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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編
20.無意味な事など何もない
しおりを挟む翌日、エレジアさんから謝罪の手紙が届いた。
その内容を要約すると、あの信徒達の様子は、リン教ではごく普通の事であり、そして俺の能力に感服したが故にああなってしまった。御見苦しい所を見せて申し訳ないと言う感じ。実に丁寧なお手紙だった。
どうやらリン教は本当に弱肉強食が信条の宗教らしく、自分の力を凌駕するほどの能力を持った人間には従えという教育がなされているようだ。
そのため、自分では作りようのない高い治癒力を持った薬を作った俺に、全員が頭を垂れて従おうとして来た……と言う事なのだが、それは解るとしても、何故にあんな風に狂信者になるのか理解出来ない。
手紙には「下剋上と言う言葉も有るので、ああいう風になられても、決して一人で彼らと一緒に行動しないで下さい」と注釈が書いてあったが、それもそれで空恐ろしい。崇められていても、油断してれば寝首かかれるって事ですよね。どんだけ修羅の国なんだここは。
でも、エレジアさんもリン教の信徒達の「ハイテンション屈服芸」はおかしいと思っているみたいで良かった。本当に良かった。正直アレをエレジアさんにやられたら、俺は人生で初めて女性にドンビキする所だったよ……。
モテモテと狂信的人気は違うよね本当……。
「でもさあツカサ君」
「ん?」
「この文面からすると……なんかまた厄介な事になりそうじゃないかい?」
そう言いながら壁に凭れ掛かっているブラックに、俺は裁縫の手を止めて眉を顰める。朝もはよからようやるよ、と言わんばかりに眉を上げているブラックを見ると、何かちょっとだけイラッとしたが、まあ良い。
どういう事だと話を促す。
「つまり、あの教会の司祭から何から全ての曜術師が、ツカサ君の回復薬の技量に負けたって事だろう? と言う事は……そんな事が街に噂として広まったら、ヤジウマが出て来たり、ツカサ君の能力を利用しようとする奴も出て来るんじゃないかな。そうなったら厄介だよ」
「う……じゃあ……祭りが終わったら速攻街を出て行くとか……?」
「デートがお預けなのは僕もすっごく嫌だけど、仕方ないかもね」
俺は今、二日後に迫った祭りのために、朝食を作り終えると「今日も頑張るぞ!」と勇んで台所でちくちく縫い物をしていた。つまりやる気満々だったのだ。
だが、ブラックの実に残念そうな声を聞くとその勢いも萎えてしまう。
いや、別にデートしたかったわけじゃないが、祭りが終わったら速攻で街を出るって言うのも中々に面倒で憂鬱になってしまうのだ。
元々長居する気は無かったけど、そうなるとカイン達が心配だ。食料に関してはもう心配ないけど、すぐに出て行くとなると色々予定を切り上げなきゃな……。
「ツカサ君また子供の事考えてるね」
「え?」
また顔に出てたのかと思わず手を止めると、ブラックは呆れたような顔をした。
なんだよ、今回も丸解りでしたってか?
相手の呆れた表情に釣られて、布に繋がったままの針を置いて顔をペタペタ触ってみるが、やっぱり表情が変わっていたようには思えない。うーん、やっぱり俺はポーカーフェイスなのでは。
「今触ってもしょうがないよ。僕が指摘したんだから」
「あっ、そっか……ってなんだよそれ!」
「はぁー……僕の事考えてくれてる時も、そんな風に素直に優しい顔してくれれば良いのになあ」
「……優しい顔?」
そんな顔してたっけと考えるが、俺が自分で解っていない物を理解出来るはずが無い。ホントに無意識に表情が変わってたんだろうか。嘘じゃないのかと顔を歪めると、ブラックは壁から離れて俺に近付いてきた。
「ツカサ君、ほんと墓穴掘ってばっかりだよねえ」
「なんじゃそりゃ。俺がいつ墓穴掘ったってんだよ」
「数えきれないくらい。もうツカサ君の体を細切れにしないと、墓穴に埋めるモノが無いってくらいにだよ」
「スプラッタな例えはやめろ!!」
想像して怖くなるだろ! と牙を剥くと、ブラックは実に詰まらなそうな拗ねた顔で俺の目の前に立つと、俺の脇に手を入れて俺を持ち上げた。
「な、なに。さっきから何なんだよ」
俺を自分の目線にまで引き上げたブラックを睨むが、効果は無いようだ。
それどころか、何を思ったのかブラックは顔を近付けて来た。
「わっ! ちょっ、おっ、おまっ」
「誰も居ないよ。熊男も牧師も子供達も別の事をやってるじゃないか。だったら、このくらいバレないから平気だって」
「で、でもお前……んっ……!」
持ち上げられて地面から足が離れた俺は、このままでは何もできない。
