378 / 1,264
祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
23.たった一人だけの愛しい神に
しおりを挟む祭りの始まりとは、案外呆気ない物だ。
店は一斉に売り出しを始め、教会では祭りの開始を宣言する礼拝が行われるが、その熱狂が壁際の区域にまで届く事は無い。広場から街路を回ると言うパレードも、観光客を楽しませる物であって、街の人々やどこかに居るだろう妖精王を楽しませる物ではないのだ。
騒ぎの輪の外に居れば、祭囃子も聞こえない。
それが今まで普通だったと言う事を考えると、悲しくなった。
でもまあ、それも今年で終わりだ。この祭りで街は変わる。
カイン達も、もう貧しさに苦しむ事は無いのだ。
それを思うと、俺はやる気に燃えた。祝福の儀で何としても演目を成功させて、ナトラ教会もやるって事をみんなに知らしめてやらなきゃな。
残り二日までは俺と子供達は祭りに向けての練習に集中し、ブラックもあの白銀の鎧に慣れるために、クロウと剣術の鍛錬をすることに時間を費やした。
本当なら演目に使う炎の曜術も練習すべきなんだろうけど、限定解除級の曜術師に「練習しろ」だなんて、釈迦に説法みたいなもんだろう。
それにブラックにとっては、曜術よりも今まで装備したことが無かった鎧の方がよほど扱いにくいらしい。
だから、俺がクロウに練習相手になって貰うように頼んだのだ。ブラックの性格じゃあ絶対にクロウに「練習相手になれ」なんて事は言えないだろうしな。
そんなこんなであっという間に日々は過ぎ、ついに俺達の決戦の日……もとい、祝福の儀が行われる日になった。
準備は万端! ……なんて言えればいいが、実際は緊張でバクバクだ。
だって、俺達がパフォーマンスを行う場所は……観光客や街の人々が集う、広場に造られたステージの上なのだから。
ジャハナムのステージで踊った時も相当緊張したが、しかし今回の舞台はあのステージの比ではない。面積で考えれば何倍も広い場所なのだ。
その上、何百人とも何千人とも言えないほどの人達が、こちらを見る事になる。それを考えると、幾らそこそこ舞台慣れした俺とは言え、やっぱりかなり緊張してしまっていた。いくら掌に「人」と書いてもおっつかない。
別に俺がステージに出る訳じゃないんだが、それでもミスをしたらと思うと堪らなかった。だって、俺のミスはブラックのミスになるんだぞ。
舞台上で恥かかせる訳にはいかないじゃん。
しかしそう思う度に緊張は増してしまい、俺はステージの裏でただただ頭を抱えていた。ああもう、自分で踊るより緊張するってなんなのもう。
「ツカサ君、少し落ち着いて……ほら、飲み物」
「ありがと……って言うか出て行くのはお前なのに、よく冷静でいられるな」
既に白銀の鎧を装備し準備を整えたブラックが、俺に温いお湯をくれる。
寒いこの国では温かい飲み物はお湯だってありがたい。息で少し冷ましながら口を付けると、ブラックは気楽そうに笑った。
「ははは、だって術を使うだけだろう? 地下水道遺跡での戦闘や、アタラクシアでの戦いと比べたら何てことないよ」
「まあそうだけど……」
アンタ本当こういう時は胆力あるよなあ。
改めて鎧姿のブラックを見て、俺は口をつぐんだ。
本当、悔しいけど格好いいなあ……。ヒゲくらい剃れよと思わないでもないが、でもそんなブラックだからこそ、いつもとは違って見えるこの格好を見ていると、何だか動悸が激しくなってくる。
そもそも適度に筋肉が付いたすらりとした長身と言うだけでまず勝ち組なのに、この上白銀の騎士の鎧まで装着しているのだ。これを格好悪いと一言で吐き捨てられる人間なんてそうは居ないだろう。
だから俺だって、珍しく正統派の格好良い出で立ちをしているブラックに、格好良いと思っちゃったって別におかしくは無いんだろうけど……。
でも、いや、その……だめだ、なんか認めたくない。
恋人だから素直に格好いいとか惚れ直したとか言えばいいのに、男の意地だかなんだか解らないけど、どうしても素直に認められないんだ。
