨアニス皇帝陛下。今回は部屋着っぽい格好でお出迎えだ。

「皇后陛下をお連れするのが遅くなってしまい申し訳ありません」

 頭を下げるパーヴェル卿に、皇帝は笑顔で手をかざす。

「良い良い、連れて来てくれただけで構わん。さあ、ソーニャこちらに」
「あっ、は、はい」

 手を引かれて部屋の中に連れ込まれ、扉が閉まる。
 ……さて、何をすればいいのか……。

 流石にえっちとかはしないよな……? と皇帝を見上げると、相手は光のない目で嬉しそうに笑いながら俺をベッドへと案内した。
 お、おい。まさかさっきの続きをしろとか言うんじゃないよな……。

 少々青ざめつつも、ここで拒否したらどうなるか解らないと思い素直にベッドに座る。すると、皇帝は俺より先にベッドに乗り込み寝転んだ。

「陛下……?」
「ソーニャ、さっきは本当にすまなかった……。お前が私を忘れているのではないか、それでこばんでいるのではないかと思ったら怖くて……」
「そんな……」
「もう二度とあんな事はしない。……だから、お前を抱くことを許してはくれないだろうか。もちろん、身体の具合がかんばしくないのなら、無理は言わんが……」

 言いながら、陛下はおずおずと俺を見る。
 こんな遠慮がちな人が本当に炎雷帝と呼ばれる人なのかと驚いたが、でも、長年探し続けた相手がやっと帰って来たら、こうなる物なのかもしれない。
 ……そうだよな。この人は、心を病むほどにソーニャって人の事を愛して、俺をその人と間違えてしまうくらいに、心を病んでしまったんだ。
 きっと、もう二度と手放したくないと思っているんだろう。
 だから俺にもこんな風に気を使うように問いかけて……。

「…………」
「ソーニャ?」
「……申し訳ありません。今日は添い寝する事しか出来ませんが……だけど、その代わりに、陛下がよく眠れるようにお話をしましょうか」

 そう言って皇帝の体に布団のような布をかけ、俺を不思議そうに見上げる相手に微笑んで頭を撫でる。
 添い寝も頭を撫でるのも、ブラックが好きな事だ。アイツは俺が他人にこんな事をするのを嫌がるだろうけど……でも、許してほしいと思う。
 今の俺がやれる事は、こんな事くらいしかないだろうから。

 大人である相手を子供のようにあやす俺を、皇帝陛下はじいっと見つめていたが……嬉しそうに笑うと、小さく頷いた。

「どんな話なんだ?」
「……今日は、旅の話をしましょうか。これは、とある遠い国の、とても偉いお方の旅のお話で……」

 脳内にぱっと現れた話を、俺は解り易いように語る。
 俺のそんな寝物語を、皇帝は微笑みながらずっと聞いていた。











 
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