それを良い事に、ブラックは唇を合わせて来た。そのまま抱き締めて、俺を拘束したまま椅子に座る。キスをしたまま動くと唇がズレたが、しかしブラックは俺が逃れるのを嫌って頭を押さえると、何度も軽く口を合わせるのを繰り返した。
「んっ、ぅ、んむ……っ、ん……!」
ちゅ、ちゅ、とワザと音を立てて、離れようとするたびに唇を軽く食まれる。
相手の息と匂いの近さが余計にそれを生々しく思わせてしまい、俺は抱き締められたまま身を捩った。
「んっ、ぅっ……もっ……だめっ……だめだって……!」
「っは……何で……? 僕達恋人だろう?」
「だ、だって、誰か来たら……」
「恋人だって言えばいいよ。この教会はそう言う事は別に禁止してないんだろう? だったらバレたって良いじゃないか」
そ、それはそうだけど……でも、その……恥ずかしいじゃんか。
あと俺は人に見せつける趣味は無い。リア充がイチャイチャしてるのを殺したいと思うのであれば、自分もイチャイチャしてるのを見せつけちゃいけないと思うんだ。っつーか俺男だぞ。そんなん堂々と見せられっかってんだ。
キスを止めた間に何とか離れようとブラックの胸を押す俺に、ブラックはまた憂鬱そうに溜息を吐く。おいオッサン息掛かってんだけどやめて。
「はぁあ……。なんでツカサ君は、二人っきりでもそんなぶすっとした顔するのかなあ……」
「そりゃアンタが変な事してくるからだろ」
「恋人同士のキスって変な事? みんなどこでだって気にせずやってるのに、変な事になるのかい?」
「う……それは……」
そこを言われると、何も言えなくなる。
確かにこの世界の人達も、バカップルとなると同性異性に関わらず仲睦まじそうにしては、色々な場所で他人など気にせずにキスをしていた。
俺の世界とは少し違うけど、でも大体一緒だ。
キスが恥ずかしい事だなんて微塵も思ってはいなかった。
「恋人同士のキスって、恥じなきゃいけないこと?」
「……そうじゃ…………ないけど……」
「だったら、僕にだって優しい顔してくれたっていいじゃないか。折角二人っきりなのに、ずーっと布ばっかり見て僕には構ってくれないし、子供の事になるとすぐ表情が変わっちゃってさ。そんなの見て、拗ねない方がどうかしてるよ」
「ブラック……」
なにこのオッサン。もしかして……縫物に嫉妬してたの?
そんで子供に向ける俺の父性溢れる表情とやらにも、イライラしてたのか。
何だよソレ。だってあんた、そりゃ人間として普通の事じゃないか。
集中すれば周りが見えなくなるし、子供に対しては慈しむ心が有れば誰だって優しい顔くらいはするだろう。そんなの特別な事じゃないじゃないか。
俺にしてみれば……アンタと一緒に居る時の方が、らしくない顔してるのに。
顔が赤くなるのだって、そんなのアンタにした回数が一番多いのに。
解ってないって言うけど、ブラックこそ解ってないよ。
でも、まあ正直……言わんとしている事は解るし、俺もちょっと奥手過ぎなのかなとは思う訳だし……それを考えると怒れないんだよなあ……。
しかし性分はそんなにすぐに変えられるもんじゃない。
そもそも、自分の表情筋すらコントロール出来ないらしい俺が、こんな面倒臭い性分をすぐに矯正できる訳がないだろう。
悪かったなとは思うけど、さすがにそこはどうしようもない。
でも謝る事は必要だよなと思って、俺は素直に頭を下げた。
「……ごめん。アンタにも色々して貰ってるのに、放っておいたのは悪かったよ。でも、恥ずかしがるなってのは急には無理だって。それに、俺の世界ではこういう事を人目が在る場所でやるのは憚られるんだよ。……その……俺も努力はするけどさ、でもすぐに直せってのは無理だ」
「だったらさ、せめて二人っきりの時はこうして触れても良いって事にしようよ。それでトントン、僕も我慢してるしこれで平等になるだろう? ね?」
二人っきりの時にこうしてって……キスしたり、膝に俺を乗せたりとか?
そんなの恥ずかし……いや、えっちな事されないだけマシなのか。
誰もいないなら、大丈夫かな……。良く考えたらブラックも頑張って禁欲してるんだもんな、俺も好き勝手やらせて貰ってるんだし、お仕置きの件は置いておくとしても……ここで断るのはフェアじゃないか。
世の恋人がこんな取引してるのかどうかは謎だが、相手に我慢させているのであれば、俺だって今まで以上に譲歩しなければならないだろう。
正直凄く恥ずかしいが、ブラックがやりたいと言う事も尊重すべきだ。
なら、このくらいは俺も我慢しなければ……って言うか乗り越えなければ。
ウダウダしてるのは男らしくない。
お、俺だってブラックの事はその……す、すきなんだし。
そうだ、このくらいどーんと受け入れてやるのが男なんだ!
よし、羞恥心克服の第一歩だ。俺だってやるときゃやるって思わせなきゃな!
