異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

12.祭りの準備は近世になるほど面倒くさい

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 『妖精の過ぎ越し祭』――――……
 それは、ラフターシュカに古くから伝わる特別な祭りだ。

 起源は良く解っていないが、オーデル皇国の年が改まる時に一月を越える規模で行われ、その間中街には人と歓声があふれる事になる。

 しかしその祭りが最も盛り上がるのは、開始二日後に行われる『祝福』の儀式と、長大な祭を行う街の住人達へのねぎらいを表した贈り物……“ギフト”を真夜中に届ける儀式だ。

 その二つの儀式は、この街を守護しているとの伝説がある、全ての雪と氷を司る【ジェドマロズ】という妖精の長の格好をした「にな」が執り行う。
 二つの儀式はとても重要な物であり、特に守られなければならないものだ。

 祝福の儀は、ラフターシュカの街を栄えさせた妖精の長を讃えるために、派手な曜術や催し物を広場で披露し、妖精たちと観光客を楽しませる。
 ギフトの儀式は、これから来る旅人や客をもてなす彼らをねぎらう為に、妖精の格好をしたジェドマロズの担い手が、彼らの望んだささやかなプレゼントを真夜中にこっそり置いて行き、彼らを喜ばせる。

 もしこの二つが無ければ祭りは失われてしまっていただろう。
 そう言われるほどに重要なのである。

「……つーかこれ……もしかして……地域限定のクリスマスイベントでは……」

 街を守る極寒の支配者ジェドマロズ、つまりはみんなのサンタクロース。
 ギフト、つまりは「良い子にしてたらプレゼントあげる」って行為。
 祝福の儀式は恐らく、精霊を讃えるためのハデな歓待がイベント化したものだ。
 要するにこれは、街全体で行われる「クリスマス」なのである。

 まあ、ジェドマロズはこの街の人にだけプレゼントを配るだけで済むので、それはサンタクロースに比べたら楽そうでいいなと思ったが……。

「えーっと……警察と役場に提出するのが、ジェドマロズの衣装に、祝福の儀式の計画書に、馬車の型の要望書。それに街の人達に渡す“ギフト”の確認と街路をどう走るかの計画書……って仕事か! これ仕事かよ! 夢も希望もねえよ!!」
「官民一体の祭なんてだいたいそんなもんだよツカサ君」
「こんな現実味溢れるサンタクロースなんてやだー!」

 こんなのふぁんたぢーじゃないやい! とばかりに壁を叩いて、俺はうなる。
 今は草木灰そうもくばいを作って畑に撒いてる途中だが、ギルベインさんからの詳しい説明を聞くにつれてどんどんやるせなくなってしまったのである。

 だって。
 だってサンタクロースが警察に許可を求めるって!!

「ツカサ、どうしたんだ。何故落ち込んでる」
「はいはいはーい、お前も許されたからってすぐに抱き着きにいかなーい殺すぞ」

 壁にすがる俺に近付いて来ようとしたクロウだったが、ブラックが首根っこを引っつかんですぐさま阻止する。ブラック、今のは流石に性欲ゼロだったと思うぞ……。
 その行為で一気にまた睨み合うオッサン達だったが、俺はもう無視して畑と灰を混ぜる作業へと移行した。

 それにしても、魔法が存在する世界でこんな窮屈きゅうくつな事をするとは思わなかった。
 いや、大きなイベントだから事前に知らせてねってのは解るよ。けどさ、こんなに確認いる? 警察にも持って行かないとダメって何その中途半端なリアルさ。
 それに……。

「祝福の儀の内容は丸投げだなんてどうかしてる……」

 くわでざくざく混ぜながら呟くと、隣で老体に鞭を打って手伝ってくれているギルベインさんが苦笑しながら髭をしごいた。

「まあ……何と言うか、宴会の隠し芸染みていると言いますか……今まではリン教の司祭様達が行っていた事でしたので、半ば慣習化し彼らも他の同僚に自分の力を見せつけるためにどんどん派手な芸を行うようになっていってましてな……。その結果、いつの間にか当日までは周囲には内緒という風に」

