異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

2.相手にその意思は無くてもセクハラになると言う

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 皇帝領にある謎の建物に軟禁されてから、二日経った。
 連れて来られた日から、俺は意外と広いこの謎の建物をちまちま探検しているのだが、依然としてこの屋敷の全貌は見えてこない。全くのお手上げだった。

 最初に俺が寝かされていた場所は、高さからして五階くらいの位置だと思ったのだが、実際にはこの屋敷はそれ以上の階数が在る。
 逃亡対策なのか、俺が目覚めてからは俺の部屋以外の窓は全て鉄の覆いで外から締め切られていて、それ以上の事は解らないが……なんにせよ、逃げる時に備えて屋敷内部の事は把握しておかないとな。

 だけど、そう思って探検してる途中でいつもアドニスに捕まるので、俺の建物内マッピング計画は遅々として進んでいないんだよなあ……。

「……ああ、疲れた……」

 比較的豪華さが抑えられたシンプルな部屋。その部屋にある天蓋てんがい付きの大きなベッドに思い切り倒れ込んで、俺はシーツの海に沈む。
 アドニスが用意してくれた俺の部屋は、シンプルでありながらも高級なソファやフカフカした気持ちいいベッドが設置されており、かなりの高待遇だ。
 実験材料として使うつもりではあるけど、一応はお客様扱いをする……という感じらしい。入れない場所があるとはいえ、建物の中を自由に動き回っても良いと言っているのだし、俺をぞんざいに扱う気はないみたいだが……。

「でも、あんな事されて大人しく実験に付き合えとか言われてもな……」

 昨日から行われている「実験」を思い出すと死にたくなって、俺は顔をシーツにうずめてバタバタと足を動かす。
 柔らかいベッドは俺が足を沈める度にポンと跳ね返してくれたが、その抵抗も今は嬉しくない。息が苦しくなって顔を上げ、俺は枕を抱き締めて懐いた。
 ああ、嫌だ。本音を言えばすぐに逃げ出したい。
 だって、アドニスの実験ってのは、物凄く恥ずかしい物だったんだから。

「うう……まあ、身体測定は解る。わかるけどさあ」

 実験の前にやらされたのは、身体測定だ。
 あくまでも正当な実験である事を主張したいのか、アドニスは「身長と体重を測ることで、精神力以外の消費があるか判断します」と言っていたので、それは理解出来たのだが、その後がいけなかった。

 だって、あの野郎……俺を手術室みたいな所に連れ込んだと思ったら、ぱだかに剥いて転がして隅々すみずみまで観察してきやがったんだぞ!!
 あ、あ、アホか! いくら詳細なデータが採りたいからって、股まで開いて観察する必要がどこにあるんだよ!!

 幸いな事にアドニスには微塵みじんもスケベな気持ちはないみたいなので、医者に検査されてると思えば耐えられるが、でも、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
 しかもこれ、実験するしないに限らず毎日やるっつーんだから嫌だ。
 なにこれ新手の羞恥プレイなの? 慣れたらどうすんだよ。俺この年で羞恥心を失くして全裸族になるのなんて嫌ですよ。全裸百パーセントとか勘弁して。

「うぅうう……なんでこんな事に……つーか何で俺も協力してるんだ……」

 実際、実験は本気で真面目な物で、俺の回復薬の詳しい成分解析とか、俺が薬を作る時に体内の曜気がどうなってるのかを調べたりとか、アドニスの本気が見て取れるもんばっかりで、だから俺も「今は素直に従おう」って感じで言うがままになってしまったんだけど……でも、端々で全裸にされたりするのがなあ……。
 俺、昨日今日で何回あいつにケツ見せたか解んないよ……。

 てか、何で体内のアレソレを調べるのに全裸になる必要があるの?
 尻丸出しの姿をアドニスに見せながら回復薬作るってどんな罰ゲームなの?

 俺、もしや、からかわれてる? 嫌がらせされてるのか?
 相手がそんな気はないとしても、余計に嫌だ。だからもう本当に逃げたい。
 けど、窓は閉め切られてるし逃げるのは大変そうだし……何よりどこをどう逃げたら街に逃れられるか見当がつかん。
 ちくしょう、まだまだ情報が足りなさすぎる。

「はぁ……ロクは大丈夫かなあ、ブラックとクロウは何か変な事をしでかしてないだろうか……シアンさんが居るんだから、滅多な事はしてないと思うけど……」

 離れ離れになってまだ二日目だと言うのに、一人になればすぐにブラック達への心配が湧いてくる。きっと元気にしているだろうし、安否は気にしていないのだが、それより俺が心配なのは……ブラックが暴れて建物を壊したりしていないかと言う事だった。

 ああ、せっかく機嫌がよくなった所だったのに、またヤンデレ発動してたらどうしよう。今度こそマジで山奥の小屋に鎖で繋がれるかもしれない。
 そうなる前にどうにかしないと……ああぁ前門の虎後門の狼だあ……。