なんでだろう……そう言う事をもうちょっと素直に言えれば、俺だってブラックだってもうちょっとこう、ラブラブに……。
「お湯、熱過ぎたかな」
「えっ!? な、なんで!?」
「いや、ツカサ君急に顔が赤くなったから……舌火傷してない?」
「んっ、あっ、し、してない、大丈夫」
危ない危ない、お湯のお蔭で助かった。
あんまり考えていると余計にぼろが出ると思い、俺は首を振ると話を変えた。
「それより……やる事覚えてるか?」
この数日、俺達は祭りの為の演目を如何に派手にするかを考えて、色々と策を練っていた。折角の白銀の鎧とインパクトのある炎の曜術だ。それを最も有効に、そして観客達の度肝を抜くように使うにはどうすればいいかと考えていた。
ちょっと中二病かなとは思うけど、でも俺なりに格好いいセリフも考えて、この日に臨んだのだ。忘れて貰っちゃ困るとばかりに見上げると、ブラックは微笑んで銀に光る籠手を着けた手でそっと俺の頬に触れた。
「ツカサ君に考えて貰った事を、忘れる訳がないよ」
「っ……ま、またお前はそんな事を……」
「それより、ツカサ君……今のうちに頂戴よ。僕に、ツカサ君の力をさ」
そう言って、ブラックは嬉しそうに目を細める。
俺の力――黒曜の使者の力か。今から行う演目には、その力が絶対的に必要だ。しかし、この場でやるのかと思って俺は周囲を見回す。
いくら舞台裏とは言え、このステージは野外に臨時で作られたものだ。
舞台の裏なんか野ざらし状態で、粗末なテントが張ってあるだけなのである。
そんなテントの中に俺達は居るが、しかし周囲には色々用意をしている道具係の人や、ブラックをみてポーッとしている人(男女問わず)もいるしで、こんな人の多い場所では流石にブラックが望んでる事はやれない。
だ、だって、今回の事に協力する代わりにブラックと約束した「力の与え方」ってのは……その……。
「こ、ここじゃちょっと」
「外に出る?」
「う…………うん……」
他の人達の視線を感じながら、俺とブラックはテントを出る。
すると、出てすぐに“冬将軍”の前座で行われる曲芸や歌唱に声援を送る人々の声が聞こえた。その声はあまりにも多くて、俺は思わず耳を塞ぐ。
やっぱお客の量が段違いだ。ああ、なんかまた緊張してきた……。
「ツカサ君、こっち」
がしゃ、と音を立てて歩きながら、ブラックは俺の手を取る。
鎧の中は意外と温かいのか、俺の冷えた手に熱いくらいの掌が重なって来た。
そのまま、ステージとテントが重なり合った死角へと連れ込まれる。
「もうすぐ始まるよ」
言いながら、ブラックは俺を自分の体と壁に挟んで笑う。
本来なら顔の上半分を覆うであろう、厳つい竜の顔にも似た仮面のような面頬を上に引き上げたその姿が、なんだか本当に騎士みたいで……また心臓が痛いくらいに動き出す。
薄暗い冬空を背後に見ているせいか、影が掛かったその表情がいつもより大人に見えて、勝手に頬が熱くなっていく。
ブラックはそれに苦笑すると、俺の頬をまた撫でて顔を近付けた。
「あっ……」
「ねえ、ツカサ君の世界では……勝利の女神の話はあるのかな」
顎を軽く上に向けられて、軽くキスをされる。
だけどそれだけでは終わらず、ブラックは一度口を放すと、今度は俺の唇全体を大きく食むようにして深く合わせて来た。
「んん……っ」
思わず意識がぼやけそうになるが、これは力を与えるための行為なのだと正気を保ち、俺はブラックに力が流れるように必死にイメージを作る。
「っ、ふ……」
いつの間にか閉じていた目を薄らと開けると、俺を抱き留める白銀の腕に真紅の透明な光が纏わりつくのが見えた。
俺の体内から流れる熱く思えるほどの光は、白銀の色を穢すことなくブラックを包んでいく。だけど、それとは反対に俺はブラックの熱い唇から熱を送られて息が上がっていった。
そんな場合じゃないのに、体が熱に浮かされる。
気が付けば俺を抱き留めるブラックの手に縋り、また目を閉じてしまっていた。
「……はは……ツカサ君、キスを受け入れるの、だいぶん上手くなったね」
熱い息を漏らしながら笑うブラックの表情が妙に婀娜っぽく見えて、思わず俺は目を逸らして口を拭う。いや、あの、なんか凄い濡れてる気がして。