 危険な事はしないように一応警察とかが確認はするけど、安全なら裸踊りでも何でもやって良いって事かしら。
 しかし……こんな巨大な祭りなのにそんなノリでいいんだろうか。

「しかし、隠し芸っすか……」
「私どもは祭には参加しておりませんが、時折手伝いは頼まれる事が有りますので、その時に祝福の儀を見学する事も有るのですが……昨年はリコット司祭が見事な木の曜術で大輪の花を咲かせまして……」
「うわー、それは綺麗っすね」
「花粉でみなさんクシャミが止まらなくなり一旦祭りが中止されました」
「うあー、それは最悪っすねー」

 花の種類が悪かったのかどうかは解らないが、リコットって人も相当落ち込んだだろうな。可哀想に……。
 次出来るとしたら七年後だし、七年もの間挫折を味わわなければいけないのか。

 それは怖いなと思っていると、ギルベインさんは申し訳なさそうに肩を落とした。

「エレジア様は、ツカサさん達にジェドマロズをやるようにと暗に仰いましたが……しかし、ここまでして頂いているに、これ以上協力をして頂くのは……」
「良いんですよ。もうこうなったら、乗りかかった船ですから! でも……前回が木の曜術ってのはキツいっすね……それに、ジェドマロズってのは聞く所によるとお爺さんの姿の妖精なんですよね?」
「ええ。まあ……今まで行われてきた方々は全員木の曜術師か珍しく水の曜術師というくらいでしたし、それに……正直ツカサさんのような可愛らしい年齢の方だとちょっと身形みなりが合わないかもしれないですな……」

 ふむ。
 木の曜術や水の曜術はもうマンネリ。俺は若すぎるし、妖精のイメージではないようだ。だけど、祝福の儀でやる事は危険な事以外は制限されていないらしい。
 ……となると……。

「ブラック」
「え?」

 俺が声をかけたオッサンは、クロウと頬をつねりあってなんとも情けない姿になっている。
 だが、俺はそれに構わずにっこりと笑ってブラックに二の句を継いだ。

「俺のお願い、聞いてくれる?」



   ◆



「えー……と。では、今年のジェドマロズは、そちらのラークさんという方の代行という事で?」

 執務机に座った、整えられた髭が格好いい栗色の髪の壮年の男が、俺とブラックを実にいぶかしげに見つめて来る。
 俺はそんな相手に必死で頷きながら、帽子を被り直したい気持ちを抑えて必死に抑えてにっこりと笑った。

 まさか、計画書を受付に渡そうとしたら、街の長の執務室にまで連れて来られるなんてな……。てっきりああ言うのは受付で処理するもんだと思ってたけど、良く考えたらここは異世界だ、重要な書類はそりゃ街の長が確認しますよねええ。

 やだやだ、やっぱり引き受けるんじゃなかった。
 内心ぶるぶる震えつつ、切れ者っぽい街長の前で直立不動でいると、相手は「ふむ」と声を漏らしながらペラペラと纏めた書類を捲った。

「ジェドマロズの担い手が炎の曜術師とは、今までにない試みだな。まあ……あのおんぼろの教会には最初から期待していなかったが、珍しい催しが出来るならそれでもいいか」

 ムカッ。

「しかし……馬車は良いとしてもだ……衣装は自前との事だが、どうするんだ? ナトラ教にはそのような金も無かったと思うが」

 ムカムカッ。
 こ、このオッサン、人が真面目に計画書を書いて黙ってりゃ、言いたい放題いいやがって……。金がねえのはアンタに博愛の心がねーからだろうがっ!
 街の人にばっかり援助させてないで、ちっとはナトラ教にもご喜捨しろってんだ、国教ばっかり崇めやがって。