 こんな事になるなら回復薬の事も自分一人で何とかするんだった。
 再度頭を抱えていると、ドアをノックして開ける音が聞こえた。

「ツカサ君、夕食にしましょうか」

 そう言いながら入って来るのは、俺を拉致した事を微塵も悪いと思っていないマッドサイエンティストの長髪眼鏡だ。

「…………食欲ないです」

 せめてもの抵抗と言う奴で、枕を抱きかかえたまま寝転がって背中を向ける俺に、アドニスはくすくすと笑う。

「本当に貴方は解り易い人ですねえ。絶食するとどう変化するのかも気になりますが、今日は先に用意してしまったので、食べて貰わないと困るんですよね」

 こっちの都合などお構いなしにそう言ったと思ったら、ベッドにくっつけていた横っ腹の下にいきなり異物の感触が入り込んできて、俺は思わず悲鳴をあげる。だが、その異物は俺に構わずに腰の方へ移動してがっちり掴み、いつの間にか肩の方へ差し込まれていた手に合わせて俺を持ち上げてしまった。
 あれ。これって。

「うっ、うわああ! なにしてんだよアンタ!!」
「何って、抱き上げてますが。暴れると落ちますよ」
「おっと……ってそうじゃない! なんで抱っこしたんだよ!」

 思わず相手の首に手を回してしまったが、そうじゃなくて何で抱き上げてんだ。俺に食事を食べさせたいのなら、足を持って引き摺ってもいいだろうに。
 離せと訴えるが、アドニスは俺の事なんて気にもせずに、部屋を出てそのまま廊下を歩いてしまう。くそう、なんでこの世界の奴らは背が高いんだ。手を離して降りるタイミングが見当たらねえ。

「降ろせっ、頼むから尻もちつかないように降ろしてくれ!」
「君、遠慮が無くなるとわりとうるさくなるんですねえ」
「アンタが非常識な事ばっかりするからだろ!!」
「自分の家の中くらいは常識に縛られずに暮らしたいと思いませんか?」
「そりゃあまあ……ってそうじゃなくて!」

 なんなのこの人、別方向の話を投げて来るから会話が上手く行かないんですけど、会話のデッドボール食らいまくりなんですけど!
 ブラックだったら一応話くらいは聞いてくれたし、本気で怒ったら離してくれたのに……ああ、これがもしや恋人とそうでないものの違いなのか。ブラックってば俺にだいぶん甘かったんだなあ……。帰ったらもうちょっと優しくしてあげよう。

 まあ大体、この人俺を拉致したんだから、ハナから俺の言う事を聞く訳がないんだよな。仕方ない……降りるのは諦めるか。どうせ食堂に到着したら降ろしてくれるだろう。使用人さんとかもいない屋敷だし、我慢しよう。
 だけど溜息は止め処なく、俺はがっくり項垂れると恨み言のように呟いた。

「世界から信頼されてる薬師が、こんな人だとは思わなかった……」
「それは勝手に他人が付けた評価でしょう? 私がどんな存在であろうが、仕事には関係ありませんからね。私はただわれた事に応えただけ、それを周囲が勝手に勘違いしてあがめ立ててくれただけですよ」

 うーむ、なるほど、ハロー効果って奴か。
 優れた特徴を持つ人はきっと素敵な人だと思ってしまう現象をそう呼ぶらしいが、しかしここまで極端な例が俺の目の前に現れるなんて思ってみなかった。
 実際に、俺も無意識にアドニスの事を善人だと思っていたしな。という人を助ける仕事に就いている事実が、俺の目を曇らせていたらしい。

 よくよく考えたら、シムラーだって最初は好青年風だったではないか。
 この世界って気が良い人が多いから、すぐにそう言う大事なことを忘れちまうんだよな……ああ、ほんと危機感無いなあ俺ってば。

 悲しみながら長身の相手の肩にしばし捕まっていると、階段を下りている途中で、アドニスは今気付いたかのように俺に問いかけて来た。

「そういえば……ツカサ君は男性体にしては随分ずいぶんと肉付きが良いですね」
「え?」
「ずっと疑問に思っていたのですが、この中性的な肉体は自前なんですか? それとも貴方と交尾している相手がそう仕向けているんですかね。だってほら、貴方の臀部でんぶと来たらこんなに柔らかいし……」
「ぎゃー!! 触るなぁああ!」

 普通に抱えているだけかと思ったら、手が尻を揉みしだいて来る。
 ふざけるんじゃないと暴れるが、相手はどういうテクニックを持っているのか、階段という不安定な場所を降りながらも、俺を離す事無く尻を揉み続けてきて。
 必死で逃れようとしても、手は尻から離れてくれなかった。
 こ、こんの腐れ眼鏡ぇええ……。

「離せったら!」
「ふーむ、ここを犯され続けると女性体のようになるんですかねえ」
「ちょっ、も、やだ……っ、この、やっ、ひあぁっ!?」

 辛抱堪しんぼうたまらず突き離そうとしたと同時、細い指が尻の谷間に食い込んで来て、思わず俺はびくりと体を震わせアドニスに抱き着いてしまった。

「おやおや、やはり敏感なんですね」
「うぅうう……っ! 人のこともてあそびやがってぇええ……」
「それは心外ですね。私はただ、貴方の秘密が知りたいだけです。研究には多角的な検証が必要ですからねえ。中性的な肉付きだから回復が早いのか、それとも男に好かれる体だからあんな風に曜気切れを起こす事がないのか……そこを考えるのも研究者の仕事なんですよ」
「ぜってー嘘だああああ!」

 だってこの人笑ってるもん、めっちゃ笑顔だもん!!
 からかうなと暴れる俺に朗らかに笑いつつ、アドニスは階段を降り切る。

 食堂は一階だ。ちくしょう、用意が出来れば即座に逃げてやるのに。
 でも、逃げる前に絶対このマッドサイエンティストの頭を一発はたいてやる。
 そんな事を思いながら、遠くて近い外へ続く扉をみやると……不意に、その扉が開いた。そして、そこから見た事のない人間が入ってくる。

「ごきげんよ……おや、お取込み中だったかな」

 そう言いながら扉を閉めた来訪者は、栗色の髪を後ろに流してきっちりと礼装に身を包んだ、好青年風の紳士だ。アドニスとさほど歳は変わらなさそうな相手に、アドニスは少し興醒めしたかのような顔をして俺を降ろした。
 ほっ、よかった……。

「これはパーヴェルきょう。もう少し時間がかかると思っていましたがね」
「いやいや、事は急を要すると思ったからね。……それで、その可愛らしい少年が噂のきみか。よろしく」
「ど、ども……」

 流れるかのように俺と握手を交わす相手に、気圧されながらも挨拶をする。
 今の俺の格好はきっとみょうちきりんに見えるだろうに、パーヴェル卿とやらは気にもせず、爽やかイケメンスマイルでアドニスに向き直る。
 俺の事を知ってるって事は……アドニスと共犯なんだろうか。

 訝しげに二人を見比べる俺に構わず、アドニスは面倒臭そうに目を細めた。

「本音を言えばもう少し待って頂きたいのですがね。出来るだけ健康体の彼で実験を進めたいので……」
「そんな事を言っていられる立場か? 我々の現在の急務は、緑化計画でなく陛下のお心を少しでも早く穏やかにして差し上げる事だろう。それに、彼を破棄させた後で拾い上げれば問題はあるまい。どうせ顔合わせは一度だけだ。殺さないようにこちらもフォローするし、心配なら薬を持って君も同行すればいい」
「…………それで、二度と会わせずにすむんですね?」

 不機嫌そうなアドニスに、相手は芝居がかった動きで鷹揚に頷く。
 それで話が決着したと思ったのか、パーヴェル卿は今度は俺に向き直って、爽やかな笑みでにっこりと笑った。

「ツカサ君。早速で悪いが……君には明日、彩宮さいぐうゼルグラムへ行って貰うよ」
「え…………」

 彩宮ゼルグラムって……確か、皇帝が居るって所だよな……?
 待てよ、俺って実験の為に連れて来られたんだろ? なのにどうして皇帝陛下に会わなきゃ行けないんだ。俺何もしてないし、慎ましく生きてましたよ!?
 意味が解らない、と思いっきり顔を歪めた俺が何を言いたいのか察したのか、パーヴェル卿は苦笑すると、俺の疑問に答えた。

「ああ、説明されて無かったのか。……君も知っているだろうが、今この国では君のような黒髪を捕える行為が横行しているだろう?」
「は、はい……」
「実はね、それは皇帝陛下の前に連れて行って首実検するためなんだよ。……皇帝陛下の探している人間を見つけるための……ね」

 だから、付いて来いと言うのか。
 でも俺は皇帝に面識なんてないし、そもそもここに来たのは偶然ですよ。
 明らかに人違いだと思うんですが。

「あの……俺、皇帝陛下と会った事もないですよ……?」
「それでも、この皇帝領に囚われている以上、一度は会わなきゃいけないんだよ。万が一偶然陛下に見つかったら、その時の方が危うい状況になるからね」
「あぁ……」

 それは有り得る。
 アレクが言っていたけど、今の炎雷帝はヤバい状態なんだもんな。例え見つかっていなくても、御膝元に居るのなら会っておくべきなのか。
 でも、アレクの言っていた事を考えると凄くヤバそうなんだけどなあ……。

「あの……俺、これ以上……どこかに連れていかれたりしませんよね?」

 そう言うと、パーヴェル卿は驚いたかのように目を瞬かせたが……しかしすぐに快活に笑うとアドニスの方を向いた。

「なるほどな、アドニス。確かにこの子は面白い子だ」

 パーヴェル卿の笑いながらのその言葉に、アドニスは何故か心底不機嫌そうな顔をして、ただ黙っていた。










※次ちょっと暴力描写アリで暴行未遂アリですご注意を(´・ω・)
 
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