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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
19.世界は広くて狭いもの
しおりを挟む一昨日は酷かった。ほんっとうに酷かった。
植物園で気を使って闘技場で服を破かれて酒の席で羞恥プレイされて、その後でお詫びのストリップショー行ってリフレッシュできたと思ったら、お仕置きと言う名の変態プレイで泣かされまくるって。総合的に見て地獄じゃねーか。
連日掘られてたら流石に俺も死ぬわ。おかげで昨日は半日まるまる寝たきりだったじゃねーかちくしょう……色々予定考えてたのに……。
まあ、この国の現状を考えたら、俺は世界協定の建物の中に居た方が良いんだろうけどさ、でもそれじゃあクロウの父親も探せないし、欲しい情報だって調べられないだろう。捕まるのは怖いけど、必要以上に引き籠るのも考え物だ。
それにボーレニカさんにもお礼してないし……ああ、本当に一日を無駄に寝て過ごしてしてしまった。……そのお詫びかどうかは判らないが、俺が休んでいた分、ブラックとクロウが俺が知りたかった事を含めて調査に走ってくれたのは助かったけど……やっぱ人任せってのは申し訳ないな。
例え罪滅ぼしのためであっても、なんとなく罪悪感が残るし。
「うーん……でもまあ、仕方ないか」
色々と思う所はあるが、全ては終わった事だ。
度が過ぎたお仕置きは勘弁してほしいが、元はと言えばブラックとクロウの気持ちを考えずに、ストリップでハッスルしてしまった俺にも原因がある。なのでこの痛みは代償として甘んじて受け入れよう。
そうだな、俺も少々恋人の自覚と言う物が足りなかった。それは認めよう。
目の前で旦那がエロ本読んでたらそりゃ嫁さんも怒るわ。ブラックは嫁じゃないけど、心情的には同じ事だろう。だから、男として俺も反省せねばなるまい。
でも今度同じ事したら本気で脱走するけどな!!
てな事を考えつつ身支度を整え、俺は部屋に持って来て貰った朝食に手をつけた。本当はシアンさん達と一緒に食べるつもりだったのだが、よほど反省したのか、ブラックとクロウは俺を部屋に押し留めて、朝からわざわざ朝食をこの部屋に持って来てくれたのだ。
ほんと、アフターケアだけは凄く気が回るよな、あの二人……。
白パンと少しスパイシーなバターテのスープ(この国ではこれもシチューと言うらしい)を食べながらぼーっとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「んぐ。はい、どーぞー」
咀嚼していたイモを飲み込んで呼びかけると、ブラックとクロウが入って来た。
「やあ、もうご飯食べてたのかい」
「ツカサ、ウァンティア候がお見舞いだと果物をくれたぞ」
「ん……んんん……」
お見舞いって、あのう、ようするにそれ俺達がやってた事がバレバレって事ですよね……クロウったら何さらっと言ってくれちゃってんの……。
いや、考えまい。もう深く考えまい。
俺は朝食を自分の方に寄せて二人のスペースを作ると、椅子に招いた。
「さて……確か今日だったよね、パブロワとか言う奴と会うのは」
「うん。開園前って話だったから、これ食べたら用意しないとな……それで、昨日調べてくれた事はまとまった?」
梨っぽいシャリシャリした謎の果物を食べながら聞くと、ブラックは頷く。
俺が頼んだのはリュビー財団の事と、チーズっぽい乾物の事だったのだが、前者はともかく後者のくだらない疑問もブラックとクロウはちゃんと調べて来てくれたらしい。なんかすんません。
さてリュビー財団の事だが、ブラック達が調べた所によると、とんでもない組織らしいことが分かった。
シアンさんに直接依頼が出来る所からして、一目置かれるレベルの巨大な団体であることは解っていたけど……しかし実態はその想像の比では無かった。