 それに聞いたぞ、この街長、壁際の区域の人達は街にあまり貢献してないからって、ギフトも彼らのお願いなんて聞かずに、バターテを二三個みたいなプレゼントかましてるんだってな! あんまり貢献してないってなんだよ、職人じゃなくたってあの人達も下働きとか丁稚奉公とかで頑張ってるのに。

 何より、預かり子がいるって知ってるくせに、ナトラ教会に支援しないのが気に食わない。そりゃ、働かざる者食うべからずってのは解るけど、働けど働けど我が暮らし楽にならざりって人もいるだろ。
 街は充分に潤ってるのに、臭い物にはフタってのはそら酷いよ。

 なのに、このオッサンは顔ばっかり良くて他は見下しやがってちくしょー。
 髪の毛がまががってないのに根性捻じ曲がってるって、ある意味ブラックよりタチわりいぞこのやろー!

「ツカサ君今なんか僕の事けなした?」
「えっ、い、いやしてないよ!? ってかお前本当に心の声読むのやめてね!?」

 何で解るのこの人本当怖い。
 ヒソヒソ話す俺達を余所に、街長はふうと溜息を吐く。

「用意できるのならば、全面的に許可は出来るが……そもそも君達は冒険者なのだろう? このような事で余計な出費をするのは無駄でしかないと思うのだがね」

 どこかあざけりながら、そういう街長。
 隣でブラックが心配そうに俺を見ていたが、俺も大人だ。胃が暴れ出したいほどにムカムカしているが、にっこりと微笑んで街長に言葉を返した。

「大丈夫ですよ。俺達はナトラ教ではありませんが、彼らの頑張りや教義は素晴らしいと感じていますし、何より……“持つ者が持たざる者に支援する”と言うのは、当然の事でしょう? それに、あの場所には身よりの無い子供達が暮らして居ますし、何か支援をしてあげたいんです。だから、気にしないで下さい」

 と、嫌味たっぷりに、にーっこりと笑って言いたい事を言ってやる。
 俺は別に善人でもないし偽善を行う気もないが、だからと言ってずっとあの区域の惨状を見ている奴がぬくぬくと金持ちライフを送ってるのは気に食わない。

 こうなったら、お前らが度肝を抜くパフォーマンスをやってやる。
 背丈も格好よさも舞台向きなブラックの力を借りて、今まで見た事も無いような祝福をくれてやろうじゃないか。
 そしてギルベインさん達の教会も凄いと、認めさせてやるからな絶対!!

 そう鼻息荒く俺は思っていたのだが。

「……なるほど素晴らしい」
「え?」

 思っても見ない言葉が聞こえて、俺は眉を上げる。
 啖呵を切ったつもりで反目宣言をした俺に、街長は何故かキラキラとした視線を向けて椅子から立ち上がった。そうして、ずんずんと俺に向かって歩いて来る。

「いや……まさか冒険者にも、こんな素晴らしい考えの者が存在するとは」
「え? え?」

 素晴らしいって何が。
 俺は至極当然な事を嫌味たっぷりに伝えたつもりなんだけど……。

 近距離に立たれて手を取られて、俺は困惑して街長を見上げる。
 視界の端でブラックが街長を殺しそうな視線で睨んでいるが、街長は全然気付いていないのか、俺の手をぎゅっと握った。

「おお、よく見れば君は見目麗しい少年ではないか! 見逃していたなんて、私とした事が……しかし今回の祝福の儀は君も手伝うのだろう?」
「は、はい」

 何この人、さっきとまるで態度が違うんだけど。何この人。
 え、アレ? 高校生までの男だったら美醜はどうでも良い系のショタの人?
 幅広い系のショタゾーンを持つ系の人なの? この街長さん……。
 いやオッサンでそれはちょっと……ショタって……。ヒくんですけど……。

「その物怖ものおじしない姿と、実に愛らしい顔立ち……そして慈愛の心はまさにジェドマロズの遣いの妖精に相応しい……! どうだね君、今晩は私と慈善事業についてゆっくりと話を……」
「あーっと僕達これから準備がありますので! これで失礼いたします」

 どうしたら良いのと冷や汗ダラダラだった俺を街長から引き剥がして、ブラックは営業スマイルでニッコリと笑う。
 だけど雰囲気は少しも笑っていなくて、恐ろしい程の殺気を放っていた。
 さすがにそのあからさまな敵意には危険を感じ取ったのか、思わず後退る街長に、ブラックは笑顔のままで優雅に一礼して俺の手を握って部屋を出た。

 ……お、怒ってるみたいだけど……とにかく助かった……。

「ブラック」

 握られた手首は、凄く痛い。ていうか正直血が止まりそうで怖い。
 だけど、ブラックは役所から出るまでずっと手を離そうとはしなかった。

「…………」

 凄く怒ってるのが、痛みと熱と共に手首に伝わってくる。
 けれど、俺は無言でその怒っている背中を見て、ただ足を動かしていた。
 ……今日は何故か、この手を離してほしいとは思わなかったから。

「…………ツカサ君」

 役場を出て数メートルほど歩いた所で、やっとブラックは立ち止まる。
 背中しか見えていなかったが、やっぱり怒っている表情なんだろうか。そう思っていたが……振り返ったブラックは、何だか情けない顔になっていた。

「ブラック?」

 思わず唖然あぜんとした顔で見上げてしまうと、相手は更に情けなく眉をハの字に曲げて、俺をじっと見下ろしてくる。
 その顔と言ったら、まるで叱られた犬のようだった。

「……ヤバかったかな?」
「え……」
「怒って出て来たの……困る事になるかな……?」

 なにコイツ。もしかして……感情に任せて退室したのを後悔してたのか?
 街長に失礼な事をしたから、俺に怒られるとでも思ったんだろうか。
 まあでも、俺も「これで余計な恨みを買ったらどうしてくれる」なんて怒りそうではあるよな。実際、本当に街長から嫌われたら面倒になりそうだし。

 だけど、ブラックの情けない顔を見ていると……なんだか怒る気持ちが失せてしまって。俺は苦笑しながらブラックの顔に手を伸ばして、軽く頬を叩いた。

「そんな顔すんなってば。正直、さっきのは助かったし……それに、ナトラ教会をあんな姿で放置してる奴に嫌われたって別に構わねーよ」
「ツカサ君……」
「こうなったら戦争だ! アイツがこっちを見下してくるんなら、度肝を抜くような出し物をやってやろうぜ。そんで見返してやるんだ。俺達と……みんなでさ」

 勿論それには、ブラックが居ないと始まらない。
 だから、そんなしょげた顔をするなって。

 そう笑った俺に、ブラックは心底嬉しそうな笑みになって頷いた。

「ね、ツカサ君」
「なに?」
「……ちょっとさ、寄り道して帰ろうよ」

 そう言いながら、ゆっくりと手を握ってくる。
 手袋をしてたって解る、がっしりとして骨ばった武骨な手。
 いつもなら叩き落とす所だったけど……この街は今はお祭り騒ぎで、沢山の人が溢れている。恋人達だって、構わずいちゃついているんだ。
 そんな中でなら……俺達に注目する奴なんて、誰もいないだろう。

 だから、今なら。
 こんなお祭り気分の街の中でなら……俺も……。

「……ちょっとだけだからな」

 ミトンの子供っぽい手で大人の手を掴んで、ブラックを改めて見上げる。
 照れ臭くて変な顔になっているだろう俺だったけど、そんな俺でも……ブラックはとろけそうなほどの笑みを浮かべて、しっかりと手を握り返してくれた。












※全然いらない情報ですが私はショタも好きです。俺っ子ショタが大好きです。
 
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