「うーん、そう言う事されると悲しいんだけど」
「ち、ちがっ、これは濡れてたら困るから……」
「ははは、解ってるよ。ツカサ君ほんとそう言う所可愛いね」
「だっ……もうそう言うの良いから! えっとなんだっけ、勝利の女神?!」
そんな事を言ってたよな、と憤りつつ見上げると、ブラックは悪戯っぽい笑みを浮かべながら頷いた。
勝利の女神……そりゃ俺の世界にもいるさ。
勝負ごとに勝った時は、そういう女神さまにキスを貰っただなんて話が……。
「……えっ」
「そう、そっちの世界にもあるんだ」
「ああああるって言ってねーだろ!? なんで心読むんだよ!」
「だから……まあ良いか。とにかく意味は解って貰えてよかったよ。……だから、僕が失敗するはずはないし、仮に失敗したとしても心配いらないよ。だって、僕にはツカサ君が付いていてくれるんだから」
嬉しそうにそう言って、ブラックは俺の頬に顔を寄せてキスをする。
「だから、そんなに緊張しないで。僕は、ツカサ君の……愛している人の期待を、絶対に裏切ったりはしないから」
「……!」
あっ、あ、あいし……いや、あの、こ、こんな時にそんな……っ。
「ツカサ君、またそんな可愛い顔して……ああもう、鎧なのがもどかしいなあ……すぐに脱げる服だったらよかったのに」
「ばっ……」
……かやろう、こんな場所で何考えてんだ。
と言おうとしたと同時、俺達を呼ぶ声が聞こえた。どうやら冬将軍……ジェドマロズの出番がもうすぐそこまで迫っているらしい。
俺とブラックは顔を見合わせると、お互いなんだか消化不良の顔をしつつも裏方の人の声のした方へと走った。
「すみません、ここです」
俺達を呼んでいた裏方の男の人に言うと、彼は俺達を見て少し驚いたようだったが、仕事を優先させる性格なのかすぐに真面目な表情に戻って、俺達を舞台袖へと誘導した。
「ラークさんと、裏方のツカサさんですね。今舞台でやっている演目が終わったら司会が説明をしますので、それが終わったら舞台に入って下さい。ツカサさんは、ええと……曜術の補助ですね?」
「はい、出来れば全体を見渡せる場所に居たいんですが……」
「だったら物見台に上ると良いですよ。ええと……舞台の向こうに、照明用の予備の高い台があるでしょう? 少し遠いですが、あちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
確かに、俺達の居る舞台袖から真っ直ぐ見て舞台を越えた向こうに櫓が見える。いかにも急ごしらえと言った様子の木製の物見櫓だが、周囲の人達に知られずかつ全体を高い場所から見渡せるのは好都合だ。
舞台の裏を通ればすぐに行けるし、かなりありがたい。
そんな打ち合わせをしていると、舞台の方から大声が聞こえてきた。
『さあ皆々様、ついに最後の演目となりました。最後と言えばこの演目、数千年の間この街に連綿と受け継がれてきた、妖精の過ぎ越し祭の真の訪れを告げる、厳冬の支配者にして全ての雪の妖精王“冬将軍・ジェドマロズ”を讃える儀式! 今回は全く初の試みで、炎の曜術師が天敵とも言える氷水の支配者を讃える演目を披露します!! 皆様がかつて見た事の無い壮大な儀式と、その将軍たる名を証明する剣技をどうぞお楽しみください!』
熱の入った視界の前口上に、大きな観客の歓声が聞こえる。
体を震わせるほどの声量に思わず息をのんでしまったが、ブラックはそんな俺に笑うと、また俺の頬に手をやって軽くキスをした。
「わっ……」
「……さあ、この場の全てのものを驚かせよう。そして、僕達が行った祝福の儀が、この街で一生語り継がれるようなものにするんだ」
その為に、今まで頑張って来たんだろう?
少し愉悦を含んだようなその声に、俺は一瞬呆気にとられたが……不思議と気力が湧いて来て、ブラックに強く頷いた。
そんなおれに満足げに微笑むと、ブラックは白銀の鎧を軽く身にまとい、颯爽とステージへと歩いて行った。
→
※次は中二病祭り
21
お気に入りに追加
3,685
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる