異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

1.攫われるのが仕事の人だっている

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 目が覚めると、そこはクッソ豪華などっかの部屋でした。

 ……ああ、俺が川端康成の真似をしても、アホみたいな言葉しか出ない。
 まあそら教科書に載ってたのをうっすら覚えいてるだけの俺にとっては、もう冒頭の一文しか解んないので表現しようも無いんだけど……ってそれはどうでも良い。
 とにかく、目が覚めた俺の周囲に広がっていたのは、金銀パール百花繚乱な装飾がほどこされた物凄い部屋だった。

 俺が寝ていたソファも、ファンシーな花柄の刺繍ししゅうがある高そうなソファだし、調度品ちょうどひんは本当にぜいを極めたようなものばかり。壁紙が花柄だったりつた模様だったりするのは、恐らく少しでも緑を得たいがための工夫だろう。
 しかしそこかしこの手摺てすりなどに張り付けられた金が、その緑を消し去るくらいのインパクトを与えてしまい、なごむより先に目が疲れてしまう。

「ここ、マジでどこだ……」

 雰囲気的にはラスターの屋敷みたいな感じだけど……でもあそこよりも酷い。
 なんか確実に豪華さのグレードが上がっている感じがする。ここって、ノーヴェポーチカの街にある建物の内のどこかなんだろうか。
 部屋自体は暖かいが、ここがまだオーデル皇国だとしたら空は灰色のはずだ。ちょいとカーテンの向こうを覗いてみるか。

 そう思って、俺は裸足のままで床に足を付ける。
 絨毯が敷き詰められた床はほんのり温かく、それでいて足に優しい。比較的楽にカーテンが締まっている窓に辿り着き、そっとめくって外を見てみると。

「…………え?」

 ……ちょっと待て。何だこれは。
 一瞬思考が停止して、俺は慌てて窓から身を引く。自分が見たモノがどうしても信じられなくて視線をせわしなく動かしたが、見た光景を飲み込む事が出来ない。
 俺は深呼吸をすると、意を決してもう一度カーテンの中に首を突っ込んだ。

 白く綺麗な格子状の枠で仕切られた窓の向こう。
 灰色の空の下に見える光景は――思っても見ない物で埋め尽くされていた。

「…………どこ、だよ……ここ…………」

 遠くに湯気が上がる街が見えるが、その光景は高く頑強な鉄の壁に遮られていて全てを望む事は出来ない。
 薄暗くなってきた景色にぽつぽつと明かりが灯り始めているのは解るんだけど、俺がいる所からは豆粒のような明かりにしか見えなくて、ここは街から離れた場所であると言う事を思い知らされた。まあ、それだけならまだいい。
 だけど、やっぱりと言うか何というか……残念な事に、俺を驚かせたモノはそれだけじゃなかったのだ。

 なにせ、鉄の壁のこちら側には――――
 街から遠い寂しさを吹き飛ばすほどの光景が広がっていたのだから。

「なんだここ……何の施設だ…………?」

 内部が豪邸であれば、普通は豪邸や宮殿などでは定番の豪華な前庭が外に見えるものだが、この建物の外にある光景は、そんな優雅な物とは全く違っていた。

 まず、地面が何の飾りも無い鉄板と網格子で、白い通路が曲線を描きながらこの建物の周りを囲っている。首を伸ばして先を見てみると、広場のようになった場所が有り、そこでは何やら列を作って訓練をしている人々が見えた。
 耳を澄ませば一片の乱れも無い足音が聞こえて来て、どうやらあれは兵士の団体行動訓練であるらしい事が分かった。

「……いや、待てよ……兵士の訓練……?」

 ラスターの屋敷ですらそんなもの見かけた事が無かったぞ。
 まあその、この国はスチームパンクっぽい世界だし、鉄の壁にサイバーな感じの通路ってのも解らなくはないけど……だけど、兵士の団体ってなに。
 軍隊? あれ軍隊だよね?
 そんな物を敷地内で訓練させているってことは、つまり、ここって……。

「う、嘘だろ……ここ、もしかして、皇帝陛下の御膝元の場所ってこと……いや、まさかそんなはずは……つーか大体何で俺こんな所にいるんだよ!」

 意識が途切れたのはアドニスさんの研究室でだ。
 確かあの人に変な味の緑茶を飲まされて、何かを言う暇もなく意識が途切れて……って事は俺ってばまた拉致されちまったんですかぁ……。

