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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
7.忘れた頃にやって来た
しおりを挟む「ありがとうございました~」
笑顔の店員さんのその一言が多大なダメージを与える言葉になるなんて、あの頃の俺はまったく考えもしていなかった。
だが変な意味で大人になってしまった今なら解る。人と言う者は、自分が不安定な状態だと、相手のなんてことない言葉にも悪い反応してしまうのだと。
もちろん、お勘定をしてくれた店員さんは全く悪くない。
ダメージを受けたのは俺の問題だ。しかし、だからと言って今の俺を誰が責められようか。もし責めてくる奴がいたら、俺は涙目で訴えたい。
目の前で“自分に使う用の大人の玩具”を買われて、泣かない男が居るかと。
……いや、うん、いるかも知れないけど。
いるかも知れないけどさあ、俺基本的にノーマルなんすよぉ!
目の前で「これ使ってお前を犯すぞ」って宣言されてるも同然なのに、どうして冷静でいられようか。ブラックが満面の笑みで受け取った紙袋の中身なんて、出来ればもう二度と知りたくない。ただの紙袋なのにパンドラの箱に見えてくる。
ぶっちゃけ俺「選ぼうね!」って言われて連れて行かれてから、四分の三くらいの時間は手で耳を覆って何も見ないようにしてたから、何を買われたのか全然解らないんだよな……。
だってさ、色んなやらしい道具を見せられては「これどこに使うか解る?」とか「この道具はツカサ君の×××に××を……」とか一々説明されるんだぞ。そんなの三十分も続けられて見ろよ、絶対精神が死ぬって。
しかも、クロウもモノを選ぶごとに「ツカサはこういうのが好きなのか?」って聞いて来て俺を更に追い詰めるし。お前ら俺をここで殺す気か。
こんな拷問みたいな買い物に付き合わされたら、逃げても仕方ないよな?
……とは言え、最終的に何を買ったのか知らないってのは怖いな……。
「さ、帰ろっかツカサ君!」
「良い買い物をしたな」
再び俺の背中を押して店を出ようとするブラックに、俺は恐る恐る問うてみる。
「あの……なに買ったの……?」
そう言うと、ブラックは清々しいまでのイケメンスマイルを浮かべた。
「聞きたい?」
………………。
怖気が背中を駆け抜けたのは、気のせいだろうか。
うん、と頷こうとした首が動かなくなったのは、本能が「やめろ」と言っているからかも知れない。まあ、御開帳までに中身が分からないのも怖いが……解ってて使われると言うのも憤死するかもしれないしな……。
色々と悩んだが、聴かない方が絶対に良いと言う本能に従って、俺は「いいです」と言わんばかりに首を振った。
「えー、聴きたくないのー?」
「聞いたら余計に使いたく無くなりそうだから嫌です……」
「あはは、まあツカサ君が物凄く嫌がってた肉体改造するような薬とかじゃないから、とりあえずは安心してよ」
「当たり前だ、そんなドンビキの薬使ったらもう二度とヤらんからな」
「ツカサ厳しい」
厳しいってなんだクロウお前。もしかして薬使いたかったのかお前。
まさか、まさかな……ははは……忘れよう。もう早く帰ろう。
今日はもう疲れ切ったから泥のように眠りたいと思いながらドアを開くと、誰かにぶつかりそうになって俺は咄嗟に後ろに退いた。
「おっとごめんよ! ……って……お前、ツカサか?」
「こっちこそごめ……へ?」
ごめんなさいと謝ろうとした所に名前を呼びかけられて、反射的に相手を見る。
するとそこには、見知った人間が目を丸くして立っていた。
「えっ……お、お前……ロサード!?」
「おう、元気そうだな! 旦那方も色んな所が元気そうでなによりです」
ヘラヘラとゲスい事を言いながら、イケメンらしく片手をあげて挨拶するのは、砦の街で別れた行商人……ダークパープルの髪と緑色の瞳を持つ、ロサード・サルファザールだった。
思わぬ所で出会った相手に驚きつつも、再会できた喜びに俺はロサードの服を引っ張ってドアの前から移動すると相手を見上げる。
「ロサード、こっちに来てたんだな~!」
「ああ、また会えて嬉しいぜツカサ。相変わらずちっこくて可愛いなぁ」
「撫でんな!!」
つーかアンタそんな事思ってたんかい!!
