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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
普通ではないということは2
しおりを挟むまず俺達はアタラクシアで知った事を話せることだけシアンさんに話した。
黒曜の使者の話や、テウルギアという遺跡に俺が帰る事が出来る方法があるかも知れないと言う事、そして……レッドのことも。
シアンさんは全てを黙って聞いていたが、憂鬱そうな顔で溜息を吐くと、自分の額に綺麗な細い指を当てた。
「まさか、次代の統主であるレッド様がそんな事をやらかすなんて……これは困った事になったわね。色々と予定が狂うわ」
「予定?」
「ああ、いえ、こちらの話よ。……それにしても、大変だったわね二人とも。今更だけど、無事に帰って来てくれて本当に良かった。……ツカサ君も、ブラックとずっと一緒に居てくれてありがとう」
そう言うと、シアンさんは俺に微笑む。
恐らくシアンさんは、俺が「テウルギアに行きたい」と言っていない事に、感謝しているのだろう。要するに、ブラックと離れたいと思っていないという考えを見透かされたような物なのだが……そう言う事は今更隠しても仕方ないかと思い、俺は何だか居た堪れなくなりながらも少し頭を下げた。
「えへへ……」
そんな俺に、隣で座っていたブラックが嬉しそうに笑う。
何の気なしにソファに放り出していた手に手を重ねられたが、何だか振り払う事も出来なくて、俺はただただ赤面するしかなかった。
うう、まあ、このくらいは……。
「ふふふ、微笑ましくて何よりだわ。……けれど、レッド様の事は心配ね。聞いた話からすれば、彼が貴方達を追う事を諦めるとは思えないし……彼が無理矢理に【紅炎の書】のグリモアになったからと言って、あの一族が彼を統主にしないなんて事はないだろうし……私の方から働きかけてはみるけど……」
「無駄だと思うよ。あいつは聞く耳なんて持ちゃしないさ。しかも今はグリモアの効果付きだ。グリモアの負の力に呑みこまれる程度の技量の内は、僕達が何を言ったって無駄だね」
はっきりと断言しながら俺の手を強く握るブラックに、冗談で相手を貶しているのではないと言う事が分かって俺は何だか不安になった。
間近で見たからはっきり分かるが、あの力は異常だ。
尽きもせぬ感情から湧きあがったかのようなあの激しい炎は、二人がかりでなければ消す事は出来なかった。ブラックはあの時のレッドを「力に呑まれてる」と言ったけど……アレが暴走状態だとしたら、とんでもない事になる。
だって、俺達を見つけた瞬間にまたああなるんだろう? 恐ろしすぎるわ。
出来れば会いたくないけど……。
「また、接触してくる可能性って有るんですよね」
恐る恐る訊くと、シアンさんは残念そうに目を伏せて溜息を吐いた。
「絶対にない……とは言い切れないわね。彼の『敵討ち』が正しい事かどうかはともかく、彼自身が諦めていないのなら……いつかまた、出会う事になるでしょう。その時どうなるかは、私も予想がつかないわ。それに、仮に彼がグリモアの力を完全に制御できるようになっていたら……」
「……いたら?」
「同じグリモアである私かブラックしか、彼を止められないでしょう。……もし、ツカサ君が彼を殺す覚悟で黒曜の使者の力を使ってくれれば……別だけれど」
「…………」
はっきりと言い切ったシアンさんに、思わず息が止まる。
殺す、覚悟。そのレベルでレッドに対峙しないといけないのか。
シアンさんとブラックも、そうする覚悟でレッドに挑む事だよな。それって……もう、出会っちゃいけないって事じゃないのか。
だって、間違った事をしているとはいえ、レッドを殺すなんて……。
「……それ以外に、方法は無いんですか」
「残念ながら、ないわね。グリモアの力は世界を破滅させかねない程の力だもの。ブラックも私も、今はグリモアの力を自分の物として使えるけれど……とにかく、レッド様には充分注意をしておくわ。何かあったらすぐに知らせるわね。ツカサ君の黒曜の使者の力にしても……はっきりとした事は解らずじまいだったけれど、それ自体が何かを起こすって訳ではないのなら、力自体は災厄とは異なる物と言えるわね。油断はできないけど、今のまま様子を見ましょう」
それ以上の事は、何も言えない。
俺達にもそれは解っていたから、ただ頷いた。
シアンさんがレッドの動向を見張っていてくれるのなら、少しは安心できる。
相手も俺達がオーデル皇国へ渡った事を知らないだろうから、何か嫌な鉢合わせが無ければ今のところは大丈夫だろうけど……でも、あいつ今何してるんだろう。
「あの、シアンさん……レッドって今何をしてるんですか」
「聞いた話では、アランベール帝国の本拠地にいるらしいわ。……今の話を考えると……紅炎の書を制御しようとしている真っ最中なのかもしれないわね」
「厄介な相手にグリモアが渡っちゃったなあ……」
呆れたような声を出して、ブラックは俺の肩に頭を乗っけて来る。
甘えが過ぎると額を叩いたら、その反動が来たかのようにもう一方の肩に重い頭が乗っかって来た。これは……クロウか。
お前も甘えてるのかと思って視線をやると――クロウは、なんだか疲れ果てたような辛そうな顔をしていた。とは言っても、本当にほんの少しだけだが。
「クロウ?」
「…………分厚い金属の中は……苦手だ……」
「そうなのか?」
馬車の中では平気だったのに、と言うと、クロウは目を閉じて肩に懐く。
「ここは町全体が鉄に覆われているし、臭いも好かん……自然な物がなにもない……父上がこんな国に来たのが不思議なくらいだ」
そっか、クロウは俺達と違って嗅覚も優れてるはずだもんな。それに、獣人って言うんだから自然の中で暮らしていたはずだ。それがこんな鉄の檻みたいな所に閉じ込められたら、気分だって悪くなるよな。
「大丈夫か?」
「……慣れるまで時間がかかりそうだが、大丈夫……それより、ウァンティア候、オレの父上の事なのだが……何か分かったと」
無理するなよと頭を撫でてやりながらシアンさんの方を見ると、彼女はそうだったと言わんばかりに頷いて、それからエネさんに何かを持ってくるように命じた。何だろうかと待っていると、エネさんは何かの紙束を持って戻って来る。
あれは調査報告書とかだろうか……と思っていると、シアンさんはそれを見ながら何やら小難しげな顔をして話し出した。
「そう、それなのだけどね……確かに、クロウクルワッハさんのお父様は、海路で東南の港町に到着していた事が確認されました。その際に先代皇帝のイワン皇帝陛下との非公式の会談を行ったと言う記録が、枢機院に残っています。その後は次の用事があるとの事で、どこかへ出立なさったとの事ですが……」
「父上の足取りはそこから解らないのか」
「残念ながら……。先代皇帝陛下ならもっと何かご存じだった可能性があるのですが……数年前に崩御されたため、今となっては……」
「…………ぐぅ……」
シアンの残念そうな声に力尽きたのか、クロウはそのまま俺の膝に勢いよく頭を落としてしまった。いってぇ、太腿を頭で叩かれてすげえ痛いんですけど。
「ちょっ、こらクソ熊! 何勝手に人の恋人の膝をっ」
「だぁもう、クロウは具合悪いんだから許してやれよ!」
「ブラック……あなた大人なんだからもう少し我慢しなさいな」
「ぐぅううう……後で思う存分やってやるぅうう……」
二人がかりで注意されたのはさすがに効いたのか、ブラックは悔し涙を流しながらクロウを睨んで震えている。
俺の意思丸無視で膝枕を取りに来る気かこのオッサンは。
どうしようもないやっちゃなと思いつつ、俺は話を先に進めようと仕切り直してシアンさんに話を振った。……オッサン二人を懐かせた絵的にきつい状態で。
「……それで、本当にもうどこへ向かったかは解らないんですか?」
「一つだけ知る方法があるわ。それは……皇帝陛下の住居、彩宮ゼルグラムにある皇帝陛下の日記を読む事。……だけど、それには色々な手続きが要るし……今の彩宮には少し問題が有って、手続きに時間がかかるわ。それに、その日記にクロウクルワッハさんのお父様の消息が記されてる確証はないわ」
「でも、それが唯一の手がかりなんですよね?」
「……今は、ね。街中から話を聞いてみても、珍しいはずの獣人の情報がまるで出てこなかった事を考えると……もう、頼るものはそれしか」
「…………そう、ですか……」
ここに来れば、クロウの父親の事がもっと分かると思っていたのに……シアンさん達の調査でも判らないとなると、本当にもうそれしか方法がないのか。
考えて、俺は首を振った。
「俺達も街で情報を探してみます。もしかしたら、今思い出したって人もいるかも知れないし……クロウのお父さんも獣人なんだから、そうそう忘れる人なんていませんって。それに、今はクロウが居るんです。クロウを見れば、誰かが何かを思い出してくれるかも」
「……そうね。どの道、ゼルグラムへの手続きは数日かかるのだし……こちらが招いたと言うのに、ツカサ君達に頼むは申し訳ないけど……お願いできるかしら」
もちろんですとも。
ここに来た理由はクロウのお父さんを探す為なんだし、その為なら街を駆け回るのもへっちゃらだ。まあ正直引き籠るつもりだったけど、結局外に出る事にはなったんだろうから、別に苦ではない。
三人で行動してれば、俺がポカした時には二人がフォローしてくれるだろうし。
どーんとお任せ下さいと胸を叩くと、シアンさんはクスクスと笑って、それから何かを思い出したかのようにポンと手を合わせた。
「じゃあ、拠点が要るわね。宿の事は任せておいて頂戴」
「宿……あ、そうだ……。シアンさん、この国って黒髪の人間は捕まっちゃうとかって言う話を聞いたんですけど……それって、俺大丈夫ですかね?」
俺がそう言うと、シアンさんはキョトンとした顔をして首を傾げた。
「そんな話……聞いた事がないけど、本当なの?」
「ええ、そんな話を出会った人たちから聞いたもので……」
「おかしいわね……まあでも、解ったわ。それならツカサ君の身が心配だし、宿ではなく、この支部の中の施設に泊まりなさい。ここなら、貴方達を守ってあげられるから。……ただ、クロウクルワッハさんには少し辛いかもしれないけど」
心配そうに言うシアンさんに、クロウは大丈夫とでも言うように俺の膝に頭を乗っけたまま手を少し上げた。
ブラックもこれに関しては異論はないらしい。俺としても逃げ込む場所が絶対に安全な場所になったってのはありがたい。
「何から何までありがとうございます」
深く礼をすると、シアンさんは苦笑して手を振った。
「それは、私の台詞だわ。ただでさえ、ツカサ君にはブラックに良くして貰ってるのに……本来なら私達がやるべき事まで、やってくれているのだもの。このくらいどうってことないわ。……じゃあ、お部屋に案内しましょうかね」
エネさんを呼ぶ事も無く自分で案内してくれようとするシアンさんに、俺は改めて良い人だなあと思いつつも、やるべき事ってなんだろうと思っていた。
……あれかな、裏世界ジャハナムとかのことかな?
もしくはとんでもない存在のブラックを俺が連れ歩いてる事とか?
色々あって良く解らなかったが、とりあえず人の為になっているのなら、俺達のフラフラした旅も良い事だったと言えるだろう。
願わくば……今回も、ハッピーエンドって奴で終わればいいんだけどな。
そう思いながら、俺はグロッキー状態のクロウをブラックと二人で支えながら、シアンさんとエネさんに付いて行った。
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