簡単に言えば王室御用達、もうちょっと踏み込んで言えば、世界の財界人に太いパイプを持つ、一国作れちゃうレベルの巨大な商会集団か。
とにかく、一介の冒険者がどうこう出来る存在ではなかったのだ。
「このオーデル皇国では陛下直属の御用聞きって事で、リュビー財団と肩書きが付けば、下っ端でもかなりの待遇が受けられるらしいよ。まあ、その分財団に加わるにはかなりの品位や技量が必要みたいだけど……」
「はー、なるほどなあ。シムラー達が食い込もうと躍起になる訳だ」
「上層部まで出世できれば、それこそ貴族並みの優雅な暮らしができるからね。財団の金を動かす権限も与えられるから、小悪党だって憧れる存在だろうね」
確かに、クロウ達獣人を奴隷として働かせていたクラレットも、没落寸前の貴族と言う割には潤沢な資金を調達しているようだったし、危険物である黒籠石の取引がクラレットを通してジャハナムで行われていたとしたら、ライクネスを滅亡させようとしていた哀れな少年ゼターとの繋がりも出てくる。
そこまで考えて、俺はふと今まで気付かなかった事に気付いた。
「……あれ? 良く考えたら俺ら、リュビー財団と結構な接点があるような……」
「そう言えばそうだね。……まあでも、財団は冒険者ギルドや海賊ギルドを支援しているし、蔓屋や各国の商会の幾つかはリュビー財団の傘下だから……悪い事以外でも僕らと繋がりが在るとはいえるけど」
「凄い多角経営だな」
「財団と言っても商人集団だからね。そんな巨大な組織が黒髪の人間の捕獲に動いてるって事は……こりゃ、随分と厄介な事になるかもしれないよ」
「オレはリュビー財団は好かん」
さもありなん。クロウはクラレットに酷い目に遭わされたし、シムラーに対しても悪感情しか抱いてないしな。印象が最悪になるのは当然だ。
「ま、僕も好きとは言い難いけど……シアンがどうやら上層部の誰かと知り合いらしいから、滅多な事は言えないな。……で、そのシアンから聞いた話なんだけど、上層部は黒髪狩りの事なんて把握してないらしいよ。もしそれが行われているとしたら、個人の暴走の可能性が高いんだってさ」
「えっ、そうなの? って言うか昨日の今日でよく解ったな」
「シアンが問い合わせてくれたんだよ。で、今日の朝教えてくれたのさ」
そっか、だから朝食を持って来てくれた後どっかに行ってたんだな。
ありがたいなとブラックを見ると、相手は俺の気持ちが何故かわかったようで、擽ったそうに笑って肩を竦めた。
「でも、本当かどうかは解らないよ。相手も商人だからね。舌の二枚や三枚隠し持ってて当然だし、シアンもそれは解ってるだろうけど……。何にせよ、近付かない方が無難だろう」
「でも、そこまで巨大な組織なら、クロウのお父さんの情報も持ってそうではあるんだけどなあ……」
「それはそうだけど、僕達がそう思うくらいなんだから、シアンだって熊公の事は先に訊いてるんじゃないかな。それで収穫がなかったから、今こうなってるんだろうし」
言われてみるとそうだな。俺でも思いつく事なんだし、きっとリュビー財団にも情報提供とかお願いしてるに違いない。
その上で、クロウのお父さんが「オーデル皇国を出立して、アランベール帝国で消息が途切れた」って情報を得ているんだから、これ以上はどこに訊いても解らなかったのだろう。となると、俺達にはやはり聞き込みくらいしか出来ないワケで。
まあ、自ら危険を冒しに行く事にならなくて良かったと思うべきだな。
「……あ、そう言えば……なんでアランベールで消息が途切れた事は知ってるのに、今までオーデルでの事は解らなかったんだろう?」
「そう言えばそうだな。最初の情報は【アランベール帝国で父上が消息を絶った】という物だった」
梨っぽい謎の果物が気に入ったのか、頬をめいっぱい膨らませてシャリシャリしているクロウに不覚にも和みそうになったが、ナシ汁を拭けとタオルを渡して俺は平常心を保つ。
「その辺りなんか聞いてるか?」
問いかけると、ブラックは小難しげな顔をして首を傾げる。
「うーん、そこまでは聞いてなかったなあ……。正直な話、僕もシアンがどうやって情報を得ているのかは知らないんだよね……多分、シアン個人の調査だろうから知人のツテを使ってるんだろうとは思うけど」
「調査か……」
その言葉に、何故かふとベルカさんの事が思い浮かんだが……まさかな。
もし俺の予想が正しくて、難民の獣人たちがシアンさんの隠密として動いているというのなら、何故あんな場所に居たのか意味不明だ。
しかもベルカさんはクロウの名前を出すまでは仲間の獣人に会う気でいた。
という事はあの時は忍んでなかったってことだよな。
だから、違う……とは、思うんだけど……。
「……まさかな」
「どうしたの、ツカサ君」
「いや、なんでもない」
果物の最後の一切れを口に放り込み甘い果汁を楽しんでいると、ブラックがふと思い出したようにポンと手を叩き俺に顔を向けた。
「あ、そういえばあのおつまみの正体なんだけどね」
「んん?」
そっか、そういやそっちも頼んでたな。
もし加工食品で安かったら料理に使いたいと思っていたんだが、ちゃんと調べてくれたのか。ありがたいことだ。
一体どんな物だったのかと思ってワクワクしながらブラックを見る俺に、相手はあっけらかんとした笑みで、ぴっと人差し指を立てた。
「あれは、コダマウサギの心臓を三日間ゆでて干したものだって!」
その衝撃の事実に、俺はナシ汁を思いっきり噴き出した。
◆
植物園の扉の前で、見知った人物が控えめに手を振っている。
俺は先程からカッカして熱くなった頬を片手でぺしぺし叩くと、冷静になるように自分に言い聞かせて気合を入れた。
しかし、そんな俺の冷静さをぶち壊すように、もう片方の手を拘束する大きくて広い手がぎゅうっと握ってくる。それだけで余計に恥ずかしくなってしまい、俺はまたもや体温が上がるのを感じながらブラックをぎこちなく見上げた。
「あ……あのう……ブラック……もう、植物園……」
「まだダメ。あのゲルトとか言う奴がツカサ君を連れて行く時まで握ってるから」
「うぅうう……」
さっきのナシ汁ぶっしゃーは俺が悪かった。全面的に俺が悪かったよ。
だが何故代償として延々と手を繋いでいなければならないんだ。えっちな条件じゃないのはホッとしたけど、でもこれも恥ずかしい事には変わりない。
天下の往来で手を繋いで歩くって、おめーこれバカップルの所業じゃねーか!
こ、コイツさては外堀を埋めて、俺を慣らそうって言う作戦を……!?
「おーい、お待ちしてましたよ御三方~」
「ひえっ」
声を掛けられて思わず驚いてしまったが、いつの間にかゲルトさんが俺達のそばまで来ていてくれたらしい。ってことは、こ、この状態を見られている訳で。
「あ、あの」
「では早速入りましょうか。他の人に見つかるとまずいので、素早くね」
……あれ。俺達の事、何とも思ってないのか?
いやまあ、普通にスルーしたっておかしくは無いけど……ゲルトさんは独特な人っぽいから余計に気にしてないんだろうか?
怪訝そうな顔で見る俺達三人を余所に、ゲルトさんはニコニコと笑いながら扉を開ける。そうして、俺達を招くように手を揺らした。
「…………お父様と言っていたから、気にしてないのではないか」
ぽかんとする俺の後ろでクロウが呟いた可能性に、ようやく納得がいく。
そーか、まだあの人ブラックの事を俺の父親だと思ってるのか……。
だったら俺とブラックが手をつないでてもおかし……
「いやおかしくない!? 俺十七歳ですけど!!」
「まあぶっちゃけツカサ君は十四五の未成年に見えるしなあ……」
「おいここお前の方が怒る所だからね!?」
なに責任転嫁してんの。例え俺がこの世界での十七歳らしい体格だったとしても、顔つき的にはどう見てもアンタのせいで父子に見えるんだからな?!