「ま、まあ……仕方ない……。でも人が来たらやめろよ! 絶対に離れろよ!」
「はいはい! 解ったよ~」
だーもーちくしょう、約束した途端にすぐ笑顔になりやがって。
でも、ブラックが笑うと心がホッとしてしまうので癪だ。まあいい。ブラックの膝の上で俺は裁縫を再開する。子供達がお勉強から解放されるのは正午の鐘がなる頃だし、その前の鐘が聞こえたら離れればいいだろう。
そう思って、俺は尻に伝わる硬くて温かい太腿にちょっと違和感を覚えつつも、布と針を取り再びちくちくと作業を続けた。
「…………」
うーむ、それにしても我ながら裁縫も上手くなってきたな。
学校で習ってた頃は何でこんな事をと思っていたが、慣れると結構楽しい。
布に糸を通しただけで模様になるのもびっくりだけど、細い糸の連なりがきちんと布を結ぶってのも考えてみるのも不思議だよな。
婆ちゃんが刺繍とかもやってたけど、あれも習っておけばよかったなあ。
俺けっこう凝り性だから、案外楽しくやれてたかも。
子供達の衣装作りはこの一着を作れば完了だし、レナータさんに服の繕い方とかも教えて貰っておこうかな。ブラックやクロウの服が破けた時補修できるかも。
そう考えながら糸を軽く引っ張ろうとすると……首筋に、生暖かい息がかかるのを感じた。
「っ……」
ブラックは、何も言わない。だけど肩と首の付け根を湿らせる吐息は、相手が淫らな意思を持って俺に触れているのだと嫌でも判ってしまう。それが肌をざわざわと粟立たせて、俺は無意識に深く息を吸ってしまっていた。
そんな変化を喜ぶように、背後のブラックは喉だけで笑うと、俺の服の襟を少しずらしてそこに舌を這わせてくる。
「ぁっ……!」
音はしない。だけど、少し荒い息が顎にまでかかって来て、濡れた舌にちろりと筋を舐められると俺は体を震わせてしまう。もう一度布に潜らそうとしていた針は、危なくて手に持ったままになってしまっていた。
さすがにこの状態ではと思い止めようとしたが、その前にブラックは舐めさすった場所に唇を這わせて、リップ音を立てながら何度もそこに吸い付いてくる。
台所にその音が響くと流石に居た堪れなくなって、俺は必死で音を掻き消そうと声を出してブラックに抗議した。
「ぅあ、あ……っ! や、だ……だからっ、そういうのだめだって……!」
「二人っきりだから大丈夫だよ。このくらいみんなやってる事だ」
お、俺は道端でここまでやってる恋人達は見た事ないんだけど!!
このままえっちに雪崩れ込まれたら、非常にヤバい。祭が始まるのは二日後で、俺達の出番はその更に二日後。つまり残り時間はあと四日しかないのだ。ここでヤられてしまったら大きなタイムロスになる。
絶対に阻止しなければと俺は布を机に放って、体を捻りブラックの頭を手で無理矢理引き剥がした。
「ツカサくーん……」
「今はダメだって言ってるだろ!」
「でも……」
「だ、だからしないワケじゃないってば。それにアンタも協力してくれたら準備も早く終わるから、その分余裕が取れるだろ? その後でイチャイチャすりゃいいじゃないか」
「ホント? ホントに時間取ってくれる?」
「お、男に二言は無い」
大体俺達は馬車で移動するんだし、その時に嫌でも時間が取れるだろうが。
クロウには悪いけど、ブラックが無茶な事をしないようにするにはこういう約束をするしかない。しっかり頷くと、ブラックは体を捻ったままの俺にぎゅっと抱き着いた。ちょ、ちょっと、苦しいんですけど!
「約束だからね。終わったらイチャイチャしようね、ツカサ君!」
「わーっ大声出すなバカー!!」
殊更大きな声で宣言するように言うブラックに、慌てて向き直って口を塞ぐ。
ざりざりした顎や頬ごと覆って思わず顔を歪めてしまったが、ブラックはそんな俺に気付かずにどこかをちらりと一瞥して、それから俺にニッコリと笑った。
なんだろ。何を見たんだ?
ブラックが視線をやった方を振り向こうとすると、頭を取られてそのまま胸に押し付けられてしまった。こうなるともう、俺には逃げられない。
「お前、抱き着き過ぎ……」
約束した手前拒否も出来ずに不満を漏らすと、ブラックは見えない場所でふふっと笑って、少し低い声で言葉を漏らした。
「だって僕達、恋人だからね」
なんだか少し怒っているような声音。
だけど何故か俺に向けて怒っているのではない事が分かって、俺は押し付けられたままで首を傾げた。
まったく、何が何だかよく解らない。
アンタは俺の表情が分かるのに、俺はアンタの事がほとんど解らないんだから、本当にアンフェアだよなあ。
それを言うとブラックは反論するから、言えないんだけど。
「……ま、いっか…………」
別に、抱き締められるのは嫌いじゃないし……。
二人きりなら、少しくらいはブラックの好きにさせてやらなきゃな。
→
※なんで怒ってるかは後で解ります(´^ω^`)
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