ふざけんなとばかりに帽子越しに頭を撫でる手を叩き落とすと、後ろから俺をひったくるかのようにブラックの手が伸びて来て、俺を抱き上げてしまった。
おい、俺はぬいぐるみか。やめろ。
「ははは、相変わらず嫉妬しまくりっすねぇ旦那。あと相変わらずの無表情っすね熊の旦那も」
「解ってるなら変に口説かないでほしいんだけどね」
「オレは別に無表情ではないが……」
「まあそんな事は置いといて……旦那方、ノーヴェポーチカにようこそ。えーっと、なんですっけ、熊の旦那のお父さんを探しに来てるんでしたよね? どうっすか成果は。なんか情報掴めました?」
カウンターに荷物を降ろして店員に中身を査定して貰いながら、ロサードはテキパキと手を動かして何かの用紙に色々と書き加えている。
あれかな、品物に関する取引を記録してるのかな。何にせよ、俺達と話しながら取引をするなんてやっぱり凄い商人根性だ。
ロサードの手際に感心していると、俺を抱き上げたままのブラックが渋い顔をして首を振る。
「それが全く。上民街じゃコイツと同じ熊男を見たって話しは聴かないし、あとは植物園と闘技場くらいしか行くとこが無くてね。まあ、下民街のいかがわしい店に行っていた可能性があるから、そこにも行こうとは思ってるけど」
「はぁー……なるほどねえ……あっ、その小瓶は取扱い注意だぞ。割ったら養殖の擬似スライムが出て来るからな……んじゃもう望み薄っすねえ」
「それはそうなんだけど……君物凄い商品取り扱ってるね、捕まったりしないの」
「アレは試作品っすよ。後で蔓屋が販売許可申請してくれるんで大丈夫っす」
こっちと話してくれるのは良いんだけど、ロサードが持って来た大量の恐ろしいエログッズが気になって仕方ない。
養殖スライムの小瓶とか、あの怪しい豆とか、あんたなんでそんなもん大量に持ってるんですか。どこから仕入れて来てるんですか。
「しかし、上民街で見かけないとなると、植物園も闘技場も難しく無いっすかね。まあ、闘技場で対人戦を申し込んでたとかなら係員が覚えてそうですけど……俺的には、下民街の方が可能性有りそうだと思いますけどねー。あすこは細かいこたぁ気にしない奴らの集まりですけど、上民街よりかは尖ってますしね」
店員からお金を貰って数えながら言うロサードに、俺達は顔を見合わせる。
そうか、そういやロサードは行商人なんだから、普通に探しても出てこないような話だって知ってるかもしれないよな。
下民街の住人が尖っていると言うのは、もしかしたら情報屋みたいな存在が居るって事なのかもしれない。
「あの、ロサード……尖ってるってのはどういう……」
「えー、しめて一万……。おう、尖ってるってのはまあアレだよ、熊の旦那みたいな奴が居たり、あとはそうだな……闘技場で剣闘士してる奴らは下民街に住んでるからな。下民街とは言うが、退役軍人もいるし結構な場所だぜ」
「獣人もいるのか!?」
驚いて思わず熊耳の毛をぶわっと膨らませたクロウに、ロサードは目を瞬かせながらもコクコクと頷く。
「はあ、まあ……。いつ頃やって来たかは解らないし、熊族の獣人ではないっすけど、いるのは確かですよ。下民街のどこにいるかまでは俺にも解りませんが、多分酒場とか艶芸小屋に居るんじゃないっすかね」
「そうか……ここにも獣人が居たのか」
心なしかクロウの耳は嬉しそうに動いている。
そっか、やっぱり自分と一緒の種族が居るのは嬉しいよな。
「じゃあ……下民街から先に調べてみるか?」
「う、うむ……いや、それだと心残りがある。やはり、明日は植物園や闘技場から探そう。ツカサは植物園に行きたがっていたし……そっちの方が良いだろう」
「クロウ……」
俺の事まで考えてくれてるのか。ああ、やっぱりこういう所は良い奴だよなあ。
思わず感動してクロウと見つめ合っていると、俺を抱き締めている腕が急に強くなった。何事かとブラックを振り返ろうとしたがそれすら許されず、俺は体を無理矢理反転させられると、顔を分厚い胸に押し付けられてしまった。
ぐうう、くるしい。
「こ、こらブラック! 離せってば……!」
「やだ、絶対にいやだ!」
「旦那相変わらずっすねえ……ツカサも大変だなあ」
「解ってるなら助けてくれよ!!」
必死に胸の中でもがいてロサードに振り返ると、相手は苦笑しながら手を振った。
「ははは、俺にはちょっと荷が重いな。まあでも良い事教えてやるから、そんなに怒りなさんな。……明日植物園に行くなら、これを持って行くと良いぜ」
そう言いつつ、ロサードは懐からなにやらカードのような物を出して俺の手に握らせてくる。何だろうかとブラックの腕の中でもぞもぞと動き、カードを見やると……小さな金属のカードには『特別会員』と書かれていた。
「これは……」
「一般人が入れない植物園の特別区域に入れるカードだよ。ツカサなら、入りたがるかと思ってさ。まあ植物園には俺の馴染みもいるし、責任者の奴には話を通しておくから遠慮なく見て行けよ」
「マジ!? うわっ、ロサードありがと……!」
植物園にそんな場所があるなんて知らなかった。
特別区域……って事は、俺が見た事も無い植物がそこにあるって事だよな。
もしかしたらスゲー綺麗な植物とか、ラスターの家にあった温室みたいに南国の綺麗な花々が咲き乱れたりとかしているのかもしれない。
うわ、すげえ!
久しぶりにそんな綺麗な場所が見れるなんて、超ラッキーじゃん!
思わず興奮して相手に向き直って礼を言うと、ロサードは一瞬瞠目したものの、照れたように笑うと頭を掻いた。
「はは、ほんとお前って奴は罪つくりだよなぁ」
「?」
「おっと、旦那怒んないで下さいよ! 俺はその気はないんスから……。まあとにかく、楽しんで来いよ。俺は下民街の『雪の赤兎亭』にしけこんでるから、何かあったらそこを訪ねてくれや」
そう言いながら帽子の上から俺の頭をぐりぐりと撫でるロサードに、俺はちょっと恥ずかしかったが笑顔を返して頷いたのだった。
→
※次はただ二人がいちゃいちゃしてるだけの話です( ^)o(^ )
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