「何してるんですか、早く早く」
おっと、こんな事今更言ってる場合じゃない。早く入らねば。
俺はブラックとクロウを見てお互い頷くと、植物園の中に入った。
「保護者のお二方は申し訳ないのですが、この前も伝えたように神茸老様達の所でお待ち下さい。パブロワの正体を知る人間は出来るだけ減らしたいので」
通路を歩きながら説明するゲルトさんに、ブラックは眉根を寄せて問う。
「それは承知してるけど……大体どのくらいかかるんだい」
「薬によりますねぇ。成分が複雑であれば解析に時間がかかりますし、伝える事が多いのならそれだけ遅くなります」
「つまり、まだ解らないと言う事なんだね」
「ええ、こればかりは。……ですが、夕方までには終わるかと。もしそれ以上掛かるのであれば、きっとお知らせしますので」
「ツカサは返してくれるのか」
「解析が長引けば、待って貰うのも申し訳ないのでお返しします」
その言葉に、オッサン二人がホッとしたように息を吐く。
……あの、俺十七歳なんですけど。保育園の園児じゃないんですけど。
そりゃ二人から見れば危なっかしいのかも知れないけど、薬の解析をして貰ってクロウの父親の話を聞くだけだぞ。そんなに長くなるわけがない。
つーか俺的にはお前らを残して行くのが不安なんですけど。
まあ、そのパブロワって人が話好きだったら、遅くなるかもしれないが……でも二人にはチェチェノさんやマシルム達が付いてるんだし、大丈夫だよな?
「さ、特別区域にはいりますよ」
そう言いながら、ゲルトさんがまたあの鉄の扉を開く。
ライクネスの森を抜けて再び針葉樹の青い森へと入ると、早速可愛い茶色のカサのピクシーマシルムが俺の胸にぴょいんと飛び込んできた。
「ムム~!」
「おー、元気だったか!」
「ムムムッ」
うーん、いつ聞いても可愛い楽○カードマンだなあ。
抱き締めて頭を撫でてやると、ピクシーマシルムはまふまふとカサを揺らした。
そんな俺達に、小さくなったチェチェノさんと他のマシルム達が近付いて来る。
他のピクシーマシルム達もあの洞窟で見たままの姿で、なんだかほっとした。
「ピピー」
「ミャミャ」
「マムー」
「うわ、キノコによって鳴き方が違うのか」
思わず驚いたクロウに、ゲルトさんは笑いながら人差し指を立てる。
「カサの模様や鳴き声は、ピクシーマシルムの食性や攻撃方法に左右されるようですね。神茸老様は色々とご存じなので、よろしければお二人も何か対話なさってはいかがでしょう」
「対話ねえ……」
頭を掻くブラックは、俺の手をまたぎゅっと握る。
どうやら離し難いらしいが、ここまで来たら離して貰わんとどうしようもない。
俺はなるべく優しい声でブラックにお願いしてみた。
「なるべく早く済ますから……な?」
「…………無理強いはしないけど、出来るだけ、早くね」
言って、ブラックは名残惜しそうに手を離した。
だけどその顔はとても不満そうで、大人げなく口も尖らせている。
まるで子供がするような拗ねた表情に思わず笑ってしまい、ピクシーマシルムを地面に降ろしてやると、今度は踵を浮かせてブラックの頬を両手で包んだ。
「そんな顔すんなって。アンタお父さんなんだろ」
「ぐっ……ぼ、僕はツカサ君の恋人なんですけど!」
俺にからかわれるのは流石に恥ずかしかったのか、ブラックはちょっと頬を赤くしていつもよりぶっきらぼうに怒鳴る。
それが何だかとてもおかしくって、俺はくすくす笑いながらブラックの両頬を軽く叩くと、手を離した。
「んじゃ、行ってくるな」
「……変な人に出会ったら、すぐに叫ぶんだよ。いいね」
「はいはい」
不満げなブラックにひらひらと手を振って、俺はゲルトさんの所へ歩く。
するとピクシーマシルムがぴょこぴょこと付いてきた。
「あれ、お前も付いて来たいのか?」
「ムムゥ~」
どうしよう……いいのかな?
だっこして欲しそうなマシルムを抱え上げると、ゲルトさんは笑った。
「仕方ありませんね、その子は連れて行きましょうか」
「ブラック達は駄目なのに、いいんですか?」
「ピクシーマシルム達は、人に秘密を漏らすような事はしないので」
静かにそう言って微笑を浮かべるゲルトさんだが、その微笑みは何故だかちっとも笑っているようには思えなかった。
→
※次ちょっとだけ触手注意
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