「どこの……どこのピー○姫だよ俺は……うううう畜生あんだけ気を付けようって自分に言い聞かせていたはずなのに俺のバカアホ間抜けおたんちんんん!」

 頭を抱えてひとしきり転げまわるが、まあ例によってこんな事してても仕方ない訳で。俺は息を切らせながら立ち上がると、とりあえず自分の姿を見返した。

 さっきまで全然気付かなかったけど、俺ってば服まで変えられてしまってるぞ。
 なんていうか……何だろうこれ。ギリシャ風……?
 片乳が出るような奴じゃなくて、ダボダボしてめっちゃ皺が入る程柔らかい布のワンピースを、腰の所で絞ってる感じの服だ。うむ、古代ギリシャっぽい。

 下着は履いてるけど、ズボンすらない。どうりで絨毯の感触が気持ちいいと思ったわい。しかしこの常冬の国でギリシャ風服一枚ってなんなんですか。
 外に出られないようにこんな服にしたのか?

「うーん……着心地は悪くないけど……これ何の意味があるんだ」

 俺の服を剥ぎ取っている所からして、逃がす気はないようだけど……でも、ここに連れて来られる理由が判らない。そもそも、何故アドニスさんは俺をこんな謎の場所に拉致したんだろうか。

 拘束されているワケでもないので、監禁って言うか軟禁状態なんだろうけど……兵士が盛りだくさんの場所だと考えなしに逃げられないな。
 変に動いて打ち首獄門とかになったらそれこそ死んでも死にきれない。
 むう、やっぱり何故連れて来られたかが解るまでは動かない方が良いか。

「……しかし……ブラック達大丈夫かな……」

 俺が拉致られたって事は、ブラック達にも何か起こっている可能性が高い。
 だとすると、こんな場所に放り出されている俺よりもブラックやクロウ、ロクの方が危ない目に遭っているのではないか。
 そう思うと何だか不安になって来て、外に出てみようかとドアを振り返った、と、同時……ガチャリとそのドアが開いた。

「ああ、起きてましたか」

 何事も無いかのような口調で入って来たのは、アドニスさんだ。
 一瞬罵倒ばとうが口から出そうになったが、必死に抑えて俺は冷静に問いかけた。

「……ここ、どこですか。どうして俺を拉致したんです」
「おや、随分と冷静ですね」
「残念ながら、こういう事には慣れてますんで……」

 本当言いたくないけど、何度目だよこの展開。
 内心げんなりしながら言うと、アドニスさんはクスクスと笑う。

「なるほど、確かに貴方のような少年だったら、引く手あまたでしょうからね」
「そう言うのは良いんで、説明くらいはしてくれますか」

 笑いたきゃ笑えい、俺だって好きで拉致られてんじゃねーよ。
 顔をしかめながらぶっきらぼうに言う俺に、アドニスさんは空涙を拭うと、眼鏡を少し直してふうと息を吐いた。

「では、簡潔に言いましょう。ツカサさん、貴方にはここに居て貰います」
「……は?」
「もちろんこの建物の中だけなら歩き回っても構いませんし、服以外は望んだ物を取り寄せましょう。調合がしたいのなら薬品や器具、料理が食べたいのならば好みのものを用意させます」
「そ、そうじゃなくて、質問に答えて下さい!」

 何だその監禁している相手を懐柔する時に使うテンプレ発言!
 そんなんじゃ騙されないぞ。俺は理由が聞きたいんだ、流されてたまるもんか。
 アドニスさんの甘言に乗らず固い意思で睨み続ける俺に、相手は懐柔作戦が無駄だと悟ったのか、肩を大きく使って息を吐くと俺に近付いてきた。

 思わず退くが、どんどん距離を詰められてカーテンの所にまで追い詰められてしまう。間近になった相手を見上げたが――その眼鏡越しの金色の目が笑っていない事に気付いて、俺は青ざめた。

「全く……貴方は本当に面白い人ですね」

 嘘だ。そんなこと微塵みじんも思ってないくせに。
 目が笑ってないんだぞ、どんなに笑っても、声が優しくても、眼差しで解る。
 アドニスさんは何か別の事を考えてるんだ。

