異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編

8.恋人だろうがこんな奴はさすがに怖い

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 その晩、俺達は夕食を取りながら今日の事をシアンさんに話した。
 目ぼしい収穫が無かった事と、もしかしたら下民街に手がかりがあるかも知れないと言う事、そして明日は観光がてら植物園に行ってみると言う事も。
 ……まあ、蔓屋つるやのくだりは話していないけど……とにかく、話せる所だけ話すとシアンさんは困った顔をして溜息をいていた。

 シアンさんいわく、世界協定の調査と言えども入り込めない所はあって、それゆえ調査が完璧かと言われると難しい所もあるので、俺達が動く事で新しい手掛かりが出て来るかもしれないと期待していたらしい。
 ――ホラ、なにせツカサ君達はラッキーだから。
 なんて事を言ってくれていたが、今回は空振りで当てが外れてしまったようだ。

 世界協定の頂点近くに居る人がそんなバクチ打ちみたいな気分で良いのかと少し心配になったが、まあ、シアンさんは万事ケセラセラな性格なので仕方ない。逆に厳格な性格だとブラックの事だって拒否してただろうし、まあそこはシアンさんが今の性格で良かったが……ってそれは置いといて。

 シアンさんの方の「先代皇帝の日記を見せて下さい」ってお願い事の可否もまだ解らないとの事なので、俺達は俺達でゆっくり街を散策しながら調べた方がいいだろうという結論をつけて、今回の報告会は決着した。

 クロウの父親の消息を早く知りたくても、情報がないんだからどうしようもないよな……。クロウ自身もその事に関しては「焦っていても仕方ない。それより折角せっかく楽しそうな物がある街なのだから、ツカサも心配せず楽しんでほしい」とか言ってくれてはいるんだけど……でも、内心気が気じゃないだろうな。
 山一つ越えて探しに来るほど大好きな父親なんだもん、本当ならこんな所でぐだぐだしてないで、手がかりを探したいはずだ。
 でも、クロウは俺達の事を考えてくれている。本当にこういう所は優しい奴だ。

 はちょっと困るけど、でもそれ以外でやってやれることなら、何だって協力してやりたい。……まあ、その……えっちな事はなるべく遠慮したいが。
 ともかく……明日植物園に行った時には、クロウに気を使わせないように慎重しんちょうに動いて、そのうえ丹念に調べないとな。
 植物園は自然の中で生きるクロウもリラックス出来る場所なんだから、出来るだけ負担を減らして休ませてやりたいし。

「それじゃあ、今日はもう休む事にしましょう」

 シアンさんのその言葉に、俺はハッと我に返る。
 彼女に続いて歩いていたら、もう部屋の前まで来てしまったようだ。

「なあシアン、昨日も言ったけど二人部屋とか本当に用意できなかったのか?」

 俺の背後で不満げな声を漏らすブラックに、シアンさんは振り返って困ったようにほおに手を添える。

「んもう、昨日も言ったでしょう? 支部の宿泊施設は基本的に一人部屋なのよ。ツカサ君と一緒に居たい気持ちは解るけど、こればっかりは従って貰わないと困ります。……と言うか、クロウクルワッハさんを仲間外れにするのは不公平でしょ。もう大人なんですから聞き分けなさい」

 めっ、とばかりに指を立てるシアンさんに、ブラックはうぐぐとうなる。
 体と顔は大人のくせして本当子供なんだからなあこのオッサン。

 でもここでごねられて俺に不利な状況になったら困るし、さっさと話題を切り捨てて寝る事にしよう。
 今日はもう寝る。寝るぞ。そして俺はあの蔓屋での一件をすべて忘れるんだ。

「もーいいじゃん。明日も早いんだし今日はもう寝ようぜ。おやすみなさいシアンさん。おやすみクロウ、ブラック」
「おやすみなさい、ゆっくり休んでねツカサ君」
「おやすみ」
「あっ、ちょっとツカサ君!」

 聞く耳持ちません!
 俺はすかさず割り当てられた部屋に入ると、しっかりと鍵を閉めてからドアの前に椅子と帽子かけを置いて部屋に誰も入って来れないようにした。
 ふっふっふ、ブラックの鍵開け曜術破れたり。
 何度も同じ手を食う俺じゃねーぞ!

「よーしこれで心置きなく眠れる……」

 少なくとも今日はブラックの毒牙にかかる事は無いだろう。
 帽子をテーブルに置いてバッグを開き、スヤスヤと眠っているロクを布を敷いたかごに優しく寝かせてやると、俺は思いっきりびをして周囲を見回した。

「しっかし本当凄い部屋だよなあ……」

 世界協定支部の宿泊施設は、一言で言って豪華そのものだ。
 廊下は緋毛氈ひもうせんの引かれたどこぞの高級ホテルみたいだし、部屋に置かれているテーブルや調度品は見るだけで高価な物だと解る。
 とは言え部屋の広さはビジネスホテル程度でわりと狭いのだが、しかし洗面所と風呂が在るだけ俺にはとてもありがたかった。

 しかも風呂には蛇口が。お湯が出る蛇口があるんだよ。
 こんな高級設備はラッタディア以来だ。トイレも水洗だし、やっぱ技術力が高い国はほんと最高ですよねコレ。
 温かいお湯でいつでも体が流せるって本当ありがたい!
 部屋なんて狭くても良い! ふかふかの布団とお風呂があればいいよ!

 昨日も思った事だが、今日も改めて感動してしまって、俺は満面の笑みで部屋のど真ん中で服を脱ぐと、下着姿で喜び勇んで風呂に向かった。
 いやー、一人部屋っていいなあ。人の目を気にせず素っ裸になれて。

 洗面所の扉を閉じて湯気を逃さないようにすると、バスタブに入ってシャワーらしき設備から湯を出す。らしきってのは、このシャワー(仮)がまんまホースだけであのレンコンみたいな部分がないからだ。
 まあ上から湯が浴びれるだけでも嬉しいけどね。改めて感謝しつつ、俺は手早く体を洗って湯をためて浸かる。すっきりした体にお湯の温かさが本当に心地いい。

「はぁ~……いーいゆーだーなぁ~っと」

 ああ、幸せ。今なら父さんが湯船で歌ってた意味が分かる。
 どうせ一人部屋なんだからと思い、たっぷり数十分ほど歌いながら湯を楽しんだ俺は、後片付けもしっかり行うと備え付けのガウンを着て扉を開けた。

「買った飲み物がまだ残ってたはずだから、それを飲もっかなー」

 今日の出来事もすっかり忘れてルンルン気分で部屋に戻る、と。

「やあ、おかえりツカサ君!」

 ………………。
 ……ん?

 おかしいな、ここは俺一人の部屋のはず……。
 眠ってるロク以外は誰も入ってこれないし、今ドアを確認したが対ブラック用の通せんぼうも全く崩れていなかった。と言う事は、この部屋には俺しかいないはず。いないはず、なのに……。

「どーしてお前がここにいるんだよぉおおお!!?」

 叫びながら指をさした先に居るのは、俺が締め出したはずの中年。
 そう、ブラックその人が、何故か俺のベッドの上に座って足を組んでいたのだ。

 いやまって本当待ってなにこれ夢なの幻覚なの?
 どうやって入って来たんだよ、つーか何で当たり前のようにここに居るんだよ!

「あはは、驚いたでしょ。まあドアにつっかけを作ったのは良い案だったけど……ツカサ君、賊は窓からも侵入できるって覚えておいた方が良いよ」
「おめーは賊じゃねーだろこんちくしょぉおおお!!」

 仲間の部屋にそんな恐ろしい方法で不法侵入してくる奴があるか!!
 いやあるな、ブラックだもんな! ああもうなんでコイツって奴は!

「それよりツカサ君、いくら一人部屋だからって服を放り出してお風呂に入るだなんて関心しないなあ……誰かが侵入して来たら、脱ぎたての服に興奮して風呂にまで入って来てツカサ君を犯しちゃうかもしれないだろう?」
「そんな事考えるのはお前だけだ」

 あんた俺が風呂入ってる間ずっとココに居てそんな事考えてたんですか。
 怖いわ。恋人じゃ無かったらストーカーとして通報してる所なんですけど。

「まあそれは置いといて……お風呂上がりのツカサ君も可愛いねえ……」
「ねちっこく言うな、怖くて湯冷めする」
「ごめんごめん。こういう入り方しちゃったけど、今日はセックスしないから許してよ。ね。……ね?」

 そうは言うけど、ブラックの目はギラギラしてるし鼻息は荒い。
 風呂上がりでガウンしか纏っていない状態で、こんなに興奮している不法侵入者の恋人と対峙たいじしたら、百年の恋も冷めるどころか恐怖でしかないだろう。
 それで「ヤらないから! ヤらないから!」なんて言ってるのが怖い。
 信用できるはずが無いだろう。

「……本当にヤらない?」
「う、うん。大丈夫!」
「俺が近付いても?」
「た……多分!!」

 ………………。
 俺は踵を返した。

「シアンさんに言いつけて来る」
「わーっ、わーっ! ごめんごめん本当しないってば、絶対しない! そ、その、今日はツカサ君に甘えたくて来ただけなんだってばぁ!」

 その言葉に、俺は思わず足を止める。
 甘えたい。甘えたいだって。
 昨日も膝枕だの髪をくだのと色々やったのに、今日も甘えたいとか。

「…………また、膝枕やれって?」

 じとりと振り返った俺に、相手は居心地悪そうに肩をすくめながら頷く。

「……う、うん……」
「じゃあ先にそれを言えばいいじゃねーか。何で不法侵入してくるんだ」
「だって、ノックしたのに返事がないから……その、心配になって」

 本当に心配したのかこいつは。
 つーかそれなら扉をドンドン開けるなり通せんぼうを突破するなりして、派手な音を立てて突入してくればいい話じゃないか。
 それがないって事は、絶対に別の理由だろう。
 正直に言えと睨んだ俺に、ブラックは観念したかのように肩を落とした。

「……そ、その……」
「その?」
「大きな音を出したら、絶対に熊男とかが来るだろうし……そしたら、ツカサ君と二人っきりの時間がもっと減っちゃうし……だったら、窓の方から伝って来て部屋に入る方が良いかなぁって……」
「…………お前なぁ……」

 そのぶっ飛んだ思考はどうにかなりませんか……とは思ったけど、性欲に駆られたが故の恐ろしい行動では無かったようなので許そう。
 正直ドンビキはしてるけど、まあ、ブラックに限ってはいつもの事だし……。
 背後からいきなり抱きつかれなかっただけでも、今日は良かった。

 俺は一つ溜息を吐いて、ブラックに今一度問いかけた。

「それで? 今日は本当に甘えるだけなんだな?」

 そう言うと――――ブラックは、すぐに顔を上げて嬉しそうに頷いた。
 ……ああもう、ほんとこのオッサンは。

「ツカサ君、ほら、こっち来て……!」

 満面の笑みで俺の名を呼びながら、ブラックは両手を広げる。
 色々と思う所は有ったが、二人きりの時はイチャイチャしても良いって約束したし……まあ、約束なんだから仕方ない。
 俺はぶすくれた顔をしながらも、ブラックの膝の上に座ってやった。

「はぁ~……ツカサ君、ツカサ君んん……良い匂いだね……出来れば僕も一緒にお風呂に入りたかったなぁ……」

 俺の少し濡れた頭にぐりぐりと顔を押し付けながら、ブラックは俺の体をぎゅっと抱き締める。その強さに少し苦しくなったが、何を言う事も出来ず俺はただ黙ってブラックにされるがままになった。

「ねえツカサ君……久しぶりにさ、添い寝しようよ」
「そ、添い寝って……このベッド一人用だろ。アンタ絶対はみ出るって」
「ひっつきあって寝たら大丈夫だよ。ほら最近は寝袋ばっかりだったしさ、それにうるさい外野がいて僕とツカサ君だけで添い寝なんて出来なかったし……」

 そりゃ、まあ……そうですけど。
 思えばベランデルンからずっと寝袋生活で、ベッドで寝た夜なんて数えるほどしかなかったな。しかも、そのベッドで寝たってのも大人数で止まってたから、一人いちベッドで添い寝とかまるでしてなかったし。

「……だからさ、この街では二人でゆっくり寝ようよ……ね……? 僕、添い寝の時は何もしなかっただろう? だからさ……お願い」

 頭のてっぺんに息を吹きかけられて、思わずびくりと反応してしまう。
 ブラックの膝に座っているからそれは仕方ないんだけど、背中や足に相手の熱や動きを感じてしまうとなんだか恥ずかしくて、俺は居た堪れなくなってしまう。
 正直逃げ出してしまいたかったが、だけど……。

「……ほ、ほんとに……添い寝するだけか?」
「うん。僕からは絶対やらしいことしないから……ね?」

 俺の顎を取って上を向かせると、ブラックはだらしない笑顔で笑って俺に優しく口付ける。これはやらしい事の一部じゃないのかとは思ったが……ブラックなりに頑張ってこれで我慢しているのだから、ツッコんじゃ駄目だよな。
 キスくらい、恋人なら普通にするんだ。恥ずかしくないんだ。

 俺を好きでいてくれるからこそキスをしてくるのだから、こういう雰囲気で怒るのはむしろ俺の方がおかしかろう。
 ……俺だってまあ、ブラックの事を自分の恋人だと認めてるんだから、本当は俺からもキスしてやらなきゃいけないんだろうし……。

 今はまだ難しいけど、でも、いつまでも恥ずかしがってちゃ駄目だ。
 ラフターシュカでも決心したじゃないか、いつまでもウジウジ言うな俺。
 うん、そうだ。添い寝だ。添い寝から頑張ろう。
 イチャイチャするのにも慣れなきゃいけないなら、添い寝も慣れなきゃな!

 久しぶりだから恥ずかしくなってしまうが、これを続けていればもしかしたら俺も恥ずかしがらずにキスをしてやれるようになるかも知れない。
 そしたら、ブラックも満足してくれてちょっとはスケベもおさまる……よな?

「ツカサ君?」
「あ、いや、なんでもない。……じゃあ、その…………寝るか」

 精一杯の言葉でつっけんどんに言うと、ブラックは一瞬驚いたような顔をしたが――心底嬉しそうに笑うと、大きく頷いた。













※次は軽いエロですご注意を。
 
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