「そんなに……教えたく、ないんですか」
「いえ? 別にそう言う事ではありませんが……まあ良いでしょう。貴方を眠らせて連れて来たのは、私が貴方を使って研究する為です」
「研究、って」
「解らないとは言わせませんよ。貴方の体内をめぐるその無尽蔵の曜気の力……それを、私は有効活用したいんです。勿論、この世界の緑化の為にね。……ああ、自分にそんな力は無いなんておためごかしは聞きたくありませんよ」

 バレてる。まさか、俺が黒曜の使者の力を使ってた事に気付いてたのか。
 いや、決めつけるのは早いぞ。相手はどうやら俺の力を「木の曜気」だと思っているようだし、だとすれば、俺が黒曜の使者であるとは気付いていないだろう。
 ならば、まだ打つ手はある。

 俺は取り乱さないように息を整えながら、至近距離の相手を見上げた。

「仮に俺にそんな力が有ったとしても、俺にはどうにも出来ませんよ」
「解っています。だからこそ研究するんですよ、ツカサさん」
「……俺を連れて来た理由は解りました。実験の為って事は、やっぱりブラックやロクはここには居ないんですね」
「ええ、邪魔なので」

 良かった。ブラック達は無事みたいだな……。
 心配だったから、それだけでも解って良かった。俺一人が狙われているのなら、いくらでも逃げようはある。少し心の中がすっきりして、俺は気合を入れるように息を吸いこんだ。

「それを聞いて安心しました。……で、それをペラペラ俺に話してくれるって事は、ここはブラック達が簡単には入ってこれないような場所なんですね」
「察しが良いですねえ。頭の良い子は好きですよ」

 にいっ、と笑う相手の顔には、微塵の優しさも無い。
 まるで悪い事を考えている猫のような意地の悪い笑みでしかなくて、俺は直感的にこれがこの人の本性なのだと言う事を悟った。
 ああ、よくあるパターンだ。優しい笑顔の仮面の裏は真っ黒って奴だよな。

 でもそれならありがちだし、驚いて取り乱す事も無いぞ。
 負けてたまるか。この手のタイプはひるんだら負けなんだ。何度も拉致されてんだから、いい加減ここで踏ん張らないと格好悪いぞ俺、頑張れ!
 自分をふるい立たせながら、俺は更に言葉を返す。

 相手がこれほど余裕を持って会話が出来て、尚且なおかつブラック達が入れない場所。そして、街があんなに遠くにあるように見えるって事は……この場所がある区域は、もうしか有り得ない。
 確定的な事項に再度頭を抱えたくなったが、それでも意地で相手を睨み上げて、俺はハッキリと言ってやった。

「ここは……の中にある建物なんですね」

 断定する言葉に――――アドニスさんは、ゆっくりと笑みを深めた。

「なるほど、貴方は確かに何度も修羅場をくぐって来ているようですねえ……。ふふっ……面白い……やっぱり貴方は面白い人だ……」

 優しい声、優しい口調。だけど、笑顔は恐ろしい程に歪んでいる。
 慈悲の欠片も無い、悪意が滲んでいるその顔は、俺を不安にさせたが……だけどこんな所で負けている訳にはいかないんだ。

 俺がしなきゃ行けない事は、情報を集める事。
 そして、その情報を使い何としてでもブラック達の所に帰る事なんだから。

「アドニスさん、それで……俺に何をさせる気ですか」
「長い付き合いになりそうですから、私の名は呼び捨てで構いませんよ。私も貴方の事は親しみを込めて、別の呼び方をしますので」

 そう言うと、アドニスさん……いや、アドニスは、俺に見せつけるように優しい笑顔でにっこりと微笑んだ。

「ツカサ君、これから……よろしくお願いしますね」

 その呼び方だけは、いけ好かない人間に使われたくなかったのに。













※ブラック達と少しの間離れ離れの王宮編スタートです
 痛い描写…というか、ツカサが攻め達以外の人に危うい目に遭わされたり
 怪我させられたりするんで、そう言う注意書きが入る時は充分に
 ご注意ください(;´・ω・`)
 
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